黒のワルツ・前編
異世界旅行記の9割は後付け設定で出来てます!
後付け設定で出来てます!
大事なことなので二回言いました。
──君の力は普通の人の常識を遙かに超える物だよ、ミゼン。
──だから、その力はみだりに使わない方がいい。
それは私が幼い頃、私が博士に言われた言葉。地上に出るときは絶対に人前で力を使ってはいけないという約束。
私は最初、博士の言ってる意味が分からなかった。どうして力を使ってはいけないの? 私はドレイクやバジリスクだって簡単に倒せるんだよ? みんなが怖がる魔物をやっつければ褒めてくれるし友達もできるよね?
世間に疎い……と、博士によく言われる私でも分かる。あのときの私は本当に自分の常識でしか世界を計れなかった。周りにいた友達や博士を基準にしていた私は、無意識に外の人にも同じことを要求していた。
旅人がバジリスクに襲われてるのを見つけたときは迷わず駆け出した。助けたことは間違いなんかじゃないって、今でも思える。だけどそれが切っ掛けで私の引き籠もりが始まったのも事実。
「近寄らないでッ! この子も殺す気なんでしょう!?」
何も知らなかった私。後先考えないで全力でバジリスクを殺して、八つ裂きにした。嵩張るだけの紙屑をビリビリ破いてゴミ箱に捨てるかのように。
それ以来、私は色んな人に嘘を吐いている。もうあんな思いはしたくないから。
初めてできた友達の、ハヅキにさえも──
土気色の景色がぐんぐん流れていく。顔を叩く風が冷たい。ミゼンからダイレクトに伝わる女の子の感触を楽しむ余裕なんてない。主に縦揺れのせいで。
馬が早く走れる生き物だとは知ってた。以前、競馬について少し調べたことがあったけどそのときの資料によると馬は1ハロン10秒……約70km/hで走るらしい。つまり、普段公道を走ってる自動車より速いってことだ。ましてやこの世界に法定速度という概念は存在しない。ずっと全速力で走ってるんだ。
馬を潰すんじゃないか? という疑問は魔法が解決。マジで便利だな、魔法って。俺も本気で習いたくなってきたぞ。
ひたすら街道を爆走する馬に振り落とされないようしがみついたまま、今後のことに思いを馳せる。もし戦場で生きてる人間と剣を交えることになったら俺はどうなるんだろう。
戦争だからという理由で割り切って殺す?
この後に及んで殺さない手段に走る?
躊躇ったせいでトトゥーリアの時と同じ轍を踏む?
(踏み越えなきゃ、ダメなのか……?)
旅人が魔物や盗賊に襲われて、国家間の緊張が高まれば戦争が起こる。隣の町へ移動するだけでも護衛を雇わなければならない。降りかかる火の粉は自分の手で振り払う。他人に甘えていたらそれは自分の死期を早める。
今更ながら、俺はここが地球とは全く違う別世界であることを自覚した。今まで死に対して鈍感だったのは状況を正しく認識してなかったこと、多少の窮地はチート能力で切り抜けられたから。
だけどこの先は違う。元の世界へ帰るにしても、それは明日明後日の話じゃない。一年後かも知れないし、十年後かも知れない。長期的にこの世界で生き抜くにはまず俺自身が生きる意志がなければ何も始まらない。
人の死にだって何度も立ち会う。盗賊に襲われれば相応の対応を迫られる。例え犯罪者であっても相手を殺せば殺人罪が適用される。だけどここは違う。盗賊を殺し、それを証明すれば治安維持に貢献したという名目で報奨金がもらえる。フィリーの話じゃ冒険者たちはアルバイト感覚で盗賊を殺すらしい。
ミゼンだけに負担をかけ続ける訳にはいかない。だけど俺は…………。
「ちょ……ッ!?」
暗転。それまでリズムカルな縦揺れを刻んでいた俺の身体に想定外の負荷が掛かる。ミゼンが抱きついた俺を脇に抱えたまま馬から飛び降りたと気付くのには少し時間が掛かった。
「な……」
──何が起きたんだ!?
そう口にする間もなく状況は刻一刻と変化していく。ついさっきまでミゼンと相乗りしてた馬は見えない刃物か何かでズバッと斬られる。見ているだけでも不快な光景と、風に乗って飛び散った鮮血と肉片が頬を叩く。
嫌悪感を感じる暇なんてない。ミゼンは俺というハンデを抱えてるにも関わらず高速機動で追撃を躱す。右へ左へステップを踏み、或いは急ブレーキを掛けたり跳躍したり。まるでセーフティーのないジェットコースターにしがみついてるみたいだ。
「い、一体何が……」
「敵以外、何に見えるというの?」
ミゼンと同様の回避を取ったフィリーが抜剣したロングソードを構える。襲撃者は荒野のど真ん中に立ってる男と、三歩後ろで待機してる魔術師らしき男。手前の男はツバ付きの帽子を深く被った、黒のオーバーコートに身を包んだ黒ずくめの男。軍人というよりは某ゲームに出てきた武器商人を清潔にした感じのビジュアルだ。手に提げた、これまた黒光りしたジュラルミンケースを見て尚更そう思う。
「初めまして、お嬢さん。私、帝国出身のファントムと申します。先の奇襲はほんの名刺代わりと思って下さい」
物騒な名刺もあったもんだ。危うく死ぬとこだったぞ。しかも妙に礼儀正しいし、調子狂うな。
「私たちは急いでる。そこをどいて」
対するミゼンは右手に妖刀を、左手に魔力を集中させていつでも戦闘可能な体勢に入ってる。因みに俺は邪魔にならないようファントムと名乗った男の後ろに控えてる奴と同じように三歩下がってる。
「セダス国が心配ですか? それなら安心して下さい。あの程度に遅れを取るほど、彼の国は弱くありません。もう十分もすれば──」
話が終わる前にフィリーが動いた。一足飛びで間合いを詰めて喉元目掛けてロングソードを突き立てる。だがファントムと名乗った男はそれに反応せず、振り向きざま手にしたジュラルミンケースをゴルフスウィングのように振り上げる。
キンッと小気味のいい音と一緒に小さな火花が飛び散る。正面から突撃していた筈のフィリーが、いつの間にか背後に回って首狩りを決めようとして、それに失敗して打ち飛ばされた。
「──失礼。もう間もなくレブナント化した魔物たちは残らず駆逐されます。ですから、皆様が急いで向かう必要は殆どありません」
「…………」
俺でさえ(いや俺を基準にするのが間違いなんだろうけど)あっさり騙されたフィリーの攻撃を容易く防いだファントムは淀みない口調で話を続けた。あれは攻撃を防いだというよりも目の前を不用意に飛んだ蚊を撃退したような素振りだ。少なくとも俺にはそう見えた。
「…………ハヅキ、できるだけ後ろに下がって」
「ミゼン?」
後ろに立ってるからミゼンの様子は分からない。が、その声音は普段の彼女からは想像できないくらい緊張を帯びてる。
「私たち、この男の制空圏に入ってる」
せいくうけん……漫画とかに時々出てくる自分の間合い的なアレか?
とはいえ、呑気に確認できる状況でもないのは素人の俺にでも分かるし肌で相当ヤバイ奴だと分かる。なんていうか、直視したくないような、そんな感じ。
「いいのですか、そちらのお友達の力を借りなくて。二対一でも私は構いませんよ?」
「それは私への当てつけ? それとも強者の余裕ってやつ?」
ロングソードを構えたまま、フィリーが怒気を含んだ言葉でファントムを煽る。よく見ればフィリーさんの皮膚は鱗のようなものが浮かび出てる。だが男はフィリーの方など一瞥もせずに言葉を続ける。
「失礼ですがレディ、こう見えても私は紳士で通ってましてね。例え女性であっても必要なら手を出しますが基本的に弱い者虐めは私の趣味ではありません。早死にしたいのであれば止めはしませんが……」
「その台詞、すぐに撤回させてあげるわ」
既にやる気満々の二人。戦闘は避けられないのはよく分かったがこの男、やる気を見せてるわりには結構お喋りだな。
……何か得られる情報があるかも知れないし、少し話をしてみるか。
「そういうアンタはどうなんだ。フィリーを雑魚呼ばわりしてるのに全然やる気がないように見えるんだが、まさか遊びに来た訳じゃないだろうな?」
「おや、良く分かりましたね。見た目に反して頭は働くようですね」
マジか……と、反射的に言いそうになるのをグッと堪える。ハッタリだと気付かれちゃいけないぞ俺。ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。
「最初は相方の付き添いで来たのですが……いや、私にとっても彼にとってもこれがなかなか退屈な仕事でしてね。戦局も決まったようなものですから現場を放棄して散歩がてらに帰国していたら丁度いいところにあなた方がやってきた。ですから、これは退屈凌ぎのゲームですよ」
「ゲーム、だって?」
「えぇ。そう難しく考えなくて結構ですよ。どんな方法を使ってもいいですから私に一太刀浴びせればあなた達の勝ち、見逃して差し上げます。あぁ、後ろの相方は一切手を出しませんから安心して下さい」
この男、一体何処まで本気なんだ。
ゲームを吹っ掛けてきた挙げ句、生き延びれば見逃す? 完全に上から目線じゃないか。
(まぁ、それだけの実力はあるんだろうな)
馬に乗ってた俺たちを襲った正体不明の攻撃。魔法によるものと考えるのが妥当だろう。だがどういう訳か、俺はそんな可能性よりもあの真っ黒なジュラルミンケースの方がよっぽど怖いように感じる。
「言い忘れましたが──」
ぎゅおんっ! と、風を大きく唸らせながらミゼンへ肉薄する。一瞬遅れてミゼンが反応。咄嗟にヒヒイロカネで中段蹴りを受ける。
拮抗は一瞬。互いの足が荒野に突き刺さり、地割れを起こす。筋肉質に見えない男の蹴りにあれだけの力があるのも驚きだが、それを受けきったミゼンも普通じゃない。
「──私、こういう力技にも少々自信があります。自らの力を押し殺したまま勝者になれるほど、私のゲームは甘くはないですよ?」
そう宣言したファントムの声が、俺には悪魔の囁きのように聞こえた。ミゼンはその囁きを振り払うよう、強引に引き剥がすと同時に左手で魔法を撃つ。
一瞬で形成されたそれは炎の槍。それも単発ではなく当てることに重きを置いた魔法。銃に例えるなら中距離でショットガンを撃つようなものか。
魔法の射出と同時に駆け出すミゼン。炎の槍と併走しながらヒヒイロカネの追撃を入れる。
「いやはやお嬢さん、なかなか得がたい才能を持ってますね。魔術師としても、剣士としても並みの者を凌駕するその才覚は帝国でもそうは居ません」
嫌味の無い、純粋な称賛を送ってこそいるがミゼンの攻撃が当たる気配がない。息も吐かせぬ猛攻を、奴はコートを気遣う余裕すら見せながら躱す。
「ですので一つアドバイスを。熟練者は体勢を崩さなければどのような攻撃にもしっかり対処できますよ。……このようにね」
有言実行。まさにその言葉通り攻撃の間隙を縫うようにミゼンの胸部に掌打を入れて見せた。鳩尾に入ったそれは彼女の身体を大きく崩し、追撃を許す。
「────ッ!」
至近距離で砲弾の如き勢いで投擲される無数のナイフ。理解が追いつくよりも早く放たれたそれは喉へ刺さり、胸を穿ち、腹へ打ち込まれ、腕に食い込み、肉を裂き、あっという間に真っ赤な華が地面に咲いた。
「ミゼン……?」
思考が現実に追いつかない。
理性が受け入れてない。
どうしてミゼンにナイフが刺さった?
あそこで真っ赤に染まってるのは誰?
ミゼンを追い詰めたのはどいつ?
目にもとまらぬ速さで投擲されたナイフは肉を削ぎ、切断とまではいかずとも腕は半分以上斬られ、いつ千切れてもおかしくないほど深い傷だ。
腕一つとってもそれだ。他の箇所なんて知るまでもない。
「やれやれ、意外と呆気ないものですね。……おっと、いけない。折角のコートに血が付いてしまいました。血は簡単に落とせるものではないというのに……」
「テメェ……ッ!」
その瞬間、俺の中の何かがキレた。今まで働いていた安全装置は吹き飛び、撃鉄が降ろされたようなイメージ。少なくともこのときの俺は、殺しへの忌避感なんて存在しなかった。
理性を支配してたのは、敵討ちという大義名分を盾にした殺人衝動だけだった。
赤黒く染まった地面が視界に映り、身体中の至るところから発せられる激痛が意識を繋ぎ止める。常人でなくとも死んでもおかしくない手傷を負ったにも関わらず、彼女の傷はほぼ完治していた。
(あぁ、やっぱり私は化け物なんだ……)
半分以上切断された腕の傷は既に繋がってる。例え腕を斬り落とされたとしても貴族級の魔族に迫る再生能力を持つ彼女なら、例え両の手足を失ったとしても数十分で完全に再生する。つまり、見た目は手酷くやられてるように見えるが傷口の一つ一つは小さいので見た目より消耗してないのだ。
だがそれは彼女を基準した話に過ぎない。ミゼンは痛みの中で怯えていた。死に対する恐怖ではない、葉月という友達に拒絶されるという恐怖に対して。
葉月も丈夫な身体を持ってるのは知ってる。だが葉月の価値観は普通の人寄りだということもまた、ミゼンは理解していた。それでも彼に何処かで惹かれたのは事実だし、力になりたいという気持ちに嘘はない。
だがそれは葉月がミゼンのことを知らないから。事実を知ってしまえばきっと彼も……。
「テメェ……ッ!」
不意に、葉月の声が聞こえた。首だけ動かして見上げると鬼のような形相でファントムに斬りかかる彼の姿が見えた。
(どうして……)
彼は何故、あんなに怒ってるのだろう?
自分のことなどほっとけば良い。こんな傷、化け物の私にとっては浅い傷に過ぎない。何より化け物を匿ったところで良いことなんて一つもないというのに……。
ぼんやりとその様子を眺めるミゼン。最初の方こそ、葉月の優性に見えたがすぐにファントムが盛り返した。動作の一つ一つが葉月の速さに追随し、常に一歩先を読んた一撃を見舞わせる。買い込んだ魔石で魔力を繋ぎ止めてるがそれもあと何分持つことか……。
「…………」
傷がほぼ完治したにも関わらず、ミゼンは迷っていた。このまま飛び出て間に入れば戦局は変わるかも知れない。しかしそれは同時に自分が化け物であることを彼に暴露することを意味する。
視界に映る葉月の胸部が深く斬られる。当然の結果だ。怒りだけで動いてる彼に防御という概念など存在しない。いつもの臆病な彼の戦い方とは考えられないやり方だ。
それでも無理に距離を詰めて、手を伸ばし、赤く染まっていく。毒や麻痺には何の効果も持たない身体だが、普通の傷程度なら数十分で再生する。これだけで彼も充分化け物だが、ミゼンのそれと比べると明らかに遅い。
何より葉月の身体の大半は魔力で構築されてる。本人の意志とは無関係に行われる再生は、皮肉にも一種の短命装置でしかない。魔石を砕いて魔力の減りを軽減してるが焼け石に水だ。
このまま黙っていれば化け物とバレることはない。その代わり、葉月は確実に死ぬ。彼を助けて、自分の正体もばれないなんて、都合のいい展開は起こらないことを理性が静かに告げてる。
「……助けなきゃ…………」
もう全身を刺すような痛みはない。地に伏せたままグッと力を込めて、一気に加速。間近で火薬が炸裂したような爆音が響く。まるで自分が抱えてた迷いを吹き飛ばすような、小気味の良い音だ。
ファントムが手にしたナイフが銀色の線を引きながら葉月の頸動脈目掛けて走る。二人の間に割り込むよう身体を滑らせたミゼンは右手でナイフを掴み、左手で殴りかかる。
「──ッ!」
割り込んだとき、ファントムと目があった。彼は一瞬だけ目を見開き、すぐに回避行動を取った。咄嗟に攻撃を中断して回避行動を取るなど、常人では成し遂げられない芸当だ。
「おや、もう完治しましたか。いやはや、身体能力、再生力、魔力だけでなく翼人族の機動力まで備えてるとは」
忌憚のない称賛を送られる一方で、ミゼンの表情は険しかった。今のは完全に不意を突く形で一撃を見舞うことができたと思っていたが、目の前の男は予め決められた通りに動いたような躱し方を見せた。
(全力でいかないと私も危ない……)
本気モードのミゼンを前にしても尚、態度を崩さないファントムに冷や汗が流れる。過去の戦いで、本気の彼女を前にした魔物たちは必ず警戒レベルをあげて挑んできた。だがこの男はどうだ?
見る者に恐怖さえ与える膨大な魔力を前にしても紳士を気取る姿勢。自分を殺すつもりで来るレディをエスコートするかのような錯覚さえ覚える。
ここに来て躊躇いなど微塵もない。迷わずヒヒイロカネに魔力を通し、切り札を切る。
炎に身を包まれ、熱風が吹き荒れる。紅の炎が消えたとき、ミゼンの髪は紅く染まっていた。目に見える変化はたったそれだけ。だが先刻とは比べ物にならない重圧がこの場を支配している。
「それが音に聞こえしヒヒイロカネの奥義、【カクヅチ】ですか。ですが、貴女一人では少々荷が重いのではないですか?」
「じゃあ、二人同時ならどうだ?」
声はファントムの背後から。限界まで姿勢を低くして放つのは水面蹴り。地面を削る勢いで放たれたそれを小さく飛んで躱すファントム。
ミゼンはその隙を見逃さず、しっかりと至近距離から炎を叩き込む。当然、これを予想してたファントムはジュラルミンケースを盾のように構えながら炎を払い、着地と同時にステップを踏む。
「まだ動けますか。体力馬鹿もここまで来れば立派なものです。あぁ、一応褒め言葉ですよ?」
「お前に褒められても嬉しくねぇな」
それより……と、前置きしてから葉月はミゼンへ言葉を掛ける。
「俺が動きを抑えてミゼンが攻撃。それでいいか?」
「う、うん……。……怖く、ないの?」
「? ……怖いって、何が?」
「だって、私……」
化け物だから──
彼を助ける為とは言え、抵抗がないと言えば嘘になる。決死の覚悟で出てきたとはいえ、やはり明確に拒絶されるとなると──
「えっと、何が怖いのかよく分からないけど、今はあっち優先にしない?」
呑気に世間話できる状況でもないし──そう言ってファントムと向き直る葉月。そんな彼の態度に目をぱちくりさせるミゼン。
どうして、怖がらないの? 私は化け物なんだよ?
葉月が怖がらない理由を考えようとして、思考を切り替える。疑問は残る。もしかしたら怖い気持ちを抑えてるだけかも知れない。だけど今、大事なのはそこではなく、生き延びること。
葉月のチート能力も、ミゼンの本気も、この男には届かないかも知れない。
しかしそれは単騎で挑んだ限りの話。二人一緒に掛かれば、或いは突破口を開けるかも知れない。幸いにして相手はこちらを完全に舐めている。付け入る隙は充分にある。
「ハヅキはとにかく攻めて。私がそれに合わせて撃ち込む」
「あぁ、宛にしてるぜ」
一度だけミゼンの方を向いてニッと笑う。先程までの怒りが嘘のようになりを潜めてるのが少し気になるが、その笑顔を見て心から安心した自分に気付く。
(助けて良かった……)
葉月の笑みを見て、本心からそう思う。これまで感じたことのない高揚に身を任せながら、ミゼンは葉月を護る為にその力を解放し、葉月はミゼンの為にその力を振るった。
「…………」
彼らの戦いに一切介入しない魔術師はジッと二人を見つめている。
セダス国が召喚したとされる英雄の強さを持つ少年。
英雄研究の過程で生まれたホムンクルスの少女。
現在の脅威はホムンクルスの少女だが、将来を見越せばあの少年は厄介だ。見た感じ、セイヴァーとしての能力を完全に封印されてるからこそ、ファントムとて遊びを挟む余地がある。
「まぁ、どうでもいいか……」
結局のところ、二人がどれだけ強かろうと男の興味をそそるような存在ではない。故に、男は参戦せずに観察に徹してる。
例え目的を果たす為の過程でどのようなコトが起きようとも、目的さえ果たせればそれでいい。
葉月らがその目的を知るのは、まだ先の話。
次回はちょっと遅くなります。