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異世界旅行記  作者: 想明 芳野
異世界召喚編
12/25

ザ・買い物タイム

買い物パートで1話使うなんて誰が予想しただろうか?

 そこはまさに戦場という言葉が相応しい地だった──

 レブナント化によって強引に力を底上げされた第一陣、第二陣の魔物たちは暴れ狂い、暴虐の限りを尽くし生者を喰らう。

 腕がもげようとも、足を斬られようとも、その身体は止まることを知らない。彼らを突き動かすのは植え付けられた妄執。もはや大地を赤黒く染め上げるほど血が流れた戦場に一人の男が悠然と立っている。

「おやおや。セントラル大陸一とも言われる天空騎士団がこうもあっさり落ちるとは。陛下の言う通り、大したことはなかったですね」

 翼はもがれ、贓物はぶちまかれ、騎乗者は八つ裂きにされたまま強引にレブナント化され、かつての戦友だった者へ襲いかかる。

 決して天空騎士団の人間が弱かった訳ではない。その男があまりにも強すぎたのだ。

 吐き出された息吹を切り払い、不用意に近づいてきた竜騎士を一瞬にして屠る。黒のオーバーコートにツバ付きの帽子は戦場に身を置く者としてはあまりに似つかわしくない装備だった。

 三人の竜騎士を一瞬にして屠るほどの実力者であるその男は一向に前線へ参戦する気配はない。寧ろ劇場に足を運んだ観客のような振る舞いと言ってもいい。

「私の護衛など退屈であろう、ジャック・ザ・リッパー。この程度の相手なら私一人でも如何様にでも対処できる」

「気持ちだけ受け取っておきますよ、ネクロマンサー殿。私にとって仕事とは結果を出すのではなく、その過程を如何に楽しむか。そこに尽きます」

 つまり、この男にとってセダス国との戦闘は興味を引くようなものではない。元々護衛として着いて来たのは噂の英雄がどんな人間なのかを見に来ただけに過ぎない。関心の対象がいないとなれば、自分が戦場へ赴く理由はない。

(しかしどうしてなかなか、セダス国の連中も粘るものだな)

 使い魔の目を通して俯瞰的に戦場を観察すればクレスメントのみならず、クリスティナも出陣している。数では勝っているの拮抗しているのはこの為かと納得した男は次の手を考える。

 皇帝からは『適当に遊んで切り上げて来い』と言われてる。正規の軍人は自分とその護衛の二人だけで、後は現地で調達した魔物のみ。少人数ということもあるが、何よりセダス国の情報網に掛からないぐらいには隠密行動に長けてる二人だからこそ出来ること。

「折角レブナント化したんだ。ジャック・ザ・リッパー、済まぬがもう少しだけ付き合ってくれ」

 魔術師の言葉に黒ずくめの男は答えない。何処までも冷めた目で戦場を見つめる姿がそこにあった。


 突然だが、俺は基本的にやると決めたことはちゃんとやる人間だ。

 結果が伴うとは限らないし、自発的に何かをやることだって少ない。それでも任されたことは最後までやり通すぐらいの矜恃は持ちあわせてるつもりだ。

 つもりだが──今回ばかりはかなり気が滅入ってる。この世界の住人に軟弱者と笑う奴がいれば多分、俺は甘んじて受け入れるかも知れない。

 少し頭を働かせて考えて欲しい。飢えや喉の渇きとは無縁の世界で育った人間がいきなりチートも同然の力を与えられて異世界に放り出される。魔物と戦うことに慣れたら次は戦争だ。頑張れ……と言われてやる気を出す奴、嬉々として参戦する奴がいるだろうか?

 少なくとも俺はその気になれない。その気になる奴がいるとしたら間違いなく相手の考えを少しも理解しようとしない、自分の価値観を押しつけるような自己中人間だ。

「ハヅキ、無理しないで……」

「そうも言ってられないよ」

 結局俺はフィリーに協力し、再びセダス国へ戻ることになった。そんなのは知らないから勝手にやれ、と吐き捨てることも考えたがそうすることで得られる旨味は殆どないと言っていい。

 俺の口が達者なら子●武●ボイスで有利に交渉進められたかも知れないが、外交スキルまではチート化してない。

 で、そんな俺が今何をしてるかと言えば買い物タイムだ。依頼達成時に貰った報酬とフィリーから貰った軍資金。それを併せて魔石の購入。そして出来れば装備も新調するようにと言われた。つっても今使ってるバトルソードは耐久力があるし使い勝手もいいから限界まで使うつもりだ。

 これから戦場に向かうのに呑気に買い物なんて──と思われても仕方ないが、こちとら早く魔力を補給しなきゃならないからこれは必要なことだ。装備の新調はそのついで。

「ここよ」

 フィリーに案内されること10分。表通りから少し外れた場所にその店はあった。以前使ってた大剣を一回り大きくしたサイズの看板には店名(ハンターライフと読むらしい。ミゼン談)が己の存在を主張するかのようにドドンッと構えてる。

 外見は二階建ての民家だが、店先に出てるボードにはセール対象商品らしきものがイラスト付きで宣伝されてる。字が読めなくても数字の上に二重線が引かれてその下に別の数字が書かれているからきっとそうに違いない。

(まぁこの手の店にいる店主っつったらアレだよなー)

 きっとこの奥には身長が180cmはある筋骨隆々のオッサンが居るに違いない。さもなくば如何にも頑固親父って感じの人。個人的にはどちらも苦手なタイプだが買い物をするのにそうも言ってられない。

 意を決して、扉を開ければ──


「い、いらっひゃいましぇッ! ハンターライフへよ、ようこしょ!」


 ──思い切りカミカミ口調で営業文句を言う幼女が出迎えた。

 カウンター(多分踏み台の上に立ってると思う)越しに接客してきた幼……もとい。少女はかなり目立つ容姿の持ち主だ。

 雪のような白い髪。金色の右目に海のように青い左目。漫画やアニメの世界でそういう女の子が度々登場するけどリアルで見たのは初めてだ。

 服装は青い制服の上に羽織った白いジャケット。どちらも柄は無い。強いて服の特徴をあげるとすれば制服には赤いタイが使われてる程度か。

 ……えーっと、もしかしてこの店ってこれがデフォルト?

「見ない顔ね。お手伝い?」

 どうやらフィリーも少女とは初対面らしい。ミゼンは既に商品を物色してる。マイペースだな……。

「あああのッ、今日はわひゃひがみせびゃんする日なんれす!」

「そ、そう……」

 大丈夫かこの娘? こんなんでごっつい冒険者とか来たら失神するんじゃないか?

 とはいえ、いちいちミゼンやフィリーに『これは何だ?』と質問しながら物色するのも気が引けるし……訊くだけ訊いてみるか。

「えっと、魔石と防具、それからエーテルを買いに来たんだ。で、なるべく動きを妨げない奴で、軽い奴ない?」

「しょ、しょしょうお待ちくだしゃいッ」

 ……伝わってるよな? こっちの言い分。まぁ可愛いから許すけど。

 ズドンッと、壮大な音を立てながら転んだ少女はめげずに立ち上がると二階へ駆け上がっていく。俺も行った方がいいかなと思ったけどすぐに防具を抱えて降りてきた。

「あ、あの……これとかどうですか!」

 わたわたしながら顔を伏せてズイッと防具を差し出してきたので手にとってみる。

 レームに小さな穴を開けて、それを紐で繋ぎ合わせた軽鎧・ラメラーアーマーだ。てっきり鎖帷子みたいなものを想像してたんだが……。

「悪くないんじゃない?」

 隣で魔石を買い物籠(竹を編み込んだだけの簡単な奴)に入れていたフィリーが忌憚ない感想を述べる。フィリーの眼鏡に適うとは……いやしかし。

「そうなのか? 予算のこともあるし鎖帷子の方がいいと思うけど……」

「アレは鎧の下に着込む予備の装備よ。刺突に対しては脆弱だしこまめに手入れもしなきゃいけないわ。その点、ラメラーアーマーなら簡単な手入れで済むしさっき言った弱点もないわ」

 なるほど……。防御面で優れてるってことも大事だが刺突に対して有効ってのは魅力的だな。こちとら一度、無警戒に近づいたせいで綺麗に刺されてるし。

「これ、幾ら?」

「あのあの、えっと──」

「あー、うん。別に怒鳴ったりしないから落ち着いて。ほら、深呼吸」

「す、すみません……」

 言われた通り、少女はその場ですー、はー、すー、はーと深呼吸する。それでようやく落ち着いたのか、喋り方が普通になってくれた。

「はぅ……お客様にご迷惑お掛けしてすみません……」

「いいよ。別に迷惑じゃないし。……で、これ幾ら?」

「えっと、銀貨50枚になります」

「銀貨50枚? ラメラーアーマーにしては高いわね」

 そういうものなのか? 俺は寧ろ安く感じたんだが……あぁ、そうか。地球じゃ鎧買うだけで何十万、下手すりゃ何百万もするからそう感じるのか。

「済みませんすみませんスミマセンッ! それ鋼を使っているので普通のラメラーアーマーより高いんですッ。それに今の時期は金属の相場も上がってますし、それは上がる前に作った在庫ですから銀貨50枚で済んでますけど余所のお店だと金貨で売ってますッ」

「あー、うん……なんかゴメン」

 これ、見方によっては一方的に虐めてるみたいだな。

「ハヅキ、これも買った方がいい」

 限りなく購入決定に意識が傾いてきたとき、いきなりミゼンが俺を呼んだ。そっちに目線を向けると壁に掛けられた商品の中から小振りの短剣を一つ取った。

 うっすらと刀身が赤らんだ、刃渡り30cmほどのダガー。懐に忍ばせておくには丁度いいサイズだが、どう見ても普通の武器じゃない。

「……何それ?」

「レッドダガー。火属性を付与した魔器。持っていて損は無い」

「魔器、ねぇ……。でもそれじゃあこの前みたいなゴースト相手じゃ意味ないんじゃ?」

「それは──」

「魔器も魔剣に分類されるからよ」

 ミゼンの説明を遮るようにフィリーが教えてくれた。そしてみるみるうちにミゼンの機嫌が降下していってるのが俺にも分かる。

「魔器は安価で入手も容易だけど基本的には消耗品よ。……まぁそれは魔力を込めれば解決するけどコスト的に割りに合わないわよ?」

「大丈夫。このぐらいの魔器の魔力付与なら私にもできる」

「ふぇ? おねえ──お客さん職人さんなんですか?」

「違う。ハヅキの友達」

 どうだ、とばかりに俺の手を握って主張する。あの、それだと恋人に見られるんだけど?

 ……しかしそうなると今度は予算が心配になってくる。こちらの軍資金は金貨五枚。魔石とエーテルの購入だけで既に金貨四枚消えてる。針金で括り付けられた値札を見ると……銀貨55枚。消耗品を減らせば買えないこともないが……。

(なんか売れそうなものとかないかな)

 今、ポケットに入ってるのは以前ミゼンと遊んだときに使ったトランプだけ。こんなの撃っても二束三文の値打ちにしかならない。それに俺はまだ一度もミゼンに勝ってない。かつまでは手放すつもりなんて毛頭無い。

 となると残りは──

「あのさ、これって下取りできない?」

 そう言って、俺は服の下に着込んでいるリネンキュラッサを指指す。先の戦闘で少し痛んでるから値は下がるのは明らか。最悪、下取りするだけでお金が貰えないかも知れない。

 俺の提案に少女は困ったような表情を浮かべつつもしっかり対処する。

「あう、ごめんなさい。下取りはうちのママが担当なんです……。でもママは今配達に出掛けて──」

「リナ、今帰ったぞ! ……と、いらっしゃいませお客様ッ。何かお求めですか?」

 噂をすれば影がさす、とはこのことか。運良く店の従業員が帰ってきたということで声がした方を振り向いて──絶句した。

 だってアレだぞ? アイリッシュハープのような綺麗な女性の声が聞こえたら嫌でも期待を膨らませて振り向くだろ? だってのになんだ、目の前にいるこの圧倒的存在感とそれに比例して沸き起こる戦慄は……ッ!

 ……ちゃんと説明しないと伝わらない? なら説明してやろう。

 人を射殺せそうな眼光に眼帯を付けた左目。頬に残る深い傷跡。それだけでもう百戦錬磨の猛者だということが素人の俺にも分かる。それだけに、声音とのギャップが激しい。

 しかも入店するとき、上半身を屈ませて入ってきた。その証拠に頭が天井に付きそう。多分というか間違いなく200cm以上あるだろ……。

 極めつけはその鍛え抜かれた体躯。俺の胴体ぐらいはある両腕は小麦色に日焼けし、見る者にとっては健康的な印象を与えるだろう。マッチョでなければ。服のサイズが合わず、露出してる腹は見事に割れた筋肉。サービスシーン? 正直、全然嬉しくないです。

「あ、ママ! お帰りなさいッ!」

「お……」

 お母さんとかマジかよ?!

 ……そう叫ばなかった自分を褒めてやりたい。フィリーは何度か見たことあるらしく既に『久しぶりです、ミアさん』『んん? おぉ、フィリーじゃないか! 久しぶりだな!』なんてやり取りをしてる。

「丁度良かったです、ママ。こちらのお客さんが下取りをしたいそうです」

「あぁン? 下取り?」

「ハ、ハイ…………」

 ゴメンナサイ。今すぐ回れ右してもいいですか?

 そんな俺の気持ちなどお構いなしとばかりにガシッともの凄い握力で肩を鷲掴みして服の下に着ているリネンキュラッサを鑑定する。

「ふぅん……確かにちと痛んでるがこの程度ならメンテするだけで使い物になるから問題ねぇな。素材は……へぇ、アラドスネークの皮革か。珍しいな」

「そう、なんですか?」

「昔はこれが主流だったんだよ。ただ、乱獲されたせいで数が減っちまったからな。そういう意味じゃ好事家の間じゃそこそこの値で取り引きされてるモンだ。……てか坊主、アタシ今結構な力でアンタの肩掴んでるわりには痛がらないんだな」

「えっと……まぁ、我慢してるんで」

 インパクトのせいで痛みが吹っ飛んだとは口が裂けても言えない。それに痛いっつっても我慢できるレベルだし。

 すると俺の反応が気に入ったのか、リナのお母さんことミアさんはニッと笑ってみせた。

「へぇ……ひょろいだけの坊主かと思ったけどやるじゃない。その装備を下取りしたいんだてね。その胆力に免じて銀貨10枚にサービスしとくよ!」

「ど、どうも……」

 まさかの中古装備が思わぬ形で役立つとは……。これもファンタジーならではのイベントってやつか。

 結局その場は下取りしたお金と合わせてレッドナイフを購入してハンターライフを後にした。残った銀貨は教会で聖水でバトルソードに聖属性を付与(一杯銀貨一枚。持続時間は24時間)して、最後に買ったエーテルを飲んで魔力を回復。魔石は回復量も多いが貴重品なので緊急用に温存。これでアルヤードで出来ることは全てやった……んだが。

「早馬を飛ばせばまだ間に合うわ。急ぐわよ」

「すまんフィリー。俺、馬なんて乗ったことないんだ……」

「あなた、一体どんな国で生活してきたの?」

 本気で呆れられたフィリーの顔がやけに記憶に残った。結局、ミゼンの早馬に相乗りする形で今度こそ俺たちはセダス国へと向かった。

どうでもいい補足


・リナ

家族で経営してるハンターライフの看板娘。12歳。もし自分たちが不慮の事故でなくなっても平気なように、しかし子供同士の繋がりも尊重しつつということで隔日間隔で店番をしてる。実は雑貨品の搬入・在庫確認・経理などを一手に引き受けてるできた娘。


・ミア

自称・ハンターライフの看板娘。どう考えてもリナが看板娘です。本当にありがとう御座います。

配達や武具製作に必要な材料調達がメイン。昔はAランク冒険者だったが色々あって夫と結婚。結婚しても自重せず暴れ回ってたが流石に娘が生まれてからは自重するようになり、冒険者時代の経験を活かせる仕事ということでハンターライフを始めた。

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