一話 事実は小説より奇なりって言うけど実体験するまでは嘘だと思ってた ──如月葉月
2013/07/02
本文を加筆修正。
不相応って言葉がある。釣り合いが取れてないこと。又は相応しくない意を表す言葉だ。
これはつまりアレだ。棚ぼた的な展開に便乗したらたまたま上手くいった結果、周りの奴等がそれを正当評価したことによって生み出された現実。言わば人生逆転物語。
でもよ、そういうのって向上心のある奴等や才気溢れる人間にこそ相応しいチャンスなんじゃないかって俺は思うんだ。特に今まで平凡に暮らしていただけの人間に、そんなハプニングが舞い降りても尻込みするだけなんだ。
だけど──やっぱりそういうのに魅力がないと言い切って突っぱねることができないのも凡人の悲しい性だったりする。一度でも甘い汁を吸って味を覚えてしまえば後は簡単。ボールが坂を転がるように、そいつも退屈な平和という世界から転げ落ちてしまう。
いやまぁ、ボール云々の話は比喩じゃなくてリアルに転がってる訳だが……。
(あ、これ死んだかも)
何かの本で読んだことがある。
衝突事故を体験した人は事故を起こすその数瞬の間、景色がスローモーションのように流れる。それは時間にしたら本当に一瞬だけど、確かに時間が引き延ばされた感覚……らしい。現に俺もそれに近い体験をしている。
なんてことはない。運悪くエリート意識の強い家柄に生まれてしまった落ちこぼれなオタクが自転車で走っていたところを、法定速度以上の速さで爆走する車と軽い接触事故を起こして、その弾みに金網に激突した瞬間、限界まで緩くなっていた留め具が天命を全うしたかのように良い音を立てながら俺を金網の向こう側へ誘導(?)する。
眼前に広がるのはアスファルトの海。即死するような高さじゃないけど苦しみながら死ぬかも知れない。
そんなことを考えてる間にも地面はグングンと迫ってくる。いや、迫っているのは俺の方か。
思えばろくでもない人生だったなー、とか回想に入る直前、俺と愛車のロードバイクを強い光が包み込む。
そこで俺の──如月葉月の意識は一度、そこで途切れた。
セントラル大陸の首都・セダス王国は大陸でも有数の強さを誇る魔物が蔓延るウェルサス地方にある。当然、そうした魔物に対抗すべく国に仕える兵士たちの実力も並みの傭兵を上回らなくてはならない。故にセダス王国の兵士たちは百戦錬磨の猛者であり、国の象徴でもある。
が、歴史を紐解けばセダス王国を治める王族たちにはある秘術が伝えられている。そしてそれは魔王に対抗する為の手段としても用いられた。
即ち、英雄召喚である──
(この感じ、捉えた……ッ)
地下二十メートルまで掘り下げられた飾り気のない地下室。囚人を閉じ込める部屋にも見えるがここは城内でも限られた人間のみが立ち入ることを許される場所。
セダス家に伝わる一子相伝の秘術・召喚術を行使する為だけに作られたその部屋には至るところに魔方陣や古代語が刻まれている。
今、この部屋は眩いほどに輝く金色の光に包まれている。部屋の中でもっとも大きな魔方陣の中心で全神経を集中させ、召喚術を発動させてる一人の少女から発せられている。
クリスティナ・アールグレイ・フォン・セダス。
病に伏してる女王に代わり、セダス国を背負う若き第一王女。
万一の為に入室している護衛たちは敬意の籠もった眼差しで若い王女を見やる。彼女は先月、十八になったばかりだ。この世界では男は十六、女は十八で成人とされる。男が早く成人扱いされるのは生物学的に見て男の方が強いから。
だが、そんなことを歯牙にも掛けないほどに、彼女は優秀だ。
男嫌いの母の元で育ったクリスティナ。男なんかに負けたくないと一心不乱に努力を重ね、十八という異例の若さで英雄召喚を使いこなすまでに至った。
過去百年を遡っても、英雄召喚を会得した血族は数えるほどしかいない。最年少で英雄召喚を習得した先代でさえ、三十を超えていた。それを思えば、彼女が如何に優秀であるかその片鱗が窺える。
「いよいよ、この国を救う英雄様が現れるのね。楽しみだわ」
「…………」
未だ見ぬ英雄に期待を膨らませる部下を一瞥することなく、彼女は溜め息を押し殺す。
金砂の如く輝きを放つ金髪に深みのある紺碧色の瞳ば冷めた目で魔方陣の中心にいる姉へ向けられる。
クレスメント・イリーガル・フォン・セダス。
天空騎士副団長という立場にある彼女だが、今回の英雄召喚に反対した数少ない一人だ。自国、最悪この世界の問題を異世界の人間にどうにかしてもらおうなどとは、一体どんな発想か。
勿論、それだけで反論した訳ではない。過去に英雄召喚を行った際、セダス国は異世界の英雄に対して出来る限りの保証をしていた。それで帳消しに出来たかはさておき、こちらの都合で喚ぶのだからそれは当然のことだ。
しかし、目の前の姉はそれを良しとはしなかった。なまじ才能があるだけに、召喚する英雄を屈服させるつもりでいる。その為に召喚術にオプションとして【隷属の鎖】を組み込んでいる。
「私がしっかりしないと」
誰にも聞こえないほどの声音で小さく呟いたクレスメントは小さく握り拳を作る。それは彼女なりの決意表明のように見えた。
「なんだここ?」
意識が覚醒したとき、飛び込んできた景色は自分の血で彩られたアスファルトでもなければ病院の天井でもない、見知らぬ廊下だ。
(もしかしてアレか? ここは三途の川的な場所か?)
ここは何処、とか。
どうしてこうなった、とか。
そういう考えは頭の隅に置く。
まずは歩く。
三メートル先も見えない、暗闇が広がるだけの廊下を奔る。何故か一緒に付いてきたロードバイクに跨がって。
体感時間にして凡そ十分。ギアを落としてかなりスピードを下げた安全運転は、突如激しいレースの始まりとなった。
ジャジャジャジャ……と、後ろから鎖が擦れ合う音がする。
運転しながら振り向くと予想通り、鎖だった。但し、バラのような棘を纏い、宙に浮かびながらこちらを捉えるように伸びてくる。
「……ッ! やべ、逃げよ!」
あれに捕まったら最後、あまり宜しくない結末が待ってる。死語の世界云々はともかく、痛い思いをするのはゴメンだ。
フロントディレイラーを一気に上げる。一瞬の抵抗の後、ロードバイクはグングンとスピードをあげる。壁に激突したらどうしようとかそういうのは全然考えない。
シッティングからダンシングへ移行。車体を揺らして更に加速する。二十秒と経たないうちに心臓が早鐘を打つ。
景色の変わらない廊下。ジャラジャラと不吉な音を立てながら迫る棘付き鎖。ひょっとしてこれ終わりのない鬼ごっこなんじゃ──と、不安に駆られた俺だったが、その終わりは突然やってきた。
長い廊下を抜けて、広い部屋に出る。背後でガシャンと何か降りて、一拍遅れで鎖がそれに激突。どうやら助かったらしい。
「ふぅー…………疲れた」
それほど長い距離を走った訳でもないのに疲労感が半端ない。
さて、これからどうしようかと思いながら部屋を見渡すと前触れもなく現れた青い炎によって暗い部屋が照らした。
ぽっぽっぽっ……と、小気味よい音を立てながら等間隔で明かりが灯る。目の前に現れたのは赤い扉と青い扉。そして二つの扉の真ん中に立つ、髪をキッチリ7:3に分けた燕尾服を着た、縁なし眼鏡を掛けた男。
「初めまして。私は神様代理補佐を務めている者です」
「はぁ……」
しかも偉いのかそうでないのか微妙に分からない役職だ。
「私の務めは人の世で言うところの神隠しに遭った人に対する説明をすることで御座います」
「え? 俺死んだんじゃないの?」
「はい。生きておられます」
そうか。俺は死んだんじゃなくてトンデモ世界(?)に迷い込んだのか。
「しかし貴方は非常に珍しい。異世界から召喚を受ける人間そのものが稀であるにも関わらず、【隷属の鎖】を振り切ってここまでこられた。このような客人は何百年ぶりでしょう」
そういう紳士服の男は何処か敬意が籠もった眼差しで俺を見つめてくる。……あの、そっちの気はないんですが。
「そこで、あなたには私の裁量で選択肢を与えることにしました」
「選択肢?」
「はい。本来神隠しにあった者、強制召喚を受けた者は選択の余地はありません。残念ながら未熟者である私ではあなたの運命を変えることは出来ませんが、これから訪れる艱難辛苦への備えを与えることはできます」
ギィっと、赤い扉と青い扉が同時に開く。どっかに通じているかと思ったらただの倉庫だった。
赤い扉には炎のように燃え上がる赤い長剣。
青い扉には魂すら凍てつかせる青い杖。
「あなたがこれから向かうかの世界は大変危険な場所に御座います。武器の一つは持っていた方が心強いでしょう。さぁ、選び下さい。剣か杖か。どちらの性能も私が保証致します」
「ふぅん……んじゃ、剣で」
特に深く考えた訳でもない。強いて言えば中学の授業で剣道があったから。
杖はその……見た目からしてなんか弱そうだし、剣の方が派手だし分かり易い。
剣を手に取った瞬間、その剣は身体の中心に吸い込まれるように入り込んでいく。そのことに動揺する間もなく、景色が暗転していく。
「それでは客人。あなたの旅路に幸多からんことを……」
「ちょ、ちょっと待って──」
俺の制止も虚しく、身体は再び光に包まれた。
廊下へ来たときと同じように強烈な光に襲われる。そのあまりの強さに思わず目を閉じる。
そして光が収まったかと思い周りを見渡すと……なんということでしょう! 目の前に広がるのは石でできた地下室で俺は甲冑とローブに身を包んだ女たちに取り囲まれているではありませんか!
「…………。なにこれ、コスプレ会場?」
だとしたら俺はいつの間に幕張へ来た? だが俺の疑問に答えてくれる人は誰もいない。
「こ、これが……私が喚んだ英雄…………」
しかもなんか邪気眼煩ってる感じの娘が俺の顔見た瞬間に嘆きだした。マジで何この状況?
事故って変な廊下で鎖に追いかけられて謎の紳士から餞別貰って……今度は敵意剥き出しの騎士っぽい人たちに囲まれて……訳が分からん。
周りの人間(何故か女性しかいない)が身に付けてる物の中でも特別上等な造りをした真っ白な服、肩まで伸びた絹のような柔らかい金髪、均整の取れた目鼻。間違いなく美人の部類に入る人だ。
「へぇ……男ってのも意外だけど黒い髪の毛に黒い目。顔は……うん、悪くないわ」
嘆く娘とは対照的に面白いものを見つけたように声を弾ませる女。こちらはショートヘアーの金髪だが銀色の鎧を着込んだ──これまたやっぱり美人さん。顔が全く同じだから双子か?
「ほら、お姉様。英雄に挨拶しなきゃ」
「…………。初めまして英雄殿。あなたを召喚したクリスティナ・アールグレイ・フォン・セダスです」
「あ、はい……」
なんかスゲー投げやりな自己紹介ですね。
「お初にお目に掛かります、英雄殿。わたくし、セダス王国第二王位継承者のクレスメント・イリーガル・フォン・セダスと申します。上辺だけ取り繕って挨拶したクリスティナの妹で御座います」
「クレア、あなた喧嘩売ってるの?」
「あら。不出来な姉に代わり、妹である私がキチンと挨拶をしたまですけど?」
バチバチバチ……と、火花を散らす美人姉妹。あの、当事者置いてきぼりなんですけど……。
主人公はあまり感情を出さないタイプです。
作者の趣味とかじゃなくて、人間味溢れるような喜怒哀楽の激しいキャラが未だに書けないからです。orz