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足跡たどって、もう一歩

作者: 東郷 義人

「十」

 来ヶ谷さんが言う。

「きゅう!」

 葉留佳さんが言う。

「えいと!」

 クドが英語で言う。

「なな」

 小毬さんが言う。

「ろく」

 鈴が言う。

「ご」

 真人が言う。

「よん!」

 謙吾が言う。

「三」

 西園さんが言う。

「二」

 僕が言う。

「一!」

 恭介が言う。

「「「「「「「「「「・・・ゼロ!!新年、あけましておめでとう!!」」」」」」」」」」

 今日は元日だ!



「とまあ新年のあいさつをしたわけだが、無論これからが本番だ!!」

 仕切り直しをするように恭介が言う。

「当然だ!正月にはやるべき事がある!!」

 謙吾も続く。

「行くぞ!新年の祭りへ!!」

「「「「「「「「「「おぉーっ!!」」」」」」」」」」

 よくわからないテンションのまま、僕たちは神社へと向かった。



「相変わらずすごい人だな」

 鈴が鬱陶しそうに言う。確かに毎年初詣にはすごい数の人が来る。

「そうだな。はぐれるといけないし、いくつかのグループに分かれて手を繋いで初詣に行こう」

 というわけで、僕は謙吾・西園さんと一緒に行く事になった。

「・・・でも人数比的におかしくないかな?人数の多いところに男子を配置すべきだと思うんだけど」

妙に思った僕は謙吾に聞いてみる。

「それは恭介の気遣いに決まっているだろう。理樹が他の女子と手を繋いだら、西園が不満に思うだろうと思ってな」

「・・・別に直枝さんが誰と手を繋ごうと、わたしは気にしませんが」

 西園さんがそっけなく言う。でも微妙につっかかったように聞こえた。

「そう?僕は西園さんが他の男子と手を繋いだら嫌だけどな」

 なので僕は攻撃してみる。

「・・・直枝さんがそうおっしゃるなら仕方がありません。そもそもわたしが男性と手を繋ぐなどまずありませんから」

 西園さんは相変わらずつれない返事。でもなんとなく嬉しそうな口調で、頬を赤らめているのを僕は見逃さなかった。

「仲良き事は美しき哉、か」

 そんな僕らを謙吾は穏やかな目で見守っていた。



「さてみんなおみくじを持ってきたか?」

「はい」

「当然だ!」

 僕らは初詣を終えると、恭介の命令でおみくじを引いてきた。

「一斉に開けるぞ!いっせーの、せっ!」

 恭介の合図で一斉に開ける。・・・僕は中吉だった。

「ふむ。中途半端さがいかにも少年らしいな」

「よくわからない評価しなくていいから・・・」

 いつの間にか来ヶ谷さんが後ろから覗き込んでいた。

「謙吾!今年は負けねえぜ!」

 毎年謙吾より下の真人が叫ぶ。

「お前はなんだったんだ?」

「オレは・・・オレはなぁ・・・小吉だあぁーっ!」

 もったいつけたわりにしょぼかった!

「・・・奇遇だな。俺も小吉だ」

 謙吾も小吉だった。

「ちっ・・・引き分けか」

 真人が無念そうに言う。

「そうでもないぞ。詳しい説明を見てみろ」

 真人の札を覗き込んでいた謙吾が言う。

「なんでも『これまで積み上げてきたものが失われるかもしれません。』だそうだ。お前が積み上げてきた物など一つしかない・・・それは、筋肉だ」

「うああぁああぁーっ!!オレの、オレの筋肉が、失われるだとぉーっ!!」

 真人が絶望して転げまわる。

「見ててきしょいわボケ!」

 鈴がそれを蹴り上げる。

「いや、それ以外かもしれないだろう」

 来ヶ谷さんが珍しく慰めるように言う。

「そ・・・そうなのか来ヶ谷?」

「ああ。前にも言った「今日の2-E井ノ原君」というコーナーを昼の放送に設置すれば、君が失う物は筋肉ではなく平穏な日々になる・・・」

「平穏な日々か・・・だが、筋肉には変えられねえ!」

「ちょ、ちょっと待ったーっ!」

 話が不穏な方向に向かいそうなので、僕は慌てて間に入る。

「邪魔するな理樹!筋肉のためなんだ!」

「落ち着きなよ真人!内容をよく見て!」

 真人の札の一部を指差す。

「『スポーツなどをすることで、運勢を好転させることが出来るでしょう。健全な肉体に、健全な魂が宿るのです』・・・?」

「要するに、真人の筋肉が真人を不運から守ってくれるって事だよ!」

「そうだな・・・そうだよな・・・!俺の筋肉は不運になんて負けねえよな!」

「・・・単純なやつだな」

 謙吾が呆れたように言った。

「・・・大丈夫だこまりちゃん!当たるとは限らないぞ!」

「ぐっどらっく、なのです!」

 振り返ると、なにやらヘコんでいる小毬さんを鈴とクドが慰めていた。

「小毬さんはどうだったの?」

「だ、大凶・・・」

 確かに不幸体質の小毬さんならありえる話だ。

「ま、まあ大丈夫だよ。真人なんて何度も大凶出してるのにぴんぴんしてるから」

とりあえずフォローしておく。

「う、うん。ありがとう理樹君・・・」

 小毬さんはふらふらと歩いていった・・・

「ちなみに二人の結果は?」

「中吉」

「大吉でした」

「ああ・・・」

 余計に落ち込むな。それは。

「・・・葉留佳君はどうだったかね?」

「私は吉でしたネ。姉御はどうだったんですか?」

「無論大吉だ」

 まあ、その辺が妥当か・・・

「西園さんは?」

 西園さんにも聞いてみるが・・・

「教えたくありません」

 やはりつれない返事。

「ああ、西園女史は大吉だったよ」

 脇から来ヶ谷さんが口を挟んでくる。

「へぇ、すごいね」

「い、いつ見たんですか?来ヶ谷さん」

 西園さんが動揺している。なにかまずい結果でも出たのだろうか?

「しかも恋愛面によると、『今交際している異性が運命の人かもしれません。意地を張らずに、素直に接しましょう』だそうだ」

 それを聞いて僕の顔は真っ赤になる。

「ふむ。少年の札にも、現在の交際相手が運命の人かもしれないと書いてあるな。『思っていることを正直に言ってみることが、距離を縮める近道です』か。羨ましい限りだ」

西園さんの顔も赤くなる。そして来ヶ谷さんは、はっはっはと笑いながら去っていった・・・。

「・・・えっと」

「・・・・・・」

 二人残された僕と西園さんは、なんとも言えない雰囲気になる。

「えっと・・・大吉で良かったね」

 とりあえず褒めてみる。

「・・・まあ、当たるかどうか分かりませんが」

 西園さんもぎこちなく答える。

「そうだね。でも当たった方が嬉しいよね」

「・・・・・・!」

 なぜか西園さんの顔が再び真っ赤になる。

「・・・え?」

「な、直枝さんは、わたしが・・・う、う、う・・・」

「う?」

「う、う、うん・・・」

「・・・あ」

 西園さんの動揺の理由が分かり、僕も再び真っ赤になる。

「え、あ、いや、別に運命の人ってとこに対して言ったわけじゃなくて、あーでも西園さんが運命の人だったら嫌だなんて思っている訳じゃなくて・・・」

 小毬さん並みに慌ててしまう僕。

「・・・・・・」

 黙ったままの西園さん。この状況、どうしよう・・・

「おーいお前ら、いつまで残ってるんだ!」

「「・・・・・・!」」

 遠くから恭介の声が聞こえ、僕たちはビクッと反応する。

「露天に繰り出すぞ!」

「あ、うん。分かったよ!」

 恭介に答えると、再び西園さんに向き合う。

「・・・そ、それじゃあ行こうか」

「は、はい・・・」

 少しぎこちなく僕たちは皆の後を追ったのだった・・・。



「さて・・・燃える屋台はどれだ?」

 今度は屋台を見て回っていた。

「あれなんかどうだ?恭介」

 謙吾が金魚すくいを指差して言う。

「悪くないな。まずはあれからにするか!」



「これより第一回超絶技巧金魚すくい大会を始める。ルールは簡単、とにかく多くの金魚を取ればよし。罰ゲームとして下位三人はトップに五百円以内で一品ずつ奢ること!」

「おう!」

「ひゃっほーい!」

 恭介の号令で皆が網を構える。

「ふん。オレの筋肉があれば、このくれぇの金魚なんざ秒殺だな」

 相変わらず真人は根拠なしに筋肉を頼みとしている。

「どうせお前、すぐに負けるだろ」

 鈴が言う。

「言ったな鈴・・・ならオレは、お前の十倍の金魚を取ってやるぜーっ!」

 真人が叫びつつ、網を大きく掲げる。

バリッ

「へ?」

 何かが破れる音がしたので、真人が上を見上げると・・・

「・・・・・・」

 天井のでっぱりが網に突き刺さっていた。

「・・・不戦敗、な」

「うあぁぁーっ!!」

井ノ原真人、開始前に脱落。

「ちくしょう、素手で取ってやるーっ!」

「うっさい!」

ばきぃ!

 尚も参加しようとする真人を鈴が黙らせる。

「バトルスタート!」

 恭介の号令でみんなが金魚すくいを開始する。と・・・

「・・・ああああう~」

 早々と小毬さんの網が破れていた。

「ゲームオーバーだ」

神北小毬、記録0匹。

「・・・まあ、下位三人という時点で罰ゲームを受けるメンバーはほぼ確定しているだろうが」

金魚を次々と掠め取りながら来ヶ谷さんが言う。確かに真人や小毬さんはすぐに自爆しそうだ。

「ふふん・・・これなら罰ゲーム回避は楽勝でしょうナ」

 葉留佳さんが不敵に笑う。

「あ、とても大きい金魚です」

「え、まじっ!」

 西園さんの言葉通り、やたらと大きい金魚が葉留佳さんの方に向かってくる。

「っていうかあれ金魚じゃないよね!?」

「よーし、それもらったーっ!!」

 葉留佳さんはそれをすくい上げる。

バリッ

「ふふん。これだけ大きければ網が破れてもそのまま枠ですくえるんだよねー」

 網が破れるが、外側の枠に金魚が引っかかっている。

「・・・なんか違う気がする」

「すごいですけど、あの大きさでは・・・」

 クドが心配そうに言う。すると・・・

ぴちゃ・・・ぽちゃん。

「・・・あれ?」

 金魚は跳ねてもとの水槽へ戻っていった・・・。

「やっぱり・・・すぐに逃げてしまいました・・・」

「そもそも今回は金魚の大きさでなく取った数を競うのですから、一匹目で網を破るという行為そのものが失策でしょう」

 西園さんが冷静につっこむ。確かに他の人が二匹以上取った時点で終わりだ。

「くっそーぅ!騙したなみおちん!」

 葉留佳さんが西園さんに食ってかかる。

「人聞きの悪い事を言わないでください。わたしは大きい金魚に驚いてつい声に出してしまっただけです。それに・・・」

 西園さんが右側を指す。そこでは・・・

「・・・・・・そこだあぁっ!」

 巨大金魚を恭介が見事にすくっていた!

「技量があれば取ることも不可能ではありません。自分の技量にふさわしい標的を探ることも、金魚すくいの醍醐味でしょう」

 そう語る西園さんは、合計しても巨大金魚より小さそうな金魚二匹を捕まえていた。

「彼を知り己を知れば百戦危うからず、か。兵法の常道だな」

 謙吾も納得している。僕も同感だけど。

「ていうか謙吾、勝負は?」

「そうだった!この勝負、俺がもらったあぁーっ!」

 謙吾は再び戦場へと戻っていった。

「・・・理樹、もういいのか?」

 今度は鈴がやってくる。

「そういう鈴は?」

「あんなあほくさいの、やってられるか」

 鈴は水槽を指す。

「・・・よし!二匹同時ゲットだぜ!」

「ならば、俺は三匹だぁーっ!」

「甘いな謙吾少年。キミらが一度に三匹取る間に、私は四匹取ってくれよう」

 恭介、謙吾、来ヶ谷さんの三つ巴による常人離れした激戦が繰り広げられていた・・・。

「皆さんすごすぎて、わたしなんかが入り込む余地がないのです・・・」

 クドも避難してくる。

「・・・みなさん罰ゲームを免れられるだけの金魚は取ったのですから、今後は観戦といきませんか?」

 西園さんの提案で、僕らは観客役に徹することにする。結局勝負は金魚がなくなるまで続いて三人の引き分けだったけど、屋台のおじさんが本気で泣きそうだったので金魚はほとんど返してあげた。



「くっそう・・・もっと筋肉が活かせる勝負ならオレの圧勝なのによ・・・」

 真人がぶつぶつ言っている。

「やはりたこ焼きはうまいな」

 目の前で真人の買わされたたこ焼きを謙吾が食べているのが不満なんだろうけど。

「次は・・・あれにするか!」

 恭介が右手の屋台を指す。射的だ。

「よっしゃあ!ありえないくらい強く引き金を引いて、ありえないくらい強く飛ばしてやるぜ!」

「引き金を強く引いても威力は変わらないからね、真人・・・」



「これより第一回ハートブレイカー射的対決を開始する。弾は一人三発、落とした景品の合計重量を個人の得点とする。罰ゲームは・・・」

 恭介がしばし考え込む。

「・・・なしでいいか。じゃ、順番を決めるぞ」

「あみだくじでも作ろうか?」

「いや。こんな事もあろうかと既に作ってある」

 来ヶ谷さんがどこからともなく箱を取り出す。本当、どこから出してるんだろう・・・


 結果、小毬さん・クド・葉留佳さん・鈴・来ヶ谷さん・真人・西園さん・謙吾・恭介・僕の順になった。

「ミッションスタート!」


「ほわぁ・・・最初って、緊張するよ~」

 一番手の小毬さんが構えるが、緊張しているらしい。

「がんばれこまりちゃん!取ったお菓子はいっしょに食べよう!」

「ありがとうりんちゃん!ようしっ」

 やっぱり単純だ!

「んーと、やっぱりお菓子かな~」

 小毬さんが小さいお菓子に向けて連続射撃するが、どちらも外れた。

「うわああーん!」

「落ち着けこまりちゃん!あと一発残ってるぞ!」

 本当に不器用で落ち着きのない人だ・・・

「で、でも~・・・あ」

パタン

 誤って撃ってしまっていた。しかし奇跡的にチョコボールの箱にヒットした。

「やったー!」

神北小毬、記録チョコボール一箱。


 西園さんが銃を回収し、二番手のクドが前に出る。

「そういえばクド公って、実際に銃撃ったことあるんだっけ?」

 葉留佳さんが質問する。

「はい。秋に帰国した時、射撃訓練をしてきました!」

「最近始めたばかりか・・・巨大な重火器を構える小さな少女・・・イイな」

「・・・来ヶ谷さん、目が怪しいよ」

 この人は・・・

「はっ!よいしょ!わふー!」

 クドが連射する。それぞれフィギュア・チョコレート・ガムにヒットし、内フィギュアとガムが倒れた。

「ミッション・インクレイネイションなのです!」

「・・・クーちゃん、ちょっと間違ってるかな・・・」

能美クドリャフカ、記録フィギュア一つ・ガム一箱。


 クドが銃を西園さんに渡す。三番手は葉留佳さんだ。

「まあ、クド公には負けられませんネ・・・」

 不敵に笑う。

「ここは大物狙い!そのぬいぐるみ、はるちんがもらったーっ!」

 一番大きいぬいぐるみをビシッと指して宣言する。

「大丈夫?難しいと思うんだけど・・・」

 一応忠告しておく。

「これは心外ですナァ。理樹君は私を見直す事になりますヨ」

 聞くはずないか。

「ほう。大戦果を挙げて理樹君のハートも撃ち抜くのかね?」

「ええっ!り、理樹君のハートって、何言ってるの姉御ぉ~!?」

「なんでそこで照れるのさ・・・」

ぎゅっ

「・・・ん?」

「・・・・・・」

 西園さんが不満げな表情で僕の袖を握っていた。

「どうかしたの?」

「いえ・・・」

 もしかして・・・

「やきもち焼いてる?」

「・・・っ!」

 西園さんの顔が真っ赤になる。・・・正直、すごく可愛い。

「浮気なんてしないから大丈夫だよ」

 安心させるように、頭を撫でてあげる。

「な、何をするんですか!」

「嫌だった?」

「・・・・・・」

 黙り込む。昔なら絶対に怒られると思って出来なかったけど、実際のところ西園さんはこういうのが嫌いなんじゃなくて恥ずかしいだけだったりする。

「・・・意地悪になりましたね、直枝さんは」

「意地悪すると可愛い西園さんが見れるからね」

 笑顔で返す。西園さんは俯いているけど、きっと火が出そうなくらい真っ赤な顔をしているに違いない。

「・・・えー、こほん」

「「・・・!!」」

 背後からの咳払いに我に返る。

「イチャつくのは勝負の後にしてくれないか?」

「そ、そうだったね。ごめん恭介」

 射的勝負のことを思い出し、慌てて謝る。

「ま、お前らの仲が良いのは嬉しいんだけどな。でも放置じゃ鈴が怒るぞ?」

 恭介が構えている四番手の鈴を指す。

「あれ?葉留佳さんは?」

「・・・・・・」

「・・・そうか、そうだよね・・・」

 言うまでもないと言う事だろう。三枝葉留佳、記録無し。

「がんばってね、りんちゃん!」

「まかせろ!こまりちゃんの仇は、きっと取る!」

 ・・・仇って何だ。

「いけぇーっ!」

 仇とは小毬さんが外したお菓子の事らしい。キャラメル、チョコレートと次々と仕留める。

「ていっ!」

パシン!

 最後にフーセンガムを落として凱旋する。

棗鈴、記録キャラメル一個・チョコレート一個・フーセンガム一個。


「銃火の花束を贈るとしようか」

 銃を構える五番手来ヶ谷さん。本物の拳銃だったらさぞさまになるだろう。

「ふん」

パシッパシッパシ!

「うわっ!」

「・・・凄ぇな」

 リロードがやたらと速い。連射で二番目くらいに大きいぬいぐるみを仕留める。

「これでおねーさんが暫定一位か」

 来ヶ谷唯湖、記録ぬいぐるみ一つ(羊)。


「今度こそ筋肉の力を見せてやるぜ・・・!」

 六番手の真人が進み出る。

「三枝が狙った一番デカいぬいぐるみ・・・オレが落としてやるぜ!」

「ん?何か言ったか?」

「ふーん」

「・・・そうですか」

「まぁがんばれ」

「なんだよその気の抜けた応援は!」

 真人が女性陣の冷たい応援に抗議する。

「いつものことじゃないのか?」

「・・・それもそうだな」

「納得しちゃうんだ!?」

「理樹・・・オレの勇姿、その目に焼き付けろよ」

「うん・・・期待しないで見守るよ」

「うおおぉぉーっ!!」

バチン!バチン!ベキッ!

「だめだったな」

 真人の射撃で少し傾いた気はするが、倒すことは出来なかった。

「くっそーっ!筋肉が足らなかったか!」

「・・・それより、何か変な音がしなかったか?」

「ん?ありゃ、壊れちまってる」

 真人の握力で銃はスクラップと化していた。

「弁償しろよ」

「うわああぁぁーっ!!」

井ノ原真人、記録マイナス銃。


「・・・わたしですか」

 七番手の西園さんが前に出る。

「頼む西園、オレの仇を・・・」

「嫌です」

「うああああぁぁーっ!!」

「うっさい!」

ばきぃ!

「・・・ごめんなさい」

 西園さんに敵討ちを拒否され、転げ回る真人を鈴が沈黙させる。

「・・・あれを狙いますか」

 西園さんはそれなりに大きいぬいぐるみを狙うらしい。

「おっ、西園、それは・・・」

 西園さんは三丁の銃に一発ずつ装填していた。

「こうすれば、装填のロスをなくす事が出来ますから」

「さすがは西園だな。俺もやってみるか・・・」

 頭脳派の西園さんらしいアイディアだ。

「えいっ」

パシパシパシ・・・ガタン

「・・・成功です」

西園美魚、記録ぬいぐるみ(イルカ)一個。


「俺か・・・真人、お前が敗れたあのぬいぐるみ・・・俺も挑戦しよう」

 八番手は謙吾。やはり最大のぬいぐるみを狙うらしい。

「せいっ!」

パシ!パシ!パシ!・・・カタン

「・・・喜ぶべきか悲しむべきか分からんな」

 ぬいぐるみは傾いたものの倒れなかった。しかし一発が跳ね返り、隣のガムを倒していた。

宮沢謙吾、記録ガム一個。


「どれ、いくか」

九番手の恭介が、西園さん同様に三丁の銃を手に前進する。

「恭介、頼むぜ」

「リーダーとして、仇を取ってくれ」

 真人と謙吾が激励する。

「ふっ・・・俺を見くびるな」

 不敵に笑う恭介。

「とぅっ!」

ベシ!ベシ!

 ぬいぐるみがかなり傾いている!もう少しだ!

「・・・やめておこう」

バシ!・・・コトッ

「・・・何すんだ恭介ぇっ!」

 恭介は最後はぬいぐるみを狙わず、別の大きめの人形を倒した。

「ま、リーダーが手ぶらじゃ格好がつかないだろう」

棗恭介、記録人形(猫)一個。


「僕で最後だね」

 なぜか最後の十番手が僕だ。

「頼むぜ理樹!オレの仇を取ってくれ!」

「理樹!俺たちの友情があれば、きっと倒せるはずだ!」

 真人と謙吾が哀願してくる。そう言われてもなあ・・・。

「・・・理樹。俺はお前が危険な挑戦をしようとも、堅実な判断をしようとも批難はしないぜ」

恭介が言う。

「でも・・・正直僕じゃ難しいと思うんだよね」

 僕もけっこう上手い方だけど、恭介や謙吾の方が格上だ。

「それなら、何か励みになるような物を用意すればいいだろう」

 謙吾が提案する。

「よし!理樹が仇を取ったら、オレの筋肉の一割を分けてやるぜ」

「分けられないし、いらないから」

 でも・・・何か励みになるような物か・・・

「・・・ん」

 西園さんと目があった。

「・・・じゃあ、西園さん、成功したらお願いを聞いてくれないかな」

 一つしたい事があった。

「お願い・・・ですか?・・・内容は何です?」

「それは・・・後で言うから」

「そうか。少年は今夜西園女史にあーんなことやこーんなことをしようというのだな?」

「違うから!いたって清いお付き合いだから!」

 来ヶ谷さんの茶々を慌てて否定する。

「とにかく・・・西園さんが本気で嫌がる事じゃないよ。それは保障する」

「そう言われましても・・・」

 困った顔をする西園さん。でもみんなの前でこれを言うのはさすがに恥ずかしい。

「本気で嫌って場合は取り下げるから。・・・ダメかな?」

「・・・分かりました。約束しましょう」

 本気具合が伝わったのか、西園さんは頷いてくれた。

「ありがとう。・・・行ってくるよ」


「・・・ふぅ」

 だいぶ傾いたぬいぐるみ。どこを狙うべきか考えてみる。・・・真人みたいに下を狙っては不利だろう。やはり真上を狙うべきか・・・

「・・・いや」

 傾き具合から考えて右上寄りに狙った方が有効だろう。そのあたりは出たとこ勝負だ。

「いくよ」

バシッ!バシッ!

 ぬいぐるみが大きく傾く。

「・・・当たれぇっ!」

バシィッ!・・・ゴロン

「・・・やった」

「やったな理樹!さすがは理樹だぜ!」

「ひゃっほーい!俺たちが勝った!」

 真人と謙吾に揉みくちゃにされる。

直枝理樹、記録ぬいぐるみ(クマ)一個。



「しかし本当に倒してしまうとは・・・驚きました」

「まあね」

 くたびれたように息をつく西園さんに笑顔で返す。

 射的の後は自由行動になり、僕は西園さんを連れて人気の無い高台のベンチにやってきていた。

「それで、お願いの事なんだけど・・・」

 一度深呼吸をして逸る気持ちを抑える。

「・・・西園さんのこと、名前で呼んでもいいかな?」

「・・・・・・!」

 瞬時に西園さんの顔が真っ赤になる。普段は冷静なのに、この手の話には本当に弱い。

「・・・なぜですか?今まで通りでも特に問題はないと思いますが?」

 あくまで冷静を装って切り返してくる西園さん。そこに、僕は直球ど真ん中を投げ込む。

「だって僕は西園さんの恋人だから。愛する人を下の名前で呼びたいって思うのは、当然の欲求じゃあないかな?」

「・・・少しの照れも見せずに直枝さんがそんな台詞を言えるとは思えません。・・・あなたは、何者ですか?」

「いやいやいや・・・って言うか、西園さんが反対側向いたままだから僕の顔が見えないんじゃない?」

僕は立ち上がって、西園さんの正面に回りこむ。

「・・・確かに顔は赤いですが・・・そこまでして、呼びたいのですか?」

「西園さんだって、呼んでもらいたかったんじゃないの?」

「な、何を根拠にそんな事を・・・」

「前に言ってたよね。『小説の中の恋人たちは、下の名前で呼び合う事が多いようですね』とか『・・・そういえば、直枝さんが名前で呼ばないのはわたしと来ヶ谷さんぐらいですね』とか。つまり恋人なんだから名前で呼んでほしいって言いたかったんだよね?」

ここぞと畳み掛ける。

「それは・・・」

 西園さんは俯いて言いよどむ。・・・恥ずかしがりやだなぁ、本当。

「・・・嫌ならかまわないよ?」

「・・・はい?」

「西園さんの本気で嫌がる事はしないって約束だからね。西園さんの嫌な事を無理にしようとは思わないから」

 ・・・だから、自分の本心に正直になれるように僕がリードしてあげなきゃいけないんだよね。

「・・・直枝さんは卑怯です。鬼畜です。全部分かっていて、こんな事を言うのですね・・・」

「たしかにちょっと卑怯かもね。でも素直になって欲しいんだよ。・・・美魚には」

 そう呼ぶと、西園さん・・・いや美魚はビクッと体を震わせた。

「呼んでいいかな?」

「・・・ごめんなさい」

「え?」

「わたしは・・・ずっと「あの世界」でのようにそう呼んでいただきたかったんです。・・・でも結局素直にいう事もできず、申し訳なくて・・・」

 美魚は申し訳なさそうな顔をする。

「大丈夫。素直じゃなくても、美魚の感情はだいたい掴めるようになってるから」

「・・・ありがとうございます」

 美魚が軽く礼をする。

「・・・そうだ」

「何ですか?」

「僕だけ名前で呼ぶのも不公平だし、美魚も僕のこと名前で呼んでよ」

「な、名前でですか?」

 実はこっちが本命。たしかあの世界でも下の名前で呼ばれた事は無かったはず。

「約束したでしょ?」

「それはさっき使ったのでは・・・」

「さっきは結局許してくれなかったから勝手に言ったでしょ?それに回数は指定してないよ」

 一応スジは通ってる・・・はず。現に美魚は抜け穴を探そうと必死だし。

「し、しかしですね・・・」

「どうしてもしないって言うなら、みんなに約束を守るよう言ってもらうよ。まあ、その場合みんなの前で言わされることになるだろうからできればしたくないんだけど」

「・・・・・・!」

 美魚の表情が凍りつく。こんな話を聞いたら来ヶ谷さんあたりは盛大に囃し立てるだろうし、真人や葉留佳さんならともかく恭介や来ヶ谷さんまで敵に回したら美魚も勝ち目はないだろう。そしてその後の事の恥ずかしさは、この場で名前を呼ぶことの数倍に達することだろう。

「・・・分かりました」

 美魚もそれが分かっているのか、覚悟を決めたらしい。

「り・・・り・・・」

 美魚は一回深呼吸をする。

「・・・・・・理樹、さん。・・・んっ!?」

 恥じらいながら僕の名前を言った美魚の口を、僕の口が塞ぐ。

「・・・む・・・むむぅっ・・・」

 唇を離す。美魚はビックリした表情のままで、僕はつい笑ってしまった。

「な、何をするんですか!」

「何って・・・名前で呼んでくれたからご褒美をあげたんだけど?」

「な、な・・・」

 美魚は当惑していたが、やがて呆れたように溜め息をつく。

「はぁ。このように主導権を握られっぱなしとは思いませんでした。・・・でも、理樹さんになら悪くないかもしれませんね」

 脱力したように言う。と、美魚が微妙に物欲しげな表情をしているのに気が付いた。

「・・・どうかした?美魚」

「いえ、どうもしませんが・・・」

 平静を装う美魚。でも僕も美魚の変化の少ない表情を読み取るのは慣れている。

「・・・ご褒美、もっと欲しいんだよね?」

「そ、そんな事は・・・」

「それじゃあ僕が美魚を抱き締めたいから抱き締める。僕が美魚にキスしたいからキスする。いいね?」

「・・・・・・」

 美魚は答えない。でも微妙に嬉しさが滲み出ているのが分かる。まぁ、言えば絶対ムキになって否定するから、そうとは言わないけど。

 僕は苦笑しつつ、美魚を抱き寄せた・・・。



「ラブラブだな・・・」

「って言うか、みおちん乙女モード全開ですネ・・・」

「見てるこっちが恥ずかしいね~」

「わふー、どきどきなのです・・・」

「ふむ。クーデレもなかなか悪くない・・・」

「くるがやは何を言ってるんだ?」

「デコレーションを食う、という意味じゃねえか?」

「それは多分違うぞ、真人よ・・・」

 理樹と美魚が二人の世界に入っている間、実は他のメンバー全員が物陰から二人を観賞していた。普通ならカンのいい美魚に看破される所だが、こういう時は美魚は理樹しか見えていないので見つからない。

「このまま放っておけばさらに過激な事へと発展するかもしれんな」

 来ヶ谷が妖しく微笑む。

「いや、あいつらはまだいたって清いお付き合いのようだからな。キス以上の事には発展しないだろう」

「ああ。理樹は西園をリードするのに積極的になってるが、結局のところ二人とも奥手だからな。その上、いつ人が来るかわからんような場所だ」

「そうか。残念だ・・・」

 本気で残念そうにする来ヶ谷。

「何の話かさっぱりわからん」

 鈴は話についていけていない。

「うーん、鈴ちゃんには少し早いかなー」

 葉留佳はわしゃわしゃと鈴の頭を撫でる。

「あ、私もりんちゃんのことなでるよ~」

「私もするのです!」

「わ、やめろおまえらーー!」



『わ、やめろおまえらーー!』

「「・・・・・・っ!」」

 どこからか聞き覚えのある大声が聞こえ、僕と美魚は反射的に体を離す。

「今の声・・・」

「・・・鈴さんの、ですね」

「おっ、ここにいたのか」

 恭介が、続いてみんながやってくる。

「ど、どうしたの?恭介」

「また集合しようと思っていたのに、お前の携帯には繋がらなかったからみんなで探していたんだ」

「あちゃあ・・・・・・」

 邪魔が入らないように携帯の電源を切っていたんだった。慌てて起動する。

「それより、お取り込み中か?」

「いえ、そうではありません。少し話をしていただけですから」

 美魚が何事も無かったようにポーカーフェイスで答える。さすがだ。

「そうか。じゃあ行くぞ」

 恭介たちは坂を降りていく。

「じゃあ行こうか、美魚」

「・・・はい。理樹さん」

 僕たちは自然と手を繋ぎ、みんなの後を追うのだった・・・。

美魚SS二作目。筆者はリトバス陣では美魚が一番好きですが、やっぱリトバスは全員揃った方が楽しいよね!という感じなので基本全員(+α)出します。他の作家さんのリトバスSSを見ると美魚はS寄りっぽいキャラとして認識されていることが多いようですが、自分は美魚ちんいじめたい派なので(というか単なるS寄り)理樹に完全に手綱を握られてしまっています。でも美魚って恋愛ネタには弱そうだと個人的には思っているので(最初は平然を装っているがつっこまれると動揺しだす傾向がある)、理樹が開き直って攻めに転じればこういうのもアリ!と思うんですよね。

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