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あるシャープペンシルの話 ~フィクション+エッセイ、比率不明~

作者: 弥生 肇

 皆さんは「出逢う」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。大抵は誰かとの出逢い、即ち人との出逢いを想起するだろう。

 でも私はちょっとひねくれ者だから、何か質問を受けると、特殊な回答は出来ないか、話に例外はないかと無闇に考えを巡らす。そして今日は、人以外との大切な出逢いについて、一つ話してみようと思う。タイトル通り、あるシャーペンの話だ。



 そのシャーペンとの出逢いは、嫉妬から始まった。

 当時私は、長崎県に住む小学六年生。中学受験のために進学塾に通っていた自分は、塾仲間のA君の持つシャーペンに心を奪われた。

 今はどうか知らないが、当時の小学生の筆記用具なんて鉛筆が普通で、シャーペン自体がレアアイテム。持っていても、デザインや機能性が洗練された物などお目にかかれなかった。

 しかしA君のシャーペンは違った。絶妙の細さと長さ、怪しく光る銀色の金属パーツ、木製のボディ。小学生の手にはほんの少し重くて、それが妙な書き味の良さを与えていた。気付けば、私は彼にどこで入手したのかを尋ねていた。

「うーん、『秘密の店』なんだけどね」

 A君がどういう回答をしたかの詳細は覚えていない。しかし、彼がそのシャーペンを購入した店のことを、我々塾仲間はいつしか『秘密の店』と称するようになった。シャーペンは勿論、文房具や色々なスタイリッシュな品物が取り扱われているらしい。

 何とかして『秘密の店』に行きたかった私達だったけど、場所は塾から遠く離れた場所。電車で三十分くらい移動した先、佐世保市内のアーケード街「四ヶ町」の路地の一角だとか。小学生が気楽に行ける場所ではないし、四ヶ町に行ったとしてもA君の案内なしに辿り着ける気がしなかった。


 しかし、天が手を差し伸べてくれたのか、意外にすぐに入手する機会が訪れた。

 時は八月。中学受験だろうと天王山の季節。我々の塾は、本部校に生徒を集めて特別講習会を開くことになった。確か約二週間ほど。

 本部の場所は、佐世保スポーツランド内の一角。ボロい建屋ながらアイススケートや卓球などを楽しめる、田舎には貴重な場所。なぜスポーツランド内に塾があるかといえば、ここは元々戦後に学校だったらしくて、教室の建物がそのまま利用されて、その一部に塾が入っていたんだ。ちなみに今このスポーツランドは完全に営業終了してしまったとのことで、この塾も場所を移したとか、少子化で規模を小さくしているとか風の噂で聞く。寂しい。

 話を元に戻すが、こうして佐世保市中心部にA君達と共に通う機会を得た私達は、授業が終わった後に『秘密の店』に繰り出す約束をした。


 ある日の授業終了の後、午後五時半頃。私達は塾を後にして、そこからは徒歩で十五分くらいのアーケード街へ向かった。

 商店街の本通りへ入り、しばらく進んだ所(確か書店、育文堂が左側にある辺り?)で右へ折れる。そしてもう一回左へ折れて少し進んだ、暗く狭いエリアにひっそりと、『秘密の店』はあった。

 小学生の私にとっては、店構えからしてわくわくさせられた。入り口が見えないくらいにたくさんのカッコいいバッグが外に吊されていた。

 吊されている商品を掻き分けつつ中に入ると、店内にも床から壁から天井までぎちぎちに、しかしどこかセンスよくアイテムが陳列されていた。そして、客が動いて回れる場所が凄く狭い。小学生の私達でも三人は入れそうにない広さだったんだ。店員さんは一人。

 扱われている商品はどれもデザイン性に優れていて、読めないけど英語のロゴが小学生にとっては無駄にオシャレ。

 何もかもが秘密感で溢れていた。まあ、今にして思い返せば、輸入品を専門に扱っているお店だったんだろうとわかるんだが。野暮なコメントは控えるべきだろうね。

 そういうわけで、六人ほどで『秘密の店』を訪れた私達は、狭い店内に交代交代に入り、少ないお小遣いと睨めっこしながら、それぞれ欲しい物を買った。私はもちろん、A君と同じモデルのシャーペン。確かもう二人くらい買ってたけど。

 こうして私は、お目当てのシャーペンに辿り着いた。ちなみに余談だが、その後も私はチャンスがある度に『秘密の店』へ行き、ちょっと背伸びしたお洒落アイテムを購入するようになった。


 さて、出逢いの話はこれくらい。これからは、シャーペンとの色んな思い出について、時系列にちょこちょこと書いてみるかな。

 ちなみにこのシャーペンは、今も勿論、私の手元にある。年季が入っていて木製ボディ表面のプリントは擦り切れ、金属部分は仄かに錆びてるけど。書き味だけは、全然衰えないんだ。

 だから、執筆用のノートパソコンの横にそのシャーペンを置いて、これから書き進めてみる。



 まずは当然、塾で使うことになったそのシャーペン。活かしたデザインと書き味で、集中力も学力も跳ね上がったね。いや割と本当に。

 「書く」という行為を行う上で、道具の存在は割と大きいと思う。「弘法は筆を選ばず」なんて言葉があるけど、あれは字の巧さの話。シャーペンやボールペン、ノートや用紙、デジタルならばパソコンやキーボードの仕様……今は「書く」にも色々な手段があるけど、より良い物を書きたい人は、道具から徹底的に拘ってみるのもいいと思う。

 

 道具が変われば、異性の注目だって惹けることもあるわけである。

 そのシャーペンを使い始めた私は、塾である日、とある女の子Bさんにひょいとペンを取り上げられた。

「かっこいいシャーペン使ってるねー。これ、書きやすいの?」

 慌てて取り返したのは言うまでもない。

 先に言っておくと、好きだったとか気になっていた子ではなかった。その子のことを特に大して何とも思っていなかった。

 ただ今にして思うと、少なくとも惹かれていたんだと思う。あんなに気が合ってツーカーで話せた女の子は、その後今までの人生でも、たぶんいない。だけどあの頃は、その価値が全く分かっていなかった。

 そんなBさんと、塾の休み時間や時には授業中、アホくさい妄想話や絵をノートに書(描)いて見せ合っては、大笑いしていた。授業中は笑いを堪えるのが大変だった。何だこの小学生。タイムマシンがあったら、過去の私を殴りに行くレベルだ。

 ただ、冗談抜きでBさんは、当時から半端じゃない文才があったと思っている。Bさんは、国語だけは誰の追随も許さない成績で、あの頃から年中本を読んでいた。だからこそノートでの会話が本当に楽しくて、実は少し嫉妬もしていた。自分以上の才能に触れるという感覚を初めて覚えたのは、あの時だったかもしれない。

 今、Bさんはどうなっているのだろう。好意を抜きにしても、気になる。十数年ぶりに会ってみたい。

 こんなことを思い出すのも、このシャーペンのおかげ。


 勿論このシャーペンで中学受験を受けて、無事合格した。



 次は、中学時代の話かな。ちなみに私は中高一貫校に通っていた。高校から共学という変な学校(去年だか今年だかから、中学にも女の子を入れ始めたらしい)。

 中学時代は完全男子校。このシャーペンにまつわる話なんて、片手での鉛筆回しを練習して落として物凄く焦ったとかそういう記憶くらいで、残念ながら際だったエピソードはなし。

 中学三年間、他のシャーペンを試しつつもこのペンから離れられなかったくらい。特記事項。



 さて、高校時代はこのシャーペンにまつわる話が少々ある。


 一つは、ちょっぴり本格的に絵の練習をしたこと。

 小さい頃から絵を描くのは好きで、小学校の頃は学校のクラブ活動で漫画クラブに入ったりしてた。中学の頃も、たまに手慰み程度に描いていた。

 でも、高校に入ってから同人誌と同人業界というものがあり、長崎の片田舎でも活動している人たちがいて、イベントがあることを知った。プロ以外の漫画家や作家の世界があることを知り、色々と関連書籍を買い漁って、そこへの道を探した。

 そしていつしか同人誌を書こうという考えに至り、毎日余暇を絵の練習や文章執筆に充てる日々が続いた。そこで初めて、このシャーペンへの違和感というか、不自由さを感じることとなった。

 絵を描く際、少なくとも個人的には、シャーペンよりも鉛筆の方が描きやすいのだった。角度によって芯の太さをコントロールできるため、強弱がつけやすいからだ。下描き時は、鉛筆に軍配が上がった。またこの頃ペン入れは、真面目につけペンとインクを使っていたため(今のような鉛筆線画からスキャンで線画にしてしまう事はできず)、そこでもシャーペンの出番はなく。

 このシャーペン以外の筆記用具を使う比率が、ちょっと上がった。依然として、学校関連の勉強全般は同じシャーペンを使い続けた。


 さてお待ちかね(?)、やっと共学になった高校時代の、もう一つのお話。大したことないので、さらりと書くけども、ラブレターの話。

 どうでもいいけど、改めて「ラブレター」って単語を使うと恥ずかしいもんだ。皆さんは書いたことある? ラブレター。最近はほとんど携帯のメールなのかな。特別な封筒と便箋を用意して、頑張って手渡したり、何故か下駄箱に入れたり……最近の学生は、そういう事はもうしないのかな。まあ、私が何をどうしたか、詳細は割愛。

 とにかくも、書く機会があった。でもこの時も、残念ながらこのシャーペンの出番はなかった。何故なら、スペシャルなお手紙は、鉛筆やシャーペンでは書かないからである。ボールペンとか、もうちょっといいインク式のペンを普通は使う。そして一応自分のパソコンを持っていた私は、下書きはワープロソフトを使用した。

 結果? だいぶ時は流れているけど、今の私の状況が語っている気がするから、ここでは省くってことで一つよろしく。

 今思うのは、あの時にこの特別なシャーペンの力を借りていたら。何か変わっていたかもしれないな、何て思ったりすること。何故なら、次に述べる大学受験を、見事このシャーペンで乗り切ることが出来たから。ちょっと特別な力が宿ってるんじゃなかろうかと、あの時は思った。



 さて、大学受験の話をしようか。

 珍しいことなのか割と普通なのか知らないが、私は中高六年間、同じシャーペンをメイン筆記用具として使い続けた。そして、大学受験も同じシャーペンで挑んだ。

 そんな大学受験。私は勉強以外の要素で予想外の窮地に立った。精神的に。ストーカー被害にあったのだった。


 高校三年生の頃。私は携帯電話を使い始めていた。今では誰でも持ってる当たり前の携帯だが、あの頃はクラスで持っているのは数人だった。

 そして携帯メールも使っていたのだが、高校生活も残すところ数ヶ月の秋、知らない女の子からメールが着た。福岡に住んでいるというその子は、メル友を探しているということで私にメールを送ってきたらしい。

 この時点で皆さんは気付くだろう。知らない女の子からメール、である。普通じゃない。

 でも携帯を使い始めて間もない自分、そして「出会い系」という単語もまだ存在せず、携帯を使った犯罪も何もまだまだ耳にしない時代だったため、私は無防備にもその子とメール交換を始めた。数ヶ月交信を続けた。一度はその子から、手書きの手紙まで来た(プリクラで写真まで貼ってあった)。


 そして受験前日。自分で言うのもどうかと思うが、それなりに勉強はした。やるだけの事はやった。後は試験を待つだけという心境で、ホテルで試験前夜を過ごしていた、その時だった。

 メル友のその子からメールが届く。受験を応援したいから、電話したいと言って、電話番号が書いてあった。

 なぜこのタイミングで? と、ほんの少し胸騒ぎはした。でも、ポジティブな心が勝り、電話をしてしまった。

 聞こえてきたのは男の声。詳細は書かないが、私を貶めようとする内容だった。

 さすがにショックだった。気持ち悪かった。一時間くらい呆然とした。

 でも、行動不能に陥ってる場合ではない。精神状態を乱している場合ではない。少しでも嫌な物を取り除きたかった。誰の犯行なのか。いつどうやって私のアドレスを知ったのか。ヒントは相手の電話番号とメールアドレス。

 回らない頭を無理矢理回して、受験のために同じホテルに泊まってる友人達に当たった。数人当たった結果、私は大して親しくない同学年の男子の電話番号と一致した。向こうも別の大学受験の前夜だった。

 相手まで突き止めれば十分だと思い、その日はもう何もしなかった。時間が惜しかったのと、どんなに不味くても、これ以上かき混ぜずにまずは、グロテスクな気分を飲み込んでしまいたかった。


 受験当日。もちろん気分爽快すっきり爽やかとは行かない。「こんな事で落ちてたまるか」と逆に燃えている心境ではあったが、要するにイライラしていた。ある意味、ヤツの意図は成功しているのだった。

 でも、割り当てられた席に座り、筆記用具を準備した時。スッと気分が落ち着くのを感じた。教室と机と椅子は違うけど、いつものペンケース、消しゴム、定規……そしてシャーペン。六年以上使い続けたシャーペンは既にボロボロの域に入っていたけど、誰よりも信頼できる相棒だった。数え切れない数の試験と模試を潜り抜け、真っ黒いノートの山を築いて来た相棒だ。

 やれる気がした。そして試験は終わった。

 たぶん、実力とやらは存分に発揮出来た気がした。

 結果? ご推察くださいな。



 晴れて大学生に。そして就職して社会人へ。

 大学では試験がボールペン記述だったり、レポートはワープロだったりして、よりシャーペンを使う機会は減っていった。会社に入ってからは、ほとんど基本的にボールペンしか使わない。

 前述のように、絵を描くときは鉛筆かインクつけペンか、最近はパソコンで描く。文章を執筆するときはパソコンだし、プロットをノートに書く際はボールペン。

 いつしかこの戦友も、私のペンケースの中で静かに過ごす時間が大半になってしまった。

 でも、今でもコイツ以上に使いやすいシャーペンに出会った事はない。一番手に馴染むのは間違いなくこのシャーペンだ。シャーペンでちゃんとした作業をする機会がなかなかないのが残念だが、そういうシーンではコイツを探す私がいる。



 このような、私にとって特別なシャーペン。最近は使うことが少なくなってしまったけど。

 それでも、どんなに時が経っていても、このシャーペンが手元にあるだけで、記憶保存媒体であるかのように、ここから色々な思い出が甦ってくる。脇に置いて駄文を書き散らしながら、面白い体験をした。


 やっぱり僕にとって、このシャーペンとの出逢いは、特別なのだ。今度長崎に行った時には、まだあるかわからないが、『秘密の店』にも足を運んでみよう。


 追伸。この駄文のどこまでが実話かは、皆さんのご想像にお任せしますよ。


<了>

お読みくださりありがとうございます。

何か思うところがございましたら、お気軽に点数入力や感想等いただければと思います。

厳しいご意見も歓迎です。

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