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とんでもスキルで魔国建国 ~ネットスーパーの供物で魔王を餌付けしたら、最強のグルメ大国ができました~  作者: 限界まで足掻いた人生


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第5話:料理人の救いと文官の憂鬱

シェルターの内部は、外の地獄のような熱気が嘘のように静まり返っていた。最新の空調設備が吐き出す心地よい涼風が、ミナの灰色の耳を優しく揺らしている。


レンはステンレスの調理台に向かい、小さなボウルを取り出した。

先ほどカレーを完食したミナは、まだ夢見心地のような表情でベッドに座っている。彼女の頬には少しだけ赤みが差し、絶望に濁っていた瞳には生気が戻りつつあった。


「……ミナ。食後のデザートだ。冷たくて甘いから、火照った体にはちょうどいいはずだよ」


レンは冷蔵庫から、冷やし固めておいた白い塊を取り出した。

それは、純白の雪を切り出したかのような、美しい正方形の豆腐。

杏仁豆腐だ。


調理の記録:

杏仁霜(本格プロ仕様):800ポイント

特選濃縮牛乳(2リットル):600ポイント

高級ゼラチン:300ポイント

大粒のクコの実:200ポイント

シロップ用・氷砂糖:300ポイント

合計:2,200ポイント

残り:12,300ポイント


レンは包丁をリズミカルに動かし、杏仁豆腐を菱形にカットしていく。

透明なガラスの器にそれを盛り、氷砂糖を煮詰めて作った透き通るようなシロップを注いだ。最後に、鮮やかな赤いクコの実を1つ、天に添える。


「はい、どうぞ」


「……あ、ありがとうございます……」


ミナは震える手でスプーンを取り、その白い塊を掬い上げた。

スプーンの上でプルプルと小刻みに震えるそれは、彼女が今まで見てきたどんな食べ物とも違っていた。

恐る恐る口に運ぶ。


「っ……!」


口に入れた瞬間、爽やかな香りが鼻に抜けた。

そして、舌の上で滑らかに溶けていく食感。

冷たいシロップの甘みが、喉の奥を愛撫するように通り抜けていく。

クコの実の微かな酸味がアクセントとなり、カレーのスパイスで火照っていた口内を一瞬で清涼な泉へと変えた。


「おいしい……。冷たくて、甘くて……心が、洗われるみたいです」


ミナは1口1口を慈しむように食べ進めた。

その姿を見届けたレンは、キッチンの椅子に腰を下ろし、静かに問いかけた。


「ミナ。もし話せるなら、君に何があったのか教えてくれないか。……西の集落を追われたと言っていたけど」


ミナの手が止まり、彼女の瞳に一瞬だけ暗い影が落ちた。

だが、彼女はレンの温かな瞳を見て、意を決したように語り始めた。


「……私の村、灰猫の隠れ里は、ギルガデス王国の辺境にありました。私たちは昔から、細々とですが、自分たちの畑を耕して平和に暮らしていたんです。でも……半年前に『勇者』という人たちが召喚されてから、すべてが変わりました」


ミナの声が微かに震える。


「王国は『魔王軍に対抗するための軍備だ』と言って、私たちの村から食糧を根こそぎ奪っていきました。去年の冬に蓄えていた種もみさえも、彼らは力ずくで持ち去ったんです。抗議した村長は……勇者様の『魔法の練習台』にされ、家ごと焼き払われました」


レンの拳が、無意識のうちに固く握られた。

自分の店を守ろうとして死んだ自分と、村を守ろうとして焼かれた村長。理不尽な暴力への怒りが、胸の奥でふつふつと煮え立つ。


「私たちは飢えました。道端の草を食べ、土を掘り返して虫を食べる日々でした。やがて、体力のなくなった子供や老人から順に倒れていって……。私は、せめて生き残った妹たちに食べさせるものを探そうと、王国の食糧倉庫に忍び込もうとしました。でも、見つかって……。そのまま砂漠へ、見せしめとして放逐されたんです」


ミナは手の中にあった空の器を見つめた。


「砂漠で拾ったあのカビたパンの欠片が、私の最後のご馳走になるはずでした。……でも、レン様の料理を食べた瞬間、私、生まれて初めて『生きていてよかった』って思ったんです。あの温かさと、香ばしさと……人を想う味が、私の魂を繋ぎ止めてくれました」


レンは立ち上がり、ミナの頭を優しく撫でた。


「……辛かったな。でも、もう大丈夫だ。俺は料理人だ。俺の目の届く範囲で、腹を空かせて泣いている奴がいるのを放っておくことはできない。これからは、ここで好きなだけ食っていい。ミナ、お前の妹たちも、いつか必ず呼び寄せよう」


「レン様……はい……! ありがとうございます!」


ミナの瞳に、今度は希望の涙が溢れた。

レンの動機は、常に純粋だ。

「美味い飯を作って、目の前の人に食わせたい」。

ただそれだけの情熱が、この絶望的な世界において、最強の救済となり始めていた。


視点は、灰の砂漠から遠く離れた、ギルガデス王国の王都へと移る。


白亜の石材で築かれた荘厳な王宮。その一角にある外交執務室では、1人の男が深いため息と共に、大量の書類の山に埋もれていた。


外交大臣、ベルナルド・サックス。

彼は40代半ばだが、心労のせいで実年齢よりも10歳は老けて見える。

現代日本の中間管理職に最も近い男だ。


「……胃が痛い。いや、胃が燃えるようだ。魔法薬ポーションの在庫はまだあったかな?」


ベルナルドは震える手で机の引き出しを開け、安物の胃薬を煽った。

彼がこれほどまでに苦悩している理由は、主に2つ。

1つは、この国の王、ガデウス3世。

そしてもう1つは、召喚された3人の「勇者」たちだ。


コンコン、と遠慮のないノック音が響き、ドアが乱暴に開けられた。

入ってきたのは、派手な装備に身を包んだ若者。勇者の1人、タカシだ。


「よお、ベルナルド。例の『コーラ』とやら、まだ見つからないのかよ? 俺、あのアメリカンな刺激がないと、魔王討伐のモチベーションが上がらないんだよね」


ベルナルドは眉間を押さえた。


「勇者タカシ様……。何度も申し上げている通り、この世界にそのような飲料は存在いたしません。当国の最高級ワインや、蜂蜜酒ではご満足いただけないのでしょうか?」


「ハァ? あんな酸っぱいだけの酒、飲めるかよ。ポテチもねえ、炭酸もねえ。この国、マジで文明遅れすぎだろ。もっとこう、ジャンクな旨さってのが分かんないかなぁ。あーあ、腹減った。今日のご飯も、あのパサパサの肉だろ? テンション下がるわ」


タカシは勝手にベルナルドの机の上の高級菓子を口に放り込み、不味そうに吐き出した。

ベルナルドは心の内で悲鳴を上げた。その菓子は、同盟を維持するために他国から命懸けで輸入した希少な品だ。


「……申し訳ございません。善処いたしますので、どうか今は訓練にお戻りください」


勇者が悪態をつきながら去っていくと、今度は王宮の騎士が血相を変えて飛び込んできた。


「ベルナルド大臣! ガデウス陛下がお呼びです! 例の、魔族領との国境問題について、至急御意見を伺いたいと!」


ベルナルドは天を仰いだ。

「……またか。今度は何を言い出すつもりだ」


玉座の間へ向かうと、そこには贅を尽くした衣服に身を包んだガデウス3世が、不機嫌そうに頬杖をついていた。


「遅いぞ、ベルナルド。魔族領の辺境伯から、我が軍の偵察行動に対する抗議文が届いた。奴ら、生意気にも『これ以上の挑発は開戦の合図と見なす』などと言っておる」


「陛下、それは当然の反応かと。現在、我が国は勇者召喚の儀式に莫大な予算と魔力を費やし、国内の備蓄は底を突いております。今、魔王軍と全面衝突するのは得策ではありません。まずは外交による緊張緩和を……」


ベルナルドが論理的に説明しようとした時、王は面倒そうに手を振った。


「ええい、堅苦しい! 物資がないなら奪えばよい。食糧がないなら奪えばよい。我が国には、無敵の勇者たちが3人もおるのだ。面倒な交渉など不要。いっそ、そのまま戦争すればよいのでは?」


「……陛下!」


ベルナルドの叫びに似た制止の声が響く。


「『戦争すればよい』が陛下の口癖になっておりますが、戦うのは陛下ではありません、兵士と民です! すでに国内の生産力は限界を超えております! 周辺諸国からも、我が国の独善的な振る舞いに対して、強い嫌悪と警戒の念が向けられています! 勇者という武力にのみ頼った外交は、いずれ我が国を滅ぼしますぞ!」


「うるさいわ! 下がれ、ベルナルド! 貴様の弱腰には反吐が出る!」


ベルナルドは王宮の廊下を、重い足取りで歩いていた。

このギルガデス王国は、勇者を召喚できる世界唯一の国という立場を悪用し、武力で他国を威圧し続けてきた。だがその内情は、度重なる徴発と勇者たちのわがままな消費によって、ボロボロだ。


「……物資が足りない。食糧も、娯楽も、人心も……すべてが枯渇している。このままでは、魔王軍が動く前に、国が内側から腐り落ちるぞ」


彼は窓の外に広がる、灰色の空を見つめた。

その先には、彼が無能と断じて追放した青年が捨てられた、灰の砂漠がある。


ベルナルドは知らない。

彼が「ゴミのようなスキル」と切り捨てた男が、今、砂漠の真ん中で、勇者たちが喉から手が出るほど欲しがっている現代の味を、惜しげもなく魔物に振る舞っていることを。


そして、その調理の香りが、風に乗ってこの王国の国境を越え、さらに北の地――魔族が住まう「魔王領」の入り口にまで届き始めていることを。


魔王領の最南端。

漆黒の鎧を纏った魔族の門番が、鼻をヒクつかせた。


「……なんだ、この匂いは。焦げた醤油の香ばしさ……暴力的なまでのニンニクの誘惑……。人族の国から流れてくる、この芳醇な気配は一体……」


魔族の胃袋さえも掴みかねない、未知の美食の気配。

それは、ギルガデス王国の横暴によって停滞していた世界情勢を、根底から揺るがそうとしていた。


砂漠のシェルターでは、レンが次なる料理の準備を終えようとしていた。

夕食のメニューは、琥珀の要望に応えた「特製ジャンボメンチカツ」だ。


「よし、ミナ。手伝ってくれるか? 玉ねぎを細かく刻むんだ」


「はい! レン様!」


打算なき料理人の手から生み出される一皿が、やがて、胃を痛める大臣も、傲慢な王も、そしてまだ見ぬ魔王をも巻き込む、巨大な「美食の嵐」へと変わっていく。


その嵐が、世界を救うのか、あるいは既存の秩序を喰らい尽くすのか。

それはまだ、誰にも分からなかった。

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