第20話:労働の対価
ハルナ平原に夜の帳が降りる。昼間の喧騒と破壊の跡が嘘のように、広場には静かな、しかし奇妙に連帯感のある空気が流れていた。
レンは屋台のカウンターに突っ伏したい衝動を必死に抑えていた。スマートフォンの画面には、刻一刻と増えていくマイナス表示。1時間ごとに100ポイントの利息。この世界にリボ払いの地獄を持ち込むつもりか、あの女神は。
「……やるしかない。在庫は、さっきのスタミナ炒めの残りの豚肉、山菜、そして琥珀が運んできた米。万象市場が使えないなら、今あるもので回すまでだ」
レンは顔を上げ、まだパンケーキの余韻でぼーっとしている面々を見渡した。王国軍の精鋭、魔王軍の兵士、そして役立たずの勇者。
「おい、お前ら! 黙って食って帰れると思うなよ! 食い逃げは俺の店じゃ重罪だ!」
レンの怒号に、ヴェイルやタカシ、そしてゼナまでもがビクリと肩を揺らした。
「ここを美食の聖域にするって言ったのは本気だ。だが、今のここは瓦礫の山だ。……働け。この広場を片付け、避難した獣人たちの家を直せ。それが、さっきのパンケーキと、これから出す夜食の代金だ!」
「なっ、俺は勇者だぞ!? なんで引越し業者みたいな真似を……」
タカシが反論しようとしたが、レンの冷徹な瞳と、背後に控える琥珀の「グルル……」という威圧感に一瞬で沈黙した。
「……わかったわ。面白いじゃない。魔族が人間の家を直すなんて、魔王様が聞いたら腰を抜かすでしょうね」
ゼナが不敵に笑い、四本の魔腕を展開した。彼女は巨大な岩を軽々と持ち上げ、整理を始める。それを見た王国軍の兵士たちも、ヴェイルの目配せを受けて作業に取り掛かった。
調理:即席・山菜スタミナ豚汁
作業が始まって数時間。広場はみるみるうちに片付いていった。勇者の聖剣は薪割りに使われ、魔将の腕は土台の修復に使われた。レンはその様子を見ながら、大鍋に火を入れた。
具材:黒豚バラ肉、大量のタラの芽とコシアブラ、ニンニク、保存用の味噌
まず豚肉を炒めて脂を出し、そこに刻んだニンニクを投入する。香りが立ち上ったところで水を加え、山菜を豪快に放り込む。山菜の持つ独特の苦味と野生の香りが、豚肉の甘い脂と溶け合い、深いコクを生み出していく。
「よし、全員集合! 飯だ!」
レンの声に応え、泥にまみれた兵士たちや獣人たちが集まってきた。
「……染みる。体の中に、熱い力が流れてくるようだ」
ヴェイルが椀を両手で包み、噛み締めるように汁を啜る。
豚肉の活力と、山菜が持つ春の目覚めの苦味。それが労働で疲弊した細胞を一つずつ叩き起こしていく。
「お兄ちゃん、これ、すごく元気が出る味がする!」
リクとセーラも、山盛りの塩むすびと一緒に汁を頬張っている。
通知:ポイント獲得
共同作業による連帯:+2,000ポイント
労働の後の至福感(極大):+4,500ポイント
異種族間の相互理解:+3,000ポイント
合計:+9,500ポイント
累積債務:マイナス5,500ポイント(利息込み)
システム凍結、一部解除。
「……よし! 首の皮一枚繋がった!」
レンはスマホを見て、人知れずガッツポーズを作った。まだマイナスだが、これで万象市場の「一部機能」が使える。最低限の調味料や薬、補修資材は呼び出せるはずだ。
「おい、レン。……悪かったよ。俺、力があれば何でも思い通りになると思ってた」
タカシが、空になった椀を持ってレンに近づいてきた。その表情には、勇者としての傲慢さは消え、ただの腹を空かせた少年の面影があった。
「わかればいい。……次はもっと美味いもん作ってやるから、しっかり働けよ」
レンは笑って、タカシの椀に二杯目の汁を注いだ。
広場の中央、焚き火を囲むのは、昨日まで殺し合っていた者たちだ。
魔族が人間に汁を分け与え、人間が獣人の子供に笑いかける。
それは、ギルガデス王国のどの歴史書にも記されていない、けれど確かにそこに存在する「奇跡の夜食」だった。
レンは空を見上げた。琥珀が月明かりの下で、誇らしげに翼を広げている。
「美食の王国、か。……前途多難だけど、悪くないな」




