第2話:飢えの記憶と女神の理
灰の砂漠の熱風に煽られながら、俺、相良レンは薄れゆく意識の中で遠い日の記憶を辿っていた。
あれは、俺がまだ十歳にも満たない頃のことだ。
未曾有の大震災が俺の故郷を襲った。家は壊れ、両親を失い、俺は避難所の片隅で震えていた。
数日間、まともな食事はなかった。乾いたパンの欠片を分け合い、泥の混じったような水をすする日々。
空腹は単なる肉体の痛みではない。それは心を削り、希望を塗り潰していく漆黒の闇だった。
そんな時、一人の男が現れた。
真っ白なコックコートを着たその男は、炊き出しの鍋の前に立ち、湯気と共に信じられないほど良い香りを漂わせた。
「おい、坊主。これを食え。食えば、明日が見えるようになる」
差し出されたのは、一杯の豚汁だった。
震える手で受け取り、一口すする。
体中に染み渡る出汁の旨味と、野菜の甘み。凍り付いていた心が、その熱量で一気に溶け出していくのが分かった。
美味しい。ただそれだけのことが、死にたがっていた俺の魂を現世に繋ぎ止めた。
男は「食文化の至宝」と謳われた超有名料理人だったが、彼は地位も名誉も関係なく、ただ飢えた人々のために鍋を振るっていた。
あの日から、俺の目標は決まった。
「俺も、誰かの絶望を救える料理人になる」
それから十数年。死に物狂いで修行を積み、ようやく自分の店を持つ準備が整った矢先だった。
開店前夜、隣接するビルで起きたガス爆発。
火の手に包まれる店舗と、守ろうとした包丁セット。俺の意識はそこで途絶えた。
次に目を開けたのは、真っ白な空間だった。
目の前には、慈愛に満ちた瞳を持つ、透き通るような美しさの女性が立っていた。
「……ここは?」
「死後の世界、あるいは転生の狭間です。相良レン、あなたの料理への純粋な献身を、私は高く評価します」
彼女はこの世界の管理を司る女神だと名乗った。
彼女が言うには、俺が次に送られる世界は魔力が枯渇し、慢性的な「食の絶望」に支配されているという。
「あなたには、その世界を救う鍵となる権能を与えます。名は『万象市場』。あなたの故郷、豊かなる異世界の物資を自在に呼び出す力です」
「ネットスーパー、みたいなものか?」
「ええ。ですが、単なる買い物ではありません。あなたの世界の食品は、魔力が枯渇したその地においては、神の供物にも等しい高密度エネルギー体となります。それを食べた者は、魂の底から活力を得て、肉体は浄化され、本来あるべき強さへと進化するでしょう」
女神は穏やかに微笑み、俺の胸に手を当てた。
「あの王国の者たちは愚かゆえ、あなたの真の価値を見抜けません。ですが、忘れないでください。あなたの握る握飯一つ、焼く肉の一切れが、その世界の運命を変えるということを」
「……ああ、思い出したよ。女神様」
砂漠の真ん中で、俺はよろよろと立ち上がった。
あのアホな王様や騎士たちに蹴られた傷が疼く。
だが、あの女神に聞いた説明が事実なら、俺はこの世界で誰よりも強大な「兵站」を一人で担っていることになる。
俺はスマホの画面を操作し、残っている微々たるポイントを確認した。
まだ、戦える。
「あいつら、俺のスキルを『ガラクタ』って言ったよな。……食い物の恨みがどれだけ恐ろしいか、たっぷり教えてやる」




