第17話:誤算
激しい激突音が嘘のように、広場は唐突な静寂に包まれた。
巻き上がった砂塵がゆっくりと落ちていく中、三つの勢力が互いの間合いを測り、硬直している。
黄金のオーラを纏い、威厳を取り戻した琥珀と、身体強化の旋風を身に宿したミナ。
聖剣を構え、焦燥を隠しきれない勇者タカシ。
そして、四本の腕を蠢かせ、冷徹な瞳を光らせる魔将の少女。
均衡を破ったのは、我慢の限界に達したタカシだった。
「チッ、どいつもこいつも固まりやがって……! まとめて聖剣の錆にしてやるよ! 薙ぎ払えッ!」
タカシが聖剣を大きく横に薙いだ。空気を断ち切る神聖な光の波が、広場全体を飲み込む勢いで放たれる。だが、魔将の少女はその動きを完全に読んでいた。
「……五月蝿いって言ったでしょ、下等種族」
魔将の少女は舌打ちを一つ。瞬時にタカシの懐に潜り込むと、漆黒の魔腕二本で聖剣の刀身を挟み込み、そのまま力任せに地面へと叩き伏せた。
「ぐはっ!? な、なんだこの力……ッ!」
タカシが呻き、地面に埋まる。少女は彼を鎮圧しながら、心の中で冷静に戦況を分析していた。
(このまま三つ巴を続けるのは不利ね。勇者は単細胞だけど、あの龍の魔力が異常に膨れ上がってる。……背後を取られれば、流石の私でも不覚を取るわ)
彼女は決断した。隠し球として溜めていた全魔力を、一点に集中させる。
(まずは一番厄介なあの龍を仕留める。魔力放出の後、しばらく魔法は使えなくなるけれど……残ったあの猫擬きなら、手数の差で肉弾戦に持ち込めば数秒で終わる)
少女の背中の魔腕から、禍々しい紫黒の光が溢れ出す。空気が震え、空間そのものが悲鳴を上げ始めた。
「消えなさい。深淵の咆哮ッ!!」
収束された極大の魔力線が、琥珀目がけて一直線に放たれた。直撃すれば山をも穿つ、魔将の必殺の一撃。
だが、琥珀は逃げなかった。それどころか、鼻で笑った。
「ぬるいわ。主の供した『活力』を、侮るなよ」
ドォォォォォン!!
紫黒の光が琥珀を飲み込んだ。だが、爆炎の中から現れたのは、傷一つ負っていない琥珀の姿だった。レンが作った「スタミナ炒め」の高密度エネルギーが、琥珀の鱗の強度を極限まで引き上げ、魔力そのものを中和していたのだ。
「な……ッ!? 嘘、直撃したのよ!?」
魔将の少女が戦慄する。魔力を使い果たし、息を切らす彼女の前に、琥珀ではなくミナが立ちはだかった。
「次は、私の番です」
「……調子に乗るな、亜人が! 魔法が使えずとも、私にはこの四本の腕がある。手数で圧倒して、バラバラにして――」
少女は魔腕と自身の腕、計四本を同時に操り、超高速の連撃をミナに叩き込もうとした。しかし、スタミナ炒めのバフを受けたミナの動体視力は、その全てを「スローモーション」として捉えていた。
ミナはしなやかな動きで全ての攻撃を受け流し、あしらい、一瞬の隙を突いて少女の懐に飛び込んだ。
「うそ……やん……」
魔将の少女が呆然と呟いた直後。
ミナの手刀が、少女の細い首筋に正確無比な速さで叩き込まれた。
ゴンッ、という鈍い音が響く。
「……っ……」
白目を剥き、四本の魔腕が力なく霧散していく。魔将の少女はそのまま糸が切れた人形のように、レンの屋台の前に崩れ落ち、意識を失った。
「魔将を……一撃で……」
地面に這いつくばったままのタカシが、その光景に震え上がった。自分が「ガラクタ」と呼んだレンの料理。それが、これほどまでに世界のパワーバランスを破壊する暴挙を成し遂げた事実に、ようやく恐怖が追いついてきた。
静かになった広場で、レンはフライパンを置き、肩の力を抜いた。
「……さて。倒れちまったもんはしょうがない。とりあえず、紐で縛っておくか」
レンの淡々とした言葉が、戦場に日常の空気を取り戻していく。
だが、その様子を遠くから見守るベルナルドの精鋭部隊が、既にハルナ平原の入り口まで迫っていることを、まだ誰も知らなかった。




