第14話:暴走する聖剣
静まり返った広場に、新たな喧騒が近づいていた。
魔将の放った凄まじい衝撃波と、琥珀の咆哮。それを聞きつけ、獲物の匂いを嗅ぎつけたハイエナのように現れたのは、馬を飛ばし、豪華な鎧を陽光に反射させる若者だった。
「おっ、やってるやってる! なんだよ、砂漠のド真ん中でド派手なイベント発生中か?」
軽薄な声と共に現れたのは、聖剣を腰に下げた勇者、タカシだった。
背後には彼を追ってきた王国の精鋭騎士たちが数名いたが、タカシの速度に追いつけず息を切らしている。
タカシは周囲の惨状……破壊された岩塊、倒れ伏すヴェイル、そして伝説の天龍を片手で抑え込む少女の姿を、まるでお手軽なRPGのカットシーンでも見るかのように眺めた。
「おいおい、レン! お前、こんなところでレアモンスターとイチャついてんのかよ? ネットスーパーの分際で生意気なんだよな」
タカシは鼻で笑いながら、地面に降り立った。
彼の視線はまず、屋台に残された醤油とバターの香りに向けられた。その瞬間、彼の胃袋が激しく鳴り、理性が一段と削り取られる。
「いい匂いじゃねえか。王宮のメシはよ、薄っぺらいスープとパサパサの肉ばっかりでさ。お前が和牛とかジャンクフードを隠し持ってるって聞いて、わざわざ取りに来てやったんだよ。大人しく全部出せ。あと、そこにいる獣人の女共もな。観賞用として王宮へ連れてってやるよ」
タカシの身勝手な発言に、ミナが怒りで身を震わせる。だが、彼女の爪は依然として少女の漆黒の腕に掴まれたままだ。
「……誰、このうるさいの」
魔将の少女が、不快そうにタカシを睨みつけた。
レンの肩を掴む彼女の手には、さらに力がこもる。彼女にとってレンは「魔界に連れ帰るべき宝」であり、横から口を出してくる人間など、羽虫に等しい。
「はっ! モンスターの分際で口答えかよ。お前、見た目は可愛いけど、その禍々しい腕……かなりの高レベルだろ? ちょうどいい、聖剣の錆にして経験値に変えてやるよ!」
タカシが腰の聖剣を引き抜いた。
刹那、広場を眩いばかりの神聖な光が覆い尽くす。
権能「聖剣術」の発動だ。この世界の法則を無視し、一方的に「悪」を断つために固定された絶対的な攻撃力。
「ハハハッ! 楽しくなってきたぜ! 強敵に美食に美女! これぞ異世界ライフの醍醐味だよな!」
タカシは歓喜の声を上げ、少女目がけて突進した。
ためらいのない一閃。空気を切り裂く光の刃が、少女の背後から生える漆黒の腕へと叩きつけられる。
ギィィィィィン!!
少女は舌打ちし、空いたもう一本の漆黒の腕で聖剣を弾き返した。
だが、タカシの権能は伊達ではない。衝撃が広場を駆け抜け、爆風がレンを屋台の奥へと押しやった。
「うおっ……!」
「レン様!」
ミナが叫ぶが、少女の魔腕がさらに強く彼女を地面に縫い付ける。
「あははっ! 耐えるねぇ! さすが隠しボス候補だ!」
タカシは少女の強さに恐怖を感じるどころか、ゲームの攻略を楽しむような狂気的な笑顔を浮かべ、再び剣を構え直した。
「琥珀! ミナ! レンを連れて下がれ!」
タカシは味方のふりをして叫ぶが、その本音は「邪魔者は消えろ」だ。
彼は聖剣を大きく振りかぶり、周囲の被害などお構いなしの広域攻撃を繰り出そうとする。
伝説の天龍、琥珀。
魔王軍の幹部、魔将の少女。
そして、自己中心的な絶対者、勇者タカシ。
ハルナ平原の美食の広場は、レンという一人の料理人を奪い合う、混沌の戦場へと変貌した。
レンは、醤油の焦げる匂いがまだ残る鉄板の前で、この最悪すぎる客たちの顔を睨み据えた。
「どいつもこいつも……勝手なことばっかり言い出しやがって」
レンの手が、スマートフォンの画面に伸びる。
暴力には暴力で、権能には権能で。
だが、料理人の戦い方は、聖剣を振るうことでも、魔力をぶつけることでもない。
「食い物の恨みと、礼儀知らずの代償……たっぷり払わせてやるよ」




