第二話:問刀
「主人!」
赤い服の男の声は熊の咆哮のように響き渡り、酒場全体が震え、埃が舞い上がった。
酒場の主人は慌てて奥から飛び出し、道端のテーブルに駆け寄って三人を迎えた。
店主は四十歳前後で、痩せた体つき、身長175センチ、穏やかな顔つきだった。彼の視線が赤い服の男に注がれた瞬間、一瞬にして慌てふためいた。
「鬼瓦源太……様!」酒場の主人はうつむいて言った。
赤い服の男こそが山海村のチンピラの頭目、鬼瓦源太という男だった。
灰色の服を着た二人の男は彼の子分だった。
鬼瓦源太は血戮衆のメンバーであり、この組織が山海村に送り込み、支配と略奪を行う手先であった。
「どうした、俺を見て不愉快か?」鬼瓦源太の肥えた顔が歪み、鬼のような獰猛な表情を浮かべた。
「いえいえ、鬼瓦源太様、大変嬉しく存じます」
「フフ」鬼瓦源太はよだれを垂らした。「じゃあ、お前の若くて美しい娘を、こっちに来させてくれないか?ずっと前から気になっていたんだ」
「ゴホッゴホッ」酒場の主人は咳き込み、すぐに恐怖に震えた。娘がこいつらの手に落ちたらどうなるか、彼はよく分かっていた。
「娘は用事があって、酒場にはいません」
「そうか?」鬼瓦源太の笑みはますます獰猛になり、目に殺意が渦巻いた。「主人、この刀が何人を斬ってきたか、お前も知っているだろう。死にたいなら、そう言え」
「お前の娘が会いに来ないなら、今すぐお前を殺す!」
鬼瓦源太は座ったまま、立ち上がることさえせず、片腕の力で巨大な開山刀を持ち上げ、宙に浮かべた。
「父さん!」突然、甘い声が響いた。白い服を着た、色白で美しい若い女性が近づいてきた。年齢は二十歳前後。
その若々しい体の曲線と体から漂う香りに、鬼瓦源太は瞬時に目を丸くし、唾が泉のように口から流れ落ちた。
腕がふらつき、重い開山刀が落下し、瞬時にテーブルを粉々に砕いて崩れさせた。
「父を困らせないでください。私が皆様をもてなします」
「承知した」鬼瓦源太は満足そうにうなずくと、すぐに料理を注文した。
彼らが選んだのは全て高級食材で、十数品の料理がテーブルいっぱいに並べられた。
三人が大口を開けて酒を飲み肉を頬張る様子に、傍らで見ていた問刀はよだれを垂らした。
問刀はすでに食事を終え、そろそろ立ち去るべき時だった。
「こんにちは。さっきの狼のように食べる様子を見ると、まだお腹が空いているようですね。麺をおかわりなさいますか?」
酒場の美しい娘が笑いながら近づいて尋ねた。
「可能なら、もちろん大歓迎です」問刀はお腹をさすりながら答えた。
二杯目の麺を食べ終えた問刀も、そろそろ立ち去るべき時だった。
しかし彼は、去りたがっていないようだった。
問刀の視線が酒を飲む三人の男に向けられると、強い予感が胸に湧き上がった。
どうやら彼だけが、この事態を止められるらしい。
「お食事は終わりましたね。そろそろお帰りになっては?」酒場の娘は微笑みながら言った。その笑顔はまるでピンクの桜の花のように美しかった。
問刀の体が突然震えた。
「怖がらないで。ただ立ち去ればいいの。彼らはあなたを傷つけたりしないわ」酒場の娘は問刀を慰めた。
問刀が立ち上がると、耳元に祖父の声が響いた。
「問刀よ、身を守れ。余計なことに首を突っ込むな。命を落とすぞ」
血戮衆は巨大な勢力だ。数万の成員を抱えている。問刀には到底敵わない。
「でも、あの二杯目の麺は、とても温かかったよね?」
問刀は自問自答した。
「まだ行かないの? 遅くなると危険よ」酒場の娘は視線で背後を示した。
「少し疲れた。休みたい」
問刀はやはり腰を下ろした。
「わかったわ。でも早く出て行きなさい」自身の安全は保証できないが、酒場の娘は問刀を案じていた。
一方、問刀はテーブルの上の刀を見つめ、依然として葛藤に苛まれていた。
行くべきか、行くべきでないか?
「祖父に約束したんだ。余計なことはするなって」
「でも、もし俺が去ったら、この親子はどんな末路を辿るんだ?」
「いや、ただ疲れただけだ。少し休む」問刀は、適当な言い訳を見つけた。
30分後、三人の男は腹いっぱい食べ、酒に酔った様子だった。
「主人、片付けに来てくれ。ついでに勘定も頼む」
鬼瓦源太は顔を真っ赤にして、荒い息をつきながら言った。
「はい!」
酒場の主人がテーブルに近づいた途端、鬼瓦源太の大きな掌に首を絞められた。
「へへ、主人、この帳尻はちゃんと合わせさせてもらうぜ」
「この食事代を含めて、お前は俺たちに十両の金を借りてるんだ」
「十両も?」店主は驚いた。「この食事で、お前たちは全部で一両しか使ってない。まだ払ってないのに、どうして俺が借金してるんだ?」
「はは、お前の酒場の保護費、値上げだ。お前の娘の顔を立ててやるから、今すぐ殺してやらないだけだ」
「今のところ、お前には生き延びるチャンスがある。お前の娘を、俺たち三人と…へへへ」 鬼瓦源太は邪悪な笑みを浮かべた。
「さもなくば、今すぐお前を殺す!」
鬼瓦源太はもう片方の手で、開山刀を掲げた。
「お父さん!」
店主の娘が悲鳴を上げて駆け出した。
鬼瓦源太は店主を横へ放り投げた。店主は木柱に激突し、後頭部から血を流し、起き上がる力もなく、ただ虚ろな目で目の前の光景を見つめるしかなかった。
三人の男は店主の娘を取り囲んだ。
「おい、お前ら三人!」
問刀は怒りを抑えきれず叫んだ。
鬼瓦源太は軽蔑の眼差しで問刀を一瞥した。
「どこから来た鼠め、お前の知ったことか。今すぐ立ち去れ。気分が良ければ命は助けてやる」
鬼瓦源太の目は嘲笑に満ちていた。彼は武道二段だ。この実力では、普通の人間を殺すのは蟻を踏み潰すほど簡単なことだ。
問刀は立ち上がり、刀を掴もうと手を伸ばした。しかし、冷たい柄に触れた瞬間、彼の心臓が激しく震えた。
祖父・問山の言葉を思い出した。
「坊や、余計なことに首を突っ込むな。そうすれば命は助かる。さもなくば、死だけだ。お前の両親のようにな」
死への恐怖が問刀の喉を渇かせ、彼は唾液を必死に飲み込んだ。
身体は本能的に震えていた。それは生きるための渇望だった。
「ふふ、なんとも弱々しい」 」鬼瓦源太は蟻を踏み潰すように何とも思わない様子で、振り返ると酒場の娘へと歩みを進めた。
酒場の娘は杭に追い詰められ、逃げ場を失い、三人の男に迫られていた。
その瞬間、問刀は震える手で刀を握りしめ、三人の大男の背中へと視線を向けた。




