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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

いつも通りに素行調査をするだけの簡単な任務、余裕ですわ

作者: 鷹のつめ
掲載日:2025/09/20

 とある貴族が住む、邸宅の中の一室。

 私の視線は机に向かう彼の背中を、完全に捉えていた。


——ヨシ! 潜入成功ねッ!


 ホッと、息を吐くのも束の間。

 ここは敵地であり、一つの油断が身を滅ぼすことだってある。

 もし、見つかればどうなることやら——

 ヘマをして見つかった者の末路は、私もいくつか耳にしたことがある。

 あれやこれやと剥がされて、身一つで放り出される——だけなら、まだ良い。

 最悪の場合、人の尊厳を踏みにじられて、好き放題された挙句、極刑確定の裁判へと駆り出される——考えるだけで恐ろしい。

 だけど、そんな裏の世界で私は辛うじて、まだ生きながらえていた。


 息を呑んで、調査対象者(ターゲット)に悟られぬように観察を始める。

 私はとある任務を遂行するために、危険を冒してまでこの場に来た。

 その任務の内容は——


——婚約者のカイゼルという、伯爵令息の素行調査をして欲しい。


 とのことだった。

 依頼主はカイゼルの婚約者。

 要するにだ。依頼者から見て、カイゼルが不穏な行動を取っているので、調べて欲しいとの話だ。


 最近は、この手の依頼が割と少なくない。

 男女関係なく、婚約を結んだ後でも他の異性を欲し、良からぬことに身を興じる、不純な者が多いのだろう。

 依頼者からの話を聞いた時。この手の依頼がまた来た、と思うと同時に、それでも内心では笑みを浮かべていた。


——だって、簡単だもの。私にとっては、だけど。


 今もそうだ。

 カイゼルの部屋の中に、堂々といすわっているにも関わらず、全く気づくそぶりも見せず、私には目もくれない。

 まるで私がこの部屋の中に、存在していないかのように彼は過ごしている。


 けれど、気づけないのも無理はなかった。

 私を視認出来ない——だからカイゼルにとっては、いつも通りの日常でしかない。


 透明化の能力——

 私の持つこの能力を使用すれば、伯爵家のどんな警備体制であろうと簡単に潜入可能。

 こうして調査対象者(ターゲット)最深部(へや)へと、易々と忍び込める。

 侵入難易度もそれほど高いものではなかった。


 とまあ、こんな感じで幾度となくこなしてきた素行調査なら、私にとってはお手のもの。

 数々の実績が、裏の世界の中で噂となっていった。

 仕事の早さ、正確性——そして、高い成功率。

 どれをとっても文句を言う余地すら与えない、完璧な仕事ぶりだ。

 私への依頼は次第に増え続け、一依頼に対する単価も相応の額へと膨れ上がっていた。


 今回の依頼主からも、多額の報酬の一部をすでに前払いで貰っている。

 依頼を受ける受けないの判断は、当然ながら私が決めることだ。

 そうなると、全て引き受けるわけにもいかず、断りを入れなければならない——だが、彼らも引くつもりはない。

 私に頼みたいとの思いから、依頼者たちも好条件の提示祭り(オンパレード)

 依頼者同士で火花を散らし、取り合いとなって熱を帯びていた。


 依頼者からすれば、それほどまでに私は価値のある存在らしい。

 何かあった時に先手を打つ必要があり、相手の弱みを先に握っておく。

 そのためにはどんな手段も厭わず、彼らは躍起になっていた。


 私からすれば、どんな任務であろうと天秤にかけた上で、利益があるなら問題ない。

 まあ、ぶっちゃければ——儲かれば私は何でも良いのだけど。



 しばらくカイゼルを観察していると、ちょっとした違和感に気づく。

 何かに向けて、話したり、笑ったり、時折大声を出したり、と。

 はたから見れば、異常とも取れる言動を繰り返していた。


「——はははっ、ハハハッ!」


 遠くから覗き込むようにして、探っていると。

 あれは——魔導具の一種だろうか?

 誰かと話をしているように見えるけど、裏の世界に属する私でもそのような魔導具は聞いたことない。

 離れた場所でも会話が可能な魔導具。上流階級の貴族様の間では、そんな高度な物が出回っているというのか——はぇえ、凄っ。


「それでさぁ〜! 俺もう婚約者とやっていける気がしないのよ〜!」


 何やら話題は私の依頼主のようで、魔導具の相手と会話が盛り上がっているようだ。

 私が聞いているとも知らずに、ベラベラと——


 そのほとんどが聞くに耐えない残念なものばかり。

 性格がどうだの、顔がどうだの、淑女としての振る舞いがぁ〜、みたいな話で、カイゼルの人間性を疑いたくなる。けれど——


——まあ、確かに。


 カイゼルの愚痴にも、妙に納得する部分が私にはあった。

 依頼主がどことなく、他者を見下しているような印象は、依頼の相談の際にも感じていた。


「だからさぁ〜、そろそろ乗り換えようかなッ、てね。シャルロットとか良いよなっ!」


 依頼主にも問題があろうと、引き受けた以上はきっちりとこなす。

 けれど、依頼主が抱いていたカイゼルに対する不信感は、どうやら当たっていたようで率直に感心したわ。


——しかし、依頼主の次がシャルロットとは、随分と差がありませんかね〜?


 貴族の中では一番の人気を誇るとされる令嬢。

 数多の異性が玉砕され、その敷居が高く、近寄りがたい存在と言われている。

 まさしく、”難攻不落の令嬢“と異名を付けられることだけあった。


 まあ、頑張ってね。

 私は今回得た情報を、依頼主の元へと持ち帰るだけ。

 素行調査としては十分な成果だ。

 後はこの情報を持ち帰り、依頼主がどう行動に移すかだが——


「——あっ、そうそう!」


 それは突然の出来事だった。

 瞬間、私の鼓動が一度、大きく跳ね上がる。

 唐突にカイゼルは立ち上がって、空間の一部を指差していた。


 なんてことは無い。

 今誰かが部屋に入って来て、この状況を見れば、カイゼルが一人で決めポーズをしている痛い奴にしか映らないはず——


 しかし、彼の指先はキッチリと、寸分違わず私の頭部を捉えていた。


——ぐ、偶然……よね……?


 試しに、その場で横歩きをして、カイゼルの指先から逃れようとしてみるが——


——はぁ!? なんで!?


 内心で絶叫した。

 どれだけ慎重に、音を立てずに部屋の内部を動いても、ピッタリと追いついて来て、彼の指先の照準からは逃れられない。

 透明化の能力は、今もしっかり発動しているにも関わらずだ。

 一度、部屋に設置された姿見に視線を移すが、やはり私の姿は無かった。


「おっと、動かないでね? 動くと簡単に、君の四肢は(もが)れる」


 耳元で囁かれているような優しい声音だが、途轍もなく恐ろしい言葉を口にする。

 だけど、それが何だと言うのだ。

 これくらいの修羅場、幾度となく潜り抜けて来た私には——イッタッ!


 試しに指先の一部をゆっくりと軽く曲げてみたら、糸で引っ張られたような細く切れた傷口とともに、血が滲み始めていた。


「ボクくらいになると、気配で察知できちゃうんだ。この部屋には異物が混じっていることをね」


 安易には動けない。

 理屈は分からないけど、カイゼルがこんな化け物染みた力を持っていたなんて、私は知らないっ!

 カイゼルの話通りなら、些細な指の傷だけでは済まない。

 その場で硬直するしかなかった。


「透明化を解除してくれないかな? 君をこの部屋のオブジェとして飾っておくわけにもいかないんだ」


 諭すように優しく微笑みかけるカイゼルだけど、私には逆に不気味に思えた。

 透明化の解除、それはもう私の負け——すなわち、任務の失敗を意味している。

 任務成功率百%を誇っていた私にとっては、屈辱以外の何者でもない。

 そして、任務の失敗した者の末路は——考えたくもない光景が、頭の中に過っていた。


「へぇ〜、意外だな……」


「——なッ、何がよっ!」


 感情が昂り、思わず怒りを撒き散らしてしまう。

 私はカイゼルの言う通りに、透明化を解いていた。


「もう、動いても大丈夫だよ、拘束は解いたから。けど、逃げようと思わないのが懸命だね」


 恐る恐る、ゆっくりと身体を動かしてみる。

 普段使わない筋肉に無理させたせいか、全身に凝り固まったかのように重い。


「一つ、訊いてもよろしいですの?」


「——いいよ。訊きたいことは何だい?」


「最初から、私の存在に気づかれていたの? 貴方が誰かと会話している時もずっと——」


「——ああ、これかい?」


 そう言って彼は手に持った魔導具を私に見せてくる。

 細長い薄い板のような形状。あんなので会話が成立すると言うのだから驚きだ。


「ボクは初めから、誰とも話してなんかいないよ」


「——えっ……でも、ずっと貴方……一人で……」


「あれは全て独り言だ」


 あれはただの板でしかない、とクルクルと指先で器用に回す。

 いたずら好きの子供のように、笑いながらタネを明かしていた。


「あんな表に出せないような陰口を、誰かに話してたと知れたら、それこそ我が伯爵家一族の格式が下がる」


 それが私の疑問に対する、彼の答えだった。

 一芝居を打った時点で私の存在自体、彼は気づいていたのだろう。

 踊らされた上での完全敗北だった。


「そう、でしたのね……参りました…………」


 したり顔のカイゼルに、ポツリと言葉を発することしか出来なかった。

 本能的にこの人には勝てない。そう実感させられた。

 これからの流れは、もう一つしかない。

 失態を犯した私は、彼の思うがままに蹂躙され、見るに耐えない姿へと変えられて——


「——エクセリア。ボクの右腕として使える気はない?」


「…………ふぇっ?」


 すでに、どんな処分が下されようとも覚悟を決めていた私に、カイゼルは問いかける。

 けれど、それよりも。

 エクセリア、と。久々に自分の名前を呼ばれたような気がした。


「なぜ、私の名を……」


「一目見ればすぐに分かる。ルーリット家——令嬢エクセリア。位は男爵。噂通りいろいろあったようだが」


 正確には元男爵令嬢、だけど。

 私はすでに、ルーリットの家から追い出された身。家名を名乗る資格はない。

 両親の期待に応えられなかった私は、すでに見限られた存在だった。


「このまま処分を下すのは容易い」


 気づけば彼は、私に手を差し伸べていた。

 一点の曇りもなく、純真無垢な真っ直ぐな眼差しで見つめ笑みを浮かべる。


「——なにを……情けをかけるつもり…………?」


「その能力は使える。ここでエクセリアを終わらせるのは惜しい、そう思ってな」


「けれど、私は貴方に不利益を被ろうとした存在。そのような者を右腕にするなど、狂っているとしか——」


 正気を疑う私からの言葉に、カイゼルは本当に狂ったように笑っていた。


「エクセリアが伯爵家に加わってくれるのなら、ルーリットの人たちを、見返すことも出来るだろう。お前にとっても、悪くない話だと思うがな」


 まあ……確かにね。

 彼の提案はこの絶望的な状況から、突如垂らされた蜘蛛の糸だった。

 都合が良すぎるような気もするけど、魅力的な提案には違いない。


「その透明化の能力——これからはボクにために振るってくれないか?」


 どの道、私には選択肢は無いようで。

 そのキラキラと輝かせた目を向けられて、断れるほどの胆力は持ち合わせていない。

 故に、私は覚悟を決めた。


「飼い犬に噛まれたとしても、文句は言わないことねっ」


「その時は、その時だ。しっかりとしつけさせて貰う」


 私はカイゼルの手を取って立ち上がる。

 彼は最後に一言、「よろしくっ」と小さく呟いていた。




 こうして私は伯爵家の一員となっていた。


 初の任務失敗。

 当然ながら依頼主の逆鱗に触れ、熱いお言葉で罵られてしまったが、後にカイゼルに尋ねると、依頼主は婚約者でも何でも無かったらしい。

 一方的に依頼主が好意を寄せていた、言わばつき纏い(ストーカー)だった。


 それから月日は流れ、カイゼルの右腕として尽力する日々が続いていると、巷では妙な噂が流れ始めていた。

 

——エクセリアがカイゼルと婚約関係に至った、と。


 一緒に行動する機会が増えた弊害なのだろう。

 その噂を耳にした両親からは、家に戻ってくるようにと、鬼のような量の手紙が送られて来た。

 これに関してはいい迷惑だったのだけれど、それ以外は悪い気はしない。

 手紙は全て無視し続けたけど。

 カイゼルからしてもこの噂によって、以前のような変な虫に悩まされることなく、穏やかな日々を過ごしているようだった。


 何やともあれ、全て解決——したのかな?

 心身とも、カイゼルに尽くさざるを得なくなったわけだけど。

 まあ、いいや。

 ルーリットの過去に終止符を打てたのだ。手を差し伸べてくれた恩義には報いると誓った。


 その後、王都を席巻する二人は稀代の名夫婦として、後々にも語り継がれていることを今の私はまだ知らない。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

最後にブクマや☆☆☆☆☆でポチッと評価していただけると嬉しいです。

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