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さよなら嘘つき聖女様  作者:
第一部
8/31

8.黒髪村

あの方の言った聖女の村は、別名『黒髪村』と呼ばれているそうだ。


先代の聖女とその連れ、先々代、その前の聖女も日本から召喚された後、聖女の力が衰えると王都を追われてここに移り住んだという。


不運にも召喚に巻き込まれて来た者も、引退した聖女の後を追いかけてここに辿り着いて骨を埋めた者が多いそうだ。


村人の大半は元聖女とその従者や侍女らとその伴侶達の末裔で、そしてその多くは皆黒髪だ。


聖女お初様の肖像画は王城に、遺髪の一部は神殿に保管されているが、墓自体はこの村にあるという。


お初様は同時に召喚された甚左衛門という侍と引退後夫婦になってこの村で余生を過ごしたそうだ。

甚左衛門の残した刀を祀る祠もあった。


お初様の髪結いお菊も巻き込まれて来てしまったらしい。

先程の老婆は村の長老でタエといい、その髪結いの子孫だという。


王族や神殿が最後まで聖女達の面倒を見ないことが腹立たしい。

一方的にこの世界に呼び出され、奉仕させられ搾取された挙げ句、使い道が失くなると姥捨て山のような辺鄙な村へ追いやるなんて酷いとしか言いようがない。


「桐野の聖女の力が衰えたら、ここに黙って来るとは思えないわ」

「······ああ、そうだな」


先程から加藤が浮かない顔をしている。


「どうかしたの?」

「聖女の力がいずれ失くなるものなら、俺の勇者としてのこの力もいつか失くなるということなのかな?」


長老タエは、その心配はいらないと答えた。


「日の本から来た勇者がここへ骨を埋めた例はまだないよ。もし住みたくなったら、その時はこちらへ来ると良い。大歓迎じゃよ、ハッハッハ」

「はあ、その時はよろしくお願いします」



今日はこの村へ泊まらせてもらうことになり、私達の歓迎会が催された。


食卓に並べられた料理に、私と加藤は目が釘付けになった。


「「おにぎり!」」

「「ちらし寿司!!」」


茄子と白瓜の浅漬けと日本酒に似た酒、緑茶風味のお茶まであった。


「これはお米ですか?」

「小さな豆の一種で、米というものによく似ているらしいね。私は本物の米を見たことも食べたことも無いが、この村の伝統料理で歴代の聖女様の好物さ」


その小さな豆は『初豆』と呼ばれていた。



塩むすびは塩加減もよく、バクバク食べてしまいそうだった。

言われなければ、これが米ではないなんて思えない。


ちらし寿司の酢飯も絶妙で、濃いめの緑茶風味のお茶をすすると、なんだか涙が出そうになった。

隣で食べている勇者は既に感涙を流している。


「う、旨過ぎる!」

「本当に、美味しいね」


塩茹でした枝豆に、里芋の煮っころがしに似たものもあった。


「「くーっ、日本のビールが欲しい!」 」


アララートにも麦酒はあったが、日本の味とは大分違う。


極めつけは、鰻そっくりの細長い魚の串に刺した蒲焼きとそのタレだ。

山椒は残念ながらなかったが、この世界をくまなく探せば、代用できるものを見つけることができるかもしれない。


「やっぱり、日本に帰りたい」

「俺も」

「あははっ」


その後は、美味しい手料理のお礼に、二人で農兵節、花笠音頭などの盆踊りを披露し、村人も参加して楽しい宴となった。

扇子に団扇まであって、かなり昔の日本にタイムスリップしたような錯覚になった。



「ひなびた温泉宿って感じだな」

「うん、温泉、あったらいいね」


寝間着は浴衣が用意されてあり、村の奥には、なんと本当に小さな温泉まであって歓喜した。


し、信じられない!


なんか、あまりに出来すぎでは······?映画撮影のセットとかではないよね?


これも聖女効果なの?


この温泉は先々代が指揮を取って整備したとか。



次の日は米に酷似した初豆の炊き方を習い、栽培法を教えてもらった。

農作業等を手伝わせてもらい一週間滞在した。


生成りや茶色、薄緑の綿花を収穫し、綿花の綿毛の中の種を取り出すのが一苦労だった。

みっちりと綿毛に絡み付いてなかなか簡単には取り出せない。一つの綿毛に七、八粒の種があるのだけれど、私は作業にまだ慣れないため力加減がわからず、指先が痛くなった。

こんなに手間のかかるものなのだと、まだまだ自分には知らないことが沢山あるものだと実感した。



初豆を分けてもらい、帰りを待っている聖女桐野に炊いたばかりの塩むすびを持ち帰った。


「本当は桐野に教えたく無い。食べさせるのもなんだか癪だわ」

「それな」

「温泉まであるなんて知ったら大変よ」

「ああ、この村のことはあいつには黙っていよう」


仕方なく持ち帰った塩むすびを桐野は絶賛した。

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