6.予期せぬ求婚
思いがけず視力が回復し、声も戻ってやっと周囲と会話もできるようになったせいか、これまでとは私への接し方が変わって来た。
「聖女様って本当は何歳なのですか?」なんてこっそり聞かれることも増えた。
「私よりも若いのは確かだけれど、二十歳ではないわね」
彼女は実際に私よりも若い。二ヶ月程は。
本当の歳を言うとキレられて、また絡まれそうなので、それはぼかしておくことにした。
勇者様と私は同じ二十六歳であるということは周知させた。
そして私の名はヨネではなくミホだと訂正したけれど、ヨネという呼び名が既に定着してしまっているのでなかなか直らなそうだ。
それはもう良しとしよう。
聖女様は割りと嘘つきだという認識が少しはできたので、今まで濡れ衣を着せられてきたものも、汚名返上ができたのは嬉しい。
この世界の人達と少しずつ信頼関係を結べるようになって、私の立場は以前よりも良いものになった。
「旨っ!」「鳴瀬天才」「神の手」
勇者加藤は、食べたい料理を私に作ってくれと頼むことが増えた。
そして私が恥ずかしくなる程オーバーに褒める。
視力と声を戻してもらった恩もあるので、リクエストには応じることにした。
それに私もたまには元いた世界のご飯を食べたいから。
先週は親子丼と天婦羅、一昨日はツナサンド(アララートには無い)、本日は生姜焼きだ。
この世界には日本と同じ調味料がないので、なんとか組み合わせて似た味になるようにして作っている。
魔獣の肉まであるこの国は肉の種類は豊富だ。ケルケルという野鳥の肉が鶏肉にそっくりな味。
パンなどの小麦製品が主食だから米自体が無い。しらたきに似た食品を細かく刻んでから少し炒って白米に見せている代用品、日本にもあるマンナンライス風だ。
勇者加藤の実家は「肉のカトー」という精肉店を営んでいて、揚げたてのコロッケやメンチカツ、唐揚げなどの惣菜を売る、地元の商店街では人気の店だ。
「はあ、本物の米を食いたいな。家のコロッケも」
勇者加藤は遠い眼をしている。
「だよねぇ。私もおにぎりとかお鮨食べたいな。お稲荷さんとか」
「ああ、いい、それ。俺も食いて~」
桐野は大のご飯好き、米大好き人間だから、私の作る料理に文句を言いながら食べに来るか、作ったものを届けさせる。
うどんの麺を打ち、餃子の皮を私が作っていると、絶対自分にも食べさせろと圧をかけて来る。
日本の料理が食べたいなら、自分で作ればいいのに。
桐野は会社員時代、「趣味はお菓子作り、料理は得意で~す」と自分で売り込んでいたけれど、それも盛っていただけで、口で言うほど料理はできないようだ。
自分で作るよりも、人に作ってもらって食べる方が圧倒的に多いのだろう。
私は高一の時に交通事故で母を亡くしてから、父と自分の食事は自分で作ってきた。
もっと母に料理を習っておけば良かったと痛感した。母の残してくれたレシピノートが頼りだった。
祖母は遠方にいたため、なかなか直に教わることは少なかった。
母の味を再現したかったけれど、年季が必要なものもあるのよね。
母は料理上手で、何でも簡単にさらっと作っていたから、凄いなと今更ながらに思う。
桐野の次はこれを作って食べさせろという無茶振りには応じない時もある。
私にだって作れないものはあるからだ。
「あいつ、女王様気取り過ぎないか?鳴瀬がまるで桐野の奴隷みたいだ」
「······私には特別なスキルや加護が無いから」
「鳴瀬は巻き添え食らった被害者じゃないか。こんな扱いはおかしいよ!」
この世界の誰も、誰一人そんなことは言ってくれなかった。
聖女を殺せば戻れると言ったあの方も、私を憐れんだり労ってくれたわけではない。
私は戻りたい。父のいる世界になんとしてでも帰らないと······。
食べ終えた食器を下げに行き、戻って来るついでに二人分の珈琲を持って来た。
この国には緑茶というものが見当たらないのが悩ましい。
「俺さ、討伐の褒賞に爵位と領地を貰えることになったんだ」
「そうなんだ。加藤君は元いた世界に帰りたくはないの?」
「あんまりないな。俺は元いた世界じゃ平凡でパッとしないし、こっちの方が断然活躍できるからね」
加藤君には二人の兄がいて、結婚した長兄が家業を継いでいるらしい。
「そっか。なんせ勇者様だしね。チート、凄いもんね」
自分の同級生が勇者とか聖女だなんてことが、実際に起きてはいることではあるけれど、それでもやっぱり夢物語にしか思えない。
悪い夢、覚めたいのに覚めない長い夢の中にいるようにしか思えないのだ。
ずっとこの世界にいるなんて私には耐えられない。
「なあ鳴瀬、良かったら俺と結婚しないか?」
「······は?!」
勇者加藤のプロポーズに不意打ちを食らった。




