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さよなら嘘つき聖女様  作者:
第一部
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5.勇者

にわかに城内が慌ただしくなり、同じ聖女付の侍女達の会話に聞き耳をたてると、勇者が帰還したと言う。


聖女に勇者、ここって本当にファンタジーな世界なのね。


半年ほど前にこの世界に召喚された勇者は、魔王討伐のため旅立っていたらしい。


悪魔を崇拝する国なのに魔王討伐って何だろう?本当にわけがわからない。

帰還したということは討伐が完了したことになる。

私の会ったあの方が魔王ならば、まだ存命だと思うのだけど。


魔王はまた別の存在なのかしら?


『あれはダミーだ』


どこからかあの方の声がした。


(はい、了解です!)



今宵、王族と神官らが彼のための祝宴を開くそうで、皆その準備に追われていた。

私も聖女桐野のお世話で忙しくなった。


これだけ聖女としてまわりに崇められたら、さぞ自尊心が満たされることだろう。

劣等感からの虚言、自分への称賛の渇望からの嘘つき行為なのであれば、この世界にいたら、もしかしたら嘘つきが治るのではないかなんて思っていた。

けれど、どうやら桐野はそうではなさそうだ。


彼女は聖女お初の絵姿を必死に真似しようとしているようだ。


結局桐野が桐野自身のことを認めることができないと、虚言は一層悪化して行くのでは······。

自分の権力を行使することで自分を満たそうとして、そこに酔ってしまうと、もっともっととキリが無く、底無しの闇しかないような気がする。



祝賀会が始まると、現代の遊女よろしく、お初様に寄せて着飾った聖女が勇者に杯を差し出すと、勇者は一瞬固まり、すぐに引き笑いを始めた。


「嘘つき桐野が、何で聖女なんだよ!?」


臨時の給仕補助をしていた私はその言葉に反応し、顔を上げて黒髪の勇者の方を見やった。


「マジか?! 鳴瀬じゃん!」


目が合うと勇者は信じられないものを見たという顔をした。


(あつもの)を給仕する際に湯気で曇るので外していた眼鏡をかけて見ると、なんと勇者は高校の同級生だった。


(······加藤君!?)


「何で鳴瀬がここにいるんだ?」


私は声を奪われて話せなかったので無言でうつむいた。


パチッ!


加藤君は魔法使いのように指を鳴らした。


勇者加藤はチートらしく、私の声を阻害する聖女桐野のチートを瞬時に解いた。


「あ、ありがとう」


私は勇者加藤洵のお陰で三ヶ月ぶりに自分の声を取り戻すことができた。


「玲奈って、源氏名かよ、ひぃ~」

「私はヨネ、三十歳。桐野の嘘設定よ」

「酷えな」


勇者加藤は笑い過ぎて涙眼になっている。


聖女桐野の虚言癖を知っている味方ができて非常に心強い。

桐野の嘘つきは高校時代から有名だったから。


いいな、チート。私も何か欲しい。勇者加藤のチートは聖女桐野を凌ぐのだ。


「あれ?加藤君て眼鏡じゃなかった?」

「おう、治癒魔法でバッチリ治したぜ」

「いいなぁ」

「ほら、鳴瀬のも治してやるよ」


勇者加藤は、私のド近眼ド乱視を瞬時に治癒させた。

痛みや違和感もなく視界がクリアになって行った。


「うわあ、嘘みたい!ありがとう」


裸眼で物が良く見えるなんて中学生ぶりだ。

その分、自分と他者の外見の粗が気になるようになった。

近視エフェクトがあった方が綺麗に見えるのよね。


先程から二人で盛り上がっているのを、周囲は唖然としつつ見守っていた。


桐野は忌々しそうにこちらを睨んでいる。


「ベリーショートも結構似合うな」

「加藤君も長髪カッコイイよ」


高校卒業以来の、まるで同窓会のノリだ。


「あんた達、いい加減にしなさいよ!」


苛立つ桐野を神官補佐が宥めに来た。


「勇者様は聖女玲奈様と顔見知りなのですか?」

「同郷の同級生です」

「同級生?勇者様は確か······二十六歳くらいでは?」

「俺もヨネも聖女様も皆同じ歳ですよ」


それを聞いた一同はどよめき、ざわついた。

桐野の年齢サバ読みがこれで明るみになった。

本名も違うのだが、そこはそれ程注意を引いてはいないようだ。


「桐野、お前な、聖女なら嘘はやめろよ」

「うっ、うるさいわね、もう黙りなさいよ!」


桐野は実年齢をバラされて、わなわなしながら青筋を立てている。

厚塗り化粧の顔面が怖い。


私は片目を瞑り、人差し指を立ててシッというジェスチャーで勇者加藤に合図した。


この場はなんとか穏便に済ませたいからだ。


空気を読んだ勇者は、酒宴が終わるまで聖女への突っ込みは抑えた。


「勇者様は冗談が過ぎますわ。同級生なのは私の兄ですのよ」


桐野は取り繕うのに必死だった。

彼女は自称二十歳は最後まで撤回しなかった。


桐野に兄はいたが、年子で一歳しか違わないのだけれど、それは私と勇者加藤しか知らないことなので、私達が黙っていれば済むことだった。


桐野は私達に余計なことは言わずに黙っていろと圧をかけた。


「あいつ、全然変わらないな」


勇者は呆れながらそう呟いた。

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