4.この世界を統べる者
「つ、角······」
男の頭には、魔族であろう角が生えていた。
私は相手がどんなに良い人であっても、どんなにイケメンだとしても、角が苦手だ。
しかもこの男のような、一回捻って角の先端が後ろに向いている立派な角、巻き角は特に。
「まさか······あ、悪魔?!」
私は情けなくも震え上がった。
(角、本当に、いやぁぁぁ······!)
『今この国の神とされているのは神を騙った悪魔だ。角を持つ神を崇める悪魔信仰に過ぎない』
「そんな······!」
『召喚に代償、対価、犠牲を伴うものは悪魔だ』
角さえ無ければ普通に美しい男は、長くうねる漆黒の髪を煩わしげにかきあげた。
切れ長の黒い瞳は妖艶に輝いている。
『先代のお初は聖女として白眉であったが、今代のアレは酷過ぎる。よくもあのような者を召喚出来たものだ』
「あなたが聖女を選んでいるのでは無いのですか?」
『いいや。人間どもが勝手に召喚しているだけだ。それに我は悪魔ではない』
嘘つき桐野が召喚されたことが少しだけ納得がいった。
「······先程の、聖女を殺せばとは、どういうことでしょうか?」
『そなたは元いた世界に戻りたいのであろう?』
「は、はい」
『あの不快極まりない聖女を殺せばそなたは戻れる』
「こ、殺さないと戻れないのですか?」
『そうだ』
この世界を統べる者という男は私に短刀のようなものを手渡した。
ズシリと手に重みを感じた。
無駄な装飾はなく極めてシンプルなものだった。
『この短刀はお前にしか見えぬ。神官や魔導師でもわからぬだろうよ』
鞘の艶やかな黒い漆塗りのような質感に、なんだか随分和風な感じがした。
『それは先代のお初の物だ。同じ国から来たそなたには馴染みの物であろう?』
「······え?ああ、ええ!?」
いえいえ、こんな短刀なんて馴染みなんて無いですよ?!
今の時代、こんなの待っているだけで捕まってしまうし。
『抜いてみよ』
鞘から抜いて見ると、鍔の無い刀が現れて、ぎょっとした。
これは、合口とか呼ばれるものなのかな?
任侠映画で出て来るドスみたいな感じだ。
時代劇でも使用されていたのかもしれないけれど、そんなシーンを真剣に見たことがないからわからない。
普通の刀よりも握り難そうだと感じた。刀というもの自体に触れたことも無いけど。
こんな物で人を上手く刺せるのだろうか?
映画やドラマは撮影だから編集していたりしないのかな?
怖じ気づいて鞘へ戻した。
「これ以外の剣とかナイフではダメなのですか?」
『それでは無効だ。戻りたければ、これで屠れ』
「······っ」
······そんな、本当に?
「でも、聖女がいなくなったら、この世界が困るのでは?」
『どうせ次の聖女をまた召喚するだけだ』
それではまるで使い捨てだ。聖女の立場とはそんなものでしか無いのだろうか。
「あの、私のように召喚に巻き添えを食らった人は他にもいたのですか?」
『聖女の村を訪ねてみよ』
「聖女の村?それはどういう······」
『力を失って引退した聖女と、召喚に巻き込まれた寄る辺無い者が身を置く場所だ』
そんな場所があるなんて。
神官達は何も教えてはくれないのね。なんて不親切なの。
「······聖女の力は失くなるものなのですか?」
『個人差はあるが、いずれは失うものだ』
「今の聖女はそれを知っているのでしょうか?」
『知っていたら、あのような振る舞いはできまい』
そうよね、でも、あの桐野ならば、それでもやりかねないような······。
知ったら暴れそうだけど。
『そなたの好きな時に殺れば良い。では健闘を祈る』
自称この世界を統べる者は、一方的に指令を出して消える上司のように瞬時にいなくなった。
そして、ほどなくしてアララート王国に勇者がやって来た。




