31.さよなら聖女
「あのね、あのひとね、もう人間には生まれてこれないんだって。神様が言ってたよ」
「そうなの······ね」
美帆は初音の柔らかな黒髪を撫でた。
もしかしたら、それは普通の処刑よりもかなり重く厳しいものなのではないだろうか。
罪人が処刑されたとしても、また人間として転生するものだ。
桐野にはもうそれがない、それすらできないということなのだから。
チャポン······
桐野だった山椒魚が小川へ落ちるように入ると、水面に小さな波紋が生まれすぐに消えた。
「バイバイ、嘘つきおばさん」
「さよなら、嘘つきの聖女さん」
甚と初音が小川を覗き込みながら、手を振った。
「山椒魚って確か食えるんだよ。串焼きとか天婦羅、唐揚げとかで」
「えええ!?」
桐野の串焼きとか天婦羅なんてゾッとする。私は山椒魚は一生食べなくていい。
『あやつは聖女の身でありながら、故意にこの国も王や民も騙したのだ。そして神殿と聖女そのものを冒涜した。よってその罪は重い』
「もしかしたら、彼女は人間以外の生き物の方が楽なのかもしれません······」
山椒魚は気持ち良さげに小川を泳いでいった。
『······そうなのかもしれぬ』
今後転生する私の未来には桐野はもういない。
やっと私は彼女から解放された。憑き物が落ちたような感覚さえする。
私と桐野は二人で想像もできない程の長い長い時を共に巡っていたかのようだ。
もしかすると、それぐらいの因縁の深い相手だったのかもしれない。
でももう、それもこれで終わった。
ありがとうございます神様。
······さよなら、桐野。
***
よほどほっとしたのか、私は数日間寝込んでしまった。
そしてどうやら私は妊娠したようだ。
「弟かな、妹かな?」
「どっちでもいい。早く会いたいな」
「じゃあ、二人で名前を考えてくれる?」
「「うん!!」」
アルベルト様の麻痺を、初音が治癒魔法で完全に治してしまった。
アルベルト様が車椅子要らずになったのは療養という体を継続するため機密事項だけれど。
それで魔導師様に見込まれて、ピピパピ·ホッホ先生に二人は師事することになった。
初音が聖女になるのはまだまだ先のことだ。
ヘルムート殿下もしくはジークベルト殿下との婚約(王家から打診が来ている)も、まだまだ先のことになる筈だ。
繋ぎの陛下ダレル様は、あれからなかなか良くやっていて、アルベルト様は満足しているご様子だ。
聖女は国内からも募ることに既になった。
召喚自体は今のところまだ禁止ではないけれど、もし本当に初音が聖女になったら、次の聖女からは召喚はなくなるかもしれない。
そうやって少しずつ変えてゆくのだろう。
洵は王宮の騎士となり、ヘルムート殿下の護衛になった。
甚も将来同じ道を進むかもしれない。
臨月が近くなり、また好物の鰻が食べたくなって王都から洵と二人で黒髪村へ来てしまった。
以前に比べて、黒髪村への出入りは自由になった。
黒髪村へ移住して来る人も増えた。そして逆に村を旅立ってゆく人も。
いつか黒髪村という名前を変える日が来るかもしれない。
「子どもを持つ、子どもを産むというのはさ、子どもを天国から召喚しているってことにならないか?」
「ふふっ、そうかも。加藤家へ召喚ね」
「そうそう」
甚(甚左衛門)も初音(お初)も私達のところへ来てくれたのだ。
召喚した覚えは無いのだけれど。
「私達もだけれど、誰もが親のもとへ召喚されているということよね」
「ああ」
「また一人召喚してしまうわ」
「はははっ、そうだな」
鰻の焼ける堪らない香りがして来た。
「うう、早く食べたい!」
「また産気づくかもよ?」
「それは大丈夫よ、多分」
「はい、お待ち!」
ねじり鉢巻を巻いた威勢の良い青年が鰻重を運んで来た。
なんか少し寿司屋っぽいねと、私達は笑い合った。
「あっ、そうだ、まだあの子達は鰻を食べたことがないんだわ」
「あれ?そうだっけ?」
「そうよ」
「う~ん、まあ、それは次回ということで」
「そうね」
美帆は洵に山椒の瓶を手渡した。
「「とりあえず、いただきまーす!」」
一月後、無事に男の子が生まれた。
「「ママ、今度は妹を産んでね!」」
「ええ~!?それじゃあまた召喚しないとならないわね」
(了)
これにて完結です。
最後まで読んで下さり本当にありがとうございました!




