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さよなら嘘つき聖女様  作者:
第三部
30/31

30.火竜

「桐野って·····、玲奈様のことか?」

「ええっ?何でここにいるの?帰ったんじゃないの?」

「なんか以前と雰囲気が違くないか?」

「ああ、あんな顔じゃなかった気もするな」

「これはどういうことなの?」


前回元の世界に戻るまでは、黒髪村に三日程しかいなかったので、皆桐野の顔をはっきりと覚えていなかった。


「そうよ、桐野よ。今は玲奈じゃなくて紗理奈だけどね」

「······なんですって!?」


桐野は微塵も悪びれてはいない。美帆には桐野の行動と心理が全く理解できなかった。

ここまで来ると、同じ日本人、いや、人間とは思えない。人の形はしているけれど、まるで別の生き物のように思えて仕方がない。


美帆は戦慄し桐野からなるべく遠ざかろうと、子ども達を守りながらじりじりと後退りした。


「まさか、玲奈が新しい聖女紗理奈だったとは!」


それでダガーの反応が王都周辺をウロウロしていたのだと、バイルシュミットは合点がいった。


「お前、何でまた聖女なんかやっているんだ?一体どういう神経しているんだよ。罪人として追放されたのに、よく平気で戻ってこれるな」


洵は桐野に害獣を見るような視線を向け、不快感を露にした。


「私のダガーを返していただく」


バイルシュミットは、桐野から受け取るために手を差し出すことはなく、別のダガーを取り出して宙にかざした。

返せと言ったところで桐野が素直に応じることはないと彼はわかっていたからだ。


淡く発光しながらダガーがひとりでに桐野から離れ、バイルシュミットの手の中に戻った。


「なっ·····!」


桐野は一瞬狼狽えたが、すぐにバイルシュミットを睨んだ。


彼女はこのダガーさえあれば、ほとぼりが冷めた頃にまた顔を変えてこちらに戻って来ることも可能だと思っていたのだ。


「いいじゃない、こんなダガーのひとつぐらい私にくれても構わないでしょ!」

「こ、こんなだと!?」


バイルシュミットは憤怒の表情を浮かべた。


パチンと指が鳴らされた音がした直後、轟音と共に桐野が立っていた真下から間欠線が現れて桐野ごと高々と吹き上げた。

水蒸気が吹き上げる音に桐野の悲鳴が混ざった。


「あ、熱いっ!た、助けて!ああああ」


噴水の如く吹き上げられた熱湯の最上部に浮かぶ桐野を、皆が呆然と見上げた。



***



桐野が黒髪村で熱湯に吹き上げられたのと同時刻、王都では待機状態でいた有翼の火竜達が、一斉に動き出した。


神殿の上を旋回していた火竜達が、神殿を突如襲いはじめた。

逃げ惑う神官らを一ヶ所に追いつめて囲い込むと、火炎放射のように火を吹き焼き払った。

その中には神官長ヴラウワーもおり、彼は一瞬で灰となり塵と化した。



王城を取り巻いていた火竜達も同様に、不正を行いアルベルトに危害を与えた貴族らを次々に焼き払っていった。

謀反の首謀者筆頭、リマールの元嫁の父デリンガー伯爵も問答無用で火炎の灰と化した。

火竜達は見境なく襲うのではなく、まるで神の審判を行う者のように、人を選び、該当する者達だけを焼いた。

善良なる者、アルベルトに危害を与えることのなかった者達は、火竜に追いかけられることもなく、眼中にないかのように素通りされ命拾いをした。

神官と伯爵達の傀儡だったダレルは火傷を負ったが命を失うことはなかった。


一掃の任務を終え、どこからか撤収の合図を受け取ると、火竜達は飛び去ることなく、その場から忽然と消え去った。


民衆らには被害はなく、騒然とした日の翌日には、民は通常通りの生活に戻った。



***



再び指が鳴らされると、吹き上げていた熱湯は消え、桐野は地面に叩きつけられた。


「ううっ······!」


骨折したのか彼女はその場にうずくまった。


指を鳴らし間欠線を操っていたのは、魔導師ホッホだった。

王都や各地の間欠線と火竜も同様に彼の魔法によるものだった。



「申し上げます!」


伝令の使者が転移魔法でやって来て、王都の状況と火竜による襲撃の終息を報告した。

王宮内はまだ混乱状態にある。


「ご苦労だった。今こそ王としての手腕を振るえと愚弟に伝えてくれ」

「はっ!」


アルベルトは再び王に戻る気はなかった。

ダレルには三人の子がいるが、皆女児のため、このまま跡継ぎが生まれなければ、ヘルムートかジークベルトを王位につかせようと思っていた。

アルベルトは後見として息子達を支えるつもりだ。


アルベルトが以前躍起になってしようとしていた大がかりな変革は、代を跨いで行うぐらいのスピードが丁度良いのかもしれない。

我が子達の代で成ることを今は願っていた。


アルベルトらが王都へ戻るのは、もう少し先の話だ。




「い、痛い、全身がヒリヒリする······」


骨折と火傷を負った桐野は自力で治癒魔法を使用したが、神聖力は衰えていて、治りきっていなかった。


「あっ、初音、ダメよ!」


初音は桐野に駆け寄ると、治癒魔法をかけはじめた。


「初音、そのおばさんはな······」

「うん。わかってるよ、ママ、パパ」

「初音······」


美帆と洵は初音の傍に寄り添った。


「おばさん、まだ痛い?痛いの、かわいそう」

「な、なんていい子なの······、もう痛くないわ」

「じゃあ、とっておきのをしてあげるね」


初音はいつものように、誰かを癒す時の屈託の無い笑顔を浮かべながら、桐野の手のひらを揉み始めた。


「あっ、あら、気持ち良いわ」

「エヘヘ、もっとやってあげるね」


桐野は初音の愛らしさにすっかり油断していた。

しばらく初音は桐野の腕を小さな手で揉み続けた。


美帆は心配だったが、桐野の後方に立っている神を見つけてハッとした。

これは神が初音にやらせているのだとわかった。

黙って成り行きを見守るしかない。


そうしているうちに、桐野の体は徐々に小さくなり、大人から子どもに、子どもから子猫のような大きさに、そして最後は小人のような大きさになった。


「ふう。はい、おしまい」


桐野は初音の手のひらの上に乗っていた。


「あのねおばさん、小人とお魚になるの、どっちがいい?」

「えっ?」

「わたしね、神様に頼まれたの」

「は?!」


桐野は初音の手のひらの上で抗議するかのように跳び跳ねている。


『お前は山椒魚になるのだ』


美帆と初音にしか神の姿は見えず、洵や甚にはその声しか聞こえなかった。


「さんしょううお?どんなお魚?」

『このようなものだ』


小人の姿だった桐野は、神の手でヌメヌメした茶色いヤモリのような姿に変えられてしまった。


「ぎゃあああ!」


ごく小さな悲鳴が微かに聞こえた。


「わあっ!!」


びっくりした初音は、先程まで桐野だったものを手のひらから振り落とした。

初音は虫も苦手だったが、爬虫類も苦手だったからだ。


山椒魚と呼ばれる爬虫類の姿になった桐野は、吹き出した湯でぬかるんだ地面を這えずりながら近くの小川を目指していった。

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