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さよなら嘘つき聖女様  作者:
第一部
3/31

3.浮世絵美女

嘘つき聖女の桐野は、私のいた世界では桐野が一般的な美女であり、私のような顔立ちは醜女であるとこの世界の人達を嘘で洗脳した。


「玲奈様は先代の聖女様にそっくりでございます」

「なんとお美しい!」

「お初様の再来では?」


先代の聖女の肖像画を見せられて、私は絶句した。

それは日本の浮世絵の美人画に似た風貌の女性が、レースと金糸をふんだんに用いた豪華絢爛なドレスを纏った姿だったからだ。


先代の聖女は江戸時代の人だったのか?


アララート王国では二、三百年に一度聖女が召喚されるようだ。

先代が歴代で最も神聖力が強かったそうだ。

過去の聖女の肖像画に似た今代の聖女桐野は、それによって聖女認定されたようだ。


浮世絵のモデルが本当に浮世絵のような顔立ちだったかは不明だ。あれは絵としての当時の表現であって、デフォルメされているのではないかと私は思うのだけれど。


きっと実物は絵よりも美女だった筈だ。


油彩で描かれた絵はもう一枚あり、黄色の格子柄の着物姿で、ぽっぺんと鳴らす深緑色のビードロを吹いている。

日本にもこんな浮世絵があったような。


どうやら先代の聖女様は髷の様子からして、花魁ほどの華美さはないけれど元遊女だったように思える。

遊郭という苦界からこちらへ逃れられたならば、少しは自由と幸せを味わえたのだろうか。

緑の黒髪に玉の肌の妙齢の美女、やや薄幸そうな風情を漂わせている聖女様。


でも、この世界で髷を結える人などいたのだろうか?

それともこの世界に来たばかりの頃に描かれたものなのか。


先代の聖女様はオハツ様、「お初」という名だった。


私は、これまでにも聖女と一緒に召喚された人がいたのではないかと感じた。

お初様の髪を結った人も同時に巻き添えを食らっていたりしないのかと。


それならばこの絵の髷を結うことも可能だ。


神官達は何かを色々と隠しているように思う。ただでさえ桐野みたいな人物を聖女に召喚するぐらいだから、胡散臭すぎる。


だから、私が元の世界に戻る方法はきっとある筈だ。希望は捨てず諦めずにいよう。



聖女という地位を得た桐野は、勝ち誇ったように私を見下した。


私が神殿の魔力測定で魔力無し、加護無しと判定されたからだ。

元々召喚される対象ではないのだから、そんなのは当たり前だ。

勝手に私を巻き込んだ癖に、どこまで他人に迷惑をかけたら気が済むのか。


鳴瀬ヨネは、聖女付きの新米侍女としてこき使われるようになった。

侍女だったが、私は男装をするように言われ、長かった髪はベリーショートにカットさせられた。

長い黒髪は、聖女にだけ許されるのだとか。このアララート王国には黒髪の人が殆んどいない。


桐野は何かと「ヨネのくせに」と私をなじったが、本名ではないので、全く響かない。

内心では、「私はヨネじゃないし」「ヨネって誰のこと?」と、どこ吹く風でいられた。


言葉も話せない三十歳の男装醜女設定キャラに興味を示す人もいなかったので、桐野に絡まれる以外はまあまあ平和だった。


嘘つき桐野は、王太子殿下が既に妻帯していたため、第二王子殿下を婚約破棄させて、自分が新しい婚約者の座に収まった。


桐野にとっては嘘はつき放題、しかも誰に咎められることもなく、自分がお姫様のように、いや、 女王様のように振る舞えるのだから、この世界は天国みたいなものだろう。


一応聖女の癒しの力、神聖力自体はあるようで、穢れた土地や遺物などを浄化して見せて、聖女としての体面は保っていた。


ただ、聖女に婚約者を奪われた侯爵令嬢や嘘によって貶められた令嬢達からは恨みを持たれているようだ。


そこだけは元いた世界と同じだ。


それでも、ここは聖女様が絶対の世界だから、令嬢達は歯が立たない。不用意なことを言えば不敬罪にされてしまうから、誰も桐野に逆らえないのだ。


私が桐野に声を奪われたことを知っているメイサやリマール様も、見て見ぬふりを通すだけだ。


私が桐野に不当な扱いを受けても、誰も庇ったり守ってはくれないのはそのせいだ。


護衛騎士のリマール様の婚約者は、私が彼に色目を使い誘惑しようとしているというデマを桐野に吹き込まれた。

それで令嬢を幾人か引き連れて私にビンタをしに来た。

リマール様から私が避けられているのもそのせいなのだろう。

護衛と言っても、遠巻きに私を見張っているだけだ。


「この泥棒猫!」という、どこの世界でも共通の台詞を婚約者様から浴びせられたばかり。


こんな嘘つき聖女を召喚して崇める王国なんて私にとってはどうでもいい。

召喚の被害者を放置する王侯貴族や神官なんて何の価値もない。

王家は神殿にいでるらしいされているようで、ヘイル卿の支配下にあるようだ。


年齢不詳のどこか作り物じみた、蝋人形みたいにヌラヌラした彼の美貌は人間離れしている。

イケオジではなくて不自然な若作りの魔族みたいな感じがする。だからなるべく関わりたくなかった。


そんなヘイル卿に媚を売る桐野も気持ち悪いだけだ。


こんな狂った世界から、私はとにかく帰りたい。


もう三ヶ月近く経ってしまう。父は大丈夫だろうか。


二年前に突然倒れてから意識が戻らない。


本当にここから二度と帰れないとしたら、私はどうすればいいのだろう。


桐野から自由になれないなんて、元の世界よりも地獄だ。



夜も眠れずに悶々とする私の頭の中に、突然誰かの声が響いた。


『聖女を殺せば良い』


「······!?」


辺りを見回しても誰もいない。それでも何かの気配を感じた。


「誰?誰かいるの?」


部屋の灯りを点すと、紫の煙を纏った男が現れた。


「······あなたは誰?」

『この世界を統べる者だ』

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