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さよなら嘘つき聖女様  作者:
第三部
28/31

28.魔導師

流浪の魔導師の実年齢はさだかではなく、およそ五十歳前後の風貌で非常に寡黙な男だった。

こちらの依頼や要望に応じる気があるのか無いのか、彼の感情を読めない表情と言葉からは判別が難しかった。


それでもアルベルトの治療を請け負い、黒髪村への同行も受け入れてくれたようだ。


魔導師は瞬時に転移魔法の魔方陣を展開すると、リマールとアルベルトを一緒に転移させた。


普段の転移とは違い摩擦があった。リマールは鋭い鼓膜の振動に一瞬目を閉じた。目を開けると既にそこは黒髪村だった。


アルベルト達は張り巡らされてあった結界をすり抜けて到着したようだ。

村人達が騒然としている。


新しく村の長になったリョウは、突然の訪問者、警戒態勢の最中にやって来た者達の中にアルベルトを見つけ驚愕した。


「へ、陛下!?」


リョウは我が目を疑って一瞬固まった。そして慌てて配下の礼を取った。


何事かと人集りができた。騒ぎを聞きつけ駆けてきたヘルムートは驚きで立ち止まった。


「ち、父上······?!」


眼前いる父の姿をにわかには信じられなかったヘルムートは凍りついた。


「······ヘルムート、ヘルムートだな?」


車椅子の男は両手を広げた。確かに父アルベルトの声だった。

ヘルムートは高鳴る鼓動に、両手の拳を強く握り締めた。

リマールはヘルムートの方へアルベルトの車椅子を進めた。


「父上······、本当に?」

「ああ。私だ」


ヘルムートは剣をその場に置くと駆け寄り、父の膝に抱きつき頬をすり寄せた。

大きな手がヘルムートを力強く抱き締めた。


「······驚かせて済まない」

「生きていらしたのですね!」

「ああ、ここにいるリマールと魔導師のお陰だ」

「本当にありがとうございます」


ヘルムートはリマールと魔導師に深々と会釈した。


「そ、そうだ父上、ジークを呼んで来ます」


ヘルムートが立ち上がろうとした時、人集りをかき分けて、ジークベルトを抱いた美帆が前へ出た。

甚と初音もその後ろからついてきた。


「だあれ?」

「ジークベルト様のお父上ですよ」


美帆はジークを腕からそっと下ろした。


「ジーク、おいで。父上だよ」


ヘルムートがジークベルトを抱き上げると、アルベルトの膝へ乗せた。


「ちちうえ?」

「そうだ。お前の父さんだよ、ジークベルト」

「とうたん?パパはパパじゃないの?」

「加藤パパは養父といって······あっ、まだ言ってもわからないか······」


ヘルムートは困って頭を掻いた。


「加藤?勇者加藤のことか?」

「はい。黒髪村で養父としてジークと二人でお世話になりました」

「そうだったのか」


美帆は何年かぶりでアルベルトと騎士リマールを目にした。


「陛下、お久しぶりでございます。リマール様も」


美帆は貴族式の挨拶をした。

病み上がりであろうアルベルトは、それでも王気を放っていると美帆は感じた。


洵と同じく、仕えるならばこの王がいい。


「加藤夫人か。そなたにも礼を言わねば。息子達が大変世話になった」

「微力ながらお役に立てましたら光栄でございます」

「ママはママじゃないの?」

「ママは養母なんだよ」

「ようぼって、何?」

「う、うーんと·····」


ヘルムートは再び自分の頭を掻いた。

義理の母と言っても、今度は「ぎりって何?」となりそうだったから。

「本当の親ではなくて」と言ってしまうと、ジークは泣きそうだから言葉選びに困ってしまったのだ。


ヘルムートにとって、洵も美帆も彼らが本当の両親であって欲しいと思うほど信頼を寄せていた。甚と初音も本当の兄弟のように親しみを感じていた。

王家や侯爵家での暮らしよりも加藤家での温かく楽しい家族との生活は、ヘルムートにとって得難いものだった。


この黒髪村も居心地が良く、去りがたい場所になっていた。



「それで、こちらの魔導師様は?」


リョウが尋ねると、リマールはこの方は巷で評判の流浪の魔導師様だと答えた。


「魔導師ホッホ殿だ」

「「ホッホ!?」」


リマールが魔導師の名前を告げた途端、甚と初音はケタケタと笑い出した。

幼い甚と初音は今「ホッホ」という名の響きで頭の中が一杯になっていた。


((ホッホ、ホッホ、ホッホ、ホッホ······!))


あまりにもツボにはまったのか、二人は笑い過ぎてえづくほどだった。


「あなたたち、謝りなさい!人様の名を笑うなんてもの凄く失礼なことなのよ!」


美帆の怒気に甚と初音はびくりとした。


「「······ご、ごめんなさい」」

「申し訳ございません魔導師様。この子達の育った向こうの世界では、あなた様のお名前は小鳥の鳴き声のような響きで非常に可愛らしく、ファンタジーなイメージを喚起してしまうものなのです。二人の失礼をどうかお許しください」


美帆は平謝りした。魔導師は無言のままだ。


「ふぁんたじい?ふぁんたじいってどういう意味?」


ヘルムートが聞き返した。


「メルヘンなというか······」

「めるへん?」


益々わからなくなったヘルムートに、美帆は自分の語彙力と互換性のなさを恥じた。


「ええと、それでフルネームはなんとおっしゃるのですか?」

「ふるねぇむ······」


言葉の意味をなんとなく察してもらえたのか、リマールは魔導師のフルネームを伝えた。

ホッホという姓はアララートでは別段珍しくはない。


「ピピパピ·ホッホ殿です」

「「ピ···?!」」


双子達はバッと両手で口を塞いだ。笑い声を漏らさないようにだ。

甚はその場にしゃがみ込んで、ぷるぷると震えている。初音も涙目になって堪えていた。


笑い上戸はきっと洵に似たのね。


子ども達が笑いたくなる気持ちはわからなくもない。

美帆も思わずニマニマしてしまいそうなのを必死で耐えていたからだ。


(なんでこんなに子ども達が反応してしまうほのぼの系の名前なの······!ぱぴぷぺぽ系はツボなのよ)


ピピパピというのは、ピッパ、ピピン、パウル、パウラ、パック、ペイジ、ペーダー、ピーブ、ピート、ピップ、ピクム、ピピというように半濁音まみれの名前が連なる先祖代々の名を全て引き継いで繋げた超絶長い名前になっていたため、名乗る側も聞かせられる側も苛立たせないための短縮形なのだった。


ピピパピ·ホッホ、彼が将来双子達の魔法の師匠になる人物なのを、美帆も双子達もまだ知らなかった。

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