27.二人の騎士
アルベルトに毒を盛った近衛騎士エドヴァルド·リマールは、強い罪悪感に苛まれていた。
妻の実家のデリンガー伯爵家からは他言無用と圧力をかけられており、妻は戻って来たが気が休まる時がない。
格下のリマール子爵家を伯爵は何かとこき使うだけで、子爵家にとって旨味はそれほどない結婚だった。
精神的に疲弊したリマールは、退職を願い出て、それを不服とした妻から別居されてしまった。
離縁は時間の問題かもしれないが、それ以上に秘密保持のため自分が消されてしまう恐れがあった。
エドヴァルド·リマールは暗殺回避のため離縁状を送り失踪した。
彼は何とかしてアルベルトを救おうと、秘密裏に治癒師を送るなどして治癒に奔走した。
そんな時出会ったのが流浪の魔導師で、死者をも蘇らせることができるという評判だった。
藁にも縋る思いでリマールはアルベルトの治療を私財を投じて彼に依頼した。
アルベルトが息を引き取ると、リマールは遺体をすり替え、魔導師に引き渡した。
葬儀に参列したのは元側近の二人と長男のヘルムートだけだった。
実はアルベルトは仮死状態なだけで死亡はしていなかった。
離宮内に暗殺を企てる内通者がおり、毒を更に盛られトドメを刺されることを避けるための苦肉の策だった。
アルベルトは閉鎖された旧神殿の地下に移され匿われて、魔導師から治療を受けた。
車椅子を利用して動けるまでに回復した。麻痺は完全には治癒しなかったが、アルベルトは言葉を取り戻した。
意志疎通が可能になると、エドヴァルド·リマールは、アルベルトに自分を殺して欲しいと懇願した。彼に毒を盛った張本人だと告白したからだ。
王を失脚させ、国の流れを変えさせた反逆者、極刑一択ではあるが、その責任は彼一人では負いきれるものではなかった。
彼を操った者達も一掃しなければ意味がない。
「そなた一人を殺したところで、今更この流れは止められぬだろう。それならば、生きて死ぬ気で償え」
「······陛下!」
アルベルトは彼の罪を許したわけではないが、生きて償う機会を与えた。
王としての未熟さ、自身のやり方にも問題があったのを痛感していたためでもあった。
アルベルトはヘルムートの失踪を知り、ジークベルトのいる黒髪村へ向かうことにした。
***
洵が王城に到着すると、思いがけずある人物が声をかけてきた。
「加藤殿、お元気そうで」
「君はあの時の······!」
彼は黒髪村で桐野を捕縛した騎士バイルシュミットだった。
美帆を巻き込んで帰還しようとした桐野にダガーを放った男だ。
「つかぬことをお聞きしますが、聖女玲奈は死亡しておりませんよね?あちらの世界で存命しているということで、合っていますか?」
「ああ。確かに生きて帰った。今も向こうでピンピンしている筈だけどね」
「······そうですか」
「何か気になることがあるのかい?」
腑に落ちない表情の強面の騎士は、声を落として耳を疑うような発言をした。
「聖女玲奈がこちらへ戻って来ているということはありませんか?」
「······は!?」
そんな馬鹿なことが······、素直に否定したいところだが、常識が全く通じない桐野ならやりかねないかもしれないと、洵は嫌な想像をした。
「どうしてそう思うんだい?」
「これです」
若く屈強な騎士は着衣に仕込んであったダガーを取り出して見せた。
全く同じ形状のダガーが二本、洵の目の前で淡く光を放っていた。
「これは?」
「このダガーはある魔導師から三本一組で入手したものですが、紛失した際にその在りかがわかるよう探知魔法がかけられているのです。聖女玲奈があちらに帰ってからは流石に探知の反応はなかったのですが、最近このように反応し出したのです」
「······まさか、本当に?」
桐野があのダガーを所持して戻って来ているだと!?
「探知魔法以外にも、ターゲットに放ち手離しても常に三本一組になるように互いを引き寄せ、手元に帰巣する魔法が施してあります。もしかすると、それでこちらに戻って来ることができたのかもしれません」
「······なんてことだ」
もう二度と会わない、桐野とは二度と関わりたくはないのに。
「まだ王都の周辺にいると思われます。見つけたらお知らせします」
「あいつは倒しても何度も復活するしぶとい魔獣みたいな奴だからな」
バイルシュミットは笑いをこらえた。
「同感です。ですので、どうかお気をつけ下さい」
「教えてくれてありがとう。君も用心してくれ」
有翼火竜は十数体が王城を取り巻いているが、人を襲ってはこない。
彼らはまるで何かの合図を待っているかのようだ。
「神殿の方も同様の状態のようです」
前回の討伐で顔見知りになった騎士団員が状況を説明した。
王宮魔導師らが結界を張っているので、王宮内は安全のようだ。
今のところ民衆に被害は出ていないのが幸いだ。
「紗理奈様はまだか?」
紗理奈とは確か新しく召喚した聖女のことだ。
「聖女紗理奈はどんな人だ?」
「とてもお美しく、玲奈様とは段違いの方ですよ」
罪を犯した玲奈の評判は地に堕ちている。玲奈以外ならば皆褒めるだろう。
「その聖女は結界を張れるのか?」
「多分できると思います。直接見たことはありませんが」
「魔獣は倒せるのか?」
桐野は魔獣の血を浴びるのを嫌がって、理由をつけては討伐を逃げていたが、今度の聖女はどうだろうか。
「電撃で倒すそうですよ」
「それは頼もしいな」
聖女は剣を使わない。杖か素手(祈りとか神聖力)で戦うのが大半だ。
どうやら騎士団も誰かの到着を持っているようだ。
「聖女様が陣頭指揮を取るそうですよ」
「益々頼もしいな」
聖女待ちということか。
洵はアルベルトがかつて陣頭指揮を取るべく颯爽と駆けつけたのを思い出していた。
そして、やはりダレルは聖女と騎士団に丸投げなのだなと嘆息した。
だがその日、来る筈の聖女紗理奈はいつまでたってもやっては来なかった。




