24.懲りない面々
ダガーが放った光に包まれて桐野が辿り着いたのは、アララートの王城内にある騎士団の詰所付近だった。
桐野はダガーの持ち主である、あの忘れもしない強面の騎士をそれとなく探した。
処刑はしないと言ったのに、殺意を込めたダガーを放つなんてと忌々しく思っていたが、そのダガーに何らかの魔力が込められていたのか、それでまたこの世界に運良く戻って来ることができた。
彼はすぐ見つかった。まだ騎士を辞めておらず、王宮にいることを確かめた。
念のため彼にはなるべく接触はしないでおこう。
驚いたことに、桐野に三択を突き付けたアルベルトは失脚し代替わりしていた。
なんと元婚約者のダレルが現在の王になっていた。
しかもアルベルトは昨年亡くなったという。
聖女の召喚の廃止は撤回されて、また神殿の力が復活の兆しを見せているそうだ。
そして近々、新しい聖女の召喚を行うらしいということを耳にした。
桐野は神殿の侍女として潜り込むことに成功していた。そこでこれらの情報を集めることが可能になったのだ。
黒髪を栗色に染め、顔は既に整形してあったので、誰も桐野が元聖女の玲奈とは気がつく者はいなかった。
桐野は最大の黒歴史となった玲奈という名を二度と名乗りたくなかったので、コジマと名乗った。日本人のような名前の響きが気に入ったからだ。
加藤男爵が妻と子どもを連れてこの世界に戻って来たが、加藤は男爵位を返上したと聞いた。
それで今は平民として家族で黒髪村で暮らしているらしい。
加藤と鳴瀬は馬鹿なの?
貴族を辞めるぐらいなら何のためにこっちへ戻って来たのよ?
あんな自給自足の地味で大変な暮らしのどこがいいの?
私にはスローライフなんて絶対に無理。
私はまた聖女に返り咲いて見せる。今度はもっと上手くやるわ。
そして、聖女の力が失くなっても黒髪村へなんか行かなくても済むようにするのよ。
神官長とダレル様なんてきっとチョロいわ。
ダレル様は押しに弱いところがある。だから婚約者の頃は私の我が儘が通ったのよね。
今の神官長ヴラウワーはヘイルが神官長だった時は下っ端神官だったため処罰を受けずに生き延びた。そして目の上のたんこぶだったラングがやらかして、棚ぼたで得たものだった。
日本で男に騙された分をこの世界で回収しようと思った桐野は、自身がこれまでついて来た嘘の罪深さや酷さへの反省はとうにどこかへ消え去ってしまっていた。
桐野は後悔や反省すらも三日と続くことはないのだ。
神が与えた嘘をつくと吹き出しが浮かぶ機能は、現在の桐野は顔面からして虚偽のため想定外の事態にフリーズし機能しなくなっていた。
桐野に以前与えられたチートは復活していて、他者を操るには十分だった。
聖女の召喚の儀式に立ち会えるように神官達に近づいた。
聖女玲奈の時に神殿の仕組みや内部は知り尽くしていた。勝手知ったる神殿を意のままにするのは造作もない。
「君の名は何と言ったかね?」
「コジマと申します」
「さあ、今夜はもっと飲んでくれ」
アララートの神官達は酒を嗜む。ヘイルもそうであったが、神官長は高級店を利用する。どの世界でも僧侶は羽振りが良いようだ。
堅物そうに見える神官長ヴラウワーは酒には弱く、すぐに飲まれる。そして女性特有の媚びにも弱かった。
桐野は水商売で鍛えた手練手管で、神官長を落とした。
ヘイルやラングよりも小者なヴラウワーは容易く桐野の術中にはまった。
また、ヴラウワー自身にも野心があった。
神殿の権力の回復、全盛期の神殿の影響力を自身の代で再び得ることを渇望していた。
過ぎた野心で自滅した者達をすぐ傍で見ていたにも関わらず、彼もまた懲りない人間なのだった。
ダレル王は、聖女召喚を支持していたため、神殿側に追い風が吹いていた。
過去に神殿と懇意だった貴族とも関係を取り戻し、着々と後ろ楯を得て順風満帆、後は聖女召喚を成功させるだけになった。
聖女召喚の日、作法に則り召喚の儀を行った。
だが、いくら待てども一向に聖女は現れなかった。
ヴラウワーはひたすら焦ったが、思いがけない桐野の機転でその場を乗り切った。
一旦神殿内の照明を落とし、その間に着替えた桐野が黒髪のカツラを被り、聖女のふりをして登場することをヴラウワーに提案したのだ。
神殿の灯りが点った時、魔方陣の中で艶然と微笑んでいたのは、聖女に扮した桐野だった。
桐野はこの日ために今までノーメイクで過ごしていた。以前とは違ってノーメイクでいられるほど、整形によって自分の顔に自信をつけていた。
晴れ舞台で艶やかに化粧をした自分の姿がより映えるように狙ったのだ。
その策は予想以上の効果があった。
誰もが桐野を新しい聖女と思い込み歓迎した。
子供騙しのようなカラクリだったが、皆面白いように騙された。
( ふふふ、やったわ!)
私はこれからまた、聖女として活躍するのよ。
召喚に同席していた王族らも認めてしまったため、ヴラウワーも引っ込みがつかなくなり、仕方なくコジマを聖女に据えた。
コジマにはそれなりに神聖力はあり、聖女の力を衆目に示すことができたからだ。
「コジマ、お前は何者なんだ?」
「私は異世界から聖女になるためにやって来ただけよ」
そこに一切の嘘はなかった。




