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さよなら嘘つき聖女様  作者:
第一部
11/31

11.帰郷

短刀でできた筈の傷は跡形も無かった。

更衣室のロッカーを開けると、見覚えのある服が掛かっていた。

扉の裏についている鏡に映る私には眼鏡はなく、髪はベリーショートのままだった。


制服から私服に着替えると私は父の入院している病院へ急いだ。



面会時間ギリギリに到着し、早足で病室へ。

相変わらず意識が無いままの父がいた。

その姿に、自分が本当に異世界から戻って来たことをようやく実感した。


白髪混じりの頭髪に、やつれた父の頬に触れ、父の手を両手で握り締めた。

するとヒーラーが治癒魔法をかけた時のような光が広がった。


(な、何これ?)


父の手が微かに動いた気がした。


「お父さん?」

「······ん」

「お、お父さん、私がわかる?」

「·····ああ、美帆か」


父が眼を開けた驚きと感激で更に父の手を力強く握り締めた。

再び強い光が広がって、横たわっていた父の身体全体を包んだ。


「急に身体が楽になったようだ」


父は身を起こした。


「えええ!?」


ナースコールで駆けつけた看護師も、驚愕し「先生、早くいらしてください!」と興奮気味に医師を呼んだ。



一人で歩くリハビリが始まり、驚異的な回復を見せた父は退院のスケジュールも決まってしまった。


目覚めてからの父は、携帯で早乙女という女性と頻繁にやり取りをしている。

父がかねてからお付き合いをしている人だろうと気がついていた。

二年前倒れた直後に、父の会社の人達に混ざって見舞いに来てくれた方だろうと思う。


父が退院する日、花束を持って現れたのが、早乙女由実さんで、高校生の息子さんがいるシングルマザーだ。

四十代には見えない若々しいチャーミングな女性だった。

笑うとほんの少し亡き母に似ているような気がする。


再婚を考えていた矢先の父の入院で、予定が延びてしまったが、再婚の意志は固く、ずっと父を待っていてくれたのだ。


「父のことを、どうかよろしくお願いします」


仕事の復帰の目処も立ち、来月の吉日に入籍し同居をすることになった。


しばらくしたら私は家を出て、一人暮らしをしようと思っている。


高校生の弟、十歳も違う弟ができるなんて予想外だったけれど、お互いに照れてしまいそうだ。

早乙女から、もうすぐ鳴瀬竜人(りゅうと)になる、それが私の弟の名前だ。


新しい家族ができるのは良いことだ。


竜人君がいれば、私が鳴瀬家を無理に継がなくてももうよくなった。

私が将来どこかへ嫁いでも父を一人にしなくて済む。

それは由美さんも同じだ。竜人君が将来自立しても、一人にならずに済むだろう。



一月後、父と新しい母の内輪での結婚式を恙無く終え、 同居するために義母と義弟がやって来た。


「竜人君、これからよろしくね」

「よろしく、美帆さん」


ヒョロリと背の高い、銀縁眼鏡の奥の瞳にハッとした。



──加藤君は今どうしているだろうかと。



男爵ではなくなり、領地も奪われて、あの世界でまた勇者をしているのだろうか?


確かめようの無いことを心配しても、どうにもならない。


あの世界は、あれから少しはマシになったのだろうか。


私は異世界での悪役とはいえ、その二人を目的のために屠ってしまった。私は人殺しだ。


そんな私がこのまま幸せになれるのだろうか。

私も犠牲者を出してしまったのだから、悪魔信仰の人達と同じだ。


この世界でもし幸せになれても、その罪悪感は生涯拭い去ることができないだろう。




私は加藤君の実家の『肉のカトー』へ様子を見に行くことにした。

彼は戻ってはいないと思うけれど気になかったからだ。


何事も起きていないように活気のある店はそのままだった。

勝手口の前を通ると、精肉店特有の匂いがした。

ドアの網戸越しに見える、白衣にゴム製の長靴とエプロンをして作業場にいるのが彼の父親だろうか。


コロッケとメンチカツを四人分買い、会計をしながら「加藤君はお元気ですか?」と尋ねて見た。

確か三人兄弟で長男のお兄さんが継いでいるのだったと思う。


「渉のことですか?」

「ええと、洵君です。高校の同級生なんです」


多分彼の身内、兄であろうその人は怪訝な顔をした。


「洵という者はうちにはいませんけど」

「弟さんは·····」

「弟は渉だけです。二人兄弟なんで」



桐野志摩子は私の職場には在籍しておらず、同僚からの情報では昨年オーストラリアへ語学留学するために退職したと聞いた。

見栄っ張りの嘘つきだから、それもあまりあてにならない話だけどねと言っていた。



加藤君は、加藤家に存在すらしていないことになっているようだ。


これは、異世界に召喚された人に起きる何らかの補正なのだろうか?


私も戻って来ていなければ、鳴瀬家には元々存在しないという補正になったのかもしれない。

父はとっくに由美さんと新しい家庭を築いていたりしたのかも。


そう思うと急に虚しい気分になった。



***


私がこの世界に戻って来てから一年が過ぎた。


入院していた父の手を握った時のように、私はどうやら癒しのスキルが身についたみたいだ。

向こうの世界では全くできなかったのに、おかしなものだ。


私はボランティアでヒーラーをさせてもらうことにした。


それで自分の犯した罪が薄まるとか帳消しになるわけではないけれど、気分的に少しは楽になって行く気がするからだ。


なるべく目立たないようにしていたけれど、治癒効果の高さが口コミで評判になって来た頃、私はまた異世界から召喚を受けた。


今度は抵抗することなく、血まみれにならないように気をつけよう。

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