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第1話

 今日も晴れ。梅雨が明けたので、ここからしばらくは高気圧の影響で晴れが続くらしい。このジメジメして地獄のような環境の中で、愚直に研究を続けて、だんだん結果が出てきた。院生というものは肩身が狭いもので、学費の面で俺は親に迷惑をかけている。しかし快い表情で背中を押し出してくれた以上、申し訳なく思うことがとても申し訳ない。

 憧れの先輩には正直敵わないし、今の先輩と同い年になっても絶対追いつけないのだけれど、先輩は無責任にいけるいけると言ってくる。あの人は自分が天才だっておそらくわかってないし、僕に対しても頑張れば成長できると思ってる。そんなことはないと思う。でも僕も後輩に対して、なんだか尊敬されているような気がするし、今の俺の年齢になったら抜かれてるかもなとか言ってるから、気持ちは分からなくない。そんなことを思いながら、今日も参考文献を探しに、卒論を書いていた時からブックマークしている論文サイトに潜る。

 物理学というのは不思議なもので、明らかに成長スピードがおかしい人間がたまによく現れる。俺の分野にも天才が現れた。正しくは、俺の直感がそう言っているというだけであるが。先日出席した学会にて、院生や教授がほとんどを占める中、2人ほどだけ学部生が混じっていた。1人は4年で、上質な、そして丁寧な卒業研究を発表していたが、もう1人は学部2年だった。教授たちは4年の生徒に比べて、2年の方に多く質問していた。それに対して彼は、それについてはまだ検討できていません、と連呼するばかりであった。俺はそれを見て末恐ろしく感じた。教授たちの質問には、俺にも分からないとても専門的な言葉や概念が多く含まれており、とてもじゃないが2年生では暗号や意味のわからない音の羅列にしか聞こえないだろうというような文章が遠慮なく撃ち込まれていた。数学の最新の研究結果から生物学のニッチな領域まで、学問的に基礎的な内容や応用的な内容まで幅広く質問されていた。

 普通なら、そのような扱いは学会なら当然のことだ、彼はそんな質問に答えられないような貧弱な学生であり、まだ学会に来るには早すぎたのだと評価するかもしれない。しかしそれは見当違いである。元々この学会は学生向けの教育が主な目的として開催されたものだった。そして、教授たちは発表者に対して有用な質問をする必要がある。しかし彼に対する教授たちの目は違った。彼は他の院生以上に期待されていた。研究内容が群を抜いて専門的で、明らかに1人浮いていることが、俺の目にも当たり前であるかのように映った。それは今までの努力が否定されているような、今まで褒められてきたことが全て嘘っぱちであったかのような、それでいてどこか浮遊感を感じる、とても不思議な感覚だった。まるで布団に入って目を瞑った時、寝転んでいるにも関わらず、体が縦に回転しているような、そのような感覚に近かった。そして私は、ゆらゆらと体の実体を朧げながらに感じている最中、彼の恐ろしさに気づいた。彼は、教授から浴びせられる鉄の質問を、完璧に咀嚼している。そして理解した上で、未だ検討できていない、と的確に回答していた。普通は、何も言えずに汗をダラダラかきながら撃ち込まれたボールをなんとか転がして返し狼狽える、謝罪会見のような場であるにも関わらず、彼は真っ向から受け止め、豪速球を投げ返していたのだ。そのような景色を通して、教授たちに投げ返されていたのは、明確な"未来"であり、その眩しさをその場にいる彼より経歴の高次な人間全員が瞼に焼き付けていた。

 俺は瞼を閉じ、焼きついた眩しさを尻目に、そのように強すぎる光によりできる、強烈な影について考えていた。


 その時の彼が、2年のうちにということで論文を書いて公開したそうだ。正しく言えばプレプリントであるが、論文として差し支えないレベルであるかのように感じた。学会の時とは違い、今は時間があるので、じっくりとその文献に目を通す。その体験はまるで教授の論文を読んでいるようで、まさか自分より年下の人間が書いたものだとは思えなかった。しかし内容はとてもレベルが高く、学会での発表時にはなかったような内容が付け加えられている。学会での質問を活かして追加したのか、ただ単にその時の僕が内容を理解できていなかったのかは定かではない。PDFを印刷して整理してから5時間ほど、やっとの思いで目を通し切った。。机の上には計算用紙がたくさんあり、途中省略されていた証明などを自ら導出していた。それでもわからない箇所が大量にあり、先輩に後で聞こうと考えていた。とりあえずわからない場所に付箋を貼り、具体的に何がわからないのかをメモした。他の本をあたって、いくつか解いたが、それでもまるで減ったとはいえず、むしろ増えたと言ってもいいだろう。付箋を新たに8枚ほど追加した。その時には年下が書いた文章だとは思っていなくて、難解な文献がまた一つ増えたとため息をついていた。その後、先ほどのサイトをもう一度覗いてみると、見られた回数というのが初めて見た時に比べて5倍ほどになっていた。どうやら俺より3時間早く読み終えた有名な教授が、SNSにてこの論文を紹介したらしい。それにより、あっけなく俺の最高記録は超えられてしまった。俺の論文も、研究室の教授1人にSNSにて紹介されたものだった。

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