幼馴染、特別になった日(紗月)
「蒼真って、最近ちょっと冷たいよね」
そう言われたのは、中学に入ったばかりの頃だった。
クラスメイトの何気ない一言。
わたしは、笑ってごまかしたけれど、心の中では少しだけ傷ついていた。
昔は、もっと近かった。
庭で遊んだり、窓越しに話したり、誕生日には手紙を交換したり。
“幼馴染”って、そういうものだと思っていた。
でも、制服を着るようになってから、何かが変わった。
わたしは、家の期待に応えるために、言葉遣いを整え、所作を学び、“桐島家の令嬢”として振る舞うようになった。
その頃から、蒼真との距離が少しずつ開いていった。
彼は、何も言わなかった。
ただ、少しずつ、わたしを“特別な存在”として扱うようになった。
「桐島さんって、ほんとにお嬢様だよね」
「将来、政略結婚とかするのかな」
そんな言葉が、周囲から聞こえるたびに、わたしは“紗月”ではなくなっていく気がした。
――わたしは、ただの女の子でいたかった。
蒼真の前では、昔みたいに、素直で、わがままで、笑っていたかった。
でも、彼は距離を置いた。
わたしが“特別”になったから。
“普通”じゃなくなったから。
「婚約、決まったの」
あの日、彼にそう告げたとき、わたしは少しだけ期待していた。
何か、言ってくれるんじゃないかって。
昔みたいに、怒ったり、呆れたり、笑ったりしてくれるんじゃないかって。
でも、彼は「おめでとう」と言った。
それだけだった。
――やっぱり、もう“幼馴染”じゃないんだ。
そう思ったら、少しだけ泣きそうになった。
でも、泣かなかった。
わたしは、桐島紗月だから。
強くて、完璧で、誰にも弱さを見せない令嬢だから。
……でも、本当は。
ただ、昔みたいに、隣の部屋の窓から「遊ぼう」って言いたかっただけなのに。