卒業式の朝、迎えに行く道(蒼真)
ネクタイがうまく結べない。
鏡の前で何度もやり直しているうちに、時間だけが過ぎていく。
……こんな日に限って、手が震えるなんて。
今日は卒業式。
制服を着るのも、これが最後かもしれない。
でも、それ以上に——
高校に紗月と一緒に登校するのは、これが最初で最後だと思うと、胸がざわついた。
「……よし」
なんとか形になったネクタイを整えて、スマホを手に取る。
紗月からのメッセージが届いていた。
「準備できたよ。外、晴れてるね」
その一文だけで、胸がふっと軽くなる。
返信を打つ。
「今から迎えに行く。……一緒に歩こう」
玄関を出ると、春の風が頬を撫でた。
空は高く澄んでいて、どこか旅先の朝に似ていた。
でも今日は、日常の中の特別な日。
“旅の終わり”じゃなくて、“人生の節目”。
紗月の家の前に着くと、彼女はすでに外に出ていた。
制服姿の紗月は、少しだけ大人びて見えた。
でも、笑顔はいつも通りで——
いや、いつも以上に、まぶしかった。
「おはよう、蒼真」
「おはよう。……ネクタイ、曲がってない?」
紗月は少しだけ首をかしげて、近づいてきた。
「うーん……ちょっとだけ。直してあげる」
彼女の指先が、そっとネクタイに触れる。
その距離が、やけに近くて、心臓が跳ねた。
「……はい、完璧」
「ありがとう。……彼女に直してもらえるなんて、贅沢だな」
「ふふ。卒業式くらい、特別でいいでしょ?」
二人並んで歩き出す。
通い慣れた道なのに、今日は少しだけ違って見えた。
桜のつぼみが膨らみ始めていて、風がやさしく吹いている。
「……卒業って、なんか不思議だよな」
「うん。終わりみたいで、始まりみたいで」
紗月の言葉に、頷く。
この旅も、卒業も、きっと同じ。
終わることで、次が始まる。
校門が見えてきた。
人の波の中に、見知った顔がいくつもある。
でも、俺の視線は、隣の紗月から離れなかった。
「……紗月」
「ん?」
「卒業しても、ずっと一緒にいような」
彼女は少しだけ驚いた顔をして——
それから、静かに笑った。
「うん。……次の旅も、次の季節も、全部一緒に」
その言葉が、何よりの答えだった。




