水族館デートは、恋の深海に潜る予感(蒼真)
水槽の前で、紗月が目を輝かせている。
その横顔が、青い光に照らされて、やけに綺麗に見えた。
「見て、あの魚。ペアで泳いでるの、かわいいね」
「……ほんとだ。なんか、俺たちみたいだな」
言った瞬間、自分でも驚いた。
……なに言ってんだ、俺。
紗月が一瞬きょとんとして、それからふわっと笑った。
「ふふ。そういうの、もっと言って」
その笑顔に、心臓が跳ねた。
なんでそんなに自然に言えるんだよ。
「無理だって。恥ずかしいし」
「じゃあ、私が言う。……蒼真と一緒にいると、すごく楽しい」
その言葉が、まっすぐ胸に飛び込んできた。
心臓がバクバクしてる。
……ずるい。そんなの、嬉しいに決まってる。
水族館の青い光の中で、紗月の笑顔がまぶしくて、目をそらしたくなるくらいだった。
少し歩いて、クラゲの展示の前で足を止めた。
ゆらゆらと漂う光の粒が、まるで時間をゆっくりにしてくれるみたいだった。
「……この旅が終わっても、また一緒にどこか行こうね」
「……ああ。絶対に」
その言葉は、約束というより、願いだった。
“ごっこ”じゃなくて、“本物”として。
紗月と一緒にいる時間が、こんなにも心地いいなんて、旅の始まりの頃は思ってもみなかった。
でも、心の奥には、まだ小さな棘が残っていた。
橘慶一との再会。
紗月の表情。
そして、自分の中に生まれた小さな嫉妬。
「……紗月」
クラゲの光に包まれながら、そっと声をかけた。
「今日、いろいろあったけど……俺、来てよかったって思ってる」
紗月は、少し驚いたように振り返って
——それから、静かに頷いた。
「……うん。わたしも、そう思ってる」
その言葉に、少しだけ安心した。
でも、次の言葉に、息をのんだ。
「……橘慶一のこと、気にしてるわけじゃない。ただ、蒼真が、わたしのことをどう思ってるのか、ちゃんと知りたかった」
その一言が、胸の奥にまっすぐ届いた。
ああ、そうだったんだ。
俺と同じように、不安だったんだ。
「……それって、確認したかったってこと?」
そう返す声が震えていた気がする。
紗月は、まっすぐに頷いた。
「うん。……“本物”って、言葉だけじゃなくて、ちゃんと感じたかった」
その言葉に、胸がじんと熱くなった。
俺も、ずっと同じことを思ってた。
「俺も、そう思ってる。だから、これからも一緒に積み重ねていこう」
紗月の表情が、ふっとやわらいだ。
その笑顔が、夜の海よりもずっとあたたかくて、俺の胸の奥に、静かに灯をともした。
クラゲの光が、二人の沈黙を優しく包み込んでいた。
俺はそっと、紗月の手に触れた。
彼女は驚いたように目を見開いて
——でも、すぐに、優しく微笑んだ。
その微笑みが、何よりの答えだった。




