キャンドルの光で恋心が暴走する(紗月)
キャンドルの灯りが揺れるテラス席。
夕暮れの空は群青に染まり、海風が髪を優しく撫でていく。
まるで映画のワンシーンみたいな空間に、わたしは少しだけ戸惑っていた。
「……テラス席もすごいな」
蒼真がそう言って笑う。
その声が、昨日よりも少しだけ近く感じた。
隣に座る彼の存在が、心を落ち着かせてくれる。
でも、完全に安心できているわけじゃない。
“仮装のような関係”を卒業したはずなのに、誰かに見られていることが気になって仕方がない。
真理とそのパートナーの視線、スタッフの笑顔、周囲の祝福
——それらが嬉しいはずなのに、どこかで「本当にそれでいいの?」と問いかけてくる。
……昨日から“本物”になったけど。
まだ、心が追いついてない。
蒼真の視線がわたしに向けられるたび、胸がきゅっとなる。
でも、それは喜びだけじゃなくて、怖さも混ざっていた。
このまま、気持ちが進んでしまったら
——“役割”のはずだったのに、心が暴走している。
嬉しい。
でも、怖い。
彼の隣にいることが、こんなにも自然で、こんなにも不安になるなんて。
「二人とも、雰囲気変わったね。前よりずっと自然っていうか、距離が近いっていうか」
真理の言葉に、思わず笑ってしまった。
でも、その笑顔の裏で、心臓はずっと跳ねていた。
(……わたしたち、そんなふうに見えてるんだ)
「ねえ、蒼真くんは、紗月さんのどこが好きなの?」
その質問に、蒼真が少しだけ言葉に詰まった。
わたしは、彼の顔を見つめる。
その目が、何を言ってくれるのかを待っていた。
「……昔から、強いところ。あと、弱いところを隠すのが下手なところ」
「え?」
「紗月って、完璧に見えるけど、実はすごく不器用で。……でも、そういうところが、俺は好きだと思う」
その言葉に、胸がじんわりと熱くなった。
驚いたけれど、嬉しかった。
わたしの“弱さ”を見てくれている人がいる。
それを、好きだと言ってくれる人がいる。
「……ありがとう。そう言ってくれて、嬉しい」
キャンドルの灯りが、蒼真の横顔を優しく照らしていた。
その光景が、胸に焼きついた。
ディナーの終盤、デザートが運ばれてきた頃、真理さんのパートナーがぽつりと呟いた。
「“代役夫婦”から始まる恋って、案外本物になるもんだよ」
その言葉に、蒼真と顔を見合わせて、同時に笑った。
でも、心の奥ではまだ揺れていた。
“本物”になったことが、こんなにも嬉しくて、こんなにも怖いなんて——
キャンドルの灯りが、二人の間の沈黙を優しく照らしていた。
その光は、わたしたちの心の揺れを、そっと包み込んでくれているようだった。
蒼真の手がそっと触れてきた瞬間
——そのぬくもりが、すべての迷いを溶かしてくれた。
……この手を、離したくない。
そう思えたことが、何よりの答えだった。




