再会フラグ、嫉妬イベント発生中(紗月)
午後の海沿いのカフェ。
潮風が心地よくて、蒼真と並んで座るこの時間が、少しずつ“本物”になっていくのを感じていた。
彼の隣にいるだけで、心が穏やかになる。
そんなふうに思えるようになったのは、きっと昨日から
——いや、もっと前からだったのかもしれない。
——でも、その空気は、突然変わった。
「また会ったね」
橘慶一。
昨日、マーケットで偶然再会した元婚約者。
今日は別の人と打ち合わせをしていたはずなのに、わたしたちを見つけて、迷いなく近づいてきた。
「少しだけ、話せるかな?」
蒼真が一瞬だけ戸惑った顔をしたのを、わたしは見逃さなかった。
その表情に、胸が少しだけ痛んだ。
でも、断る理由もなくて、わたしたちは彼を迎え入れた。
「昨日は驚いたよ。まさか紗月が、こんな旅をしてるなんて」
「……自分でも、ちょっと不思議です」
そう答えながらも、心の奥ではざわついていた。
慶一の視線が、わたしの“過去”を引き戻してくる。
あの頃の空気が、少しだけ蘇ってしまう。
それが、怖かった。
「蒼真くん、だったよね。……紗月とは、どういう関係なの?」
その問いに、蒼真が少しだけ間を置いてから答えた。
「……彼氏です。ちゃんと」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
嬉しいはずなのに、どこかで申し訳なさも混ざっていた。
彼の声が、少しだけ震えていた気がして
——その理由が、わかってしまったから。
……わたしの過去が、蒼真を不安にさせてる。
慶一の態度は、礼儀正しい。
でも、その視線の奥にあるものは、わたしにもわかった。
“本物か?”って、問いかけているような目。
蒼真を試しているような空気。
……やめて。もう、そういうのは終わったの。
わたしは、蒼真の手にそっと触れた。
彼が少し驚いたようにこちらを見たけれど、すぐにその手を握り返してくれた。
そのぬくもりが、今のわたしの答えだった。
慶一は、少しだけ沈黙してから席を立った。
「またどこかで」と言って、軽く会釈をして去っていく。
その背中を見送りながら、わたしは静かに息を吐いた。
そして、蒼真の横顔をそっと見つめた。
……大丈夫。ちゃんと、選んでる。
それでも、蒼真の手を握る力は、少しだけ強くなった。




