初デートは“本物”の仮装で(蒼真)
「……本物のカップルって、何すればいいんだろうな」
朝食を終えて、ホテルのロビーで紗月と並んで座っていたとき、ふと口にした言葉だった。
気取ったつもりはなかった。
ただ、昨日からずっと、心の中でぐるぐるしていた疑問だった。
“仮装の関係”を終わらせた。
それだけで、何かが大きく変わった気がした。
でも、実際に“本物”として過ごすのは、思った以上に難しい。
何をすればいいのか、どう振る舞えばいいのか
——正解なんて、どこにも書いてない。
紗月は笑って、「そんなの、わたしが聞きたいよ」と返してくれた。
その笑顔が、昨日よりも柔らかくて、どこか安心しているように見えた。
でも、俺の心臓は、ずっと落ち着いてくれなかった。
……これが“本物”の緊張感なのか?
「じゃあさ、今日はデートってことでいい?」
「……うん。デート、しよう」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
でも、同時に胸の奥がじんわり熱くなった。
“彼氏”としての初めての一日。
失敗したくない。けど、自然に振る舞える自信もない。
リゾートの街並みへと歩き出す。
手をつなぐのは、まだちょっと照れくさい。
でも、隣にいる紗月の歩幅に合わせて歩くだけで、心が少しずつ落ち着いていく。
「ねえ、あれ見て。カップル限定のクルージングだって」
「……乗ってみる?」
「うん。せっかくだし、“本物のカップル”として」
その言葉に、また心臓が跳ねた。
“本物”って言葉が、こんなにも重くて、甘くて、怖いなんて。
船の上、海風が心地よくて、紗月の髪が風に揺れていた。
その横顔を見ているだけで、胸が少しだけ熱くなる。
昨日までとは違う。
“借り物”じゃない。ちゃんと、俺の隣にいる紗月だ。
「紗月、楽しい?」
「……うん。すごく」
その答えに、俺は少しだけ安心した。
でも、同時に思った。
この時間が、ずっと続けばいいのにって。
「ねえ、蒼真。今日のこと、ずっと覚えててくれる?」
「もちろん。……忘れるわけないだろ」
その言葉に、紗月が微笑んだ。
その笑顔が、俺の胸に深く刻まれた。
たぶん、ずっと忘れない。
この瞬間の空気も、彼女の表情も、全部。
船が港に戻る頃には、手をつなぐのも自然になっていた。
指先が触れ合うたびに、心臓が跳ねる。
でも、それが心地よくて、嬉しくて——
夕焼けの中、二人の影が並んで伸びていく。
その影が、まるで未来を描いているみたいだった。
「……ねえ、明日もデートしよう?」
「うん。明日も、明後日も。ずっと」
その言葉に、紗月が少しだけ頬を染めて笑った。
俺も、つられて笑った。
でも、心の中では叫んでいた。
……これが“本物”なんだ。
こんなにドキドキして、こんなに嬉しくて、こんなに怖い。
それが、俺たちの“本物”の始まりだった。




