“一緒にパンを選ぶ”だけで嬉しい(蒼真)
朝のレストランは、昨夜のキャンドルの灯りとは打って変わって、明るくて開放的だった。
窓の外には、穏やかな海。
テラス席では、カップルや観光客が、ゆったりと朝食を楽しんでいる。
「ここ、いいかも」
紗月が指さしたのは、海がよく見える二人掛けの席。
俺たちは並んで座った。
「……昨日の夜より、ちょっと気楽だな」
「うん。……朝だからかな」
笑いながら席を立ち、料理を取りに向かう。
ビュッフェには、焼きたてのパン、スクランブルエッグ、フルーツ、サラダ、ジュース。
海外らしいラインナップに、旅の非日常を感じる。
「蒼真、パン派? それとも……ワッフル派?」
「え、そこまで限定する? じゃあ……紗月が選んだ方」
「ふふ、じゃあパン。クロワッサン、好きなの」
「じゃあ俺もクロワッサンで」
「合わせなくていいのに」
「いや、なんとなく。……一緒の方が、楽しいし」
紗月が少しだけ笑った。
その笑顔が、昨日よりも自然で、柔らかかった。
席に戻ると、パンと卵料理、フルーツを並べる。
コーヒーの香りが、朝の空気に溶けていく。
「……こういうの、いいな」
「うん。……“絵空事のような旅”でも、こういう朝なら、悪くない」
紗月がカップを手に取り、俺の方をちらりと見た。
「ねえ、蒼真。……昨日の夜、寝る前に“おやすみ”って言った?」
「……心の中で、言ったかも」
「……わたしも」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなった。
……やっぱり、気持ちは通じてたんだ。
「じゃあ、今日も一日、“夫婦”としてがんばろうか」
「うん。“仮の夫婦”だけど、ちょっと本気で演じてみる?」
「……それ、演技じゃなくなりそうで怖い」
「ふふ。怖いってことは、ちょっと嬉しいってこと?」
二人で笑い合ったその瞬間、昨日よりも、ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
そしてその“少し”が、今の俺には、たまらなく嬉しかった。




