“おはよう”が少しだけ近づいた（紗月）
目を覚ました瞬間、部屋の空気が昨日とは少し違って感じた。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、壁に柔らかく広がっている。
……朝、なんだ。
でも、昨日のことが、まだ夢の中に続いているような気がした。
キャンドルの灯り。蒼真の笑顔。
そして、夜の静かな会話。
“仮装のような関係”だと、何度も言い聞かせてきた。
でも、心の奥では、少しずつ何かが変わっている気がしていた。
隣のベッドを見ると、蒼真はもう起きていた。
窓の外を見ながら、静かに立っている。
その背中が、昨日よりも少しだけ頼もしく見えた。
……なんか、ずるい。
昨日の夜、わたしはずっとドキドキして眠れなかったのに。
彼はもう、朝の海を眺めてる。
まるで、何かを決意した人みたいに。
「……おはよう」
声をかけると、彼は振り返って笑った。
その笑顔が、少しだけ優しくて、少しだけ切なくて。
……その顔、ずるいってば。
「よく眠れた？」
「うん。……思ったより」
本当は、あまり眠れなかった。
でも、彼の優しさに触れた夜だったから、それでも、心は少しだけ穏やかだった。
窓の外には、朝の海。
昨日とは違う色をしていた。
それが、今のわたしたちの気持ちみたいで——
「朝ごはん、行こっか」
彼がそう言ったとき、わたしは少しだけいたずら心が湧いた。
「うん。……“夫婦”として？」
「……“絵空事のような旅”だから」
「じゃあ、“ダーリン”って呼んでもいい？」
「やめろ、やめろ、やめろ」
「ふふ。冗談だよ。……でも、ちょっと言ってみたかった」
そのやりとりが、昨日までとは違って感じた。
言葉のひとつひとつが、心に触れてくる。
……この距離、もう“仮”じゃないかもしれない。
そして、彼が手を差し出してきた。
「行こっか、“マイハニー”」
一瞬、びっくりして——
でも、すぐに笑ってしまった。
「……うん、“ダーリン”」
その言葉を口にした瞬間、昨日の夜のことがふっとよみがえった。
彼が寝息を立てていた隣で、わたしはずっと考えていた。
この旅が終わったら、どうなるんだろうって。
でも、今は——
この朝が、すべての始まりのような気がしていた。
……わたし、昨日の夜、心の中で“おやすみ”って言ったんだよ。
でも、彼も——
同じ言葉を、心の中で呟いていたなんて、今はまだ知らない。
