手をつないだら、少しだけ近づいた(蒼真)
飛行機の、隣同士座席。
窓側に紗月、通路側に俺。
ファーストクラスの広い空間が、やけに気まずい。
座席の間にある肘掛けが、まるで境界線みたいに感じる。
「……ブランケット、いる?」
「いや、大丈夫。ありがと」
会話はそれだけ。
隣にいるのに、まるで見えない壁があるみたいだった。
空港で「ご夫婦でのご旅行ですね?」と聞かれたとき、紗月は迷いなく「はい」と答えた。
その自然さに、俺の方が戸惑ったくらいだ。
紗月は、どこまで本気なんだろう。
それとも、俺が勝手に意識しすぎてるだけか。
彼女の横顔を盗み見る。
窓の外を見つめる目は、どこか遠くを見ているようだった。
俺たちは、何を演じているんだろう。
“夫婦”という役割。
でも、演技にしては、心がざわつきすぎている。
「……写真、撮る?」
紗月の声が、静かに響いた。
「え?」
「“夫婦のふり”だから。記念写真、必要かも」
小さな声だった。
でも、俺の心臓には、はっきり届いた。
スマホを受け取り、画面越しに並ぶ。
彼女の肩が、少しだけ触れた。
「……笑って」
「無理だろ、急に言われても」
「じゃあ、わたしが笑うから、つられて」
シャッター音が鳴る。
画面には、ぎこちない笑顔の俺と、少しだけ柔らかい紗月の表情。
「……これで、“夫婦のふり”は成立?」
「ううん。まだ、ぎこちない」
紗月はそう言って、スマホをしまった。
でも、その横顔は、少しだけ安心したように見えた。
俺も、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
窓の外には、雲の海。
俺たちの“ハネムーン仮装のような関係”が、いま、空へと飛び立った。
でも、心の奥では——
この旅が、ただの“演技”では終わらない気がしていた。




