チェックインから始まる恋の演技(蒼真)
「新婚旅行の代役」
最初に聞いたときは、冗談だと思った。
でも今、成田空港の出発ロビーに立っている俺は、完全に現実を受け入れざるを得なかった。
人の波。アナウンス。スーツケースの音。
空港は、旅の始まりを告げる場所であり、俺にとっては“一時的な役割”の始まりでもあった。
「……どこだ、紗月」
スマホを確認する。LINEには「もうすぐ着く」とだけ書かれていた。
そして数分後――
「蒼真!」
振り返ると、紗月がいた。
白いワンピースに、淡い水色のカーディガン。
髪を軽く巻いていて、いつもより少しだけ“大人っぽい”。
「……なんか、雰囲気違うな」
「そう? 旅行用に、ちょっとだけ頑張ってみた」
「“ちょっと”じゃないだろ。……似合ってる」
「……ありがと」
紗月は、少しだけ照れたように笑った。
その笑顔を見て、俺の心臓が跳ねた。
「じゃあ、チェックインしようか。チケット、持ってる?」
「はい。どうぞ」
紗月が差し出したのは、二人分の航空券。
名前の欄には、俺と紗月の名前が並んでいた。
「……隣の席、ちゃんと取ってあるんだな」
「ん。旅行会社に“新婚旅行”って伝えてあるから、ホテルも飛行機も、夫婦として扱われるよ」
「……台本通りの振る舞い、得意?」
「蒼真こそ。わたしの“夫”役、ちゃんとできる?」
「……努力はする」
紗月は、くすっと笑った。
「じゃあ、まずは“夫婦の第一歩”」
そう言って、紗月は俺の腕にそっと手を添えた。
周囲の目が、少しだけ気になる。
でも、それ以上に、紗月の手の温度が気になった
。
――これは、ただの“一時的な役割”だ。
でも、俺の心は、もう少しだけ本気になりかけていた。




