写真フォルダと“あの頃”のわたしたち(蒼真)
「昔の紗月は、もっと自由だった」
それが、今の彼女にとって、どれだけ遠いものになってしまったのか――
俺は、ようやく気づき始めていた。
出発前夜。
スーツケースのファスナーを閉めたあと、俺はベッドに倒れ込んだ。
スマホを手に取り、何気なく写真フォルダを開く。
そこには、数年前の紗月との写真がいくつか残っていた。
夏祭りの浴衣姿。中学の文化祭。そして――
「……これ、懐かしいな」
庭で撮った一枚。
紗月が白いタオルを頭にかぶって、俺が花束代わりの雑草を持ってる。
“結婚式ごっこ”。
あの頃は、ただ楽しくて、ただ一緒にいたくて、それだけだった。
でも、いつからだろう。
紗月が“特別”になって、俺が“普通”になって、距離ができたのは。
中学に入って、名門私立に進学して。
制服も、言葉遣いも、振る舞いも、全部“令嬢”になっていった。
俺は、そんな紗月にどう接していいかわからなくなって。
勝手に距離を置いて、勝手に“家族みたいな存在”って言い訳して。
(着信音)
「……もしもし?」
「蒼真? 今、ちょっとだけ話せる?」
紗月の声は、少しだけ眠そうで、少しだけ不安げだった。
「うん。どうした?」
「……昔の写真、見てたの。蒼真と庭で遊んだやつ」
「俺も。さっき、ちょうど見てた」
「……あのとき、楽しかったよね」
「うん。楽しかった」
「……今も、楽しくなるかな?」
「それは、紗月次第じゃない?」
「俺は、昔の紗月が好きだった。でも、今の紗月も、ちゃんと見たいと思ってる」
電話の向こうで、少しだけ息を呑む音が聞こえた。
「……ありがと。そう言ってくれて、嬉しい」
「じゃあ、明日。空港で」
「うん。……気をつけて来てね」
スマホの画面が暗くなって、部屋の静けさが戻ってくる。
――昔みたいに、笑えるか。
それが“仮装のような関係”でも、“台本通りの振る舞い”でも、
俺は本気でそう願っていた。




