表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/70

スーツケースと仮の覚悟(紗月)

「これは、ただの“借り物の関係”だから」

そう言い聞かせながら、わたしはスーツケースに服を詰めていた。


クローゼットの中には、母が用意してくれたリゾート用のワンピースや、サンダル、帽子。

本来なら、婚約者と行くはずだった旅のために選ばれたものたち。


でも、今は違う。


その隣にあるのは、蒼真の名前が書かれた航空券。


「……ほんと、どうかしてる」

自分で言って、自分で苦笑する。


でも、ほかに選択肢はなかった。


あのとき、応接間で両親が「誰か信頼できる人はいないか」と言ったとき、

真っ先に思い浮かんだのは、蒼真だった。


昔から、わたしのことを特別扱いしなかった。

“名家の娘”でも、“婚約者候補”でもなく、ただの“紗月”として見てくれた。


だからこそ、頼りたかった。

でも、同時に、頼るのが怖かった。


「……断られるかもって、思ってたのに」


あっさり「行くよ」と言った蒼真の顔が、頭に浮かぶ。


あのとき、少しだけ泣きそうになった。

でも、泣かなかった。


これは“仮装のような関係”だから。ふりをするだけだから。

――本気になったら、終わり。


わたしは、スーツケースの中に、白いワンピースをそっと入れた。

それは、母が「ハネムーンにはこれがいいわよ」と言って選んでくれたもの。


着るつもりはなかった。

でも、なぜか、手が止まらなかった。


「……どうせ“一時的な役割”なんだから、いいよね」

そうつぶやいて、わたしはワンピースをたたんだ。


これは、仮の旅。

仮の夫婦。仮の関係。


でも、心のどこかで、

“本物になってしまいそうな自分”がいることに、わたしは気づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ