『エールとラム酒』
ごっ、ごっ、と喉を鳴らしながら黒エールを飲み干したダーイングは、ジョッキを机に置いて大きく息をはいた。
実に良い飲みっぷりじゃ。
その隣で、レイゼンは上品にワインの入ったグラスを傾けていた。
前侯爵家当主として、貴族としての嗜み。
これが礼儀だ。
しかし。
レイゼンは、ワインのグラスを揺らしながら考えていた。
「レイゼンよ」
声をかけられたレイゼンは顔を横に向ける。
ダーイングは、空になったジョッキをじいっと見ていた。
その表情は悩ましげだ。
レイゼンは酔いで気分でも悪くなったのかと思い心配になった。
「どうされました?」
だが、ダーイングはじとり、とその眼差しを向けてきた。
実に恨めしそうな目で。
「なんですかの?」
「なぜ俺にこれまで、酒がこんなにうまいものだと教えてくれなかった? 普通のエールもそうだが。この黒いエールも、赤いエールも美味すぎる」
酔っている様子はないが、不満が声にありありと込められていた。
レイゼンはペコリと頭を下げる。
「申し訳ありません。貴族の慣習では、上流階級のものが嗜む酒は『ワイン』と、決まっておりますゆえ。高位貴族でそれを嗜むもの。ましてや王族でエールを嗜まれる方はおりません」
「実にいらん慣習だ」
「そうですな」
ダーイングの気持ちはわからなくない。
そもそも、実は自分もワインは好みではない。
渋い。
若い頃、礼儀作法で初めて口にしたときにはそう思った。
だが、それから我慢して飲むうちに舌が慣れたのか、まあ普通に飲めるようになった。
しかし、魔狩りの剣で隊長を務めていた頃に、ワイン以外の酒を口にした。
それからは、それを好んで、部下ともよく飲み交わした。
そんな過去を思い出す。
「俺はまだ呑むぞ。おまえは?」
「儂もまだまだ呑めますとも」
レイゼンは笑ってグラスのワインを空にすると、それを机の脇に置いた。
そして二人は追加の酒。
エールと、『ラム酒』をそれぞれ注文した。