『大公とエール』
「貴族は、肉にはワインだっていうが、うちの肉には断然エール!! これが一番の組み合わせだ」
「確かに、これは悪くない。久々に美味いものを食った」
白い泡が弾ける黄金の酒のジョッキを傾ける。
強い独特の苦味と、炭酸の刺激、そして喉を通る時の感触が心地よい。
上等な高級ワインばかり飲んできたダーイングだが、それらをさして美味いとは思ったことはなかった。ただ普段、当然のごとく出されるのがそういう酒だっただけ。
『魔狩り剣』の討伐遠征(趣味の遠乗り)の際、備蓄品にあった安いワインに口をつけたこともあるが、赤だろうと白だろうとどちらでもいい程度だった。
酒など、そういう程度もの。自分の愉しみにはならない。
その考えがいまここで、ひっくり返った。
実に美味い。
酒とは、こんなに美味かったのか。
なるほど、酒を愉しむとはこういうことか。
これまで、嗜む程度しか飲まず。ほかの酒に手を出そうなど微塵も考えたことのなかった己を少々恨んだ。
その思いを洗い流すように、残りを一気に飲み干すと、店主はダーイングが、エールをよほど気に入ってくれたと思ったのか。
「お。兄さんイケる口だね。なら、もう一杯!」
ジョッキに酒を注ぎ入れると、店主はエール瓶を持ち上げて、表に貼られたラベルをなでる。
「こいつはな、故郷の弟が造ってる酒なんだ。俺には酒造りの才能がなかったから弟が継いだんだが、・・・・・・イイ酒を造るんだ。親父も褒めてたよ。もちろん俺も絶賛したさ」
店主の酒自慢ならぬ、弟自慢が始まった。
その様子からは兄弟仲の良さがうかがえた。
「──っても、そんなに売れてる訳じゃないのが、商売の難しいとこだ」
「これほど美味いのに売れないのか」
「なんていうか、知名度が足りないんだよ。うちはそんなに古い醸造所じゃないからさ。どうしてもそっちと比べられちまうんだよ」
「そういうものか」
「そういうもんだよ」
グビリ、と瓶に残った酒を空にして「もっと売れねえかなあ」と、一人愚痴る店主の言葉がダーイングの耳に残った。
後日、串焼き屋の店主のもとに、故郷の弟から手紙が届いた。
それは、『兄さんのおかげで、うちのエールが飛ぶように売れるようになった、ありがとう、とても忙しくて、助かっている』と、インクと喜びと少しばかりの怨みがにじんだものだった。