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『ホットティーとアイスティー』

 テーブルの上のティーカップには、ウォリア社の最高級茶葉『スィートブレンド・乙女の甘い唇』を使用した紅茶の鮮やかな赤茶色と上品な香り。

 だが、それを前にしても客は手を出そうとしない。

 いや、違う。

 ライアに求婚しようと再度『石の家』を訪れた貴族の青年は手をつけることができずにいた。なぜなら、彼が前にしているのは。


 かたや、炎の魔法を操る魔導師。

 かたや、氷の魔法を操る魔導師。


 この剣王国でそれぞれ、最高位の魔導師。

 蒼炎伯爵アルフレド・ラギア・ヴァルクル。

 氷結子爵ルシアス・セレナ・フォルド。


 二人はテーブルを挟んだ向かいに座る青年に、にこやかな笑みを向けていた。


「このようなところで、何をなされているのですか。お二人とも」

 アルフレドとルシアスは、にこやかな笑みを浮かべながら顔を見合わせる。

「店番」

「だからこうして、おもてなしもしているじゃないか」

 その言葉に、青年は絶句するしかなかった。

 このお二人に店番!???

 なんなんだこの店は!!

 いや、それよりも、今はこの状況をどうにかしなければ!!!


「紅茶はお嫌いだったかな? それとも」

 アルフレドがふう、と息を吐くと。紅茶の杯が揺れて中身がグラグラと湯だち始めた。

「ホットティーがお好みかな?」


 青年は青ざめる。詠唱なしの魔法の行使。

 この国で唯一、アルフレドだけが可能としている『無音魔法サイレントマギア』。


「いやいや、流石に暑すぎだよ伯爵。いまは初夏だよ?」

 次の瞬間、紅茶が凍った。


「ホットより、アイスの方がいいよねえ?」

 今度は、ルシアスの『瞬間凍結』。

 魔法の詠唱には本来決まった定型文がある。が、それを無視してあらゆる言葉を詠唱の鍵とするルシアスの卓越した技能だった。


「さ。どうぞ?」

「お好みなら、また温めるので遠慮なく言いたまえ」


 炎と氷の瞳は、それぞれの温度で青年を見つめている。


「……そ、の。急用を思い出したので……今回は、出直します」

 青年は凍りついた紅茶を残して、その場から逃げ出した。

 ライアへの甘い恋心はどこぞに吹き飛んでいた。


「またのご来店を〜」

 お待ちしていません。という残りの言葉を自分用の紅茶と一緒に飲み込んで、伯爵と子爵は長椅子の背にもたれかかった。


「ねえ。伯爵」

「なんだね。子爵」

「あれ、何人目?」

「さあ、忘れた」

 ……と言いつつも、二人はしっかりと覚えている。人数も顔も、どこの家の誰かも。

 それくらいできなければ、貴族など務まらない。


 アルフレドは。

「熱過ぎる。冷ましてくれたまえ」

 ルシアスは。

「ぬるいから、あっためて」と。互いに要望し、互いに魔法を使って相手の紅茶を適温に変えた。


「スプルス様とギリクが休みじゃなかったら、もっと楽なのにねえ」

「たまには休暇も必要だ。仕方ない」


 自分の邸宅ではできない行儀悪さで、紅茶をすする不良貴族二人組は今日のまかないを何にするか、相談し始める。


「僕はパスタしか作れないよ」

「米しか炊けん私よりマシだよ」

「それもそうかあ」

 本日のまかない当番は、ルシアスに決まった。

 メニューは、バジルソースたっぷりのジェノヴェーぜ。付け合わせに、骨付きソーセージだ。

 お肉があれば、上階でくつろいでいるお嬢様も満足すること間違いない。


「焦がしちゃダメだよ、伯爵」

「適度な加減で焼いてみせるとも。なに、焼くだけなら問題ない。火加減はお手の物さ」

 その言葉通り、まかないに出された骨付きソーセージはパリッとジューシーに焼き上がっていた。

 しっかりと火が通っていても、パサつかず、噛めば油が滴る出来に、二人と一人はとても満足した。

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