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『バルーンの刺身』

 ギリクの次にまかない当番にあたると月並みな料理では、他の面々が納得しない。

 ありありと不満の表情が浮かぶのを予想してアルフレド伯爵は、包丁を砥石に滑らせていた。

 食材は、猛毒で有名な魚類。

『バルーン』。

 あずまでは、フグと呼ぶ。

 高級食材として扱われ、唐揚げ、てっちり、ひれ酒……と、多彩な料理に姿を変える。

 水揚げしたものをすぐに締めて、石の家に運ぶのにスプルスの手を借りた。

 対価として炙ったひれは、彼の晩酌になる。

 それをたまたま耳にしたダモスは口をへの字に曲げていた。

 ……あとで、東酒の上物で機嫌をとっておこう。


 ◇◇◇


 さて、捌くとしよう。

 ……罪人を裁く家の人間が魚を捌く。

 つまらない冗談を思いついてしまったが、誰もいないし、口にも出していない。

 何一つ問題はない。


 毒がある皮や内臓を避けて、紙のように研いだ包丁で、アルフレドは白い身を切り分けていった。


 ちなみに、毒のある部分もカルカッザの毒消しにひと月ほど漬け込めば食用にできる。

 これはあとの楽しみとして、酒の肴になる。


 ◇◇◇


 流水で手を洗い、いよいよ本番に取り掛かる。

 バルーンの身を薄く、向こう側が透けて見えるほどの厚さに切り、大皿に円を描いて並べていく。

 緻密な作業の間、伯爵は無言。

 その後ろで、ずーーーっと様子見をしていた従者は息を止めていた。


 ◇◇◇


「そろそろ呼吸をしないと酸欠で倒れる」包丁の動きに迷いはない。


「……はい」

 レニスはゆっくり、そっと息を繰り返して赤らんでいた顔を元に戻して行った。


 ◇◇◇


 昼時。

 アルフレドの、シャツにスラックスというラフな格好は物珍しさで注目を浴びた。

 さらにテーブルに広げられた東様式の食器に酒器。酒も熱燗に冷酒と伯爵のこだわりが見える。

 青い大皿には透明感のある白い魚の身。


「この魚、生ですか?」

「そうだよ。カミュ。これは東のほうの伝統料理でね。怖がらずに食べてみるといい」

「刺身って奴だな」

「おや、ギリクは知ってたか」

「食うのは初だ。この棒は『はし』だったか?」

「ご名答。それでつまんで食べてくれたまえ。一応、それが礼儀なのでね」

 従業員一同は『はし』を手に悪戦苦闘したもののすぐにコツを得た者と『はし』を知っていた者が使い方をレクチャーして、使い方をマスターした。


 アルフレドは意地悪そうに「おやおや、みんな使い方を覚えるのが早い。食べ損ねる子はいなかったな」と唇の端を歪めた。


「一心不乱にまかない作りに精を出されていたのは、アルフレド様じゃないですか?」

 レニスの一言に明後日の方角を向いた伯爵に、一同は追い討ちはかけなかった。

 それよりも、ごはんだ。


 アルフレドが当番の時のライスは、粒が立っていてそれだけでも美味い。

 とくに土鍋のライス。

 おこげがついた香ばしい底の部分は取り合いになるほど。

 ※ライアとレニス以外。


 以前、おにぎりだけのまかない飯に非難轟々だったことがあるが。

 あまりのうまさに、時々リクエストが出るほど。


 そんなライスを差し置いて、伯爵が本気の料理を供してきたのだ。


 従業員はお茶碗にライスを盛って、着席した。


 ◇◇◇


 緊張感をともなって席についた面子に、アルフレドはおや、と首を傾げる。

「いや、『まかない』なのだから気楽に食べれば……」

「君のまかない飯だと思うとハードル高いよ!」

 すかさず、ルシアスがつっこみをいれた。

「魚は鮮度が命なのだから、ほら。ポン酢をつけて」

 伯爵はお手本とばかりに、ポン酢。(周りの面々からしたら、柑橘の香りがする何かのソース)に刺身をちょんちょんと、つけて口に運んだ。


 コリ、コリッ。

 普通の魚とは違う独特の歯応えに、うんうんとうなずく。


 その様子に、従業員たちも手を出していった。

 そして。


「なんですかこれ! コリコリです!!」

「バルーンって、こんな食感なのかよ。……なんで免許持ってんだよ!?」

「何の免許?」

「バルーン調理師免許だ。取得するのが難しい」

「いつとったのそんなの??」


 新たな謎に一同は困惑する。


 しかし、ライスが進んで止まらない。刺身に伸びる箸も止まらない。

 謎は謎のまま、その日のまかないは終わった。



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