『薔薇の香りを前にして』1
アルフレドは、ヴァルクルの本邸の厨房で以前から手配していたローズウォーターの瓶を開けた。
薔薇の香りが厨房に満ちる。
これから、この香り高く貴賓ある逸品で、菓子を作る。
ダモスから渡されたレシピを片手に、材料をそろえて、分量をはかる。
「菓子作りは、思っていたより難解だな」
分量を守るのが、成功の秘訣だ。
そう、念を押された。
その隣で、エプロンという似つかわしくないものをつけたオズワルドがヘラで鍋の中身を混ぜている。
「薔薇は甘美と決まっている。
私という獣すら手懐ける誘惑の華だ。我が妻のようにな。
そうであろう? 我が息子」
「父上の熱烈な愛で、ゼラチンが溶けるどころか焦げそうです。そろそろ鍋を火からおろしてください」
「む」
「ねえ、ギリク。なんで、僕まで『ヴァルクルお料理教室』にお呼ばれされてるの?」
「……学友だから、だろ」
ルシアスは壁を通り越して、遙か遠くをみている。
「知ってるかい? 参観日に公爵が直々に来られた時、担当教師が陸に上がった魚みたいになってたんだよ」
「兄上が来てくださるはずだったんだが。なぜか、父上が行く、と言い張ってそうなった」
「先生。しばらくの間、休みをとってたよね……」
「あの時は申し訳なかった。職務妨害をするつもりはなかった。ただ、息子の授業風景を見ておきたかっただけだ。……エドの時は多忙で行けなかったからな」
そんな知りもしない昔話を耳に入れながら、レシピに目を落とすギリク。
……帰りてえ。帰って、酒呑んで寝てえ。という、想いを飲み込んで。




