『隻眼の酒』
「調べものは見つかったか?」
ヴァルクル公爵邸の書庫で、建国時代の資料探しをしていたギリクに、オズワルドが声をかけた。
ギリクは、分厚い古書の文章を太い指でなぞっている。
「まあな。ピリカに呑まされた酒の原酒。『デュラハン』ってのを、再現できねえか探してみたんだがよ」
「ほう。──で?」
「『デュラハン』ってのは弔い酒だったみてえだ。それも建国王が死んだ時に作られたある意味で秘蔵の酒」
「アルザック王の死を悼む為の酒か」
表情筋は一切動かさなかったが、公爵の声には、わずかに驚きが含まれていた。
そのことに気付いたらのは、付き添っていた老齢の家令のみ。
──旦那様が興味を持たれるとは、珍しい。
家令も興味が湧いて、ギリクの話の続きを待った。
「歴史の本に、詩が残ってた。
『死者の騎士、その愛馬。王の代わりにこの酒を贈る。
王の身体はこの地へ。
王の魂は空へと還る。
持ってゆくなら、この酒瓶を持って去れ』って、な」
「……。ふむ、思いがけぬ話が聞けた」
オズワルドは、家令に「お利口な犬には、餌をやらねばな」と言い、家令はしずしずと頭をさげる。
「では、酒蔵に保管している。『サイクロプス』などはいかがでございましょう」
『サイクロプス』。
ランバルト連合国でも、もう現存していない筈の幻の酒!!
それは、隻眼のティタンが造っていた蒸留酒だが、製法が失われてしまい、二度と味わうことができなくなった。
材料も製法も何もわからない。
もちろん、味も今になってはわからない。
そんな幻の逸品。
ギリクは思わず立ちあがる。
「厨房を借りてもいいか!? 『サイクロプス』に劣らねえ、ランバルトの飯をご馳走してやる!」
「連合国の酒と晩餐か。悪くない。おまえはよく働く。躾は悪いが、な」
公爵は「後のことは家令に任せた。晩餐を楽しみにしている。今夜は私と妻だけだ。おまえには別室を用意させる」と言い残して、残りの仕事を片付けに行ってしまった。
自分の舌が幻の逸品の謎を解けるか。
ギリクは、拳を握りしめ、闘志を燃やす。
「勝負しようじゃねえか。隻眼のサイクロプス」
遠い過去のティタン人の酒職人との、これは真っ向勝負だ。
◆◆
「妻と異国の酒と料理、か。悪くない」
黒い絨毯が敷かれた廊下を公爵は、見た目からはまったくわからないが、楽しみにしていた。
そう。妻以外が見てもわからないくらい、とてもご機嫌だった。




