修行の成果?
本日の投稿はここまでです。
(んー…見張られるような事したかな…)
どうもラザマンドさんの部下であるロッゾさん、イアンさん、シュイさんに監視されながら宿屋の部屋で目覚めた僕です。
「まぁ…いいか。おはよう白雪」
髪に手を伸ばすと伝って僕の頬に頭を擦り付ける白雪…可愛い奴め。
ドラゴンの皮膜羽で作った服もボロボロで、セーラにもらった…貸してもらった服も洗って返すとなると着替える物が無い…仕方ないか。
「シオン、起きてるか?入るぞ…熊っ!?」
ノックをしているのに返事を待たず入るのはどうなのだろうか…朝っぱらからラザマンドさんの驚愕の声を聞きつつ、僕は口をパカッと開いて顔を出す。
「おはようございます」
「あ、ああ…おはよう…適性の儀をしてくれるらしいから教会に行こうと思うんだが…その格好で行くのか?」
「明らかに変なのは僕も分かってるんです。でも着ていく服が無いんです。気分的には服を買いに行く服が無い感じです」
「…セーラからもらった服は?似合ってたじゃないか」
「あれは洗って返します」
「…そうか。なら後で洗濯代を持たせるから先に服を買いに行くか?」
「いえ、自分でちゃんと稼いで今までの食費もここの宿代も通行税も返します」
「…なら、貸しておくから先に服を買いに行かないか?」
「んー…でも布と糸と針があれば自分で作れるので大丈夫です」
「…わかった、ハッキリ言おう。隣を子熊が二足歩行で歩いていたら噂になるし私が恥ずかしい。だから着替えてくれないか?」
「…分かりました」
折角着たリアル熊の着ぐるみを脱ごうとするとラザマンドさんは部屋から出ていき、僕はドラゴンの皮膜羽で作ったボロボロの服に着替えるが…これだとスラムにいる子供みたいに見えるけど仕方ない。
セーラが貸してくれた服は返さないといけないし、何かあって汚れたり破けたりしたら直し代とかでお金が掛かりそうだからダメ。
「着替えました」
そう言って部屋を出ると廊下で待っていたラザマンドさんはギョッと目を見開いて深く深く溜息を吐いた。
「…靴は?」
「ないです」
「…わかった。ハーヴィス、お前が持ってる靴で一番綺麗なやつをぶかぶかでもいいから持って来い。後、防寒が付与された外套もだ」
「了解」
すぐに部屋に向かって外套と靴を持って来てくれるハーヴィスさん。
「ありがとうございます」
「外出たついでに服でも買ってもらえ」
「自分で作るのでそれまで借りておきます」
「お、おう…」
「それじゃあいくぞシオン」
「はい」
今泊っている宿は貸出倉庫が付いている行商人じゃないと泊まれない宿で、泊っている人の服装や体型を見ればかなりの高級宿らしい。
調度品も嫌味にならない程度に豪華で、部屋を出れば微かに金持ちっぽい匂いが漂ってくる。
本当であればもう少し賑わっているのだろうが今の時期は冬。
冬に行商を行うのは飢えた盗賊の獲物になるし、雪が降れば馬の脚が痛み最悪荷馬車を捨てて歩くか行き倒れるかの強行軍なのだ。
それをしてまで行商しているラザマンドさんは商人風の男達からも昨日は見かけなかったと奇異な視線を向けられていた。
「あ、馬達に挨拶してからでもいいですか?」
「…ああ、問題ない」
ぶかぶかな靴な上に雪が積もってる所為ですっごく歩きにくいけど…。
「おはよう、みんな」
近くによって身体を寄せればすりすりと顔を寄せてくれる…可愛い奴め。
「後で暖かい物作ってあげるから待っててね」
ちょっと強めに首を叩いてあげると喜ぶんだよね、この子達は。
「お待たせしました」
「ああ…もしかしてだが、動物と会話が出来るのか?」
「会話…って訳じゃ無いですけど…感情が伝わる…怖いとか嬉しいとか大雑把にって感じですけど…」
「ふむ…だったら確定で【調教】か【テイマー】の才能はありそうだな」
「だったらいいですね」
そんな事を呟きながら僕達は宿の鉄柵から外に出る。
地面は土ではなくしっかりと舗装された石畳。
色取りを出す為の膝丈の花壇は同時に道標となって左右に分かれて規則正しくぶつからない様に人の波が作られている。
建物を見れば多いのは赤茶のレンガで作られた建物で、中には石を乗せて固めた石造りの建物や頑丈な木で作られた建物が並び、魔獣の襲撃で傷ついた部分を補修している所を見ればレンガで作られた建物は比較的新しく、今までは石や木の建物が主流だった事が伺える。
雪がチラチラと降っていても元気に駆け回る子供達がいるという事は、人攫いや事件に遭わないと安心している証拠で比較的に治安がいい場所だと分かる。
そして花壇の流れに沿って並ぶ露店や屋台は旅で訪れた人だけでなく地元の人も見ている事からなかなか信用が高そうな雰囲気だ。
「どうした?周りを見渡して」
「…平和だなぁと」
「ああ…ここを領地として治めているのは『選血の時代』を生きた貴族、フラクトウェル伯爵家だからだな」
「選血の時代…?」
物騒な時代だな…と言うのだ第一印象で、第二印象は『俺』の記憶にあるフラクトウェル家は男爵位で、そこから伯爵位まで上がったのか、だ。
「シオンはまだ生まれてすらいない時代の話だ。私は生まれていたが当時の事は…詳しい事は成長して騎士になる時に学んだ事だが、とある暗殺者が生きた時代だ」
あっ…『俺』が生きてた時代が選血の時代か…。
「その暗殺者は法では裁けない、我々では見つけられない様な犯罪を犯す者を許さなかった。貴族、平民、奴隷…王族や伝説に語り継がれる様な『勇者』や『聖女』、『大賢者』や『英雄』であってもだ」
ラザマンドさんのその言葉に僕はドキリとする。
「…勇者っていう人は何か悪い事をしたんですか?」
「ああ。魔王を倒す為だと村から食料や金品、見目麗しい女を奪う盗賊と同じ行為をしながら糾弾されれば使命とのたまって正当化し、力に溺れて振りかざすだけ振りかざして森を、湖を、山を壊し、死んだ動物や魔獣の亡骸をそのままに怨嗟に塗れた命を持たない歩く屍を生み出したんだ。人々はその屍に襲われているのにも関わらず、勇者は使命を果たしたと人を助けず己の欲求を満たす為だけに力を振るい続けたんだ」
「それは…みんな知ってる事なんですか?」
「どうなんだろうな…その暗殺者を忌むべき存在だと思っている者も居れば勇者や聖女、大賢者や英雄は希望の光だと思っている者も居るだろう。私としては唾棄すべき幻想だがな…」
ラザマンドさんの表情が見た事も無いぐらい悲痛に歪んでいく。
「…じゃあ、悪を許さない暗殺者に殺されなかったフラクトウェル伯爵様はいい人だったって事ですか?」
「ああ。選血の時代ではフラクトウェル家は男爵という地位だったが、食糧危機を脱する為に画期的な農法を考案してローゼン王国の食糧庫を潤したんだ。更に元々騎士の家系で規律を重んじる家柄だったというのもあって、長男は領地を運営する為に家督を継ぎ、次男は王国騎士となって騎士の家系の責務を果たし、三男は二人の兄を支える為にこの領地を守る自警団の創設したんだ。この街で悪い事をすれば領地を治める貴族からの直々の罰則があるから治安がいいんだ」
「なるほど…」
無理して笑みを浮かべるラザマンドさんに何とか言葉を絞り出すと、目的地に着いたのかラザマンドさんは長い指で白い建物を指差す。
「さて、あそこが適性の儀を行う教会だ」
この時代では高価であろうステンドグラスには衣だけを身に纏う女神の姿があり、何処となくヘイルとルミナに似ている様な似てない様な…。
「…ん、あれはステンドグラスと言って、描かれてるのは『生誕の女神ヘイルミナ』様だ」
…んっ!?ヘイルとルミナがくっ付いてる!?…もしかして元々一柱だったのか…?
「とにかく入ろう。少し無理を言ってこの時間に受けさせてもらってるんだ」
「は、はい」
靴をパカパカとさせながら急いで両開きの木の扉に入ると目の前には白い女神像、左右には参列者が座る横長の椅子が片方16合計32個並び、中央の床には赤を基調にした金の刺繍が施された絨毯が祭壇へと続いていた。
「お待ちしてましたリベーラ・ラザマンドさん。こちらのお嬢さんの適性の儀でお間違いないですか?」
そう話しかけてくるのは黒を基調とした白黒のシスター服に身を包んだ皺が目立つ柔和なお婆さんで、僕を見るなりにっこりと笑みを浮かべる。
「この度は無理を通して頂きありがとうございます、シスターアマンダ。一応この子は男の子で、10歳になるんですが適性の儀を受けた事が無いのです」
「あらまぁ…そうだったのねぇ」
シスターというより近所のおばちゃんって感じがするが、微笑まれるだけでほっこりするのはシスターだからだろう、うん。
「…あら、もしかして魔獣を連れてるのかしら?」
「あ、はい…まだ分からないですけど一応テイムは出来てる筈です…ダメでしたか?」
纏めていた髪を解いて僕の掌に移動する白雪を見てシスターアマンダが目を丸くするが、すぐににっこりと笑みを浮かべる。
「適性の儀は一人でしないといけないから儀式の時はリベーラさんに預けておいてくださいね」
「わかりました」
そして我が主神様達に似ているの像を横切り、奥の方に促され進んでいくと白い壁に目立つ木の扉の前に立つ。
「それではこれより適性の儀を執り行います。あなたのお名前は?」
「…シオンです」
「ではシオン、身を清めますのでこちらに」
シスター服の袖元から取り出されたガラス瓶には暗がりでもキラキラと光る水。
その水を頭にしばらく掛けられ、髪から滴った聖水を手で受け止めて口に含み飲み込む。
しばらく跪いた僕の頭の上でシスターアマンダが祈りを捧げていると肩に手が置かれた。
「それではこの部屋の中に入り、中にある水晶に両手で触れてください。そして最後は中にある羊皮紙に触れ、あなたに宿っている才能が書き起こされれば適性の儀終了です」
「わかりました…ラザマンドさん、白雪をお願いします」
「ああ」
大人しく僕の髪からラザマンドさんの手に絡みつく様に這っていく白雪だが、視線は心配そうに僕を見つめている。
「大丈夫だよ白雪」
そう言って中に入ると…
「…神域みたいだな」
壁があるはずなのにあると感じれない程に白く、灰色の石柱の上に赤い敷物がある。
その上に少し青みがかった水晶が鎮座し、その隣に茶色いラックがあってその上には才能を写す羊皮紙がある。
「さて…今の僕がどれだけ成長したか確認するか…」
ゆっくりと水晶に手を伸ばすと呼応する様に背中がじんわりと熱くなって光り、両手を近づける程にどんどんその熱と光が強くなっていく。
そして触れた瞬間、目の前が見えなくなる程の眩い光が真っ白な空間を塗り潰し、両手から何かが這い上がって身体の細胞一つ一つを駆け巡っていく。
(何だ…これ…!!『俺』の記憶じゃこんな事にはなってなかった…!!)
自分の身体が全て書き換えられていく様な、新しくなっていく様な感覚に汗が吹き出し、背後の扉からはドンドンと扉を叩く音と言い争う二人の声らしき音が聞こえるが、今の僕には答える余力も思考を割く余裕もない。
『それは才能の適応。今まであなたが積み上げて来たものが本当の意味であなたの力になっているの』
この声―――ヘイル!?
『神の遺物に触っている今だから声を届けられるの。シオン、拒まないで』
またこの感覚だ。
反発していたものを混ぜて溶かして一つになっていく感覚…ヘイルに背中を撫でてもらった時の感覚…。
『私に、私達に身を委ねて』
ヘイルの優しい声を最後に僕の意識は眠る様に闇に消え―――
「…あれ…?」
気付いた時には背中の熱も光も感じず、水晶に両手をつけても身体が書き換わる感覚もヘイルの声も聞こえない。
「…ああ、羊皮紙に写してマズいものは消さないと…」
少しぼうっとする頭でやるべき事を考えながら両手で羊皮紙を持つと、じわじわと黒い文字が浮かび上がっていく。
「えっと…」
名前
濡羽 紫苑(シエル・フォン・ハーティー)
種族
半神人
「うわ…名前と種族からもうアウトだ…」
ハッキリと浮かび上がった名前に眉を寄せつつも次々と浮かび上がってくる文字を確認していく。
神の贈り物
【―――――】
権能
【闇】【魂視】【光】【治癒】【精神干渉耐性】
才能
【剣術】【槍術】【斧術】【弓術】【棒術】【短剣術】【鞭術】【暗器術】【体術】【盾術】【投擲術】【暗殺術】
【火魔法】【水魔法】【風魔法】【土魔法】【爆裂魔法】【氷結魔法】【雷鳴魔法】【鋼鉄魔法】【光魔法】【神聖魔法】【闇魔法】【深淵魔法】【毒魔法】【身体強化魔法】
【裁縫】【鍛冶】【研磨】【木工】【皮革】【薬師】【料理】【調教】【錬金術】【罠師】【魔具】【付与】【魔法陣】【解体】【精密操作】
【テイマー】【意識同調】【視界共有】
【鑑定】【解析】【診察】【空間認識】【空間収納】【認識阻害】【偽装】【契約】
【魔力探知】【気配察知】【魔力遮断】【気配遮断】【魔力増強】【気力増強】【魔力操作】【気力操作】【魔気合一化】【魔気増強】【魔気遮断】【魔気操作】
【怪力】【韋駄天】【跳躍】【立体機動】【曲芸】【鷹の目】【風の声】【水の香】【頑強】【人魚の舞】【消音】【消臭】【隠密】【追跡】【変装】【変声】【翻訳】【描画】【地図】【浄化】【直感】
【物理耐性】【魔法耐性】【苦痛耐性】【悪臭耐性】【汚染耐性】【毒耐性】【麻痺耐性】【睡眠耐性】【不眠耐性】【薬物耐性】【薬品耐性】【自然回復】
「待って…待って待って待って…こんなの見せられない…羊皮紙…もう一枚…」
どんどん酷くなっていく意識の混濁…まるで夢の中にいる様な曖昧な感覚の中で気合で意識を保ちつつ、今度は【偽装】を意識しながらもう一枚の羊皮紙を取る。
ルミナからもらった才能は【裁縫】【鍛冶】【薬師】【錬金術】【魔具】【付与】【魔法陣】【テイマー】【空間収納】【認識阻害】【偽装】【鷹の目】【翻訳】【直感】で、それ以外の才能は四年間の修業の成果だとヘイルは言ったが…才能が付き過ぎだ。
それに神の贈り物の【―――――】って何だ…?意識しても全然分からない。
こういう分からない才能はふとした時に発動して面倒な事になるから正確に知って制御したいのに…。
ダメだ…もう思考が纏まらない。
「…はぁっ…くっ…で、出来た…」
名前
シオン
種族
人間
才能
【棒術】【短剣術】【投擲術】【体術】
【火魔法】【水魔法】
【裁縫】【木工】【料理】【調教】【罠師】【解体】
【テイマー】【意識同調】
【空間収納】
【魔力探知】【気配察知】
【韋駄天】【跳躍】【人魚の舞】【消音】【消臭】【隠密】【追跡】【直感】
【物理耐性】【魔法耐性】【苦痛耐性】【悪臭耐性】【汚染耐性】【毒耐性】【麻痺耐性】【睡眠耐性】【不眠耐性】【薬物耐性】【薬品耐性】【精神干渉耐性】【自然回復】
「黒樹の大森林を生き延びたん…だから…こんなもん…でしょ…」
一刻も早くこの部屋を出ないと意識が溶けて自分じゃなくなる気がする。
万能感に溺れてしまいそうな恐ろしい感覚を感じながら本当の羊皮紙を【空間収納】に仕舞い、フラフラとする身体を何度も転ばせて必死に扉へ辿り着き、ドアノブに手を掛け―――
「シオン!!!」
僕はラザマンドさんに抱き寄せられた。
「ん…あれ…僕…」
まだぼうっとする頭…ずっと消えない万能感…これが皆が言う力に溺れるという感覚か…何ならいっそ―――
「シャアッ!!」
「いっつ!?」
ラザマンドさんの腕から身体を伸ばし頬に噛みついて来る白雪に目を丸くするが、さっきまで頭に靄が掛かっていた感覚も、溺れてしまいたいと感じる万能感も消え去り周りの状況が分かる様になってくる。
僕を抱きしめている涙を零しそうなラザマンドさん、僕に杖を向けて驚き固まっているシスターアマンダ、ずっと威嚇をしている白雪。
「…ありがとう白雪。もう大丈夫だよ」
そう呟いて頭を撫でると威嚇をやめてスルスルと僕の身体に纏わり付き髪を纏めてくれる。
「…あの、ラザマンドさん。離してもらっていいですか…?」
「っ…もう『才能酔い』は大丈夫なのか…?」
「才能酔い…?さっきのぼうっとするのなら白雪のおかげで…」
「…万能感は?」
「それもさっき白雪が噛みついてくれたおかげで…」
「そうか…才能を見ていいか?」
「は、はい…」
羊皮紙を受け取る為にようやく僕を解放してくれるラザマンドさん。
抱きしめられて大きな胸に包まれたと思った?服の下に鉄製の胸当てをつけてたから柔らかさなんて一切感じてないし、背骨がメキメキ嫌な音がする程に抱きしめられて危うく死にかけたよ。
絶対に僕と同じ【怪力】の才能持ってる。
「…………シオン、自分の才能が読めるか?」
「僕は字が読めないんで分からないですけど…」
「…一言で言ってしまえばナイフや短剣を使う斥候向きの才能だ。多分エインに教えてもらった工作で【木工】と、リリカの料理を手伝っていたからか【料理】、【裁縫】の才能もあるから戦わなくても生きていける。さっきの才能酔いも【テイマー】の派生才能【意識同調】でシオンの意識が混濁しているのをシラユキが察してくれたんだろう」
「そうだったんだ…ありがとう白雪」
知ってるけどもう一度頭を撫でておこう…可愛い奴め。
「…シスターアマンダ」
「…もう大丈夫そうですね」
才能酔いとやらで僕が暴れる事を想定してたのか警戒していたシスターアマンダも杖を下ろしてにっこりと笑みを浮かべる。
杖どっから出したんだ…?
「本来、適性の儀は才能を確認する儀式では無く、神や親から授かった才能を身体に馴染ませ、身体がその才能に合う様に成長を促す儀式なのです。だから経験も全くない無垢な赤子の時に儀式をするのですが…シオンの場合、今までの十年分の経験が押し寄せてしまったのでしょう…本当にもう大丈夫ですか?」
「はい…心配をおかけしました…シスターアマンダ、ありがとうございます」
「私からもありがとうございます。喜捨は期待しておいてください」
「…それって昨日教えてくれたわい―――」
「断じて喜捨だ。間違えるなシオン」
「は、はい…!」
指がっ…こめかみにめり込むっ…!!
「シスターアマンダ、我々はこれからテイマーギルドでシラユキの登録に行って参ります。喜捨は夜になるかと思いますのでお願いします」
「でしたら裏口を開けておきますのでお待ちしてますね」
穏やかな笑みを交わすラザマンドさんとシスターアマンダだが、ちょっと怪しいオーラが出てる…けど、相変わらずラザマンドさんは真っ白だし、シスターアマンダはくすんでる白だけど長年生きていれば酸いも甘いも知る、だ。
「さぁ、いくぞシオン」
「はい…シスターアマンダ、ありがとうございました」
「あなたに女神ヘイルミナのご加護がありますよう…」
ちゃんと貰ってます、ありがたや。
そんな事を思いながら僕はラザマンドさんに連れられて教会を後にし、ぶかぶかの靴で降り積もった雪をシャクシャクと踏みし―――
「うわっ!?」
「っ!シオン!!」
自分の意思とは関係なく【韋駄天】が発揮されたのか身体の動きが早くなり、体勢を崩して顔面から雪へ突っ込み5m程吹き飛んだ。
「だ、大丈夫か!?」
「は、はい…何だか僕の身体じゃないみたいで……よかった、セーラの服を着てたら絶対に汚してたし破いてた…」
顔に付いた雪を落とし、少し擦りむいた頬に手を伸ばそうとした時、僕の頬からパンッと乾いた音が鳴った。
「シオン!物を心配する前に自分の身体を心配しろ!!!」
え?追い打ち?擦りむいた方のほっぺにビンタされた?
突然の事に目を丸くしながらラザマンドさんを見ると、赤く勝気に吊り上がった目元に大粒の涙を溜めていた。
心配…してくれたんだろうな。
「…ごめんなさい、心配してくれるのは嬉しいんですけど…擦りむいた方のほっぺを叩かなくても…」
「っ!?す、すまない…!痛くはしてないはずなんだが…!」
そう、ラザマンドさんのビンタは不思議な事に全く痛く無くて無理やり横を向かされたみたいだった。
心配してくれるのも嬉しいし、ラザマンドさんみたいに正義感に溢れていて過保護な性格を考慮すれば今の僕はとても危うい存在なんだろう。
自分の事より周りに迷惑を掛けない様に頑張る子供、心を開かずきっちりと一線を引いて離れる子供、子供らしさを一切感じない大人びた子供、突然の変化で道を踏み外してしまいそうな子供…でもそれは仕方ない。
大人二人分、片方はこの世界の選血の時代を築いた暗殺者シエル・フォン・ハーティなのだから。
「…今まで生きるか死ぬかの森の中にいた時はもちろん自分の身体を心配しました。でもここは安全だってラザマンドさんが言ってたから…」
「っ…そうか…そうだったのか…頬を叩いて済まなかった…」
「いえ…それよりテイマーギルドという所に早く行きませんか?森で拾った物と売ったり洗濯したり服を作りたいので」
「あ、ああ…」
掌に水魔法で水を纏わせ擦りむいた傷を洗い流すが、洗い流すと頬がムズムズし始め触ってみると既に傷は無かった。
(【治癒】の権能と合わせて【自然回復】の才能が芽生えたからこれぐらいの傷なら本当にすぐ治るな…これは大分便利だね)
明らかに落ち込むラザマンドさんをよそに僕は新しい才能を使いこなす為に早くやる事を済ませようと少し歩くスピードを上げた。
■
「お待たせしました、本日のご用件は?」
鷹を連れた男性の手続きを終えてニッコリと僕とラザマンドさんに笑みを浮かべる受付のお兄さん。
今居る場所はテイマーギルドフルール支部で、全てが木で作られた建物は温かみが凄く、中にいる人達は漏れなくテイムした魔獣か、調教した動物を連れて二人だけの空間を作っていたり他の人と交流をしたりととても賑わっている。
「実はこの子とこの子がテイムした魔獣を登録したいんだ」
「畏まりました。まずは登録証の手続きをしますので…失礼しました。代筆は必要ですか?」
「はい、お願いします」
「承りました。では別室にご案内しますのでついて来てください」
嫌な顔せず手続きを進めてくれるお兄さんに笑みを浮かべてラザマンドさんと共に別室に入ると、正方形の木のテーブルと簡単な木の椅子が二組置かれ、壁の一面に細長い窓に鏡が嵌め込まれている部屋だった。
「それでは何点か必要な事を質問しますので正直にお答えくださいね」
「はい」
「まず、お名前は?」
「シオンです」
「シオン…家名等は?」
「ありません」
「失礼致しました。次に出身地ですが、どちらでしょうか?」
「シールズです」
「っ!?し、シールズですか!?あの村は確か三年前に…」
「それについては私が説明する。この子はシールズ村の生き残りで、四年間黒樹の大森林で生き延びていたんだ。だが、偶々黒樹の大森林に潜んでいた盗賊に捕らえられてしまった。何故そんな所に盗賊が居たかというと私が率いていた行商が計画的に襲われる事になっていたらしく、不運にもそれに巻き込まれ、盗賊を撃退したのち私が保護している。今回登録をする魔獣はシオンが黒樹の大森林で生きていた時にテイムした『タイラントサーペント』の突然変異個体だ」
「た、タイラントサーペントですか!?」
「ああ。シオン、シラユキを」
ポニーテールが解かれ肩から掌に移動する白雪を見てお兄さんは目を見開き、胸元から小型のルーペを取り出しじっくりと白雪を見つめる。
「ほ、本当にタイラントサーペントの突然変異個体だ……っ!?も、もしかして魔法が使えたりしますか!?」
「はい。白雪、小さい火を出してくれる?」
そうお願いすると首を縦に振り誰もいない方に顔を向けてボウッ!と僕の顔程の大きさの炎を吐き、今度はラザマンドさんも驚愕の表情を浮かべる。
「す、凄いですね…主従関係も関係値もしっかりしている…栄養状態も良好で、心の底から懐いてますね…」
「小さい時からずっと一緒に居ますし、才能に【意識同調】があるのである程度は考えてる事が伝わります」
「【意識同調】…!しっかりと関係を築いている証拠です!…ですが、タイラントサーペントはかなり巨大な魔獣で、成長して大きくなるこのフルールも半壊する程の大きさになり指示も聞かなくなる可能性がある危険な魔獣なのです。成長した場合はどうするおつもりですか?」
初めてお兄さんの表情が厳しくなって僕を鋭い眼差しで射貫く。
これは警戒しているというよりも、白雪の事を思っての質問だ。
制御しきれなくて無責任に捨てれば暴走して討伐される…命を預かる大変さが分かっているからこそ、このお兄さんは真剣に聞いてくれるんだ。
こういう人は好ましい…だから僕はラザマンドさんにも言っていなかった白雪の秘密を言う。
「…実は、白雪には人が居る所で大きくならないでってちゃんと言い聞かせてるんです」
「っ!?きょ、巨大化するのですか!?」
「いえ、元々僕なんか…お兄さんを縦に並べても足りないぐらいにお腹周りは太いですし、このテイマーギルドの建物を簡単に締め付けて潰すぐらい大きくて力強いんです。僕がお願いして、このままだと危険だと勘違いされて攻撃されたりするかも知れないから小さくなる様にお願いしたら小さくなってくれたんです」
するとお兄さんは口を大きく開けながら何度も瞬きし…ふぅっと溜息を吐いて驚き疲れた笑みを浮かべる。
「関係性もよく知性も高い。何より主人の不利にならない様に身体を自力で小さくして付いて来る忠誠心…主人であるあなたもちゃんと危険性を理解している様ですし、無責任にシラユキさんに命令をしたり捨てる事もないでしょう…もはや共存関係と言っても間違いではない…分かりました、私達テイマーギルドは新たな同士であるシオンさんとシラユキさんを歓迎致します」
「ありがとうございます」
僕が頭を下げれば白雪もペコリと頭を下げる…可愛い奴め。
「では、テイマー認定証を用意しますのでこのままお部屋でお待ちください」
軽く頭を下げて部屋を出ていくお兄さん。
僕がちょっと疲れた溜息を吐くと、隣でラザマンドさんが僕の溜息を掻き消す程の大きな溜息を吐いた。
「…まさか、巨大化するのではなく縮小化していたとは…シオンがその歳で黒樹の大森林を生き残れた理由がようやく飲み込めた」
「初めからそう言えばよかったですね…」
「…いや、まだシオンの事を何も分からずに元の姿のシラユキと出会っていたら流石に私も全力で警戒していた。まだ幼い子供が癇癪を起してシラユキを街に嗾けられたら…とな」
「あはは…」
一番効果的な場面で情報を使えた事に安堵しつつ、白雪に髪を纏めてもらって待っていると扉から銀色のトレイを持ったお兄さんが戻って来た。
「シオンさん、シラユキさん、お待たせしました。こちらがシオンさんとシラユキさんが主従関係…いえ、共存関係である事を証明する特別なテイマーカードとネックレスです」
「特別…?」
銀色のトレイに置かれているのは黒い板が付いた銀色のネックレスと長方形の黒いカード。
黒いカードには僕の名前『シールズ村出身:シオン』と『タイラントサーペント:シラユキ※突然変異個体:縮小化中 白色 ※』と書かれていた。
「はい。通常、テイマーカードは白を基本としていますが、テイマーギルドが定める基準を満たし、テイムした魔獣が主人を認め、主人が魔獣を自身と同等の存在と認めていると判断された時に発行される特別なカードです」
「…他の人と違うと不都合があるんじゃ…?」
「いえ、不都合どころかいい事だらけです。テイマーギルドがこの特別なカードを発行する時に定めている条件は大まかに分けて三つ。一つ、高い知性を有し、主人の意にそぐわない行動をしない事。一つ、一定以上の強さを有し、同等の存在として助け合える事。一つ、テイムした魔獣が希少な存在か否か、危険性の高い魔獣か否か。最後にそれを精査したギルドマスター及び副ギルドマスターの許可があって初めて発行されるカードです。危険性の高い魔獣と主従という上下関係ではなく、対等な共存関係を築いているという事はシオンさんの実力の証明にもなりますし、通常のカードはこういう魔獣をテイムしているという登録証であって身分証の効力はありませんが、このカードはしっかりとした身分証としてもお使い頂けます」
「身分証…!」
「更に、もしシラユキさんが攫われたりした時に攫った者を攻撃して周囲に被害が出たり、最悪の場合死んでしまっても全て相手の責任となり、主人であるシオンさんにもシラユキさん同様責任は発生しません。それだけ処置が施される程に共存関係にある魔獣と証明されるのは難しいのです。後はテイムした魔獣の入店を断るお店もあるのですが、このカードがあれば問題なくご利用頂けます」
「それは凄い助かります…!」
「そして最後に…このネックレスです。シオンさんの血とシラユキさんの血をこの黒い板に一滴落とすとお互いの位置が分かる様になる魔道具です。余程の事が無いか…もしくは無知な人以外はシオンさんからシラユキさんを攫おうとしなくなります。手痛いしっぺ返しが来る事の証明にもなりますし、攫っても位置がバレてしまいますからね」
「お、おお…!」
スッと差し出された針で指先…これから服を作ったりするから血が付かない様に腕に針を刺し、白雪に針を向ければ舌を少しだけ傷つけて黒い板に一滴ずつ血を落とす。
「…はい、これで手続きを完了します。本日担当させて頂いたのはギルドマスター補佐の『アラン・トートマン』です」
「はい…あれ?副ギルドマスターさんですか?」
「ああ、いえ…ギルドマスターの補佐であり、副ギルドマスターは別にいます。その副ギルドマスターにも補佐がいるんですよ。権限としては普通の職員より少し上ってだけです。ちなみにそこの窓からずっとギルドマスターと副ギルドマスターがこのやり取りを見てました」
ギルドマスターと副ギルドマスターの許可が必要な特別なカードの割にすぐに用意されたと思っていたけどそういう事か。
そういう事ならと僕は窓に向かってお辞儀をし、サイドテールに髪を纏めてくれた白雪とやれやれと疲れているラザマンドさんと共にテイマーギルドを後にしようとしたが…
「ねぇ君!共存関係のテイマーなの!?見せてよ!私のロコをもふってもいいよ!」
飼い主あるあるのウチの子可愛い、ウチの子頭いい、ウチの子世界一自慢大会に巻き込まれて僕も白雪を大いに自慢してやった。