距離感
「そうか…娘じゃなく息子か…でもそうだな…こんだけ可愛いなら何も問題ないな…」
「…えっとぉ…?」
どうも昨日の衝撃的カミングアウト?からずっとこんな調子のラザマンドさんの相手をさせられている僕です。
身体を触ったはずのアルトやリウなら男と気付いても良かったと思うけど、男にしては髪も長いし線が細いから男だと思わなかったらしい。
線が細くてもアルトとリウぐらいならワンパンだけどね、ワンパン。
それからお風呂から上がって来た女性陣に胸を触られて本当に男だった事と、セーラがくれた服が似合い過ぎている事に落ち込まれ、ラザマンドさんは凛々しかった面影もすっかり無くなってしまった。
「あのー…こういう時はどうしたら…?」
「んー?ほっときゃいつもの副団長になるぞ」
「そ、そうなんですね…」
「それよか御者やってみるか?曲道もしばらくないし、難しくないぞ」
「…やってみます」
今話しかけたのはラザマンドさんの部下で短髪と歯を見せた笑顔が良く似合うハーヴィスさん。
朝早くから出発して既に三時間程経っていて、太陽の日差しでほんの少し積もった雪が解け始めている。
御者台に座ってスカートを直し手綱を握る…イメージは『虚無繰』。
「…おお、真っ直ぐな道で速度も抑えてるとはいえ上手いな?」
「そうですか?」
「これならちょいと練習するだけで馬車業でも稼げそうだな」
昨日のお風呂で綺麗になった白い髪を掻き混ぜる様に撫でるハーヴィスさんだが、
「シャアッ!!」
住処となった僕の髪を荒らされたと思って白雪がゆらゆらと頭を振って威嚇する。
「うおっ!?…わ、ワリィワリィ…つい娘だと思って撫でちまうんだわ…てか、白と白だから見分けつかねーな?」
「確かにそうですね。娘さんはいくつ何ですか?」
「もう少しで6歳になる所だな」
「じゃあ僕の四つ下なんですね。僕は10歳なので」
するとギョッと僕を見つめて顔や腕をぺたぺた触るハーヴィスさん。
今の格好の僕は何処からどう見ても女の子にしか見えないのに身体を触ってると…ああ、ラザマンドさんの鉄拳ならぬ鉄鞘が頭に…。
「何をやっている!?」
「っつう…!い、いや…シオンがこの小ささで10歳だって言うから…」
「っ!?何!?」
今度はラザマンドさんまで僕の身体に…今は隠す様な物を装備してないからいいけど、ベタベタ触られるのには注意しないとな。
髪に隠す武器もあるし、不意に頭を撫でて指が落ちるとかえぐ過ぎる。
「シャアッ!!」
「っ…す、すまないシラユキ……だが、もう少し食った方がいいんじゃないか?男の子なら筋力も付けないといけないしな」
「いや、若い身体に無理をさせると成長が止まりますからね…まずは良く食って良く寝て身体を作るだけにした方がいいかと」
何で僕抜きで僕の育成計画立ててるんですかね…僕の身体は既にフェイルの全盛期に迫る勢いで成長してますから大丈夫です。
「…?」
そんな育成計画を聞きながら手綱を握っていると馬の様子がおかしい。
適宜に休憩を挟んでいるから疲れていないはずなのに少し熱っぽい息と蹄の音が不規則に聞こえてくる。
「…ハーヴィスさん、一旦ここで馬車を止めても問題ないですか?」
「ん?何かあったか?」
「この馬の調子が悪そうで…多分脚を痛めてるのかも知れないです」
「…わかった」
僕から手綱を受け取り後ろの御者にサインを送る。
抑えられていたスピードは更に抑えられて道を占領しない様に森の脇に馬車を止め、皆が一斉に馬車から飛び出して周囲の警戒に当たり始めた。
「…大丈夫。痛いの我慢して良くここまで運んでくれたね」
熱っぽい息を吐いている馬に近づき顔を撫でつけると気持ちよさそうに鼻を鳴らす…可愛い奴め。
「痛くしない様にするから少し触らせてもらうね」
一言断ってしゃがむと頭がいいのか目をジッと閉じて僕が見やすい様にゆったりと立って身動ぎ一つしなくなる。
白雪レベルで頭がいいんじゃないか…?
「……後ろ脚は大丈夫…右前脚も…なら左前脚…」
軽く撫でる様に関節部分に触ると暴れないがブルルッ!と痛がった声が上がる。
「ここか…ちょっと待っててね」
回復魔法は使えるが力を隠す以上人に頼るしかない…背中を一撫でして『渡り鳥』のレーネの元へ。
「あ、あの、レーネさん…」
「…何?」
「馬が脚を痛めたみたいで…治してあげられませんか…?」
「…わかった」
『渡り鳥』のメンバーに目配せをして許可を取ったのか僕の後ろについて来てくれる。
「この子のこの部分…触った感じでは骨は折れてないです。でも、このまま痛みを放置して雪道を走らせたら転倒したり負荷が掛かって骨が折れるかも知れません」
ギョッと見つめてくるレーネ。
きっと何でそんな事が分かるのか、何でそういう知識があるのか、どういう人物なのか疑っているんだろう。
昨日少しアルトとリウと話した時にレーネは対人関係のいざこざに対応しているらしく、関わっちゃダメな人間等の判断は高い水準で採用されるらしい。
だから僕が本当に安全なのか、このまま一緒に居て問題ないのかを見極めようとしているんだろうが…表の顔の僕は人畜無害だけど、やられたらやり返す精神で生きるのだ。
「…ずっと僕の事を疑ってますよね」
「……」
「別に信用も信頼もしなくていいです。信じて欲しいなんて言うつもりも無いですし、信じてもらおうなんて思ってません。親しくなるつもりも全くありません。元々一人で生きていくのに人の繋がりや情は不要だと思っているので。今すぐにこの森に駆けこんで逃げてもいいんですけど、それだと僕を引き留めたラザマンドさん達が僕が逃げた原因を知ったら『渡り鳥』の皆さんへの印象と評価がどうなるか分からないのでこの行商に参加してるんです。僕の存在が不快なら極力離れて何があっても『渡り鳥』の皆さんに関わりません。だから警戒しなくていいですよ」
「……」
「とりあえずこの子の脚を回復してもらえませんか?この子も痛がってますし、『渡り鳥』の皆さんがこれから無事に護衛の任務を果たすにはそれが一番だと思いますけど」
事実を述べただけだし、魂の色が白くて好ましい部類の人間だからと言って僕からしたら親しくなる理由がないし、この移動は僕にとって足枷にしかならない。
それでもこの行商に参加しているのはこうした方が後々不利に働かないからだ。
ここで僕が逃げ出して依頼主であるラザマンドさんの不興を『渡り鳥』が買ってしまえば、僕が居なければこんな事にはと恨みを募らせて魂の色が濁るだろう。
それにラザマンドさん程の真っ白の魂で正義感が服を着て歩いている人物は、僕がいなくなれば本当に血眼になって草の根掻き分けてでも僕を探しに来るかも知れない。
そして見つからなければ絶望して魂の色を曇らせ…僕が殺さないといけなくなるかもしれない。
だからお互いが恨みを持たず、魂を濁らせて僕が殺さなくてもいい様に譲歩して穏便に済む方法を取ってるに過ぎないのだ。
表の顔の身分を固めるという僕の目標は既に達成してるんだから。
「…わかった」
「じゃあ、僕は他の子も痛めてないか確認して来ます。今後は『渡り鳥』の皆さんに近づかない様にしますから安心してください」
そう言ってきっちりと線を引いた僕は一頭ずつ優しく身体の調子を見始める。
「っ…そんな事を言わせたかった訳じゃ無いのに…」
レーネの後悔する様な眼差しと言葉に気付きながら。
■
「次の馬車!前へ!」
レーネとひと悶着あった後、不調までは至って無かったが違和感がある馬を回復させた事で速度が上がり、一週間後の早朝に着くはずだった『渡り鳥』のメンバーの故郷フルールに二日ばかり早く青い月が登った頃に着いた。
「これが行商許可証と積み荷のリストです」
「確認します」
部下のハーヴィスさんが門番に小さなカードと丸めた羊皮紙を手渡し、門番が馬車に近づいて商品を細かくチェックし始める。
周囲を正方形で囲む様に建てられた分厚い外壁は近くの森から魔獣が溢れ出してきても問題ない程分厚く、地上からの入り口は東西南北に設置された観音開きの鉄製の門だけ。
空を飛ぶ系の魔獣には無力…かと思いきや、魔力探知を巡らせるとどうやら魔力が球体になって張られているようで、空からだけでなく地面から穴を掘って魔獣が街に入らない様にしている辺り魔獣被害が頻繁に起きている事が伺える。
「…失礼、そちらのお嬢さんは?」
僕を見て眉を顰める…というより、服を見て眉を顰めている様に見える。
「…貴殿はもしやセーラ・フリッツの兄君か?」
僕が話すより前にラザマンドさんが口を開くと話し方で貴族、もしくは上級騎士ではないかと察したのか槍を身体の横に、開いた手を握りしめて胸に当てながら門番が自己紹介をする。
「…はっ!私はフルール自警団北分警備隊隊長のサージ・フリッツであります!」
「そうか。実は行商中に盗賊に襲われ、盗賊に捕まっていたこの子を保護したんだが…この寒空の下、ボロ布を纏っただけの姿でな。我がラザマンド商会の護衛を受けてくれた貴殿の妹君が気を利かせてこの子に着せてくれたのだ」
「と、盗賊…!」
「まぁ、後ろの馬車に妹君が乗っているから詳しい話は実家に帰った時にでも聞くといい、大した活躍だったからな。流石に冬の夜は冷えるから手早く検品を済ませてくれるとありがたい。それとこれがこの子の分の通行税だ。身元はリベーラ・ラザマンドが保証しよう」
「…!か、畏まりました!」
妹が活躍したと聞いて顔が綻んだセーラの兄は門の傍に立っていたもう一人と一緒に検品し始め、最後尾の馬車に乗っていたセーラと一言二言喋るとすぐに鎧をガチャガチャと鳴らしながら敬礼する。
「こちら行商許可証と積み荷のリストをお返し致します。問題ありませんでしたのでどうぞ中へ。ようこそフルールへ!」
「ああ、寒空の下で警備ご苦労。これで勤務終わりに暖かい物でも食べて身体を労わってくれ」
「金貨…はっ!!より一層励ましてもらいます!!」
ペチンと優しく手綱を振るえば馬車が進むが、僕は門番セージ・フリッツと名乗った男の魂を見て目を見開いた。
(…え?くすんだ白の魂だったのにくすみが取れて白くなった…!?)
僕の見間違いじゃ無ければ灰色だった白い魂がラザマンドさんと話しただけで真っ白とまでは行かないが白さを取り戻した。
まさかラザマンドさんには魂に作用する何か特別の力があるんじゃないかと視線をラザマンドさんに動かせば苦笑される。
「…今のは賄賂じゃないぞ?」
「えっと…賄賂…?」
「そうだったな…賄賂というのは金を渡すから今から起きる犯罪行為を見逃せ、誰が何をしたのか黙っていろと犯罪行為を覆い隠す金の力の事だ。この場合だと身分も不確かなシオンをこの街に入れた事を黙っていてくれとあの門番に金を渡し不法侵入するという事だな。…だが、検問の際にシオンの通行税は払ってある。最後に渡した金はあの門番が門番という職をこの寒空で手の感覚を無くし、鎧も冷えて寒いだろうにそれを表に出さず、不満で態度を変える事も無く忠実に全うする姿に対して正当な評価とそれだけの価値があると教えたんだ。誰だって頑張っているのに評価されず、褒められもせず、それが当たり前だろうと言われれば不満が燻る。あの門番には金貨を渡すだけの価値があると私が判断して評価したんだ」
ああ―――特別な力とか関係なく、この人の正しい生き方は正しく生きている人に伝播していくんだ。
そしてこの御者をしている部下のみんなもこんな人の元でなら正しく生きられると騎士という役職を蹴ってまでこの人について行くんだろう。
この人達が築く関係はとっても美しくてとっても綺麗だ…。
「…?何か面白い事でも言ったか?」
「…え?」
どうやら僕は自然と笑顔になっていたようで、話を聞いていたハーヴィスさんが小窓から顔を覗かせてニカッと笑みを浮かべる。
「副団長の真っ直ぐな生き方に憧れたんだよな。俺達みたいに」
「…そうですね。すごく綺麗でいいと思います」
そう言うとラザマンドさんは顔を思いっきり赤くしてニヤケそうになる顔を押さえられないのか何も言わずに俯いてしまう。
それから無言のまま、でも暖かい空気のまま馬車が進み一つの大きな建物の前で止まった。
「副団長、『冒険者ギルド』に着きました」
「んんっ…ご苦労。盗賊の討伐をした事の報告に行って来る。ハーヴィス、出立日と時刻、集合場所を『渡り鳥』に伝えたらその場で解放して馬車を宿に停めて魔道具で結界を張っておけ」
「わかりました」
「シオン、宿に着いたらハーヴィスに金を払って貰って好きな物を食べてよく寝るんだ。明日はシオンの適性の儀やテイマーギルドでシラユキの登録と忙しいからな」
「は、はい」
必要な事を言い終えるとラザマンドさんが馬車を降り、ハーヴィスさんも御者台から降りて後ろの馬車へと歩いて行く。
「さてと…ここからどうなる事やら…」
動かない馬車の中で商品である食料…多分この食料もこの冬で食糧危機に陥らない様にこんな冬の季節に行商しているんだろうなと思いながら、これからの事をぼうっと考えていると馬車の扉が開く。
「いたいた。シオン、俺達と夜飯食いにいかねーか?ここ、俺達の故郷だって話したろ?美味いもん食える所知ってんだ」
代表としてアルトが僕にそう声を掛けてくる。
後ろには笑顔のリウと寒そうにしているエイン、リリカ、セーラ。
その一番後ろには俯いてるレーネ。
「…僕はこのまま宿っていう所に行って休みます。明日、ラザマンドさんが適性の儀とかテイマーギルドって所で僕と白雪の登録をしなくちゃいけないって言ってたので」
「別にまだ20時だぜ?21時までには帰って来れるぞ?ちゃんと泊まる宿屋までは送るし、ハーヴィスさんもそれなら問題ないって言ってたぞ?」
「いえ、人が多い所は慣れないっていうか…怖いんです。今まであんまり人を見た事が無かったし、森の中だと動物か魔獣しかいなかったので…」
「…そっか。ここの滞在期間は一週間らしいから大丈夫そうなタイミングがあったら飯いこうぜ」
「…ええ、タイミングがあったら」
そう言って笑顔を返すと皆は手を振ってご飯を食べに行こうとするが、僕は一人だけ待ってもらう様に声を出す。
「あ、セーラさん」
「ん?どうしたのよ?やっぱり行きたくなったの?」
「明日、この服を綺麗に洗って返しますね」
「…は?それ、あげたんだけど?」
「その所為で寒そうにしてるじゃないですか。だから必ず返しますね」
「…あっそ」
不機嫌そうに歩いていくセーラに苦笑しつつも僕はセーラから貸してもらった服を脱ぎ、綺麗に畳んで【空間収納】に仕舞い最高傑作のリアル熊の着ぐるみに着替え、
「なんだシオン、あいつらと飯食いにいかなか、熊っ!?」
驚くハーヴィスさんに口をパカッと開いて笑顔を見せる。
■
Side.『渡り鳥』アルト
「…やっぱりなんかシオンの奴おかしかったな」
久しぶりに故郷の酒を飲んだけど、特別美味くも無いのに何だか特別な味がする。
「そうだね…小休憩の時も何だか距離を取ってるみたいだったし…」
リウも俺と同じ事を考えてたのか大好きなはずの酒を一気にじゃなくチビチビと飲んで考えてる。
「そういえばセーラはずっと不機嫌だけどどうしたの?」
エインは酒が苦手で果実を絞ったジュースを片手にしてる。
「…私があげてからずっと着ていたあの服、明日には綺麗に洗って返してくれるらしいわ」
いつもは酒を飲まないのに苛立たし気に木のジョッキを逆さにして飲み出すセーラ。
男だという事実にも驚いたけど、男が女物の服をもらっても…と思うが、確かにあの服は似合っていたし、何よりセーラが寒くない様にと心配してあげた物だから返されるのは不服…なのか?なんだろう。
「…そういえばお昼休憩の時、私達から離れて何も調理してないキノコをそのまま食べてた様な…」
リリカは一滴も酒を飲めないらしく水だが、いつも手伝ってくれていたシオンがいきなり変な行動をし始めた事に眉を寄せて苦そうに水を飲んでいる。
「やっぱり様子おかしいよな…なんつーか…無理やり距離取られてるっつーか…離れようとしてるって言うのか?そんなに俺達雑な接し方してたか?」
「雑かどうかは分からないけど、僕達はいつも通りだったし…シオンの方で何か心境の変化があったんじゃない?」
「…物心ついた時からあの綺麗な白い蛇…シラユキだっけ、シラユキと一緒に黒樹の大森林で暮らしてたんでしょ?だったらいきなり街っていう未知の場所に連れて来られて訳が分かってないとか…どう接したらいいか分からなくなっただけじゃないかな?」
「…夜逃げする準備でもしてるんじゃないかしら」
「お、おいおいセーラ…シオンも言ってただろ?明日は適性の儀をやってテイマーギルドに登録しにいくって…」
「必要な事が済めばここに留まる理由が一切ないじゃない。また森にでも帰るんじゃないかしら?」
「「「「……」」」」
酔ってるのか普段の目つきを更に鋭くしてそう言い放つセーラに誰もそんな事は無いと言えない。
今思えば不自然な事ばかりだ。
物心ついた時から森で暮らしていたのなら丁寧な喋り方はどうやって学んだのか。
人と殆ど接する機会が無かったのに普通に会話して、時にこっちの気持ちが分かる様に同調して話せるのか。
そして殆ど見た事ない人を見てどうして盗賊だと分かって、エインが時間を掛けて確認していく程の距離だったのに的確にこっちに逃げて来たのか。
シオンは何かを隠している…それが俺達の共通の答えだろう。
「…ごめんなさい、それは私の所為なの…」
出された料理も飲み物にも一切手を付けず、ずっと黙っていたレーネが重苦しく口を開く。
正直、シオンが変わったのは五日前に急に馬車が止まり、シオンが馬の負傷を見抜いてレーネに回復魔法を頼んで少し離れた時からだ。
皆も分かってたのか明言する事も無く過ごしていたが…酒が入った所為で俺達も少し口が緩くなってしまった。
「レーネの所為って…何でそうなるんだよ?」
貴族という人間の闇が一番集まる場所で生まれたからこそ初対面の人間や注意すべき人間の選別は全てレーネに任せっきりというのがこのパーティーだ。
レーネが居なければ俺とリウはいい様に扱われてただろうし、エインもセーラも我が強いから俺達じゃなきゃ馴染めない。
リリカだってもしかしたら前のパーティーと同じ道を踏んでたかも知れない。
だからレーネの目利きはウチのパーティーには欠かせないし、一定以上の信頼を寄せている…偶に外れるが、今回みたいに。
「私がシオンをずっと疑ってる事をシオンは気付いてた…その時に言われたの。“別に信用も信頼もしなくていいです。信じて欲しいなんて言うつもりも無いですし、信じてもらおうなんて思ってません。親しくなるつもりも全くありません。元々一人で生きていくのに人の繋がりや情は不要だと思っているので”って」
それはお互いが不足している部分を補う信用と信頼で成り立っている俺達にとっては衝撃的だった。
「…何それ、ふざけてんじゃないわよ」
善意を突き返された事とレーネの言葉で爆発したのかセーラはジョッキを机に叩きつけて同じ物を頼み、それすらも逆さにして一気に飲み干してしまう。
「私だってそんな事を聞かされると思わなかったし腹が立った…でも、“今すぐにこの森に駆けこんで逃げてもいいんですけど、それだと僕を引き留めたラザマンドさん達が僕が逃げた原因を知った時、『渡り鳥』の皆さんへの印象と評価がどうなるか分からないのでこの行商に参加してるんです。僕の存在が不快なら極力離れて何があっても『渡り鳥』の皆さんに関わりません。だから警戒しなくていいですよ”って…私が過剰に警戒した所為であんな事を子供に言わせてしまった…」
ポタ…と机にレーネの涙が染みていく。
「私達が自分達の事しか考えてない時にシオンは周りを見て馬の不調にだって気付いて…私達やラザマンドさん含めて全員に疑われて嫌な思いをしてたのに私達がどういう立場なのか全部分かってて…それにシオンは盗賊に襲われて怖い思いをしたのに盗賊が話してる内容を理解して私達の所に来た…来てくれてなかったら私達は警戒してなかったガルムに殺されてたかも知れない…」
「……」
セーラも興奮が落ち着いたのかジョッキを静かに置いて組んだ手の上に額を乗せて俯く。
「確かにおかしい所も疑わしい所もいっぱいある…腑に落ちない事だってあるけど…リリカと一緒に料理を作ってる時も、エインと一緒に木彫りの人形を作ってる時も、セーラが炎の魔剣を手入れしてるのを眺めてる時も、アルトとリウと話してる時も…ずっと楽しそうで…だけど私だけはずっとシオンを遠ざけてずっと疑って…シオンが盗賊にやられた傷を治す時だって治さなくちゃいけないのかって躊躇して…私の所為で…」
ポタポタと机に涙を染み込ませるレーネ。
そんな姿を見た俺は無意識に頭を撫でていた。
「んや、レーネだけの所為じゃねぇよ。俺達はいつもレーネの疑り深さに助けられてんだ。その所為で俺達が疑うよりレーネが疑う方が安心だから任せちまってた所もあるし…いつもありがとな、俺達の為に嫌な役回りしてくれて。今後は俺達も気を引き締めようぜ」
「…そうだね。ずっとレーネに頼りきりだったと思う。僕とアルトは困ってる人がいたら何も考えずに声かけちゃうしな…あれ、覚えてる?へたり込んでた女性に手を貸したら彼氏だとかいう大男が出て来て俺の女に手を出したのはお前らかって喧嘩になったの」
「あー、覚えてる覚えてる。二対一で何とか凌げたけど、負けてたら金持ってかれてたよな絶対」
「私も露店とかで買い物する時、いっつもおすすめって言われて余計な物を買っちゃいそうになるけどレーネが止めてくれてるんだよねー。私もレーネに面倒掛けない様に気を付けないと…ね?リリカ」
「う、うん…私も気を付ける…!」
「……っはぁぁっ…私もぶん殴って大事になりそうな奴とならない奴の見分けを頑張るわ」
「いや、そこは殴んなよ…殴られたり触られたらいいけど…」
そんないつも通りの会話をしてたら何時の間にかレーネも笑ってる…そうだ、これが俺達の在り方だ。
「明日辺り、シオンにちゃんと説明してみんなで謝るか」
俺のそんな言葉で皆は頷いてくれたが…
(信用も信頼もしなくていい、信じて欲しい訳でも信じてもらいたい訳でもない。親しくなるつもりも全くない…一人で生きていくのに人の繋がりや情は不要…か。たった10年でどんな人生を歩んだんだよシオン…俺じゃ絶対にそんな事言えねえよ…)
レーネが言ったシオンの言葉がずっと俺の中で気持ち悪く残る…。
■
Side.リベーラ・ラザマンド
「…どうやらいい方向で纏まったようだな」
冒険者ギルドに実行犯12名の遺品とそれを指揮していたガルムの受け渡し、懸賞金の受け取りを済ませて宿に戻ろうとしたらハーヴィスが難しい顔で近づいて来た時はどうしたのかと思ったが…
「それで副団長、シオンをどうするんですか?」
『渡り鳥』の監視はもう必要ない。
もし悪い方向に行くのであれば私が直接シオンから聞いた事を話そうと思ったが、なかなかどうしてリーダーのアルトという少年は気配り上手だ。
「どうするも何もまずは明日の適性の儀でどう変わるかを見る。自分に思っても見なかった才能が宿ってると分かれば浮かれ暴走する可能性もある。それを見極めて暴走するなら私が叩きのめして間違った道に進まない様にするし、進まなければそのまま私の養子にする」
「養子って…シオン嫌がってたじゃないですか」
「私なら立派に母親として振舞えるぞ?乳はあげられないがな」
「いやそうじゃなくて…」
ええい、ハーヴィスはいつも煩い。
「副団長だってもう気付いてるんでしょう?明らかに10歳とは思えない思考の仕方。物心ついた時から森に居たって言うのに言葉遣いもそうですが、人の機微も見抜けるどころか異常な程に動物に懐かれる体質…それに未開拓地域の黒樹の大森林で生き残ったという事実。確実に『記憶持ち』か神の贈り物持ちですよ?」
「そんなのは分かってる。逆に危険人物なら私の元に居るのが一番安全なのはお前がよく知ってるだろう?」
「うっ…」
「だから何も心配はいらない…が、私の息子が逃げ出さない様にロッゾとイアン、シュイに見張らせておけ」
「もう息子は確定事項なんですか…?」
「ああ…何たって―――」
“私の運命の人”だからな…まさか伴侶となる男ではなく息子だとは思わなかったが…。
「…?何か言いました?」
「何でもない、シオンが心配だ。宿で飯にしよう」