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襲撃と女騎士

「お、おい!?大丈夫か!?」



 どうも盗賊をぶち殺して被害者になるべく自傷をした挙句、演技に熱が入り過ぎて顔面から地面とキスした僕です。


 一番最初に僕の姿を見て駆け寄って来てくれたのは見るからに正義感溢れる大剣を持った赤髪赤眼の冒険者。



「っ…酷い傷だ!それに冷たい!レーネ!この子を回復してくれ!!リウ!お前の防寒着も貸してくれ!!それと警戒!!」


「わ、わかった!」


「っ…仕方ない」



 その冒険者にリウと名前を呼ばれた盾と槍を持つ茶髪茶眼の冒険者が二枚目の防寒着で僕を包み、不服だという雰囲気を隠さないレーネと呼ばれた紫髪紫瞳の冒険者は杖を僕に向けてぶつぶつと詠唱を始める。



「エイン!」


「分かってる!これも使ってあげて!」



 エインと名前を呼ばれただけで役目を察して防寒具を投げ渡す緑髪緑眼の冒険者は、背中に掛けていた弓と矢を手に身軽な動きで森の奥へと入っていく。



「セーラ!急いでリリカからテントを受け取って張ってくれ!!」


「わ、分かったわ!!」



 セーラと名前を呼ばれた金髪青眼の冒険者はリリカと呼ばれた桃髪青眼の冒険者から【空間収納】に入れていたテントを受け取り手早く設置していく。



「リリカは暖かい飲み物だ!!かなり冷え切ってるからぬるま湯になったら一度持って来てくれ!!この子の身体を慣らす!!」


「う、うん!!」



 また【空間収納】から小さな鍋を取り出し、掌から出した水を鍋に入れて焚火に翳してお湯を作り始める。



「アッカーさん!危険ですので馬車の中に居てください!!」


「ほっ…わ、分かりました」



 引き攣った声を出しながらもそそくさと御者と三人で馬車に乗り込む悪徳商人風の男。


 突然の事だというのに完璧過ぎる手際に惚れ惚れしながらこれが演技だという罪悪感を感じつつも僕は薄目で一人の男を覗き見る。



「……」



 剣を握り忌々しそうに表情を歪める男…きっと計画が台無しになった事でこのまま強硬手段に移ろうか、計画を破棄して護衛に徹して別の機会を狙おうか天秤に掛けてるのだろう。


 だけど、絶対に逃がさない。



「―――この者を癒し給え!『ミドルヒール』!」



 レーネの詠唱が完了したのか向けられた杖から白く暖かい光が生まれ全身を包んでいく。



(…おお…これが回復魔法…いつも【治癒】の自然回復だからこんな感じなんだ…)



 とても心地がいい光に本当に寝そうになりながらも身体の痛みがどんどん消えていく感覚はとても不思議で、もう少し味わっていたいと思っていると治療が終わったのか光が消えた。



「…これで傷は治ったはず」


「助かったレーネ!」



 額に浮かんだ汗を拭うレーネという人に僕も心の中で感謝しつつ、もう少し様子を伺う為に寝たふりを続けているとシャクシャクと雪を踏む音が聞こえ、



「あ、アルト!ぬるま湯持ってきっ!?」


「あ、ちょ!?」



 リリカと呼ばれていた人の声が途切れ、アルトと呼ばれた僕を抱えてる人が焦った様に声を上げた。



「あつっ!?いたっ!?」



 その理由はどうやら転んだらしく、ぬるま湯だと思ったらかなり熱々のお湯が僕の顔に掛かり、遅れてカップらしきものが鼻に落ちて来て寝たふりが強制解除されてしまった。



「っ!だ、大丈夫か!?い、意識はあるか!?」


「う、うう…だ、大丈夫…です…」



 いやいやリリカさん…ホッとする場面じゃないから、下手したら大火傷だし鼻の骨折れてるから。



「ちょ…ちょっと手荒になったけど意識が回復してよかった!君は何から逃げて来たんだ!?」



 お、おお…僕の意識が無い事を良い事に気付けと言い張る気かこいつ…なかなか空気が読める出来る奴だ。



「と、盗賊…十二人ぐらいで…捕まえられて…で、でも…お、狼みたいな大きな魔獣が盗賊達を襲って…それで逃げて来て…」


「狼…この辺の魔獣で狼と言ったら?」


「…『ブラックハウンド』。闇魔法が使える個体が稀に出るのと最低でも五体の群れでいるから討伐難度はB-…」


「B-…」



 アルトって人の問いにレーネって人が答えると周りにいたリウ、リリカ、セーラと呼ばれた人達がゴクリと喉を鳴らす。



「…ちょっと俺、アッカーさんと話してくるからみんな警戒しててくれ」



 どうやらアルトと呼ばれた人物はこのパーティーのリーダーで、最悪の場合は積み荷を捨てて逃げる事を提案しに依頼主の元へ行ったのだろう。



「…にしてもエインが遅い…もしかして」


「リウ、それ以上先を言ったら引っ叩くよ。アルトがあんな事を呟かなければこんな事にならなかったんだから」


「わ、分かったよ…」



 セーラと呼ばれた人はアルトが何かフラグ的発言をしたからこんな事態になっていると思ってるらしい。


 だが、この事態を更に悪くする特大の地雷ワードがある事を僕を除いて誰も知らない。


 その地雷を踏むのは誰か―――



「ガルムさん!ラザマンドさんに許可をもらって壊れた馬車の破棄に同意してもらいました!エインが帰ってきたらすぐにここを立ち去りましょう!」



『ガルム』…特大地雷ワードを踏んだのはやっぱりアルトだったらしい。



「…?どうしたの?」



 アルトに代わって僕を支えてくれていたリウが身体の震えに気付いてくれた。



「あ、あの…もっと顔を近くに…」


「え…えっ…?」



 ちょっと顔を赤くしながらも顔を近づけてくれるリウの耳に震えたっぷりの声で囁く。



「さっき…盗賊に捕まった時に…盗賊の人達が『ガルムからの合図はまだねぇのか。このままじゃ凍え死ぬぞ』って言ってて…」


「っ!?」



 ギョッと僕の顔を見つめてくるリウだが、すぐに首を振って僕の上でレーネ、セーラ、リリカの三人と顔を寄せ合ってコソコソと話し見つめてくる。



「…本当にトーマスやアッカーじゃなくガルムなの?」


「は、はい…あ、後…『もう馬車は動かねぇならさっさと襲って女共で身体を温めてぇな』とも…ば、馬車、壊れてるんですか…?」


「ええ…確定ね」



 馬車が壊れてるのは知っているが、今ここに来たばかりで僕が馬車が壊れてる事を知らないと思っている四人は意を決したのか武器をしっかり構えつつ離れ、ガルムという男が何をしても反応できる様に気を配り始めた。



「君はセーラ…あのちょっと意地悪そうな顔をした人が建てたテントの中に入ってて」


「わ、分かりました…」



 リウの言葉で掛けられた防寒着を抱えながらテントに潜り込むと、乱暴にテントの中に衣類が投げ込まれるが…



「その格好で防寒着だけじゃ寒いでしょ。それ着て待ってなさい」


「え、これ」


「私のお古だからあげるわ。一応『防寒』の効果が付与されてるからちゃっちゃと着ちゃいなさい」


「は、はぁ…」



 声の感じからしてセーラ…白いフリルがあしらわれた青いミニドレスにもこもこの青と白のブーツ、肩に掛けるケープと手袋まで渡された僕は仕方なくボロ布の服を脱いで袖を通す。



(おお…脚が出てるのにあったかい…でも…初めて着るまともな服がミニドレスか…)



 これを渡してくるという事は相当僕の顔は女の子らしいが、いつも波打つ水で見るしかなかったから自分の顔も瞳の色も知らないのだ。



(さて…出来れば僕の力なしにガルムとかいう悪党を仕留めるか生け捕りにして欲しいけど…最悪、こんな酷い事やめてくださいアタックでタックルかまして腰骨辺りを折ればいいか)



 そんな暢気な事を考えながら頭に付いた枝や草を取って髪を手櫛で梳かしていると、またテントの入り口が開かれる。



「おい、だいじょっ…大丈夫か?」


「は、はい…」



 僕の姿を見て顔を赤くして声が上擦ったなアルト少年よ。



「それで…さっきエインが帰って来て盗賊達が全滅してるのを確認した…十二人で間違いないか?」


「は、はい」


「分かった。…それでさっきの話、本当なんだな?」


「えっと…リウさんでしたっけ…皆さんに話した事なら本当です」


「そうか……分かった、これから戦闘が起きると思う。一応アッカーっていう俺達の依頼主…商人の人がいる馬車に入る事を許してもらったからそっちに移動してくれるか?」


「わ、分かりました」


「リリカ!テントを頼む!」



 手を引かれて外に姿を晒せば皆の視線が突き刺さる…そんなに僕が可愛いか、もっと見ていいよ。



「アッカーさん、すみません…全力は尽くしますが、ダメだと判断したら俺達を置いて逃げてください」


「ほっほ…君達を置いて逃げ出すなんてしませんよ。それより気を付けてくださいね、“彼が持つ剣は炎の魔剣”ですよ」


「炎の魔剣…分かりました」



 うーん…やっぱりこの悪徳商人風の人、全然悪者じゃないし魂の白さがアルト達よりも白い…何か理由があるのか?



「えっと…君も早く馬車に乗るんだ」


「シオンです…」


「…分かった、シオンも早く馬車に乗るんだ」



 顔を赤くしながらもアルトは名前を呼んで僕をアッカーさんに預けて去っていく。



「ほっほ、お嬢さんはとても運がいい」


「は、はい…」



 そしてこの馬車に残されるのはアッカーさんと僕だけ。



「…で?お嬢さんも盗賊の一味じゃ無いのかい?」



 遠慮なく唐突に僕にそう質問してくるアッカーさん。


 決定的な質問をされる前にこっちから話題を持っていくのが良さそうだな。



「違います…」


「ふむ…では何処かで捕まって油断させる為に盗賊達に連れて来られた囮かい?」


「違います…」



 そこで僕はもこもこの手袋を嵌めた手をギュッと握り、身体を震わせながら呟く。



「三年前…黒い大きな何かに襲われたんです…」



 そう言うとラザマンドさんはピクリと眉を上げて顔を近づけてくる。



「…それは本当ですか?」


「はい…最初は黒い大きな何かに襲われたと思って、無我夢中で逃げて…だけど、黒い何かが腕を振ると黒い樹が簡単に折れて…それで吹き飛ばされて意識を失って…」


「…それは顔が人面で、角が生えてて、背中に蝙蝠の羽があって、尻尾が蛇の様な奴でしたか?」


「っ…!は、はい!そうです!」


「マンティコアか…それからお嬢さんはどうしたんですか?」


「気が付いたら周りは荒れてて…だから一人で洞窟を見つけて動物を自力で狩って今まで生きてきました…この子と一緒に」



 核心的な事実をぼやけた事実にして相手に想像力で補わせながら髪に隠れていた白雪を手に乗せると、アッカーさんは更にギョッと目を見開いて僕を見つめてくる。



「なっ…こ、この魔獣…『タイラントサーペント』の突然変異個体…!?」


「たい…?分からないですけど、この子は白雪って言って…小さい時から傍に居るんです」


「なるほど…お嬢さん、『テイマーギルド』に登録は?」


「ていまー…?なんですか?」


「…ご両親は?」


「…最初からいません…」


「っ…」



 そこまで言うとアッカーさんは辛そうに目頭を指で揉み解し始めた。



「酷だな…もしかしてお嬢さんはシールズという村の生き残りかい?」


「多分そうだと思うんですけど…わかりません。でも、黒い樹がいっぱい生えてるあの森で白雪と一緒に生きてきました」


「…そうか…本当にお嬢さんは幸運だったな…」



 上を向くアッカーさんの目からは雫が落ちて首に伝っていく。


 た、確かに少しお涙頂戴の雰囲気は出したけど、泣かれると罪悪感が凄い…やっぱりこの人、悪徳商人に見せかけたただのいい人だ。


 魂の色は嘘吐かない。



「…それで?お嬢さんはこれからどうするんだい?」


「…とにかく白雪と一緒に生きようと思ってます…」


「ふむ…」



 どうやら尋問勝負には勝ったらしい。



「…思い出させたら申し訳ないが、『適性の儀』は受けた記憶はあるかい?」


「てき…?何ですかそれ…?」


「自分がどういう才能を宿しているか、神から祝福されているかを確かめる儀式なんだが…ふむ…自分がどういう力を持っているかは何か分かるかい?」


「えっと…獲ったお肉を食べる為に指先から火が出るのと…」


「ほぉ…火の魔法が使えるのか」


「それと、なんか目の前にもやもやしたのが出てその中に物がっ!?」



【空間収納】の説明をしてたらいきなり両肩を掴まれた、怖い。



「ま、まさか、【空間収納】が使えるのかい!?」


「そ、それか分からないですけど…これです」



 そして取り出すのは僕の自慢の一品、リアル熊の着ぐるみ。



「熊の毛皮…っ!?これ、『マーダーベア』の毛皮じゃないか!?」



 名前こっわ…この熊、マーダーベアって言うんだ…。



「し、死んでるのを見つけて…もやもやの中に入れて…お肉は全部食べたけど暖かそうだから冬とかによく着てるんです」


「…糸の代わりに蔦…穴あけは鋭い石か…?手の部分は素手が出せる様になってる…これ、お嬢さん一人で?」


「は、はい…」


「【裁縫】の才能もありそうだ…」



 その場にある材料だけで作った自慢の一品を褒められて悪い気がしないが…そろそろ外の様子が気になって来る。



「あの…」


「あ、ああ、すまないな…なかなかしっかりした造りだからよく見たかっただけなんだ。ちゃんと返すからもう少し見てもいいかい?」


「えっと、そうじゃなくて…外…」


「外…ああ、そうだな。そろそろ頃合いだな」



 元々このアッカーさんという男には違和感があった。


 魂の色にそぐわない見た目、コロコロと変わる話し方、ガルムという男が持っている剣が炎の魔剣だと言った事。



「ちょっと様子を見てくるからお嬢さんはこの中に居なさい」


「え…?」



 するとアッカーさんは高価そうな羽織とジャラジャラと身に付けていたアクセサリーを外し、馬車の中に飾られていた一本の剣を握って唯一残されたボロボロのネックレスを握り呟く。



「真の姿は己が姿」



 丸まるとした体格が光を帯びて徐々にアッカーさんという悪徳商人の姿を作り変えていく。


 灰色でオールバックに固められていた髪は金糸の様な腰まで伸びた金髪に。


 茶色だった瞳は燃える様に赤く誰にも屈しないと訴えかける吊り上がった凛々しい目元に。


 でっぷりとしていた唇は薄っすらと赤い紅が引かれていて、平坦だった胸と膨らんでいた腹は女性なら羨むほどのふくらみとクビレ、短かった脚はスラリと伸びた脚に変わっていく。



「私が直々に捕まえるさ。元々あのガルムという男が連れていた盗賊達はここで始末する予定だったからな」



 そう言って悪徳商人から美人な女騎士風の姿に変わったアッカーさんは、颯爽と御者を連れて外に出て行ってしまった。



「……うそーん…」



 そんな事あるぅ…?と思いながら一際大きな爆発音を聞いて僕はガルムという男に同情…するか、悪党め。





 ■





「ま…まさか…王国騎士副団長の『リエラベーラ・フォン・フェアレイン』様とは知らず…」


「元、な?」



 そう言って恐縮しながら頭を下げるのは戦いを終えてボロボロになったアルト。


 そりゃそうだ、悪徳商人だと思ったら元王国騎士の副団長様だったんだから。


 僕だって驚いたよ、心の中で。


 こんな出来過ぎた事ある?って。



「それに今は引退して部下達と今までの功績と陛下から賜った褒美で商人をやってる『リベーラ・ラザマンド』だ。貴族籍も抜けてる。あんな見てくれをしていたら私だって怪しいと思うさ」



 うんうん、怪しかったけど僕には通用しなかった。


 だって心真っ白だったし!



「それにしても…すまないな。いくら冒険者崩れの盗賊を捕まえる為とはいえ、危険な目に遭わせてしまって」



 でも結構悪人には容赦ないんだよな、片腕失ってるガルムに思いっきり蹴り入れてるし。


 僕程じゃないけど悪人には厳しいらしい、ラザマンドさんは。



「い、いえ!いくら元副団長だとしても一緒に戦えた事を光栄に思います!!」


「そう言ってもらえるならよかった」



 無言でぶんぶん頭を振るアルト達だったが、視線は呻き声を上げて蹲るガルムではなく僕に突き刺さる。



「…あ!え、えっと…助けてくれてありがとうございました…!」



 深々と頭を下げれば地面に髪が垂れるが、後処理を演技して押し付けたんだから頭を下げるのはどうって事ない。



「…ふむ、それでは分配の話をしてしまうか」



 ラザマンドさんがそう言うとアルト達の瞳が金貨に変わった様な気がする…お金は人を狂わすからね、持ってても持ってなくても。



「まず…エインと言ったか。君が確認した時には既に十二人全員死んでいた…微かに生きてる奴はいなかった。間違いないか?」


「は、はい!」


「なら、盗賊である証拠として身分証等はこちらで預からせてもらう。それ以外の金品や使えそうな装備は君達が使うといい。使えない装備は私が少し安くなるが買い取ろう。何か不満はあるか?」


「ありません!」



 後ろで女子四人組がやったと小躍りしそうな程に喜び、前に居るアルトとリウは微笑みそうになる口元を必死で引き締めてる。



「で…こいつの分配だ」


「あぐっ…」



 荒々しく腰紐を引くとガルムの顔面と斬られた腕が地面に擦れる…痛そう。



「こいつはいつもギルドを通さず護衛依頼を受けるから公的な記録が無い上に実行を他の十二人に任せていたから懸賞金が掛かっていない。自警団や冒険者ギルドに叩きつけても一銭も貰えない。私も戦ったとはいえ、君達も必死に戦った。こいつから欲しい物は何かあるか?」


「ありませ…」



 ラザマンドさんの言葉にリウが言葉を返そうとするがアルトが手で遮る。



「…問題なければ炎の魔剣をセーラにあげたいです」


「わ、私!?」



 まさかやり玉にあげられると思わなかったのか双剣使いのセーラが驚き、ラザマンドさんはじっくりとセーラを頭からつま先まで見つめる。



「…少し持って見てくれるか?」


「は、はい…」



 黒い鞘に入ったまま手渡されたセーラは恐る恐る鞘から剣を抜くと、黒い刀身に金の炎が刻まれた両刃の直剣が姿を現す。



「す、凄い…」


「魔力をその剣に込めて振ってみてくれ」


「は、はい…!」



 両手で持ち手を握り、セーラが目を瞑って集中すると黒い刀身からチラチラと火の粉が舞い、次の瞬間には真っ赤な炎が刀身を覆って振る度に轟々と音が鳴る。



「…君は双剣使いだろう?今持ってる剣と合わせて振ってみてくれ」


「わ、分かりました!」



 腰の後ろで交差する様に吊るされた剣を抜き、綺麗な型を見せるとラザマンドさんはふっと鋭く息を吐く。



「率直な感想を言えばまだまだ未熟でその剣に振り回されている。元使っていた双剣も私からしたら碌に扱えていない様に思えるし、何より炎を宿すのが遅い。…それでもその剣に見合う女になれる自信はあるのか?」


「っ…」



 自分でも分かっていたのかラザマンドさんの指摘でセーラの表情が曇るが…すぐに顔を上げて鞘に納めた魔剣をラザマンドさんに差し出した。



「今はまだ無理だけど…必ず見合う女になって見せます。それまで預かっていてもらえませんか?」



 その答えが気に入ったのかラザマンドさんは口元に小さな笑みを浮かべて剣を押し返す。



「……そうか。自分の実力に合わないのに頑なに欲しいとせがまれれば取り上げていたが、ちゃんと自分の力量も分かっていて依存するのでなく、使いこなす道を選べるなら君が持っていろ。装備の性能に振り回されて道を踏み外す者を多く見てきたからな…試しただけだ」



 その言葉が嬉しかったのかセーラは涙を目元に溜めて後ろに下がる…元とはいえ、王国騎士副団長にそう言って貰えたのが嬉しいんだろう。



「なら分配はこれで終了にする。予定外だが盗賊達の処理もあるから今日はこのまま野営をするが、君達『渡り鳥(ウルグス)』の皆は盗賊の装備を見繕い、何か証拠になりそうな物は全て私か私の部下に預けてくれ。ここまで譲歩したんだ、悪い心を芽生えさせてくれるなよ?」


「「「「「「はい!」」」」」」



 分配の話が終わり、アルト達は御者の人が回収してきた酷い死体…僕が魔獣の仕業に見せかける為に壊した死体を嘔吐きながらも弄り、自分達が装備している物より上質な装備や道具に一喜一憂し始める。



「……狂気だなぁ…」



 そんな光景を見ながらポツリと呟くが誰も聞いておらず…遠くで御者に扮した部下達にガルムを引き渡して指示出しが終わったのかラザマンドさんが近づいて来る。



「さて…お嬢さん、シオンと言ったな?」


「は、はい…」


「馬車の中でさっきの続きを話したいのだが、構わないか?」


「はい…」



 まだまだ質問攻めは終わらない様だ…。





 ■






「…大体事情は分かった」


「うう…」



 僕からしたら昼間と変わらないが、外は青い三日月が見える冬の夜だ。



「恐らくシオンはシールズの村で生まれたのは間違いない。そして両親は何らかの要因でシオンを捨てざる負えなかった」


「はい…」


「だが、どう生き残ったかは分からないが物心がついた時からシールズの傍でシオンは生き長らえ、白雪と共にいた」


「覚えてませんがそうだと思います…」


「私的にはその生き長らえた所に両親がシオンを捨てた要因があると思うが…まずどんな理由があろうと親が子を捨てる時点で私は許せん…まぁ、今はいい。で、マンティコアがシールズを襲い、その余波に巻き込まれて気を失い、気付いたら辺りは滅茶苦茶になっていて、四年間あの未開拓地域の黒樹の大森林で白雪と共に火の魔法と【空間収納】の才能を頼りに生きて、今日運悪く盗賊に捕まって今に至る…訳だな?」


「そうです…」



 もう質問ではなく尋問になっている事にラザマンドさんは気付いているのだろうか…。



「そうか…」



 そう呟いて重苦しい雰囲気を取り去ったラザマンドさんは天井を見上げてまた涙を流す…やめてくれ、僕のちっぽけな良心が痛む。



「…で、だ。これからシオンはどうするんだ?察するに頼りになる者も当てにする場所も無いんだろう?」



 あ、この流れは養子にする流れだ。


 この正義感が強い人なら絶対にそうなる…養子だけは絶対にダメだ、必ず何かで迷惑をかける。



「…何か自分に出来る事を探して働こうと思います。もしダメならまた黒樹の大森林に帰るだけですから」



 何故に更に涙を流す!?…って言ってもきっとラザマンドさんにとって僕は守りたい庇護対象なんだろうけど…でも、そんな事になったら僕は動きにくくて仕方ない。



「…そうか。だったらどうだ?私の養子にならないか?」



 何がだったらどうだなんだ!?



「養子…と言うのは分からないですけど、もう助けてもらって迷惑を掛けたばかりなので…」


「養子というのは血の繋がりが無くても親子になれる契約だ。私はどうも男より腕っぷしが強く性格も男より男らしい…顔はいいはずなんだが…貰い手がな…もう35になる。とっくに結婚適齢期は過ぎてるからな…子供は娘が欲しいと思っていたから丁度いい」



 お、重い…重い…!てか35なの…!?20前半にしか見えないのに…!?



「えっと…本当にお気持ちは嬉しいんですけど…本当に迷惑は掛けたくないんです。今まで一人で黒樹の大森林で生きてこれたし…ラザマンドさんが思ってるほど、弱くないですよ?」



 笑って見せたのにラザマンドさんからしたら辛いのを我慢している様な笑みに見えたらしく号泣し始める…なんだこれ、何なんだ本当にこれ。



「…今すぐ決めなくていい、私の目的地は王都のローレルタニアだ。そこで答えを聞かせてもらう」



 え、えっ!?何か僕まで同行する事になってる!?確かに僕も同じ目的地だけどって何かいい顔で馬車出てっちゃった!?



「…マジかー…何でこうなったんだ…」



 予想外な事になったがこれでローレルタニアまでの身分は保証された…が、『空爪駆(あまがけ)』でかなり時間を短縮するつもりが馬車での旅になってしまった…。


 その事に頭を抱えつつ白雪に慰められながら外に出ると、雪が降る寒空の下で焚火を囲む男性陣と少し離れた所に土の壁が出来ていて、土の壁の内側からはモクモクと白い湯気が出ていた。



「…ん、シオンか。さっきラザマンドさんも風呂に入りにいったぞ」



 焚火に近づくとアルトがそう話しかけてくるが、僕はセーラからもらったケープを羽織り直して横倒しになった木に腰を下ろす。



「そうなんですね」


「そうなんですねって…シオンも汚れてるだろ?入って来いよ」


「アルト…女の子にその言い方は…」


「は?普通に言ってるだろ?」



 アルトとリウの話を苦笑しながら聞き流してると、今度は土の壁から肩まで素肌を晒したラザマンドさんが手を振って来る。



「シオン!汚れてるだろう!?早くこっちに来い!髪を洗ってやる!」


「「っ!?」」



 大事な所は見えていないがアルトとリウは顔を真っ赤にして背中を向け、御者に扮してた部下の人達は苦笑い。


 そんな空気の中で僕は―――



「あのー、なかなか言い出すタイミングが無くて皆さんに言えなかったんですけど…僕、男ですよ」



 ピシリ…と何かが凍った音をハッキリと耳にした。


 冬、寒いね。

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