初めての人とお仕事
「よし…忘れ物はないな」
どうも4年間の修行を終えて遂に未開拓地域の『黒樹の大森林』から旅立つ事にした10歳の『僕』です。
いつも髪留めになっている白蛇…白雪のおかげで『虚無繰』を会得し、はしゃいで『空爪駆』で空を飛んでいたら突然白雪が巨大化して湖に叩き付けられたりもしましたが、『僕』はとても元気です。
「4年間も寝た場所だし、妙な愛着感あるんだよなぁ…」
魔法で作り出したキッチンやトイレ、お風呂やベッド等を全て解体してただの穴になった住処にちょっとだけ寂しさを感じつつも洞窟を出ると、
「にしても、みんなでっかくなったなぁ…」
降り積もった雪にも負けない程に白く、体長が20m近くあって太さが大人一人分はある巨大な白蛇の軍団が『僕』を待っていた。
実は白雪に名付けをして魔力を大量に吸われた時に白雪が主、他の白蛇が分体となり、白雪の変化に引っ張られて他の白蛇達も大きくなったのだ。
しかも元々魔力があったからか変化が起きてからは簡単な魔法であれば使える様になったらしく、あの日の次の日に丸焼きの巨大な鳥を持ってこられて困惑したのも半年前。
「今日で一旦お別れだけど、またみんなの様子を見に来るからちゃんと生きてるんだよ?それと、この森を守る守護獣になってね」
やっぱり寂しい…と思いながらも笑顔で一匹一匹優しく頭を撫で、別れの挨拶を済ませると軍団を割って一匹が近づき見下ろしてくる。
「それじゃあ行こうか、白雪」
他の白蛇達より1.5倍程大きい白雪の顎を撫でるとシュルシュルと身体が縮み、普通の蛇と変わらないサイズになってお決まりとばかりに『僕』の膝裏まで伸びた真っ白な髪に絡み、胸の前で一つに纏めてくれた。
大きくなる前は何となく付いて来るんだろうなぁ、と思いながらも巨大化した事で連れてけないと伝えるとものすっごく威嚇された。
何で連れていけないか事情を説明すると何かを考え始めていきなり小さくなった事にも驚いたが、前々から頭がいいとは思っていたけど変化後は拍車をかけて知能が高くなっている事に驚いたものだ。
「んで…夜なべして作った『僕』の最高傑作の防寒具…」
【空間収納】から取り出すは以前白雪達が狩って来てくれた黒い毛皮の熊を使った熊の全身着ぐるみ。
リアルな熊の口をパカッと開けば『僕』の顔が出る仕様にしたのがチャームポイントだ。
「じゃあねみんな!」
そんな気が抜ける防寒着を着込み、髪を纏めてくれてる白雪も毛皮に入れて、これ以上いると伸びすぎた後ろ髪を引かれそうになると『俺』では絶対に思わない事を考えながら、『空爪駆』で曇り空から降り注ぐ雪を浴びながら飛んだ。
「ううっ…流石に防寒着ありでも空は寒い…えっとぉ…?」
眼下には冬にも関わらず緑の葉をつけた大樹が雪で化粧をする幻想的な光景が広がり、『僕』は【鷹の目】を使って上空から最初の目的地であるローゼン王国の王都、『ローレルタニア』の方向を確認する。
「…うん!視界最悪何も見えません!!」
そんな馬鹿な事を言いながら自由落下していると、【直感】が頭痛でどっちの方角に目的地があるのかを教えてくれる…何でそんな事出来るの?
「あっちか…白雪、ちゃんと掴まっててね」
返事として頬を一撫でしてくれた白雪を庇う様に『空爪駆』でどんどん飛んでいく姿は某アメコミのヒーローみたいだが…改めて見ると森の規模が想像を超える程に途轍もなく、『僕達』がいた場所はいわゆる最奥、黒樹の大森林の中央に居た事が分かる。
「死が集まる場所…確かに前世の記憶があるといっても6歳であそこに放り込まれたら誰だって死ぬわな…」
それでもヘイルの事は恨めないし、ルミナ同様感謝しかない。
お陰でこんなに早く全盛期のフェイルと肩を並べられる程に強くなったんだから。
「とりあえずローレルタニアに行く前に一、二箇所ぐらい村なり街なり寄ってお金と身だしなみ、身分証明が出来る物を用意して…一応一人旅の荷物をダミーで用意するか。それから必要な物…ああ、『僕』の名前か…」
上空の冷たい空気に速度が合わさって顔が裂かれるような痛みが走るが、『僕』は表の顔を作るべく思考を回す。
『僕』は平和な日本で生まれたただの社会人の濡羽 紫苑であり、この世界で暗殺一家の次男として生まれたシエル・フォン・ハーティの二つの顔を持つ。
暗殺者としてのシエルは情報収集をする表の顔を作らず、親友に全て任せてジッと影に潜みフェイルとして行動していたが…誰かがフェイルを詳しく調べてシエルだと気付いている可能性があるから使えない。
だから表の名前は孤児で家名も無い『シオン』とするが…名前の次に問題になるのが何処で生まれたシオンなのかだ。
身分証を作るのに何処の出身なのかは必ず書かないといけないし、ベタに集落が魔獣に襲われて滅びたと言えばその情報が精査されて本当なら魔獣の討伐隊が組まれるし、嘘なら僕が虚偽の申告をしたとして罰せられる。
嘘が許されないからこそ身分証の効力が発揮されるとはいえ、僕は親がいない上に出身地は黒樹の大森林…もし誰かに頼んで養子にでもなって問題に巻き込まれれば受け入れてくれた人達にも危険が及ぶ。
それ以前に『俺』は仲間や部下、親しい間柄の人を一切持たない主義…もし裏切られたら?もし敵に見つかって捕虜にされたら?もし敵に裏に関わりの無い人の人質を取られてしまったら?こっちの情報が漏れてしまったら?―――だったら最初から自分の弱点に成り得る物はいらないという主義だ。
だから誰かの養子になるという手段も取れないし、誰かを頼って借りや弱みを作るのは言語道断…これから暗殺者として長く生きるのに当然な対策だ。
「だからこそ悩むんだけど…最悪の場合、このままローレルタニアまで移動してルクスの所に忍び込んで経歴を用意してもらうか…?」
『俺』を暗殺の道に導き剣になれと言ったルクスはさっき言った事には当て嵌まらない、うんうん。
「どうしたものか…ん?」
そんな時、【直感】が今すぐ下に降りろと喧しく反応する。
「なんだ…?またマンティコアみたいな奴がいたか…?」
かなり高度があったが地面に向かって『空爪駆』で身体を弾き飛ばし、地面につく寸前でもう一度『空爪駆』を使い蜘蛛の様にその場に留まると、僕の気配察知に12個の森の生物でも魔獣でもない反応…人の反応があった。
(そうか…考え事しながら飛んでたけど、人がギリギリ入れるぐらい浅い場所まで来てたのか…)
まだまだ人と会うのは先だと思っていたばかりに反応が遅れた事を反省しつつ、音を立てない様に、積もっている雪に痕跡を残さない様に、熊のリアル着ぐるみを着たまま『空爪駆』で慎重に気配が固まっている場所に向かって近づく。
(木こりとか薬草採取とかしてる人なら大丈夫だけど、盗賊の可能性もあるしね)
そろりそろりと『空爪駆』で音も無く近づいて見えてくるのはこんな雪の寒空の下で焚火も焚かず、しっかりとしたテントを二つ張って周囲を警戒している男女十人。
防具の上から粗雑な毛皮で作られた防寒着を羽織り、統一感の無い斧や片手剣、宝石がはめ込まれた杖を身に付けた格好は何かを討伐する為に駆り出された冒険者にも見えるが…
(年齢はざっと見渡して20後半…かなり腕が立つ冒険者に見える…警戒の仕方がプロだ。ただ気になるのは…そのどす黒い魂だ)
【魂視】で見える胸辺りに揺らめく炎に似た光は全員黒。
(アイツらが付けてる装備は殺した冒険者か襲った村の物の可能性がある…冒険者崩れの盗賊か…なら少し離れた所にいる二人は斥候…と言う事は襲う獲物を探してるか見張ってる…動いて無いから見張りか)
一旦その場を離れ、どういう状況なのかを把握する為に斥候に気付かれない様に近づき、【鷹の目】で二人の斥候の魂の色を見るが二人共同じく黒。
(んで…?この盗賊達が獲物にしようとしてるのは…?)
斥候達の視線を辿り交わう場所…そこには少し開けた場所に止まる白い幌が張られた荷馬車が馬に繋がれた状態で四台。
御者と思わしき防寒着を纏う武装していない男が四人。
身形が良く体格もしっかりした帯剣している男と、丸々とした体格に高価そうな装飾品を身に付ける男の二人。
その周りを固めて周囲を警戒する担当と、暖を取る為に焚火の準備をする担当で別れる質の悪い防寒具と防具、武器を身に付けた顔立ち的にも体格的にも未成年と思える男二人に女四人がいた。
(行商の護衛って所か…あの子達は未成年っぽいけど…護衛を任せられるぐらいだから腕が立つのかな。ただ気になるのは…)
冒険者組は全員魂の色は白。
御者っぽい武装していない男四人も白。
そして一番疑われそうな見るからに悪徳商人丸出しの丸々とした男は真っ白。
(あの身形のいい帯剣した奴だけが黒…偶々偶然盗賊が張り込んでいる場所に留まっていたとしてもおかしい。アイツがこの盗賊の一味の可能性があるな…)
詳しくその様子を見ていれば魂が黒い男は周囲に視線を向けて合図と思わしきサインを指で表し、斥候の一人が集団の元へと近づいていく。
(これは計画されてた襲撃だな。商人風の男も魂が黒ければ共犯を疑ったけど…めっちゃ白いんだよな、見た目にそぐわず。だって今も手がかじかんでなかなか火が起こせない女の子をめっちゃにこやかに手伝ってるし…悪徳商人って訳でもなさそうだ)
更に詳しく見ていると火を起こしている女の子とは別の女の子が彫刻刀みたいな刃物で木を削り始め、違う女の子二人は馬車の車輪付近であーでもないこーでもないと身振り手振りを交えて話し合い、その会話に警戒中の男の子達が混ざる。
(…移動中に車輪がイカレて応急処置をしようって事になってるのか。こんな昼間からここで休憩しようなんて絶対に怪しまれるけど馬車の故障ならここに留まっても自然だ。完璧に計画されてるな)
ある程度状況を把握した僕は魂が黒い男が合図を出し、この場に留まっていた斥候が動き出すのに合わせて動く。
(斥候がこの場を離れたって事は襲撃のタイミングって事だ。殺すか生け捕りか…暗殺じゃないしあの商人に恩を売るなら生け捕りは一人でいいだろ)
スッと自分の中が冬の季節にも負けないぐらい冷たくなるが、僕はこの感覚が気持ちがいいとすら思う。
(我が主神様達の初仕事…完璧にこなさなくちゃ)
『空爪駆』で高く高く視認が出来ない高度まで飛び跳ねる。
眼下には離れた場所に集まる人だかり…一つは行商、もう一つは盗賊。
盗賊の人だかりには最後の合図を受け取った斥候が到着し、何かを話すと皆が武器を持って行商に近づこうとする…が、
(まずは魔法使いの女が邪魔だな)
そう思った時は自然と身体が動いていて、『空爪駆』で瞬発した僕は魔法使いと思わしきエナン帽と杖を持った女の顔面に蹴りを叩き込み…頭を踏み砕いた粘着質な感覚に仕留めたと確信する。
「っ!?何が…シェイラ!?!?」
今踏み潰して頭の原型が無くなった女はシェイラというらしい…金髪の男がそう叫んだんだからそうなんだろうとしか僕は思わなかったが、『俺』は殺した奴の名前はしっかりと覚えていたんだから僕も覚えておこう。
「あなた達は盗賊ですか?」
「っ…は?子熊が喋った…!?」
そうだった、僕は今リアル熊の着ぐるみを着てるから子熊に見えるんだった。
「一応人間です。…で?あなた達は盗賊ですか?」
足裏に纏わり付くシェイラだった肉片を振るい落としてると、斥候達が逃げ出そうとするから『虚無繰』で雁字搦めに縫い留める。
「なっ!?か、身体が…!?」
「う、うごかねぇ…何だこれ!?」
「逃げないでくださいよ。聞きたい事はいっぱいあるんですから」
剣や斧で僕に斬りかかって来た残りの奴らも『虚無繰』で雁字搦めにして空中に縫い留める。
そして僕は選別をする。
「は、はぁっ!?な、何で…!?」
「ここからはこちらの質問だけに答えてください。これを破ったら死ぬので気を付けてくださいね」
「だ、誰がてめぇ―――」
そう口を開いた金髪の男の顔面に気力を纏わせた拳をぶつけ、陥没した顔面が力なく真後ろへ倒れる。
「状況が理解出来ましたか?出来たのなら口を開かず首を縦に振ってください」
「ふ、ふざ―――」
こちらの要求通りにしなかった赤髪の女の背骨に回し蹴りを放つとボキッ!と骨が折れる音がして、踵と後頭部がピッタリとくっつくぐらいに折れ曲がり、口から腐った臭いがする血が噴水の様に吐き出される。
「残りは9人か…」
溜息交じりにそう呟いて様々な格好で空中に縫い留められている盗賊達を見渡すと、一人たりとも口を開かなかった。
「ようやく理解出来た様ですね。では質問します。あなた達は盗賊で間違いないですか?」
「お、お前は俺達が盗賊かどうかも判断してないのにシェイラ―――」
余計な事を喋った赤髪の男の心臓にドラゴンの牙で作ったナイフを突き込み、そのまま両肺を斬り裂く様にナイフを動かした。
「質問します。あなた達は盗賊で間違いないですか?」
「ま、ま、ま…まち…間違いない…です…」
隣で残虐な殺され方をしていく仲間に怯えたのか、奥歯が噛み合わないながらも必死に答えてくれる最後の女。
「あなた達の仲間はここに居るので全員ですか?」
「…そ、そうです。正直にしゃべ―――」
明らかに嘘を吐いた女の首にナイフを突き込み、黙らせて残りの七人にゆっくりと近づいていく。
「あなた達の仲間はここに居るので全員ですか?」
「ち、違います…狙うはずだった商人の馬車に一人…」
「ふむ…あなた達の盗賊団の名前は?」
「ないです…ほ、本当に無いんです!」
ナイフを頭に突き込もうとしてるのが分かったのか涙を流しながら必死に弁明する男。
「な、名前があると討伐隊を組まれる可能性があるからと…」
「なかなか小賢しいですね。で?今回の獲物は何の予定だったんですか?」
「…か、金目の物、食料…冒険者の女…」
「ふむ…人身売買…ローゼン王国の奴隷商に売るつもりだったんですか?」
「ち、違います。ローゼン王国で違法奴隷を扱えば一瞬で足が付く…『アラカトル帝国』で売ろうかと…」
「なるほど…ありがとうございます」
額に付けていたナイフの切っ先を男から外すとビチャビチャと股から水が垂れるが、そいつを無視して他の奴らに六人に視線を向ける。
「この男より有益な情報が出なければ死にますが…あなた達は何が出せますか?」
そんな悪魔染みた僕の囁きは死の淵に立たされた男達には唯一の光で―――
………
……
…
「なん…で…どうして…」
最後の一人になった男…一番最初に素直になった男が血だらけの顔を涙で洗い流しながら僕を見つめている。
「なんで?どうして?自分が死ぬ理由がこの期に及んで分からないのか?」
そんな男に僕は侮蔑と嫌悪を混ぜた視線で見つめると身体がビクリと跳ね上がる。
「お前らは悪党だろ。人の物を盗み、力が無い人間を力でねじ伏せて売り飛ばす。自分の快楽の為にお前はどれだけの女を地獄に落とした?お前が生きる為にどれだけ人の物を盗んで飢え死にさせた?どれだけの家族から子供を奪って絶望させた?」
「っ…」
「それが巡り巡ってお前自身に返って来ただけだろ?今更被害者気取んなよゴミクズ」
徐々に力が入っていく足はバキバキと硬い物を踏み潰し、遅れてくる粘着質な何かを踏みつぶした感触に塗れていく。
「お前が人様に与えた絶望はこんなもんじゃねぇんだよ」
痙攣していた身体も動かなくなり、辺り一面に肉塊と血溜まりを作った僕は息を吐き捨て、血に塗れたリアル熊の着ぐるみを水魔法で綺麗に洗い流す。
「さてと…最後の大詰めかな」
リアル熊の着ぐるみを傷つけるのは勿体ない…だって僕が夜なべして作った最高傑作だし。
そんな事を思いながら僕は転生した時に着ていたボロボロの服と布の靴を身に纏い…ちょっと窮屈。
腕や顔、腹や脚に切り傷を付けたり殴られた跡、魔法で火傷したであろう焼け跡を自身に施していく…すっごく痛くて泣きそう。
ただ、栄養失調だけは偽装出来ないから…毒でも飲んでおくか。
本当は商人に恩を売ろうと思ったけど路線を変更させる。
設定としては盗賊に捕まって奴隷として売られそうになったけど、森の魔獣が盗賊達を皆殺しにしている間に逃げて来た人間。
盗賊の一人が選別の時に言っていた情報を基に設定していて、十年前からこの黒樹の大森林を開拓しようとしていた腕の立つ人達が黒樹の大森林に『シールズ村』というのを作ったのだが、マンティコアが現れて村は全滅…それが三年前の出来事。
マンティコアめ…余罪が出てくるんならもう少し苦しめればよかった。
だから僕はそこの生き残りで、白雪が居てくれたのと容量が少ないけど【空間収納】の才能があるから何とか生きて来れたけど、運悪く盗賊に見つかって…というちょっと無理筋でも信ぴょう性がある設定が作れた。
「髪も土と草を絡めて汚したし…ちょっと我慢しててね白雪」
汚れた髪に巻き付き顔の横に移動するとワザと作った頬の切り傷を優しく舌で撫でてくれる…可愛い奴め。
「よし、準備完了!」
そして僕は命辛々逃げて来た子供を装って行商達がいる場所に走っていく。
■
Side.???
「『リウ』、そっちは問題ないか!?」
「うん!やっぱり冬だからか魔獣も大人しいみたい!その代わりに動物の気配も無いから干し肉で我慢だけどね、『アルト』!」
俺の名前はアルト、大剣使いの冒険者だ。
最近Dランク冒険者になった中級冒険者で、今話しかけたのは同じパーティー『渡り鳥』のメンバーで槍と盾を使う壁役のリウ。
「『エイン』!そっちはどうだ!?」
「うー!この寒さで手がかじかんで上手く削れない!でも後一時間あれば完璧に出来る!」
「わかった!」
今話しかけたのはエイン。
武器は弓と罠を使うウチの遠距離兼斥候役で、実家が木工屋で【木工】の才能もあるのに冒険者になって世界を回ってみたいという快活な女の子。
今は護衛の依頼中だが…雪のせいで隠れていた石に乗り上げて馬車の車輪が割れて立ち往生しているのを、エインが才能を生かして車輪を作っている所を俺とリウで護衛している所だ。
「このまま何も起きなけりゃいいけどな…」
護衛中の事故の中では今回の出来事はまだいい方だ。
最悪なのは魔獣が押し寄せてきたり盗賊が襲ってきたり…さっさとこの場を去りたいけどエインだって頑張ってくれてるんだから文句も無いし、急かすなんて事はしない。
エインが適当な物を作れば護衛している商品が傷付くし、またこうやって車輪を作る羽目になるかも知れないからな。
「ちょっと!そういう不吉な事言わないでよ!そうやって口に出したら現実になるって知らないの!?」
プリプリ怒って声を掛けてくる女の子は『渡り鳥』の中で唯一家名を持っている双剣使いの『セーラ・フリッツ』。
貴族じゃないのに家名を持てるのは村や街等で重役であったり地域に根差した貢献をする事で貴族から与えられる。
セーラの実家はこれから向かう予定の俺達が生まれた『フルール』という街の自警団に父親と兄二人が務めていて、そこを領地として治める貴族からフリッツという家名を与えられていた。
だからセーラも自ずと自警団に…となっていたのだが、可愛い娘を荒事に巻き込みたくないという家族全員の反対を押し切って、立派な自警団団長となるべく修行として冒険者になったじゃじゃ馬娘だ。
「悪い悪い。つい口にしちまった」
「まったく…!そういう事を口にして死んでった人が多いんだから!!」
そう言って去っていくセーラ。
口調がきつくてもそれはこのパーティーを思っての言葉だから俺達はセーラに嫌な感情を抱かないし、素直じゃないなぁと思うだけだ。
「…それで?何か分かったか?」
「…少し不自然かな。かなり頑丈な車輪なのに石を踏んだだけで割れるなんてあり得ない」
音も無く背後に近づいて来た落ち着いた女の子は『レーネ』。
元々の魔力量が多く、扱える魔法も火、水、風、土、更に光属性まで扱えるウチの遠距離魔法アタッカー兼ヒーラーだ。
「…なら、この中に盗賊と繋がってる奴がいると?」
「可能性は無くはない。怪しいのは今回の依頼主の商人…車輪に切れ込みを見つけたからワザとこの地点で車輪が壊れる様に細工して盗賊達に襲わせる計画かも。それで私達は盗賊に捕まって奴隷として売られる可能性も無くはない。運よく私達が逃げれたとしても商人の方が先に街に着くし、依頼を投げ出されたと言えば商人と私達の信用の差で私達が悪者になる可能性がある」
「でもそれならセーラがいるだろ?」
「そこでセーラを出したらきっと自警団が癒着してるって話になると思う。そうなったら領主の覚えめでたいフリッツ家が危ない」
「なるほどな…」
「だから絶対に警戒は解かないで。私も警戒してるから」
「わかった」
レーネは街で神童と言われる程の魔法の才能があって、しっかりと実績や実力を重ねれば宮廷魔法師になれる様な人物なのだが、何故か冒険者をやっている。
パーティーを組む様になって一年ぐらい経った時に酒を飲みながらその話をしたら、レーネが泣きながら事情を説明してくれた。
レーネは元々魔法の才能が溢れている貴族の家の娘らしく、系統外の光を持っていても切り傷を治す程度しか出来ない上に、上位属性を一つも持たないレーネは魔法師としては使えないと判断されて政略結婚の道具にされそうになったらしい。
そして政略結婚の相手がどうしようもない程に女にだらしなく…こんな奴の物になるなら死ぬ!と見合いの場で暴れて貴族籍を外され今に至るという訳だ。
俺達としてはレーネの様な実力者には居て欲しいし、いつも助けられてるからこれからもよろしくと言ってもう一度勧誘した時は喜んでくれたっけ。
「わっ!すごい!そんな魔道具もあるんですね!」
「ええ、ええ。いい商品でしょう?」
そして悪徳商人っぽい見た目の依頼主と話してるのが最近『渡り鳥』のパーティーメンバーになったアラカトル帝国から移住してきた『リリカ』。
リリカは火、水、土の魔法が使えるだけじゃなく、何と【空間収納】の才能がある魔法師だ。
だけどリリカの魔法はお世辞にも凄いとは言えず…前いた所のパーティーではそれでもリリカの【空間収納】の才能は貴重だとパーティーに入れ続けていたらしいが、ランクが上がっていくにつれて名前が売れて同じ魔法師でリリカよりも魔法の扱いも上手く魔力量も多い人が仲間になった。
それからというもの、ただの荷物運びとして利用されていたリリカは自分の実力に合わない依頼に連れて行かれて怪我をしたり…それを足手纏いに思ったパーティーメンバーから欲の捌け口になるなら入れておいてやるという言葉を吐き捨てられて我慢出来なく脱退を決めたらしい。
でも、名の売れたパーティーの発言力は強くてリリカの所為で依頼に失敗したという嘘の噂は瞬く間に広がって、誰ともパーティーを組めず稼げなくなったリリカは、育った国を捨ててローゼン王国に来て今は俺達のパーティーで楽しくやっている。
「少し高いですが…銀貨15枚といった所でしょうか」
「う…確かに高いですね…」
で、そんなリリカに営業しているのは嫌味な程に高価なアクセサリーを纏っている今回の依頼主、『トーマス・アッカー』。
何でも王都ローレルタニアに商会を構える人物らしいが、本当にこの人が王都で店を構えているのかは元貴族のレーネですら知らないし、王都に行った事が無い俺達ももちろん知らない。
それにこんな冬の時期に国境を守る防衛都市の『ルカン』から王都のローレルタニアまでこんな少数で四台分の積み荷の護衛をさせるなんて正気の沙汰じゃない。
報酬の金貨二枚と地元に寄れるどころか王都に行けるチャンスに釣られた俺達も文句を言える立場じゃないが。
「『ガルム』さん、様子はどうですか?俺達の警戒では何も問題ないですが…」
「…特に問題はないけど、注意は怠っちゃダメだよ」
でも唯一の救いはこの護衛依頼に直接アッカーが防衛都市ルカンで雇った男、傭兵のガルムさんが居てくれる事だ。
武器も防具も一級品で、戦争にも参加した事があるらしく対人戦が得意で手合わせしたけど全く歯が立たなかった…冒険者のランクで言えばBランクの強さはあるはず。
馬車の中でも俺達に気さくに話しかけてくれて野営時の注意だとか戦い方だとか、荒事を専門とするベテラン傭兵の話は中級冒険者となってもまだまだ新人である俺達にはありがたいアドバイスだった。
だから盗賊が襲ってこようがガルムさんさえ居れば問題ない。
だけど…
「た、助けてください~!!!」
助けを求める声にこの場に居た全員が声がした方を向く。
「とっ…盗賊におっ…おっ、襲われて…!!」
白かったであろう長い髪は木や葉をつけて土に塗れて汚れている。
瞳は青い宝石と表現した方がいいぐらいに綺麗で大量の涙が溢れてる。
白い肌は内出血をしてるのか青だったり赤だったり、刃物で切られたのか赤い線が白い肌を蹂躙してる。
服は明らかに合っていないボロ布を身体に巻き付けただけの少女が、唇を紫にして震えながら飛び出してきた森の方を必死に指を差す。
「た、助け…」
その言葉を最後に少女は顔から地面に倒れ込んだ…。
「ま、マジ…かよ…」
そして俺はセーラが言った通り、このまま何も起きなけりゃいいけどなと呟いた事を後悔した…。