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修行終了

本日の投稿はここまで。

「……これ、無理じゃね…?」



 どうもマンティコアを倒してから2年経った9歳の『僕』です。


 『僕』は今、とても住み心地が良くなった洞窟の中で3年間伸ばしっぱなしにしている真っ白で綺麗な髪を蔦でポニーテールに括り、両手の指先から垂れる『虚無繰(からくり)』の失敗作を眺めて絶望している所です。



「本当に気配察知にも魔力探知にも引っかからない不可視の糸が出来るの…?」



 2年間の修行の成果はしっかりと現れていて、腕を折ってしまった『幾重飛穿(いくえとびうがち)』は連続で十発撃っても折れず、『四式飛穿(ししきとびうがち)』で抉り千切れなかったマンティコアの羽を『五式飛穿(ごしきとびうがち)』でついでに首か足を抉り千切れるぐらいになりました。


 更に毎日気力も魔力も魔気も枯れ果てるまで使い込んだおかげで見た目以上に怪力だし、火属性や水属性の才能が無くても…才能が芽生えてたらいいけど割と自在に操れる様になったし、空中に糸を固定して空中を移動する『空爪駆(あまがけ)』も不可視じゃ無ければ息をする様に使える様になった。


 でも…『虚無繰(からくり)』の不可視だけはどれだけやっても半透明で光が当たればキラキラと光って見えてしまう。



「やっばい…本当に手詰まりだ…修行期間は後1年…『虚無繰(からくり)』が完成すれば終わりなのに…」



 本来想定していた修行の内容はほぼ全て達成済みで、残りが『虚無繰(からくり)』の完成だけなのだが…



「…お風呂入ろ」



 ぐるぐるもやもやする思考を振り捨て、ずっと大事に着ているボロボロのドラゴンの皮膜羽の服も脱ぎ捨て、鋼鉄魔法で作り出して設置しておいた長方形の湯船に火と水魔法で作ったお湯で満たしてそのままダイブする。



「…っんあー…あ、そうだ。この前拾った石入れよ」



 身体も表情も蕩けている『僕』は【空間収納】から親指の爪ぐらいの黒い石を何個か取り出し湯船に入れる。


 すると、シュワシュワと黒い石から気泡が浮き上がるのを見てまた表情を蕩けさせる。



「おおおおおおお…炭酸風呂…絶対街に行ったら炭酸水じゃなくて炭酸ジュースを作るんだ…」



 生活が充実すると贅沢をしたくなる…現代日本みたいに娯楽が無いこの世界では生活が充実している貴族達も退屈で、その退屈を紛らわせる為に他者を貶めたりしているのだろうか……絶対に許される事じゃないし、暗殺対象にするだけだが。


 そんな事を考えながら頭まで浸かると真っ白な髪が赤い瞳の白い蛇の様に揺蕩い……赤い瞳?



「…また来たのか」



 お湯から顔を出すとあの時から少し…かなり成長した赤い瞳の白い蛇が『僕』の真っ白な髪を伝って頭に登り、鼻の頭をチロチロと細く長い舌で撫でる。



「あの時助けた?マンティコアをあげた?親蛇を弔った?から恩義を感じてるのか…ただ人懐っこいのか…」



 そう、実はあの出来事があってから『幾重飛穿(いくえとびうがち)』を使った反動で満足に腕が使えず、完治するまで魔法の練習と称して全て魔法と不完全な『虚無繰(からくり)』で料理をしていた時、不意に洞窟の入り口に大量の気配が現れた。


 気配察知よりも遠くから感じる事が出来る【直感】が一切働いていなかったから命を脅かす様な者じゃない事は分かるが…一応警戒しながら入り口に向かうと短い草で緑色に覆われているはずの地面が真っ白に染まっていて、よくよく見ると赤い瞳をした白い蛇達が小鳥や木の実、キノコ等を持って来ていたのだ。


 それからというもの白蛇達の贈り物?お供え物?が定期的に運ばれる様になったわけで…自分達が食べる分はちゃんと用意出来てるのかが不安で、『僕』も自分が狩猟した獲物をお裾分けをする関係になった。


 そしてその中の一匹―――多分、親蛇を弔った時に『僕』の腕まで這い上がって来た一匹が特に『僕』に懐いているようで、贈り物やお供え物が無い時でもこうやって現れるのだ。



「この環境で野生の感覚を無くすと生き残れないんだけどなぁ…やっぱお裾分けしたのがマズかったかな…」



 自然の生き物に人間の手を入れてしまった事を後悔しつつ、頭に指先を持っていくとクルクルと指に体を巻き付けてジッと赤い瞳で見つめられるが、すぐに可愛らしく鎌首をもたげて洞窟の入り口に視線を運ぶ。



「…ん?別に何も危険は…って、また持ってきたのか…自分達で食べなよ…」



 どんどん気配察知に引っかかる大軍にやれやれと首を振ると白蛇も真似して首を振る…可愛い奴め。



「仕方ない…とりあえず見てみるか」



 服を着直すのも面倒で落ち葉と蔦で作った腰蓑を巻いて大事な所を隠し、濡れた髪の毛を纏めようとすると白蛇が腕から首、首から髪の毛へと這って移動して量の多い長い髪を自分の体でサイドテールに纏めてくれた。



「君…頭良すぎない…?」



 チロチロと舌を出す髪留めになった白蛇に苦笑しつつ、とりあえず入り口に向かうと―――



「…嘘でしょ?え?こんな大きい熊をもう仕留められるの…?」



 洞窟の入り口を優に塞げる大きさの黒い毛皮と赤い毛皮の熊が五体横倒しになっていて、捧げ物の様にその傍で頭を下げる白蛇の軍団の光景があった。



「うわー…マジか…この環境で生きていけるか心配したけど十分環境に適応してるじゃん…」



 流石に全員無傷という訳ではなく鱗が剥がれていたり尻尾の一部が切れていたりとしたのだが、『僕』はこの機会に今まで練習出来なかった魔法…この環境では必要なかったルミナの【光】の権能で扱えるはずの他者だけに効果がある回復魔法を使ってみようと傷だらけの白蛇に近づいた。



「別に怒ったり傷つけたり食べようとしないから少し体を見せてくれる?」



 そう言って指先を伸ばすと傷だらけの白蛇は指を伝って腕に絡みつきジッと赤い瞳で見つめてくる。



「ふむ…回復魔法は初めて使うけど、どうイメージしたらいいのかな…傷が塞がるイメージ?それとも細胞とかその辺りも明確にイメージした方がいいのかな…?」



 他の魔法も明確にイメージした方が効果が跳ね上がってる分、もっと明確にイメージした方がいいのだろうが生憎蛇の構造には詳しくない。


 だから出来るだけ傷を癒す、ボロボロな鱗も新しくなる様にイメージ―――祈りを込めながら背中が光ってるなぁ…と熱を感じつつ、光を灯した指先で白蛇の頭に触れると腕に巻き付いた体がギュッ!と強張り腕を締め付けてくる。



「あ、あれ?もしかして痛かった…?」



 回復魔法を宿した指先を退ければ腕の締め付けは無くなるが、何故か指を離すと物欲しそうに指先を見つめてチロチロと舌を出してくる。



「え?痛かったんじゃ無いの…?」



 もう一度近づけてみると今度は自分から指先に頭を擦り付け、腕も締め上げず大人しく舌をチロチロと動かすばかり。



「…もしかして痛かったんじゃなくて体が治っていくのにびっくりした…とかかな?」



 そのままジッと様子を見ているとどんどん白蛇の体は元の白い鱗に包まれた体になり、もう大丈夫と頭を自ら指先から外し『僕』の身体を這って地面に降りた。



「まぁ…一応成功か。人相手じゃどうなるかは分からないけど…とりあえず他の怪我してる子もみんなおいで」



 初めての回復魔法が成功したのもあって感覚を掴む為に群がって来た傷だらけの白蛇達を一匹ずつ癒していき…



 ………


 ……


 …



「…さて、君が最後だね」



 今まで癒してきた数十匹の白蛇よりも格段に傷つき、尻尾も切れてしまってる弱々しく這って来た白蛇を手に乗せて指先に回復魔法を宿す。



「ただ…欠損の場合は千切れた物が無いと回復出来ないんだ。だから尻尾は元に戻らないけどいい?」



 理解出来るか分からないがそう問うと、白蛇は舌をチロチロと出して自分から指先に頭を擦り付ける。


 すると白蛇の体は見る見るうちに癒され、切れたはずの尻尾も綺麗に元に戻っていた。



「…あれ?手元にない失ったはずの部位を再生するのって光の上位属性の神聖属性じゃないと無理なんじゃなかったっけ…んー…明らかに部位欠損を治せる回復魔法は『聖女』レベルに希少だろうし、本当に人の部位欠損も治せるか分からないし、治せたら治せたで絶対教会系の奴等が嗅ぎつけてくるし…人前で実験は出来ないな、うん。蛇も蜥蜴と一緒で一度だけ尻尾を切り離して再生出来るって何かで見た事あるし、蛇の生命力が高かったのと切れた部分も小さかったから治った事にしよう、うんうん」



 実際に部位欠損が治せるかどうかは人に試して見ないと分からないが、それをやってしまえば潔白のはずのどす黒い欲望に塗れた教会関係者が自分の地位を確実なものにしようとあの手この手で接触してくるかも知れない。


 だから今ここで蛇相手とはいえ部位欠損が治せる可能性がある事が知れてよかった…絶対に必要になった時に何気なく使ってやらかしてたと思うから。


 それに本当に『僕』が人の欠損を治せるのかの実験なら暗殺対象で試せばいいし、治せるのなら今までの行いを悔い改めさせる拷問の幅が格段に広がる。



「もう大丈夫だよ。…っと、せっかくだし君達が獲って来た獲物を使ってご飯を作ってあげるよ。回復魔法の実験台になってくれたお礼ね」



 既にこの環境に適応してるこの蛇達なら何も問題ない。


 それどころかこのまま大きくなって『僕』がこの地を去った時にこの綺麗な世界を―――またマンティコアの様なこの世界を穢す奴らからこの地を守る守護獣になって欲しいとすら思っている。


 だからこの先、一匹たりとも欠ける事無く育って欲しいと思いながら白蛇達が持ってきた熊の肉を振舞うのだ。





 ■





「ううっ…くそっ…!」



 どうも白蛇達がこの環境に適応している事に驚き治療を施してから半年経った『僕』です。


 悲しいかな…半年経ったという事は修行期間も残り半年で、完璧な暗殺術を身に付けた『僕』はこの地を去らなくてはいけない…なのに、今の『僕』は膝をついて悔しさのあまり拳を地面に打ち付けながら白蛇の軍団に励まされている所です。



「…本当に誰も引っかかってない…?実は引っかかってて嚙み千切って抜け出してきたとか…無い…?…そう…ううっ…」



 『僕』がやっていたのは『虚無繰(からくり)』の特訓で、自分の中では最高到達点である『虚無繰(からくり)』で罠を仕掛けて白蛇達を捕まえるというものだったのだが…全敗。


 しかも100回近く挑んで全敗だし、試しに白蛇じゃなくて他の生物にも有効か試して一週間近く罠を試したけど兎一匹鹿一匹、大型の熊やライオンっぽい獣すらも引っかかっていなかった。


 そういう事が積み重なって我慢してた感情が身体の年齢に引っ張られて見っとも無く噴出しているのだ…だって9歳だし。


『僕』と『俺』の精神年齢を足して60歳近いって言っても身体は9歳だし。



「んああああああ…ほんっとうに『虚無繰(からくり)』だけ出来ない…!!どうしてなんだああああああ!!!」



 デパートで玩具が買ってもらえない子供よろしく、『僕』も大空を仰いで手足をバタバタさせてみる。



「……はぁ、何がダメなんだろ…」



 途端に虚しくなり両手の五指を合わせて『虚無繰(からくり)』を作ってみる…が、見事に朝日でキラキラと光っている。



「気配察知にも魔力探知にも引っかからない様にはなった…でも肉眼で見える。『僕』が滅茶苦茶に目がいいだけで見えてるんだとしても、『僕』と同じぐらい目がいい人に見破られたら意味がない…どうしたら…」



 初めて魔気を会得した時の様にフェイルと『僕』では勝手が違うのか、それとも根本的に『僕』の『虚無繰(からくり)』が違うのか…『虚無繰(からくり)』を使えたのはフェイルだけで、唯一使えたフェイルの記憶を基に練習をして出来ない時点で詰んでる…。



「…このままやって成長が見込めないなら一旦『僕』の『虚無繰(からくり)』は忘れて、もう一度一から記憶をなぞってみるか…」



 最早髪留めの地位を獲得している白蛇が何も言わずとも髪をポニーテールに纏めてくれる…可愛い奴め。


 胡坐を掻いて両手を空に向けて余分な力を抜いたらいつも通り滞りなく気力と魔力を練っていく。



(これをやるとみんな蜷局を巻いて集中するんだよな…しかもみんなから魔力感じるし)



 一匹残らず『僕』の周りで蜷局を巻いて集中し始める白蛇達から意識を自分の体内に移す。



(まずここが『僕』とフェイルが違った点だ。フェイルは気力と魔力を合わせて魔気を編み出した。でも『僕』は気力と魔力がその役目を得るか得ないかという不安定な状態を作って身体の中で混ぜて混ぜて混ぜまくって魔気を編み出した。もし、この時点でフェイルの魔気と『僕』の魔気が根本的に別物であるなら『虚無繰(からくり)』が上手く使えない事もまだ納得出来る。でも【直感】が反応していないから同じ物だと思うし、『飛穿(とびうがち)』だって問題なく使えてるしフェイルの記憶と同じ効果が出てる)



飛穿(とびうがち)』のイメージは巨大な手を目標に向けて飛ばし急所を毟り取る感じ。


 だが、原理としては魔法になっていない攻撃力皆無の魔力の塊に硬度と速度、指向性を付与し、気力で付与した効果を強化した魔力の塊で相手の身体を抉り千切るものだ。



(ただ、『飛穿(とびうがち)』は『虚無繰(からくり)』みたいな隠密性の高い技じゃなくて人体を大きく損傷させる技だから相手によっては魔気を十分に使わないと抉り千切る事が出来なくなる。だから隠密性をワザと捨ててる………あれ?)



 そこまで思い返すとふと気づく。



(…『飛穿(とびうがち)』…気配察知や魔力探知には引っかかるけど見えないよね?)



 何故だ…何故『飛穿(とびうがち)』は『虚無繰(からくり)』みたいに見えないのだろうか。



(ここか…ここが『飛穿(とびうがち)』が『虚無繰(からくり)』の前提技である意味か…)



 ほんの少し見えて来た光明に自然と口角が上がるが更に思考を回す『僕』。


 フェイルは『僕』みたいに完成形を全て知っている上で練習した訳じゃ無い。


 まずは一つしか扱えなかった水魔法と少なかった魔力をどう暗殺に活かすかと考え、気力という本来混ざり合う事が無いものが使えないかと試行錯誤し、辿り着いたその結果が魔気。


 そこからただ水の塊を飛ばすだけだったフェイルの水魔法は岩どころか鉄を砕く威力へと昇華した…が、水魔法での暗殺は水魔法が扱える者の仕業だと痕跡を残し、一時期公に貴族が暗殺された事を公表して自分も暗殺されるんじゃないかと恐れた息子が手当たり次第水魔法を使える人を殺した事があった…もちろんそんな残虐な方法を取った息子は法で裁かれ死んだが。


 でも、自分の暗殺で善良な人を助ける筈だったのに多くの人が亡くなってしまった事でフェイルは酷く後悔し、また同じ事にならない様にと水魔法を使わない魔気を使った誰にも真似が出来ない、どの属性にも属さない殺す技を作る事にして出来上がったのが『飛穿(とびうがち)』。


飛穿(とびうがち)』が残す死体は抉り千切り取られていて、魔法の効果じゃなく単純な腕力で行われていると推察されて今度は気力を扱う者達が標的にされて極秘裏に調査が行われるが、それが出来る者は当時の最高峰に上り詰めた冒険者でも、ローゼン王国最強と言われた近衛騎士も、『勇者』ですら無理だという結論に至り、殺された貴族を調べれば調べる程に悪事が露わになり悪魔との契約をした所為だとなった。


 だが、『飛穿(とびうがち)』も完全無欠な技じゃない事はフェイルも感じていて、気配察知や魔力探知に優れている護衛がいれば気付かれてしまう…実際に大金を叩かれ当時最高峰の冒険者が護衛に付いた時は正体を隠しながら、痕跡を隠しながら暗殺する事は今のままじゃ出来ないと限界を感じて『飛穿(とびうがち)』の不可視性をそのままに気配察知や魔力探知に引っかからない『虚無繰(からくり)』を生み出した。



(ああ…何でこの技が出来たのか順番に考えれば分かる…今の『僕』はフェイルの完成した技を逆から辿ってるんだ。『虚無繰(からくり)』を使うのには『飛穿(とびうがち)』が必要で、『飛穿(とびうがち)』は魔気が必要…だから魔気を会得した。だからここだ…『飛穿(とびうがち)』の不可視性を残したまま気配察知と魔力探知に引っかからない様に調整…『虚無繰(からくり)』を調整するんじゃなくて『飛穿(とびうがち)』を調整してたんだ)



虚無繰(からくり)』は『飛穿(とびうがち)』を変質改良させた技であり『虚無繰(からくり)』は別の技じゃない。


 五指を均等に曲げ広げて30mぐらい離れた湖に右手を向け、いつも通り気配や魔力を漂わせたまま『飛穿(とびうがち)』を使うと水面はドンッ!という音と共に弾けて小さな雨を降らす。



(これを今度は引っかからない様に調整して同じ威力を出す…)



 今度も同じ様に右手を湖に向けて意識を尖らせて『飛穿(とびうがち)』を放つとポチャンと小さな水玉を上げるだけになった。



(そう…悟られないギリギリに調整すると絶対に威力が落ちる。魔気の総量が威力に直結する『飛穿(とびうがち)』は思いっきりぶつける事で真価を発揮する技…ここからどうやって『虚無繰(からくり)』に昇華させた…?)



 普通の『飛穿(とびうがち)』と調整した『飛穿(とびうがち)』を交互に湖に放ちながら思考の海に落ちて行った―――その時。



「あっ、狙いが…」



 考えていた所為で腕の角度が落ちたのか、調整した『飛穿(とびうがち)』が湖ではなくその手前の地面を抉った…否、



「あんまり地形を荒らしたくないん……」



 慌てて暴発した『飛穿(とびうがち)』の痕跡を見るとそれは抉った跡ではなく、貫いた跡がクッキリと残されていた。



「っ!?そ、そうか!調整すると威力が落ちるって思ったのはずっと水面に向かって放ってたからか!!」



 急いで鉄の人体模型を数体生み出し、慣れた手つきで急所に目印をつけると10mの距離から対峙する。



「調整…調整……『飛穿(とびうがち)』!!」



 右目目掛けて調整した『飛穿(とびうがち)』を放てば小指すら入らない程に小さな穴が生まれ、後頭部部分にも同じ小ささの穴が刻まれていた。



「威力じゃなく規模と効果が変わってたのか…!!」



 そしてこの跡を見たフェイルはこう思う筈。



「“針”…そしてその針を直線だけでなく何処からでも狙える様に曲げたり途中で軌道を修正する為のレール…“糸”も必要だと」



 そう思った途端、『僕』は大きく『虚無繰(からくり)』の会得に前進した。



「まずはこの『飛穿(とびうがち)』を切り離して飛ばすんじゃなく、切り離さないで指にくっ付けたまま伸ばす練習だ」



 ただ、ここで予想外にも役立つ才能が『僕』には宿っていた。



「…出来た。…え?【裁縫】の才能がここで役立つの…?」



 不意に針と糸なんて裁縫みたいだな、なんて思ったら本当に【裁縫】の才能が反応し、気付いたら貫いた鉄人形をそのまま手元まで手繰り寄せていた…一発成功だ。



「…そうか。今まで殺しの技としか認識してなかったから今まで【裁縫】の才能が反応しなかったのか…なら、【裁縫】を意識したまま『飛穿(とびうがち)』の調整を…」



 最後の一歩…そう思いながら慎重に、しっかりと【裁縫】の才能を意識したまま指先に魔気を集約させ―――



「…は!?今の完全に出来る流れだったじゃん!?」



 半透明でキラキラと光を反射させる糸が指先から垂れていた。



「何で…!?『飛穿(とびうがち)』の時は確かに見えない何かが繋がっていて鉄人形を手繰り寄せれた…何で?何でなんでなんで…」



 何で『飛穿(とびうがち)』を意識すれば不可視の糸が出来るのに『虚無繰(からくり)』を意識すれば半透明の糸になってしまうのか…。



「今まで持っていた『虚無繰(からくり)』の意識も全部新しいのに変えた…正しい手順で再現もした…それでも出来ないのか…」



 努力が水泡に帰すとはこの事か…記憶の中では出来ていた事が出来ないという不甲斐なさと、今までの努力が全て無駄だという憤りで自然と涙が溢れてくる。



「何で…何で出来ないんだよッ!!」



 感情の昂りのままに地面に振り下ろした『僕』の拳は思った以上に力強く、地面を砕き周囲の大木から大量の葉を振り落とす…。



「…『虚無繰(からくり)』は諦めるしか無いのか…」



 心配してくれているのか髪留めになってくれている白蛇が舌で頬を撫でるが答える気力がない…。



「どうしたら…」



 白蛇が頭で頬を突いて来るが、『僕』は『虚無繰(からくり)』の代わりを探そうともう一度思考の海に―――落ちる前に頬に鋭い痛みが走った。



「いっつ!?…どうしたの…?」



 頬に噛みついた白蛇は怒った様に威嚇しているが、話を聞く様になった『僕』に首を何度か振ってから頭で森の方を何度も差す。



「森…?」



 そして釣られる様に『僕』も森に視線を向けると…そこには宙に浮いた蜘蛛がいた。



「え…蜘蛛…何で宙に浮いてるんだ…?」



 黒い身体に真っ赤なラインが入った明らかに毒持ちの小さな蜘蛛で、『僕』が地面を殴った揺れで枝から落ちる所を蜘蛛の糸で―――



「…蜘蛛の糸?」



 何で糸にぶら下がってる筈の蜘蛛の糸が見えないんだ…?そう思考した時、【直感】がようやく気付いたのかと苛立たし気に反応した気がする。



「糸…蜘蛛の糸…糸は糸でしょ…」



 糸と呟く度に【直感】が煩く反応する。



「…まさかとは思うけど、『僕』がイメージしてる糸が根本的に違うって事…?」



【直感】が正解だと反応した気がする。



「『僕』がイメージしてる糸が根本的に違う…どういう事だ…?糸は繊維を引き延ばして撚り合わせた物で…」



 頭の中ではなく、口に出したからこそ気付く事が出来た…いや、この白蛇が教えてくれたんだ。



「あっ…あっ!?あああああ!?そ、そうか…!!“撚り合わせた”からダメなんだ!!撚り合わせた糸じゃなくて糸に加工する前の“一本の繊維”をイメージしなくちゃいけないんだ!!!」



 もうこれで失敗したらキッパリと『虚無繰(からくり)』を会得するのは諦める。


 そんな覚悟で挑んだ最後の『虚無繰(からくり)は…



「…見えない!感じない!!触っている感覚も、伸ばしてる感覚も、動かしてる感覚もあるのに見えないし感じない!!!」



 無傷のまま立ち尽くしていたもう一体の鉄人形を引き寄せ、宙に浮かし、絡みついた『虚無繰(からくり)』によってバラバラと斬られて地面に落ちた。



「出来た!出来たよ!!これが本当の『虚無繰(からくり)』!!!ははっ!!はははっ!!やった!やった!!!」



 そして『僕』は半透明の『虚無繰(からくり)』で練習していた『空爪駆(あまがけ)』で無邪気に空へ吹き飛び、



「ありがとう!君のおかげで『虚無繰(からくり)』が出来た!!本当にありがとう―――『白雪(しらゆき)』!!」



 いつも髪留めになってくれて、『僕』に『虚無繰(からくり)』を諦めさせなかった白蛇に白雪と名付けると、白雪は嬉しそうに『僕』の頬を舌でチロチロと撫で―――



「っんえっ!?白雪!?『空爪駆(あまがけ)』がっ!?」



 何故か『僕』の中にあった大量の魔力を吸い上げて巨大化し、『僕』は巨大化した白雪に押しつぶされる様に湖に落ちた…。

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