表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/42

『ケルベロス』

本日の投稿は一話のみです。

「「……」」



 どうも久しぶりに友人と再会してテンションが上がったはいいものの、泣きながら抱き合うという何とも気恥ずかしい事をしてしまって気まずい空気に浸っている俺です。


 時刻は19時頃…ジロッソという裏組織を壊滅させてからまだ2時間も経っていないが、俺が持ってきた情報を持ってルクスの執事のセバスさんが少数精鋭の部隊?とやらと一緒に残りの裏組織に襲撃を掛ける見たいだが…実力が分からないから正直不安だ。


 でも、ルクスは【未来予知】の神の贈り物(ギフト)でセバスさんの未来を予知したはずだし、俺じゃなくてセバスさんに任せたのはそういう事だからそこまで不安がる必要はないのかな?



「……はぁ、積もる話をしたい所だが…まずは裏組織の処理をしてしまおう」


「…?セバスさんなら大丈夫だから俺じゃなくてセバスさんに任せたんじゃないのか?」


「いや…ラディアとゴーヴを壊滅させたと報告する未来が視えたが、そこにケルベロスまで壊滅させたという報告は無かった」



 …という事は俺の不安が的中したって事か?



「じゃあ何で俺を視て俺に任せなかったんだ?驕る訳じゃないが、今の俺は前世の全盛期をとっくに超えている。確実にやれるぞ?」


「それが…お前の未来が視えないんだ」



 え…?俺の未来が視えない…?今までそんな事は無かったはずなのに…。



「それって…俺が死ぬって事か?」


「違う…視ようとすると真っ白で何も視えないんだ」


「真っ白で何も視えない…」



 もしかしてヘイルとルミナの眷属になった影響か?


 だったら俺を計画の勘定に入れなかったのも頷けるか。



「…分かった。なら俺がセバスさんの襲撃に合わせてケルベロスを壊滅させられるか試してみる」


「お前ならそう言ってくれると思ったよ」


「俺はてっきり全部任せてくれると思って期待してたんだけどな?」


「その見た目で何処まで出来るか分からないし、未来が視えなかったんだから仕方ないだろ…?それに…シオンとしてこんな仕事をさせてリベーラやメルクリア辺りに知られでもして見ろ…地獄だぞ?」


「…確かに」



 そこまで考えてくれていたなら文句を言うのは違うか。



「でも正直…俺は嬉しかったよ」


「…?会えた事がか?」


「お前が人らしく生きて行こうとしている事にだよ。前世のお前には人間らしい生活を何一つさせられなかっただけでなく、お前がやってない罪まで被せて俺がこの手で殺した…だからこうして記憶持ち(リスタート)で人間らしく生きようとしてくれてるのが嬉しいんだ」



 俺は殺された事とか殺しの道具として使われていた事を恨んだりしてないけど…ルクスはあの日からずっと俺に罪悪感を抱いてたんだな…。



「…こうやって生きようと思わせてくれたのは俺の師匠のエルルさんとリベーラさんだ。前世では絶対に会えなかった二人…お前が殺してくれたから出会えたんだ。だから心配するな、俺はお前の事を一回も恨んだ事は無いし、お前と一緒に今のローゼン王国を作れた事を誇りに思ってるよ」


「シエル…」



 だけど…これだけは確認しておかないといけない。



「なぁ…ルクス」


「…?どうした?」


「今のお前に“俺を使う覚悟”があるか?」


「…!」


「今のお前に俺を迷いなく、曇りなく、誤りなく、躊躇なく使えるか?シルヴィに、ラウルに、ララティーナに逡巡する間もなく無慈悲に、残酷に、冷徹に俺を使えるか?」



 ルクスの表情がどんどん歪み暗くなっていく。


 そうだよな…今のお前じゃ俺を使う事は出来ないよな。


 だって今のお前は優し過ぎるから…自分の家族を持ってしまったから。


 あの時の俺達は何一つ失うモノなんてなかった…退けば破滅、だからどんなに血塗られた道だろうと迷わず理想に向かって障害物を俺が排除し、ルクスは屍に一瞥する事無く踏み締め踏み越えて進めたんだ。


 俺からしたらたった数年だけど、ルクスにとっては数十年…人が変わるのには十分過ぎる年月だ。


 昔のままならきっと顔も顰めず、間も置かずに“その身を悪の血で染めろ、お前は俺の剣だ”と言っていたはずだ。


 もう―――ルクスにフェイル()は必要無いんだ。



「…分かった、俺はこの仕事を最後にお前の剣である事を辞め、ヘイルとルミナ(我が主神様達)の眷属としてこの力を振るう事にするよ」


「主神の…眷属…?」


「ああ、俺の記憶を持たせて転生させてくれた死の女神ヘイル、生の女神ルミナの眷属として『僕』は生まれ変わったんだ」



 背中を見せて神印(メモリア)を浮かび上がらせると息を呑む音が聞こえる。



「そして眷属としての使命は“悪に染まった魂を回収する”事…だからどうか道を間違えないでくれよ?親友。じゃなきゃ俺はルクスを殺さないといけなくなる…親友の首を刎ねる辛さはルクスが一番知ってるだろ?」


「……ああ」


「…これからはお前の剣じゃ無くなるが、親友である事も、この国の為に動く事も変わらない。『何でも屋 猫の手』店主シオン・ユニコード・ラザマンドとして、シエル・フォン・ハーティとして、お前の親友であり続ける事を誓うよ」



 そして俺は―――



「それじゃあ『俺達』の最後の仕事、キッチリとこなしてこの国をより良い国にしてくるよ。落ち着いたらまた話そう、ルクス」


「…ああ、シエル…最後の仕事を頼む」


「任せろ」



『俺達』としての最後の仕事をこなす為に王城を後にする…。





 ■





 Side.ルクス・フォン・ローゼン



「今の俺にシエルを使えるか…か」



 痛い所を突かれたと思った。


 今の俺は勇者に埋もれ王位継承を絶望視されていた王子ではなく一国の王だ。


 失うものが何もない王子じゃなく、守るものも大切な家族も出来た王だ。


 きっと昔の俺なら家族であっても迷いなくシエルに指示出来た…だが、それをシルヴィやララ、ラウルに向けられるかと言えば…



「…自分の身に降りかかった途端これでは己可愛さの貴族共と何も変わらない…俺も地に堕ちたものだ…」



 きっとシエルなら問答無用で悪と断定すれば俺どころか俺の家族を無感動に殺す…もしかしたらリベーラも、エルル・ユニコードも、メルクリア・ユニコードもだ。


 それが神印(メモリア)を授けた聞いた事の無い女神達の使命…何て惨い使命をシエルに…。



「……俺も同じ様に心優しいシエルを心無い剣に変えて血に染めたんだ…言う資格はないか…」



 だから今の俺に出来るのは―――奪ってしまったシエルの人生を、今のシオンに返す事だ。



「こんな事で罪滅ぼしが出来るとは思わない…だけどなシエル…俺だってお前の事を一日たりとも忘れた事は無いんだ…」



 無いはずの左腕がズキズキと疼く…。


 俺がシエルの事を思い出し自分を責める度に…まるで後悔するな、前を向けと伝える様に疼くんだ…。


 本当にシエルは何処までも心優しい奴なんだ…だから…今度こそシエルには幸せになってもらわないと困るんだ。



「陛下、準備が整いました」


「…入れ」



 浮かんだ涙を拭い、扉をノックするセバスとその部下を招く。



「…?シオン様はお帰りに?」


「ああ、一掃の策を講じていたとしても悪をのさばらせていたのはこちらの不手際による不始末だ。それにユニコードを名乗る者に被害が出た…その意味は分かっておるのだろうな?」


「心得ております」



 そう問えばセバスと同じ黒装束は身に纏う部下四人が黒い仮面を外し一斉に傅く。


 この部隊はセバスが来るべき時の為にと用意していたローゼン王国の裏の剣…部隊の名は『猟犬』。


 全員が【鑑定】【暗殺術】【闇魔法】、他にも稀有な才能を持ち、暗殺と情報収集、護衛や裏工作までこなせる隠密部隊で…初任務だ。


 きっと【未来予知】が無ければ全て任せていただろうな…。



「突然の初任務だからと言って失敗は許されない…分かるな?」


「「「「はっ」」」」


「ならいい。このローゼン王国から悪を刈り取って来い」


「「「「悪の首を御身の前に」」」」


「セバス」


「お任せくださいませ。必ず三頭の首を揃えましょう」



 全員揃いの仮面を被り床に溶ける様に影へ沈み込み姿を消す猟犬達。


 …セバス達の未来をもう一度見てもやはりケルベロスだけは逃がす。



「っ…少し視過ぎたか…」



 はぁ…たった数回視ただけで頭痛が…本当に老いたものだ…。



「頼むぞシエル…」





 ■





「へっくしゅんっ!あ゛~…寒い…」



 時刻は19時半…ルクスと別れ、いつも通りの時計塔の上…ではなく、『空爪駆(あまがけ)』で更に上空に佇む俺。


 雪が降る冬の夜で巨大な王都が一望出来る高さまで上がると空気は薄いし耐寒の魔法陣が意味を成さないぐらいに寒い。


 吐いた息が白くキラキラするぐらいに寒いし、毛先が若干凍ってるもん。



「終わったら風邪ひかない様にちゃんと温まって寝よう…」



 それにしても…権能の【闇】と【鷹の目】のシナジーがとにかくえげつない。


 体感で2㎞上空から眺めているんだけど、普通に道を歩く人がハッキリクッキリと見える。


 あの路地裏ではチンピラ冒険者っぽい奴が喧嘩してるし、お店の前で野次馬に囲まれながら女性が男性にビンタしてるし…別れ話がヒートアップでもしたのかな?



「ただ…これの欠点は魔力も気配も探れない、地下を利用して逃げられたら気付かないって点か…スマホみたいな魔道具があるんだったら上空にいようが地上にいようが分からないし…何か対策しないとな~」



 まぁ、【直感】があれば問題ないんだけど、何重にも対策を施して安心しておきたいのは俺の心情だ。


 パッと思いつく対策は王都に巣くっているネズミをテイムする事か…。


 そうすればネズミ被害も抑えられるけど…かなりの大群になるだろうし、食費があり得ないぐらい増えるし出来れば他の対策を―――



「…ん?もしかして始まったか?」



 ずっと注意深く見ていたラディアとゴーヴのアジトである歓楽街にあった酒場と、貴族街にあった大きな屋敷の明かりが同時に消えた。


 眼に意識を向けて更にズームして見るとチラチラと窓から見える黒装束を纏った人物が赤い液体を飛び散らしている。



「手助けは必要無さそうかな…」



 上空から見て建物から逃げそうな奴がいれば処理すればいいかと思いながら眺めるていると―――



「…見つけた」



 襲撃最中の貴族街にあるゴーヴの屋敷に近づく人影。


 その人物は注意深く屋敷を遠巻きに観察すると黒い鷹を呼び、何かを書いた羊皮紙を渡して鷹を飛ばした。



(あの鷹を辿ればケルベロスのアジトに辿り着くはずだ。だけどその前に…)



 本来なら夜の闇に紛れるはずの鷹も暗闇を昼間と同じ様に見れる俺の視界からは目立って見える。


 これなら見失う訳が無いと思った俺は鷹を飛ばした人物に向かって頭から身体を落とし、



(魂は黒…子供だろうが女だろうが悪は悪だ、死ね)


「うぐっ!?あっ―――」



虚無繰(からくり)』の射程内に入った瞬間に上空から女の首を吊り上げ、ゴキッ!と首の骨が折れる音を最後に力なく四肢を垂らすと、殺した女の背後からバラバラと色んな物が石畳に落ち始めた。



(マジか、【空間収納】の才能持ちだったのか…間に合うか…?)



 音も無く地上に降り、証拠となりそうな散らばった物と一緒に死体を【空間収納】に押し込んで『空爪駆(あまがけ)』で上空に戻ると、丁度鷹が目的地に向かって降下し始めた所。



(荷物回収の所為でギリギリだった…なっ!)



空爪駆(あまがけ)』で勢いよく身体を弾いて上空から急接近すると鷹は―――



(……あれ?ここ俺の家の前の水路…?)



 出来立ての我が家の前と繋がっている水路を低空飛行していき、



(…!?水の中に潜った!?くそっ!)



 勢いよく冷たい水路に突っ込み、俺も後を追って水路に飛び込んだ。



(水の中を飛べる鷹って何だよ!?)



【人魚の舞】の才能が無かったらとっくに振り切られている速度で水の流れに逆らって飛んでいく鷹。



(っ!何処に行った!?)



 追っていた鷹が目の前から消え、水中で視線を泳がせると水路の外壁の一部に魔力の反応を見つける。



(この部分の壁だけ魔法で出来てる…鷹が通り過ぎた事を考えれば幻覚か特定の者だけを通す結界か…)



【解析】に掛けるとほんの少しだけ頭痛が起こるが、この壁の正体は隠蔽の魔道具で作られた壁で特に警報の役割等が無い事が分かる。


 警戒しながら壁に顔を押し付ければ何の抵抗もなく飲み込まれ、視界には人の手で整備された斜め下に向かう穴が開いていてその穴を鷹がぐんぐんと進んでいく姿が見える。



(地下道…臭いの感じから下水道にも繋がってそうだな…)



 水を大量に入れて入り口がバレない様にしているのか半円状の穴に頭から突っ込み鷹を追いかける俺。



(気分は絶叫ウォータースライダーだな…)



 偶に壁に足を押し付けて速度を緩めながら進み―――俺は遂に辿り着いた出口から身体を投げ出さなかった。



(っ…出口に何かいるな)



 壁に四肢を突き立てて様子を伺うとそこには追いかけていた鷹を腕に乗せる魂が黒い女。



「これは―――か―――…な―――」


(…水の中だから聞き取り辛いけど…“これはリンからの緊急報告…中身は”…か?」



 歪む視界の中で辛うじて唇から意味を読み取り、その女が鷹の首に掛かっていた袋から羊皮紙を取り出すと表情が驚愕に変わる。



「何!?ゴーヴとラディアが同時襲撃!?早く―――」



 瞬間、俺は出口から飛び出し女の首を『虚無繰(からくり)』で跳ね飛ばした。



「ふぅ…やっと息出来た…」



 びしょ濡れになりながら到着した場所は真ん中に水路が走る左右に人二人が並んで歩いて限界の歩道がある下水道。


 今殺した女も【空間収納】の才能があったのか辺りに持ち物が散らばり、その荷物をせっせと俺の【空間収納】に仕舞っていると鷹が急に辺りをキョロキョロと辺りを見渡し俺が出て来た出口に入っていった。



(そうか…主人が死ぬと契約が切れて野生に戻るのか…あの子には悪い事したけど今度はいい主人と出会える事を祈るよ)



 持ち物は主に女性用の着替えや武器、毒物等の危険な物が多いが、特に俺の目を惹いたのは紐で纏められた羊皮紙の束。



(これは今までのやり取りの記憶…という事は今の女はケルベロスの連絡係だった…?普通なら証拠を残さない様に焼却処理をするはずなのに【空間収納】にそのまま入れてるとかヤバすぎだろ…)



 でもそのお陰で情報が手に入った俺は中身を検める前に女の死体を凍らせて【空間収納】に入れ、女から頂いた髪留めで髪を纏め上げると氷魔法でゴーグルを作り躊躇なく下水の中に潜む。



(通路から二人…魂は黒)



 いくら【闇】の権能でも物理的に黒い水からは明るく見えないが、ゴーグルのおかげで視界が歪まないだけとても見やすい。


 さっき鷹を追いかける時もすればよかったと反省しつつ、下水の流れに逆らいながらその場で待ち、



「あー腹減ったなぁ…お前、今日何食べんの?」


「それは飯の話か?女のはな―――」


「あ?どうし―――」


(俺が最後の晩餐を御馳走してやるよ)



虚無繰(からくり)』で二人の首を絡め取り下水の水をたらふく飲ませ溺死させた。



(ふぅ…こいつらは【空間収納】持ちじゃないな…)



 さっきの女と同じ様に全身氷漬けにして【空間収納】に入れ、全身を水魔法で包み綺麗さっぱり汚れを落として【魔力探知】と【気配察知】で探し、音も無く、姿も見せずに悪党達を狩り取っていく。



(…うん、これで片付いたかな。後はこの如何にもな扉の奥…滅茶苦茶な数がいるな…)



 見張り総勢73人をたった4分で処理し終えた俺の目の前には両開きの錆びた鉄の扉がある。


 その扉の奥を探る様に【魔力探知】と【気配察知】を伸ばしていくとどうやら大部屋の様で、その大部屋には600を超える反応があった。


 流石の俺も600を超える反応が一部屋に纏まっているとなると骨が折れる…ただ、気になるのはこの扉の奥から微かに臭う獣の臭いと腐敗臭。



(まさかとは思うけど…まさかだよな…)



 嫌な予感を感じつつもジロッソのアジトでも使った臭気耐性を施したマスクを付け、



(錆びてる所為で絶対に音が出る…出来るか分からないけど試してみるか…)



 覚悟を決めて天然の警報機になっている扉に触れ、



(【空間収納】…そしてもっかい【空間収納】で設置…)



 とんでもない方法で大部屋に侵入した俺は―――地獄を見た。



(……何だよこれ…マジで言ってるのか…?)



 臭気耐性を抜けて脳を突き刺す異臭、脳を揺さぶる絶叫、そして目と正気を疑う継ぎ接ぎで腐り果てている異形の生き物…それが頑丈そうな鉄の檻に閉じ込められている光景が俺を迎えた。



(まさか…これを王都に放とうとしているのか…?)



 今まで反応していたのは合成獣やアンデットの大群で、比較的人の形を保っている者に【鑑定】や【解析】、【診察】で状態を見ると様々な薬物と病気の温床となっていた。


 脳に本を突っ込まれる様な耐え難い頭痛を堪えながら隣の檻に入っている猫や犬、兎や鳥を継ぎ接ぎした動物を見ても同じ状態…もしこんなものが一斉に王都に放たれれば討伐は出来たとしてもパンデミックが起きて王都が壊滅してしまう。


 何より…悪党ならいざ知らず、善良な命を弄ぶこの行為自体が絶対に許せない。



(はは…これが人間のする事かよ…これは地獄じゃ生温いな…)



 俺の中で何かが急速に熱を失っていく。


 何の熱が失われたかなんて分かってる。


 人として大事な感情…今の俺なら目玉を抉られようが、大切な人が目の前で惨たらしく殺されようが一切動じず、巨悪をどう殺すかだけに心血を注ぐ殺戮人形になれる自信がある。



「簡単に死ねると思うなよ…」



 こんな気持ちになったのは勇者達を殺す時以来だ。



「何処の国がこんな事をしでかした…?誰がこんな事をしたんだ…?絶対に生まれて来た事を後悔するまで玩具にしてやる…」



 無意識に口から出る言葉を実行する為に俺は地獄の様な大部屋を姿を隠さず、全身に深淵魔法を纏い足音も消さずにゆっくりと大部屋を歩く姿は―――



「静かにしやがれ出来損ない共め!!黙れ!!ころ―――ひっ!?あ、悪魔―――」



 檻の中のものに怒鳴り声を上げていた白いローブに杖と赤く熱せられた焼き鏝を持つ男を【魔力遮断】と【気力遮断】を【付与】した深淵魔法の黒い触手で絡め取り眼前へ。



「俺が悪魔ならこんな事をしているお前らは何なんだ…?魔王か…?邪神か…?」


「こっ、こここっ…ころさないで…」


「…ああ、殺さないでやるから仲間を早く売れ…俺の気が変わらない内にさっさとしろ…」


「あっ…あっちに…がっ!?」



 男の頭が弾けない様に地面に叩きつけ、そのまま顔を削りながら男が指を差した方へ。


 本当に反吐が出る。



「でさぁ、昨日のガキが―――ひっ!?」


「あん?ど―――っ!?」



 檻に入っているものの頭を踏みつけながらくだらない会話をしている男共も同じ様に黒い触手で絡め取り、死なない程度に何度も地面に叩きつけながら次へ。


 こいつらはどんな事をすれば絶望してくれるのだろうか。



「ったく…全く言う事聞きやしないわね…こいつはしょ―――がっ!?」



 苦しそうな鳴き声を口にするものの頭に杖を突き刺そうとした女の四肢を触手で貫き、千切れない程度に四肢を引っ張り逆さに吊るす。


 この玩具達をどうしたらここに居るもの達の怒りが収まるのだろうか。


 どうやったら今まで犠牲になったもの達の慰めになるのだろうか。


 どうしたら。


 どうしたら。



 ………


 ……


 …



「…ここに居た奴はこれで全部か」



 俺の背後で蠢く黒い触手に捕まっているのは31人。


 何時の間にか檻の中にいるもの達は本能的に逆らっちゃいけない者として俺を見ているのか、はたまた俺を救世主として見ているのか耳を劈く嘆きの絶叫を上げる者はいなくなっていた。



「もうこいつらに君達を弄らせたりしない…後で楽にしてあげるから待っていて」



 そう口にすると檻の中のもの達はジッと眠る様に座り、まだ人としての意識が辛うじてあるもの達は嗚咽を零す。



「この中に親玉はいなさそうだし…奥にいるのかな?」


「はひ…」



 一番最初に捕まえ顔を削った男に問うと歯が抜け落ちた口から風みたいな声を漏らし何もない壁を指差す。


 ずっと感じていた魔力…そして急激に増えた反応。


 きっとこの壁は入り口を隠していた魔道具を使って生み出した実体の無い壁で、俺がここで何をしていたかは奥の部屋から一部始終見ていて、何らかしらの方法で迎撃態勢を整えていたはず。



「折角歓迎の準備をしてくれたんだ、精一杯抵抗して絶望してくれよ?親玉さん」



 そう呟きながら壁に触れると何の抵抗もなくすり抜け―――



「やっ!やれぇぇぇぇ!!!」



 裏返ったヒステリック気味の女の叫びを合図に待ち構えていたもの達が腐肉を撒き散らし、乳白色の骨をカラカラと鳴らしながら襲い掛かって来る。



「『グール』に『スケルトン』、それに『グールハウンド』に…殺した人達か」



 黒い触手でアンデットの群れを薙ぎ払って一掃すれば第二波と言わんばかりに獣人の耳を持つグールやエルフの尖った耳を持つグール、腐肉となっても逞しい筋肉のままのドワーフのグール達やその他様々な種族のグール達が死んだ時に身に付けていた装備を身に纏い、濁った瞳と腐らせた肉体や欠けた肉体でゆっくりと近づいて来る。



「なぁ、ケルベロスの親玉さん。こんなので俺が止められると思っているのか?」


「深淵魔法…!?ひいっ!?!?」



 黒い触手をもう一度振ればグール達は一掃され、今度は大型の人型魔獣の『オーク』や『オーガ』、更に大型魔獣の死体を繋ぎ合わせた合成獣が親玉までの行く手を阻む。



「化け物が近づくな!!神に仇成す邪悪の権化め!!」


「化け物…俺からしたらこんな事が平気で出来るお前の方が邪悪の権化に見えるよ」



 人差し指を上に持ち上げれば床から太い棘が飛び出し全てを天井に縫い留め腐った血の雨が降り注ぐ。



「く、くるなぁ…!」


「嫌だね」



 血の雨が降り止み、ようやく見えて来た裏組織の親玉は目の下に大きな隈を蓄えた純白のローブを纏った女で、ボサボサになった髪の色は銀、涙をボロボロと零す瞳の色は緑と普通にしていれば非常に顔立ちが整った俺にも負けず劣らずの美女とも言える容姿。


 この女がこの惨状を作り上げたのか。



「しゃ、『シャドーランス』!!『シャドーランス』!!!」



 白と金の杖を乱暴に振って20本もの闇の槍を俺に向けて放つが、その全てがブチ切れている俺の魔力濃度の所為で触れる前に解けて消えてしまう。



「…気が済んだか?『ドルチェ・ディコーナ・アビーニャ』」



 ようやく【鑑定】が出来る距離まで近づくが、リベーラさんが教えてくれたこの国の貴族の家名にアビーニャという家名は無いし、ローゼン王国での貴族階級のミドルネームは全てフォン。


 ミドルネームがディコーナであればこいつは他国の人間か、俺みたいに誰かに弟子入りして名乗っているという事になるが…そんなのは今はどうでもいい。


 今はこのクソ女をどう嬲るかだ。



「な!?何で私の名前を!?」


「【鑑定】したんだよ」


「うぐっ!?」



 もうこのクソ女を守る死肉の盾は存在しない。


 四肢を触手で掴み、宙に持ち上げた俺はクソ女に温度の無い瞳を向ける。



「ね、ねぇ!?待って!?こ、殺さないで!?」


「何でお前を生かさなくちゃいけないんだ?というか、今のこの状況で俺に情けを掛けてもらえるとでも思っているのか?」


「っ…じゃ、じゃあ…生かしてくれたらわ、私の身体を好きにしていいよ!?」


「へぇ…?身体を好きにしていいねぇ…?」


「は、初めてだから!誰にも身体を許した事ないから!!だから命だけは―――」


「ならもう一つ条件を付ける。お前が知っている事を全て話せ。そうすれば命は助けてやる」


「ほ、本当!?」


「ああ、どうせお前も誰かに指示されてやっていたんだろ?だったら悪いのはそいつだろ?」



 そう簡単に死なせる訳が無い。


 こいつの所為で…こいつに指示した奴の所為でどれだけの命が弄ばれたと思っているんだ。



「そうなの…!わ、私は命令されただけでこんな事したくなかったの!!」



 どの口が言ってるんだ。


 本当に反吐が出る。



「そうか…災難だったな。それで?何処の国の誰に命令されたんだ?」


「り、リテュアリス神聖国の…『アルナ・アーチ・アラライズ』大司教です…」



 意外な国の大物の名前が出て来たな。



「教会関係者か。ミドルネームが違うのは?」


「か、階級です…上からポープ、カーディナル、アーチ、ビショップ、プリアスト、ディコーナ、モンク、ヌーン…モンクとヌーンは同階級で男がモンク、女がヌーンです…」


「へぇ、階級が名前で分かるのは分かりやすい。で?そのアルナとかいう奴は何でローゼン王国にこんな事をしろってお前に指示したんだ?」


「それは…」


「早く言え」


「ひっ…」



 口籠る口を無理やりこじ開けようと触手を近づけると顔を真っ青にするクソ女。


 これは簡単に壊せるな。



「こっ、この国のおうっ…王都にっ…聖女がいるって…!」


「聖女…」



 もしかして…ミミさんの事か?



「そっ…そうなの…その聖女は病もたちまち癒してしまう聖女で…他国に利用されて使い潰される前に保護をしないといけないって…」


「病も治せるなんて凄いねぇ。その聖女の名前とか容姿は聞かされてないのか?」


「はぃ…ま、まだ聖女様は覚醒していないらしく…王都が危機に陥れば覚醒し姿を現すって…」



 まだ覚醒していない…?だからパンデミックを起こし、それを癒す事が出来る聖女として覚醒した人物を探そうとしたという事か。


 という事はミミさんじゃない可能性が高いけど…でもミミさんは元聖女候補であり薬学で病を治せるし、とんでもない神の贈り物(ギフト)だって持ってるし神聖魔法も使える。


 まだミミさんが聖女として覚醒していない可能性だってあるから安易に今回の目当ての人物がミミさんじゃないと切り離すのは早計か。


 …それにしても他国の人間がどれだけ死のうが構わず聖女を囲おうとするとは…本当に教会は手段を問わないんだな。



「そうか…」


「こ、これで命は助けてもらえますか!?」


「まだだ」


「も、もう知ってる事は話しました…!」



 だったら最後に少しだけこのクソ女を有効活用させてもらおう。



「ならここからは少し質問を変えよう。死にたくないなら話してくれるよな?」


「は、はい…!」


「じゃあ、俺にお前が知る限りの闇魔法を教えてくれ」


「……は?」



 精々発狂して自我が死ぬまで俺の役に立ってくれよ?クソ女。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ