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親友

本日の投稿はここまでです。

「ぐっ…」



 どうも酒瓶を抱えていびきを掻いていた男の首にナイフを突き刺した僕です。


 今僕はジロッソとか言うチンピラ集団のアジトである地下で暗殺の練習をしている所です。



(…うん、鈍っては無いけど油断は禁物だね)



 腐敗臭を漂わせる血の臭いが充満する部屋には合計22人の死体…どうやらここは汚らしい寝具が並べられたチンピラ達の寝床で、酒に酔っていたのかここまで殺すのに誰も目覚める気配が無かった。


 30秒も掛からない簡単な仕事に思わず気が緩みそうになるけどここはグッと気持ちを引き締め、家畜の寝床の方がまだ綺麗な寝床と汚い悪党共の身体を探っていく。



(んー…特に犯罪に繋がる様な物も情報も無いか…というか…なんか身体の調子がいいな…?)



 漁りながら感じていた身体の違和感…いつも気を付けている忍び足も凄く自然に無意識で出来るし、棚に掛かっている鍵や小箱の鍵も物理的な施錠であればとても開けやすく感じる。


 それに【解析】をしなくても感覚的に罠が掛かってるか掛かってないかが分かる気がする…何だこの違和感は…。


 まさか新たな才能が芽生えた…?でも才能ってかなりの修練を積まなければ芽生えないはずだけど…今度教会でもう一度適性の儀をして確かめてみるか。



(さて、次に行くか)



 扉に耳を当てて周囲の音を探るが足音も呼吸音も無し。


 念の為に【気配察知】と【魔力探知】を伸ばして見ても結果は同じ。


 ゆっくりと扉を開けて部屋を出るとそのまま別の部屋の前まで移動しナイフを握る。



(部屋の中には16人…一瞬で終わらせる)



 そして扉を開けて勢いよく飛び込み―――僕はナイフを下ろした。



「酷いな…」



 その部屋にはボロ布を纏った女性と子供達が絶望しきった表情で鉄で出来た枷を嵌めて壁に鎖で繋がれていた。


 状態を見るに何日も食事を抜かれているのか骨が浮き出ていたり浅い呼吸を繰り返している人もいて…魂ももう少しで黒く染まるぐらいに濁っている。


 ここで何が行われていたのかは容易に想像出来る…僕の中でジロッソという組織に対して何かが激しく燃え上がった気がする。



「皆さん、意識はありますか?」



 そう声をかけても身動ぎ一つしない女性達。



「今から僕はこのアジトにいる奴等を皆殺しにして皆さんを助けます…遅くなってすみませんでした」



 震えそうになる声を抑え、力強くそう告げると二人の女性が生気のない、絶望しきった濁った瞳で僕を見る。



「こ…ろし…て…」


「もう…いや…」


「っ…」



 もしこの状態から生き延びてもこの人達からしたら消えない忌々しい過去がこの先の人生に枷の様に付き纏って来る。


 それは生半可な覚悟じゃ受け入れられないし、苦汁を舐めても、泥水を啜っても生きるという覚悟が無いといけない。


 その覚悟は誰しもが出来る訳じゃない…だったら今、ここで僕が苦しませず殺してあげた方がこの人達は幸せになるだろうが…僕は悪人以外殺さないと誓っている。


 この誓いだけは絶対に曲げてはいけないんだ。


 信念無き刃はただの凶器…この刃だけは絶対に曇らせちゃいけないんだ。



「…ごめんなさい、僕のナイフは悪党を殺す為だけにあります。何も罪を犯していないあなた達にこの刃を振り下ろす事は出来ないんです」



 涙を流す女性に笑みを向けた僕は、



「今からあなた達が味わった苦痛も絶望も…全部僕が倍にしてあいつらに与えます。僕に出来るのはそれだけです」



 音を出さずに『虚無繰(からくり)』を棚引かせて片っ端から残りの部屋に突撃していく。



「っ!?だ―――」


(11人…)



 突然の乱入で声を上げた男諸共首、両腕、両脚を11人纏めて一瞬で斬り落とし、



(次…17人)



 食堂らしき場所で食事していた奴等の四肢と首を一瞬で斬り落とし、



(次…13人。次…4人。次…8人。次…次…次…!次…!!)



 たった二分。


 それだけで合計102人の四肢と首を斬り落とし終えた僕は更に地下に潜っていく。



(まだ地下にうじゃうじゃいるな…それに殺す度に身体の調子が良くなっていくし、【気配察知】も【魔力探知】の幅もどんどん広がっていく気がする…それに気力も魔力も少し増えてる様な…何なんだこれ…)



 力が湧いて来る不思議な感覚を振り払い地下に潜っていくとまたしても重厚な鉄の扉。


 だが、今回は【解析】しなくてもトラップは無いと分かり、上の鉄の扉以上に簡単に鍵が開いてしまう。



(やっぱりだ…もしかして…正体不明の神の贈り物(ギフト)【―――――】の効果か…?)



 ずっと謎だったヘイルとルミナが与えてくれた神の贈り物(ギフト)【―――――】の効果は『殺した相手の力や才能を自分の物にする』事なのか…?


 それならルミナに頼んだ覚えのない【鑑定】とか【皮革】の才能を持っている事も納得出来るけど…



(もしそうなら……)



 自分が更なる力を求めて誓いを破り、無差別に人を殺している姿を想像し身体が震える。



(これはより一層力に溺れない様に気を付けないとヤバいな…)



 そんな最悪な想像を頭を振って追い出し、僕は湧き出てくる力を抑えながら通路を疾走して次々と首と四肢を胴体から斬り離していく。



(……94人。合計196人…捕まってた女性が上に16人、ここに22人…合計38人。親玉にはどんな罰を与えてやろうか…)



 完全に制圧し終えた僕は更に下へと潜っていく。



(時間は15時半…まだこの事に首を突っ込んで30分しか経ってないのか。これなら王城に行く事も出来そうだ)



 ここまで来れば流れ作業…下まで辿り着き三度目の鉄の扉を開き、部屋に散らばった黒い魂の男達を殺し尽くした僕は―――



(ここまでで271人…ここが最後か)



 明らかに毛色が違う両開きの扉から漏れ出る甘ったるい眉を顰める。



(これは香か…?…いや、違う…これは違法薬物の臭いか…?)



 30年前では嗅いだ事が無い臭いだが、嗅ぎ続けていると思考に靄が掛かりそうな浮遊感、身体の芯が熱くなる様な高揚感、もっと嗅ぎたいと欲求を引き出す感覚は確実に薬物によるものだ。



(チンピラだと侮ってたけど、やる事やってるしっかりとした悪党だったって事か…【薬物耐性】があって本当によかった…抜くのは本当にキツイからな…)



【空間収納】から服を作る時に余った布の切れ端を取り出し、『虚無繰(からくり)』で臭気耐性の効果がある魔法陣を即席ながら施す。



(うん…やっぱり知識は蓄えておくに限るな)



 そして黒布で顔を半分覆った僕は両開きの扉を蹴り付け、大量の気配が集まる部屋に足を踏み入れる。



「―――ん?誰だお前…新入りじゃねえな?」



 そう言って来たのは入れ墨の入った両腕に布一枚だけを纏わせた女を抱き付かせている上裸の大男。


 身体は筋骨隆々で古傷も多く、赤い布地の大きなソファーに腰を下ろす姿は独裁者のそれだ。



「ショバ代を取りに来た男達について文句を言いたくてわざわざカチコミに来たんだよ」


「あぁ…?」



 不機嫌そうな声を出して胡乱気な目線を向けてくる大男。


 周りに視線を向ければ両腕に纏わせている女と同じく布一枚を身体に掛けて寝ている女共がいて、大男が座るソファーの両隣には同じソファー。


 そのソファーの上にも目の前の大男と同じ様な男と女が偉そうにふんぞり返っているが、僕から見て右のソファーに座る長髪の顔立ちが整った男がくつくつと笑う。



「カチコミ…ふふっ、随分威勢のいいお嬢さんだね?」



 馬鹿な奴なら引っかかる人好きそうな笑みを浮かべる男は僕の事を爪先から頭の先まで視線を這わせ、吊り上がった唇を湿らせる様に舌なめずりをする。


 …ぶっちゃけキモイ。



「おいおい、威勢がいい所じゃねーだろ。こいつはジロッソに喧嘩吹っかけて来たんだぜ?つーか、どうやってここまで降りて来たのか気になるなぁ俺ぁ」



 左側のソファーに座り女を抱き寄せて下品に笑う筋肉質な全身入れ墨男。


 もちろん男共の魂は真っ黒だし、この場に居る女共も全員黒。


 よかった…これで一人だけ魂が白い人がいたら扱いに困ったけど遠慮はいらないみたいだね。



「で…そこでこれ見よがしにふんぞり返ってる筋肉ダルマのブサ男がジロッソとかいうチンピラ集団のお山の大将やってるアンティ?それともそこの下半身でしか物が考えられない勘違い長髪がアンティ?それとも強さと男らしさと履き違えちゃったイキリ落書きがアンティ?」


「テメ―――は?」



 全身入れ墨男が立ち上がろうとした瞬間、僕は床に転がっていた寝ている女の頭を蹴り飛ばし隣の女の頭にぶつけ男を肉と血で染めた。



「ほら、今のも反応出来ないとかイキリ落書きじゃん。それで強者を気取ってるとか笑えるんだけど」


「お、お前…」


「あれぇ?二人称はテメェじゃなかったの?早速化けの皮剥がれちゃったねぇ…坊や?」



 口元は隠れてるから視線だけでニコリと笑みを浮かべれば入れ墨男は情けない悲鳴を上げながらソファーの裏に隠れてしまう。



「あ…悪魔…」


「悪魔ぁ?んー…確かにゴミカスのお前らからしたら悪魔かも…ねっ」


「ひっ!?」



 悪魔と声を漏らした長髪の男にも同じ様に足元の女の頭を蹴り飛ばすと血と肉片を浴びながら叱られる子供みたいにソファーの上で蹲る。



「でー?冷静装ってるけど内心ビビり散らして逃げたくて仕方ないお山の大将さんは?」


「な…何がも―――」



 左右の女の頭を床に転がった女の頭でカチ割った僕は、床に寝そべっている女を一人ずつナイフで突き刺して殺しながら口を開く。



「さっき言ったよね?アンティは誰だって。ショバ代の件で文句を言いにカチコミに来たってさ。暴力しか取り柄が無いみたいだから僕も君ら程度の知能レベルまで下げて誰が強いのか分からせてあげてるんだけど…脳みそ足りてる?ここにいっぱい空っぽでスカスカな脳みそが転がってるから口からその頭に入れてあげようか?」


「く、狂ってる…」


「狂ってるのはお前だろ。何の罪もない人様から笑って金を毟り取って人を物の様に扱ってんだから」


「……」


「それにこんな惨状になってんのに薬物に溺れて何が起きてるか分かってない、逃げようとせず悲鳴すら上げない、正常な判断すら出来なくなった奴なんか人の形をした肉塊だ。もはやこれは人じゃない、人の尊厳を自分からドブに捨てた価値の無いゴミカスの肉塊を、世界の害にしかならないお前らを掃除してるだけなんだよ。分かったかゴミカス」



 化け物を見る様に僕に視線を向けてくる大男。


 だけどお前達に与える恐怖も絶望もこんなもんじゃない。



「で?誰がアンティなんだよ?正直に僕の知りたい事を答えたら王都追放だけで命までは取らないって約束してやる」


「……俺がアンティだ…」


「へぇ…?」



【鑑定】で大男を調べてみると名前はゴードン…あれれ?



「ゴードン君じゃないの?」


「っ!?」



 床に寝ている物言わぬ肉塊に次々とナイフを刺しながら情けなくソファーの後ろに隠れている男達にも【鑑定】を掛けるが…糸目長髪はジュード、イキリ落書きはニックだと分かる。



「ジュードにニック…あぁ、もしかして偽名?そんな図体して偽名使うとか小賢しいねぇ?」



 ソファーの後ろからガタガタと震える音が強くなり、甘ったるい香に混じって別の臭いまで充満し始める。


 おいおい…いい歳こいて漏らすなよ…。



「さてさて…アンティだと名乗ったからには僕の質問に答えてくれるって事でいいんだよね?」


「…命は助けてくれるんだな?」


「お、助かる可能性が出た途端威勢が戻って来たね?いいよ、凄く小物っぽいじゃん」


「っ…」


「何いっちょ前に悔しそうにしてんの?事実を事実のまま受け止めろよ小物。…っと、命を助けるって話だっけ、いいよ?ゴードン君とジュード君とニック君を生かしてあげるぐらい。もうさ、このアジトにいる奴皆殺しにして疲れてたんだよねぇ」


「皆殺し…!?」


「うん、ぜーんぶ胴体から首と手足切り離して並べて置いてあるよ?こうやってね」



 格好をつける為に指をパチンと鳴らすと鋭い風が肉塊達の手足と頭を斬り飛ばし、更に部屋に充満していた香も吹き飛ばしてくれる。


 見せしめとしては十分な効果だろう。



「む、無詠唱…!?」


「見せしめだよ。暴力しか頭に無いお前達には一番分かりやすい指標だろ?誰に逆らっちゃいけないのか、誰の機嫌を損ねちゃいけないのか、誰に媚を売らなくちゃいけないのか…逆らったら、機嫌を損なったら、怒らせたらこうなるって事を念頭に置いて話してね?」



 そして僕は逃げられない様に扉の前に土魔法で椅子を作って座り、この男達が懇願する様に教えてくれる情報に耳を傾けながら温度の無い笑みを浮かべ続け―――



 ………


 ……


 …



「もう…ころし…て…くれ…くださ…い…」


「えぇ?せっかく約束通り生かしてあげてるのに」



虚無繰(からくり)』で空中に吊るされた用済みの肉塊達の身体を殺さない程度に切り刻み、神聖魔法の練習をしながら懇願を聞いていた。


 アンティことゴードンから引き出した情報はこうだ。


 僕がただのチンピラ暴力団だと思っていたラディア、ゴーヴ、ジロッソは本当に犯罪裏組織で、ロジェ率いるラディアは暗殺、マリー率いるゴーヴは売春、アンティ率いるジロッソは違法薬物を生業にしていているとの事。


 だが、更にその上…その三つの組織を纏め上げている『ケルベロス』というがあって、そのケルベロスに上納金として月に最低金貨50枚程の金銭や物品を送らないといけないらしく、その上納金が一番多い組織はケルベロスからの恩恵を賜れたり、ボスはケルベロスの幹部に取り立ててもらえるだとかで各組織は必死に資金繰りをしているんだとか。


 多分衛兵達が真面に取り合わないのはこの辺の事情…下部組織を潰したとしても大元の頭が潰せず、蜥蜴の尻尾切りで組織全体の根絶が見込めないから下手に動けないのだろう。


 だから僕がした事は蜥蜴の尻尾を潰しただけで、大元や他の二本の尻尾が警戒、逃走の機会を与える悪手でもあるのだが…他二本の尻尾のアジトはちゃんと聞いた。


 三つの下部組織が壊滅すれば大元には大打撃だし、逃げる様であれば動きが少し早く乱雑になる…はず。


 そこをとっ捕まえる事が出来れば万々歳だけど、そんなのは希望的観測であり机上の空論。


 だけどそれを実現出来うる男をたった一人だけ僕は知っている。


 そしてその男が“愛用していた剣”ならたった一日で壊滅させられる事を僕は知っている。


 だからさっさとその男の元にこの情報を届けたいけど…もう少しだけ実験させて欲しい。



「次は首が飛んでもどれくらいまでだったら回復出来るのか確かめさせてもらうね?」


「ひっ…」



 ゴードンとジュードの目の前にニックを吊り下げた僕はゆっくりと首にナイフを当てる。


 この悪党達で回復魔法を試して分かった事はこうだ。


 まず光属性の通常の回復魔法…この回復魔法で四肢欠損を治す場合には欠損した部位が無事に残っていれば少ない魔力でくっつき、欠損した部位が折れていたりバラバラになっていても問題なくくっ付いた。


 だけど火魔法で断面を焼いたり毒魔法で腐らせたりするとくっ付かず、更に断面以外を風魔法や氷魔法で切ったり傷つけたりすると同じくくっ付かなかった。


 多分これは魔法攻撃によってくっ付ける部位に他人の魔力が含まれる所為で、元の身体と欠損した部位で魔力の質が異なる事で修復の阻害、反発を引き起こしているんだと思う。


 だから腐らない様に氷魔法で凍らせたり、【空間収納】で保管したりするのは魔力が含まれちゃうので逆効果だという事が分かった。


 そして重要なのは失った血液は戻らず、回復を受ける側も生命力を消費するという事だ。


 だから戦闘で傷つきながら味方に回復してもらっても永遠に戦える訳ではない、逆に掛け過ぎると対象の体力を奪って衰弱死、その戦闘を終えても寿命をすり減らす事になると分かったのは大きな収穫だ。


 現に目の前の悪党達は回復魔法の掛け過ぎて初めて見た時より老けていて…ぱっと見70代にしか見えない程に髪も歯も抜け落ち、肌は水分を求める様にガサガサのシワシワ、筋骨隆々だった身体は萎んで骨と皮だけになっている。


 だけど神聖魔法の回復魔法は違う。


 この回復魔法は失った部位どころか血液まで回復し、対象の生命力も消費しないのだ。


 これは憶測だが…魔力ではなく、ミミさんが教えてくれた聖気という不思議パワーを使用しているからなんだと思う。


 そしてその聖気なんだけど…多分僕は背中の神印(メモリア)のおかげで無尽蔵に扱える様な気がする。


 今日のメルクリアさんとの模擬戦でも魔力も気力も底を尽きたのに、権能である【闇】と【光】だけは問題なく使えた事が証明になるはずだ。


 ただ…そんな無尽蔵に使える万能な神聖魔法でもこの悪党共の虫歯や薬物中毒だけはどうやっても治せなかった。


 これは光魔法の回復魔法も、神聖魔法の回復魔法も根本は“怪我を癒す為の魔法”だという裏付けで、環境や老い、生活習慣から自然と発生してしまう病気や、薬物による興奮作用や禁断症状なんかは身体がそれを正常だと認識してしまう所為だろう。


 だから最後に僕はこの物理的な怪我に対して万能の神聖魔法が何処まで万能なのか試す為に―――



「さぁ、どうかな?」



 絶望に塗れているニックの首を斬り落とし、その鮮血がゴードンとジュードの顔を真っ赤に染めた。



「で、首を乗せて………うん、即死はダメみたいだね」



 即死の傷でも数秒以内なら癒せるか試したが、神聖魔法はそこまで万能では無かった。



「酷い…惨すぎる…お前は悪魔だ…」


「だから言っただろ?悪党にとっちゃ僕は悪魔だって。それにこの仕打ちを受けるのにお前達は十分な事をして来ただろ?」


「がっ…」



 ジュードの胸に回復魔法を纏わせたナイフを何度も突き立て衰弱死させる。



「これは今まで不幸にしてきた人達の恨みだ。有難く受け取れ」



 最後は見る影も無くなったゴードンの額にナイフを突き刺し、ジロッソをたった一人で壊滅させた。



「…17時か、少し実験に時間を掛け過ぎたな」



 そして僕はアジト内に残る犯罪の証拠や物品を片っ端から【空間収納】に仕舞い―――





 ■





「―――ここは王城だ、子供が何の用だ」



 空も暗くなり少し雪が強くなった18時…僕は『空爪駆(あまがけ)』をフル活用して何とか王城に辿り着いた。



「僕はシオン・ユニコード・ラザマンド、ルクス・フォン・ローゼン国王陛下に面会をしたく参りました」



 食らえ、ルクスからもらったローゼン王国の徽章。



「っ!?た、大変失礼致しました!開門だ!すぐに開門して差し上げろ!!」



 ふっ、決まったな。



「すみません、助かります」


「こ、こちらこそ不遜な態度、申し訳ありませんでした!」


「いえいえ、それが門番の役目ですから」



 大きな音を立てて開く城門を潜ると外から見た王城とは全く違う光景が広がる。


 これをチアラさんが作ったって言うんだから本当に驚きだ。



「あの…移動の馬車は…?すぐにご用意出来ますが…」



 確かにこの城門から王城までかなり距離があるけど問題ない。



「大丈夫です。僕はユニコードですからね」



 僕は鋼鉄魔法で足を覆い、その下に車輪を四つ直列で並べたなんちゃってローラーブレードを即席で作り、驚く門番に手を振って悠々と進んでいく。



「これ、街中で使う分にはいいなぁ…」



 毎回長距離移動で馬車を使うのも面倒だし、かといって朝とか昼の勤務ラッシュ時に『空爪駆(あまがけ)』でピョンピョンしてたらいつかバレるかも知れない。


 今度から街中の移動はこれだな…そんな事を思いながら庭園に目を向けると騎士団らしき人達が木剣を利用した打ち込み練習をしていて、そこにはリュートさんの姿もあった。



(まぁ、今は話しかける時間も勿体ないから話しかけないけど…もしかして相手してるあの女性がリュートさんの想い人かな?)



 汗と飛ばしながら長い金色の髪を振り撒く緑色の瞳の女性…何処となく戦っている時の目つきはリベーラさんに似てるけど…



(…まさかとは思うけど、リベーラさんに対する憧れを拗らせてリベーラさんっぽい人じゃないと好きになれないとか無いよね…?さ、流石に邪推し過ぎか…あはは)



 石畳をゴロゴロと音を立てながら進み、僕はようやく王城の門の前へ。


 すると門が勝手に開き、謁見の時と同じ様に左右に控えた40名近いメイドさんが一糸乱れぬ動きで頭を下げた。


 そしてその中央には見覚えのある燕尾服をビシッと着こなした老紳士…セバスさんがいた。



「これはシオン・ユニコード様、本日はどの様なご用件でしょうか?紅茶の極意を教えるのには些か日が落ちておりますが…」


「こんな時間にすみませんセバスさん。ルクス国王陛下に至急ご報告しなければならない事がありまして…」


「…左様でございますか。ではご案内致します」


「お願いします」



 至急という言葉に目つきを鋭くして僕を誘導してくれるセバスさん。


 豪奢で長い廊下を進み、謁見の時にも乗った魔導昇降機に揺られ、また長い廊下を進んでいると―――



「…あら?シオン?」


「ララティーナ王女殿下…ご機嫌麗しゅう…」



 部屋から簡素なドレスを身に纏い汗を拭うララティーナさんが現れた。


 ぶっちゃけ今は滅茶苦茶会いたくない…絶対に僕がルクスと話すと言ったら聞きたい、行きたいとか駄々をこねそうだし…



「…何でそんな嫌そうなのかしら?」


「そんな事ありませんよ。ダンスの稽古をしていたのですか?」


「そうよ、あの時のダンスはなかなか刺激的だったもの」


「お気に召して頂けたなら光栄です」


「それで?どうしてここにいるのかしら?」



 うっ…話題ズラし失敗…。


 もしここで服について~とはぐらかせば服なら私もとなる可能性があるし…何かいい言い逃れが出来ないか…



「シオン様は私から紅茶の極意を学ぼうとわざわざ足を運んでくださったのですよ」



 おお…!いい理由だ…!流石セバスさん!



「あら、そうなの。なら丁度いいわ、私にも淹れて頂戴な」


「「……」」



 あー!そうだった!レッスン終わりだったよララティーナさん!喉カラカラだよ!?


 どうするのセバスさん!?眉顰めてないで何とかリカバリーして!?



「…そういえばララティーナ様、料理長のビルスが最近王都で人気の菓子を仕入れたとか」


「シオン、また今度頂くわ」



 スカートを摘ままずそのまま綺麗なフォームでダッシュして消えるララティーナさん。


 甘い物好き…これは使える情報だな。



「申し訳ありません、シオン様…」


「いえ…今度、ララティーナ王女殿下とその料理長さんにお菓子を持って来ますね」


「…私はしょっぱい菓子が好きですね」


「分かりました」



 ちゃっかりしてるな…。


 でも何とかララティーナさんを躱した僕は一つの両開きの扉の前に辿り着いた。



「ルクス様、シオン・ユニコード様がお見えになっております」


「―――そうか、入れ」



 落ち着いた声色に招かれセバスさんが開けてくれた扉を潜り、すぐに片膝をついて左胸に手を当て首を垂れる。



「シオン・ユニコード・ラザマンド、ご連絡も約束も無く御身の前に参上した事、大変申し訳ございません、ルクス・フォン・ローゼン国王陛下」


「ラザマンド…ふっ、そうか」


「…?」


「いや、何でもない。して、余に何か用があるのだろう?そんな所におらず座りたまえ」


「はっ」



 執務机から傍にあったソファーに腰を下ろすルクス。


 僕も後から対面に腰を下ろすとセバスさんが美味しそうな紅茶と茶菓子を長テーブルに用意してくれた。



「ここからは堅苦しい言葉は不要だ」


「かしこ…分かりました」


「それでよい。で?用は何だ?」


「…実は、王都に蔓延る裏組織の一角、ジロッソという組織から襲撃されました」



 するとルクスと隣に控えているセバスさんもピクリと眉を動かす。



「ほぉ…何故襲撃されたのだ?」


「実は自分の家を持ったのですが、ここに住むならジロッソに金を払えと脅されまして…断ると胸倉を掴まれて殴られました」


「…メルクリアが弟子と認めたお主がただでやられ、ここまでおめおめと来た訳でもあるまい…何があった?」


「はい…それがその…ムカついてしまい、殴って来た奴らを返り討ちにして尋問した所、アジトと思わしき情報を吐いてくれたのでむかっ腹のままその文句を言いにアジトに突撃し、寄って集って怖い男達が僕を殺そうとして来たので正当防衛としてジロッソの構成員と思わしき人物の皆殺し、ボスと思わしき人物の尋問、証拠の押収、被害者の安全確保をして組織を壊滅させました」


「…なにっ!?」



 衝撃的だったのかルクスは声が裏返ってるし、セバスさんは目を見開いて僕を見つめてくる。



「その事と、残りの組織のラディア、ゴーヴの情報、その下部組織を纏めているケルベロスという組織の情報を伝えようと参った次第です」



 テーブルの上に取り出すはジロッソのアジトにあった書類束。


 違法薬物の取引履歴、違法薬物の生成方法、地域からの徴収履歴、盗品の取引履歴、各娼館からの取引履歴etc…様々な書類と違法薬物の現品を並べるとルクスは深い溜息を吐いた。



「そうか…潰してしまったか…」



 やっぱり蜥蜴の尻尾切りになると考えて泳がせていたのか…?



「…いや、今の言い方は悪かった。これでは余が容認していたと思われかねないな」


「…という事は大元、ケルベロスを逃がさず潰す為に泳がせていたのですか?」


「そうだ。ケルベロスは用心深い…何度追い詰めようとしても逃げられてしまい、またこのローゼン王国に戻り悪事を働くのだ」



 なるほどねぇ…?追い詰めて王都から追い出してもまた戻って来るのか…。


 となると、国力を削ぐのと同時に利益の享受、情報を得たい者の仕業か。


 普通に利益だけを求めるのならわざわざバレて警戒される場所じゃなく、何も知らない場所で一から利益を出してまた別にというのが安全だし、バレても同じ場所で同じ事をするのはそうとしか考えられない。


 だけど一つ引っかかるのは【未来予知】の神の贈り物(ギフト)を持っているのに何度も逃している事だ。


 ルクスの事だから何か考えがあるんだろうけど…今は話の流れに乗っかろう。



「…まさかケルベロスは他国からの工作員の可能性が?」


「余とシルヴィはそう考えている」



 よかった、流れは合ってるみたいだな。



「そうだったんですね…折角の作戦を台無しにしてしまい申し訳ございません」


「いや、よい。余もそろそろ我慢の限界だったからな」


「という事は…?」


「これを機に打って出る。もちろん他の組織の情報もあるのだろう?」


「もちろんです。ラディアのアジト、ゴーヴのアジト、組織の規模、両方とも把握済みです」


「よくやった。だが…ここでケルベロスを逃がすのは惜しいな…」


「それなんですが…今日中にこの二組織を壊滅させた場合、ケルベロスの情報も漏れているかも知れないとケルベロスに思わせる事が出来るのでは無いでしょうか?」


「ほう…?続けたまえ」


「はい、そう思わせれば逆に取り物の騒動に紛れて王都外に逃げると思うんです。そこで捕まえるのはどうでしょう?」


「なるほどな…面白い考えだがそう簡単に逃げると思うか?」


「逃げなくとも何かしらの動きは見せると思います。既にジロッソは壊滅、残りの下部組織も同時に襲撃されればケルベロスは手足を全て失う事になります。そうなれば一度体制を整える為に身を隠す、もしくはケルベロスを操る他国に連絡を取る為に動くかと」


「…確かに今まで同時に三つの組織を襲撃出来た例は無い…なれば相手も浮足立つかも知れんな」


「そこを掬えれば因縁を断ち切れるかと」


「ふむ…」


「ただ、ここで気を付けないといけないのは―――」


「こちら側からの情報流出だな」


「その通りです。組織襲撃を命じた時に内部に敵がいればいち早く敵に情報が渡ってしまいます。なので本当に信頼出来る者のみの少数精鋭での制圧…それも生半可の実力ではなく圧倒的な実力を持つ者に迅速な壊滅をしてもらわないといけません。僕が壊滅させたジロッソは300近い構成員がいました。隠し通路に隠れていたり逃げられる事も考慮して人選しないと根絶は難しいかと」


「更に時間との勝負だな。時間を掛ければこちらの動きを悟られかねない…身内を疑わねばならないのは難儀なものだな…」


「いくら統率しても個人個人は欲に弱い人ですからね…」



 お互いの顔を見合わせて重苦しく溜息を吐き捨てる…これは昔から『俺達』がする癖だ。


 不謹慎だけどこのやり取りは本当に懐かしい…。



「…陛下、お耳を」



 昔の思い出に浸っているとセバスさんがルクスの耳元で何やら囁く…が、その声量だと【風の声】の才能を持つ僕には丸聞こえだ。



(この襲撃、私の部隊にお任せ頂けませんか?)



 む…?セバスさんの部隊…?



(ふむ…四人で何とかなるのか?)



 四人という事は少数精鋭の部隊…暗殺部隊か?



(私も向かわせて頂きます)



 それでも五人でしょ…?ラディアは暗殺を生業にしてるから生半可な実力じゃ返り討ちにされるだろうし、ゴーヴは売春を生業にしてるから色んな場所に構成員が散らばってると思うけど…



(…………分かった、セバスに任せる)



 あの長い沈黙はセバスさんの未来を予知した…か?


 それで任せるというのなら問題ないのかもな。



「…シオン、この一件はセバスに任せるが問題ないか?」


「はい、ルクス陛下が決めた事であれば僕からは異論はありません…が、一つ合わせてお願いしてもよろしいでしょうか?」


「む?その願いとは?」


「僕が潰したジロッソのアジトに残してきた被害者の保護、被害者から巻き上げたであろう金品や物品の分配もお願いしてよろしいでしょうか?流石に被害者を連れていると目立って他の組織に悟られる可能性があったので…」


「そうか。セバス、即座に動け」


「承知致しました」



 そう言って恭しく頭を下げるとセバスさんはアジトの情報が載った資料を持って部屋を出ていく。


 そしてこの部屋には僕とルクス…いや、『俺』とルクスだけ。



「さて…シオン」


「何でしょう?」


「そなたに問う…本当の名は?」



 ああ―――やっと堂々とこの名を言える。



「―――俺はシエル・フォン・ハーティ。代々王家の影として仕えた暗殺一家で人を傷つける事が出来ず出来損ないと見捨てられ、ルクス・フォン・ローゼン第二王子に救われたお前の『影の剣(フェイル)』だ。あまりにも地獄に来るのが遅いから心配で見に来たぜ、親友?」


「…!そうか…そうか……!」



 皺の多い顔を歪ませて大粒の涙を零すルクス。


 そんな姿に涙が溢れそうになった僕は涙を隠す様に笑みを浮かべながら再会を分かち合う様に強く抱きしめ、



「会いたかった…!また会えてよかった…!親友…!」


「っ…あぁ…俺もだ、親友」



 力強く抱きしめ返され大粒の涙を零した…。

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