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自然を乱す獣

「…うん、魔力は感じれてるし、純粋な魔法に関しては魔法が無かった世界で色々空想してたのと、現象の構造が理解出来る分、魔法はそんなに苦労しないね」



 四つ目のエネルギーである魔気を習得した日から約二ヶ月。


 気力、魔力、魔気の循環に力を入れて息をする様に切り替え、混ぜ合わせが出来る様になった『僕』は、日課のランニングと運動こなして『俺』の必殺技を会得する為に魔法の練習に力を入れていた。



「んで…この炎の違いが『詠唱』が必要な理由かな…?」



 今、手袋を嵌めた『僕』の両手には赤い炎と青い炎が一つずつ浮かんでいる。


 左手の赤い炎はただ炎をイメージしたもので、魔力消費を無理やり数値化するなら10ぐらいを使って生み出した炎。


 右手の青い炎は明確に火が起こる仕組みをイメージしたもので、魔力消費は左手の炎の半分、5ぐらいで生み出せて火力も数段上がった炎。


 その性能差は何だろうとしばらく頭を悩ませた『僕』は、『俺』の記憶で高威力の魔法を放つ魔法師が必ず詠唱している事に着目した。


 ただ単に火の球をぶつける魔法なら『ファイヤーボール』と叫ぶだけで火の球は対象に向かって飛ぶのに、炎の槍を放つ『ファイヤーランス』や炎の壁で焼き尽くして防ぐ『ファイヤーウォール』、火の上位属性で爆発する『プロージョン』は短くても【立ちはだかる敵を貫け】とか、【我が身に降り注ぐ困難を焼き尽くせ】とか、【侵略の歩みを防ぎ爆ぜよ】とか、高度な魔法だったり威力を上げるのには詠唱は不可欠らしい。


 ただ…今、『僕』の右手には詠唱を使わずに普通の火より消費魔力も抑えられた火力が高い青い炎が生み出されている。


 という事は、詠唱は魔法を使用しようとしている術者のイメージの欠落や不足、もしくは曖昧な物を魔力の追加消費という形で不足を補い魔法を発動する為の方法で、明確なイメージさえ出来ていれば『無詠唱』で追加消費も無く、逆に完全にその魔法を理解出来てしまえば少ない魔力で高度で高威力の魔法も扱えるのではないか?と考えた。


 そしてその考えは正しいらしく、同じ量の魔力を込めた普通の炎では目の前の地層に焼き後を残すだけの結果になったが、『俺』の記憶を頼りに詠唱付きの炎は拳二つ分の穴を地表に刻み、より明確にイメージした炎では大きさも火力も上がって目の前の地層に大人の人間を縦に入れてすっぽり入るぐらいの穴を開け、露出していた一部の鉱石が若干溶けていた。



「―――検証結果!詠唱は必要ない為、暗殺にも使用出来る!」



 暗殺に使える武器が増えた事にホッとしつつ、今度は左手に黒い球体、右手に白い球体を生み出し…唸る。



「ただ…暗殺っていう絶対にしくじれない場面で使うなら才能の恩恵を受けた属性だけ使った方がいいよね…明らかに闇と光属性の扱いが楽過ぎる…」



 グネグネと形を変えて黒と白の猫、犬、鳥、ペンギン、クジラを空に浮かべて本物そっくりに動かすが…あまりにも簡単過ぎる。


 もしこれを火や水、土でやろうとしたら魔力消費が激しい上に、魔法の維持と造形に思考を割かれて不安定になっていくが、闇と光に関しては維持をしようだとか造形をしようだとかそんなものは余分だと言いたくなる程に完璧に手足と同じ様に無意識で動かせる。


 しかも一番驚いたのが魔力消費量。


 青い炎で地表を抉った規模の威力を出そうとしたら0.1どころか体感では魔力を使わずに同じ規模の威力を出せるのだ。


 きっとドラゴンを喰った何かと戦う時は絶対に必要になるのはこの闇と光なのだが…気になるのは何故か背中がじんわりと暖かくなり、心なしか『僕』の背中が皮膜服を突き抜けて闇なら黒、光なら白の光を発している様に感じる事だ。



「この感覚が才能の有無なのか、それとも闇と光はヘイルとルミナ(主神様達)の権能だから才能より上手く効率的に使えてるのか…これは要検証だね」



『僕達』はルミナから基本四属性の火、水、風、土、上位四属性の爆、氷、雷、鉄の才能は与えてもらっていない…与えられた系統外属性の【闇】と【光】の権能のみ。


 それに今ここで修行をしている最中に才能が芽生えたとしても確認する方法が無く、感覚という曖昧な物を頼りにする必要がある。


 ただ、修行をしていけば扱いは今よりも上手くなるだろうからその時の感覚が修行の成果なのか、それとも才能が芽生えたからなのかが見極め辛い。


 その上、才能と権能の違いもまだ分かっていない―――いや、きっと権能の方が才能より凄いのだろうが、単純に比較する為の確定的材料、才能と無才能と才能の差の知識がない。


 その曖昧な感覚で勘違いを起こし、自分の中の常識を作れば確実に周りから浮く…“あれ?これぐらい普通ですよね?”と街一つ消し飛ばす魔法をポンポンぶっ放したり、“あれ?全属性使えるのって当たり前じゃないんだ”と様々な属性を見せびらかしたり、“え?まだまだ一割も出してないですよ?”と規格外な魔力を放出したり、“こんなのただの空飛ぶトカゲじゃないですか”とドラゴンを狩って素材を換金するような一目置かれる存在、非常識な存在になるのだけは絶対に『僕達』暗殺者にはあってはならない。


 だからこの辺の差異は慎重過ぎる程に慎重に、考え過ぎる程に考えて周囲とのズレを徹底的に矯正して溶け込む努力をしなくてはならないのだ。



「…うん。闇と光はもう練習の必要が無い錬度で扱える。基本四属性は水と土が比較的扱いやすい…『俺』が水の適正で、『僕』が土の適正なのかな…?上位四属性は爆、氷、雷、鉄どれも扱いやすい…これは『僕』の現代知識が絶対に影響してるな…となると、水場に居る時は火の練習をして、森に入る時は風の練習だな」



 その日も『僕』は徹底的に魔力が空になる様に魔法を使い続け、気力を使い果たすまで基礎訓練とナイフ術、体術を始め、木で作った様々な武器を使える様に『俺』の記憶を頼りに特訓して泥の様に眠りにつく…。





 ■





「…ふぅぅぅぅぅ…」



 腹の底から吐き出される重苦しい空気。


 今、『僕』は湖の上に立ち、轟々と音を立てて水を落とす巨大な滝の前に居ます。


 この世界にこの身体で転生してから約一年…6歳の身体は7歳となり、身長も髪も少し伸びました。


 筋肉はほぼと言っていい程に付いて無く華奢で女の子らしい体付きだけど、胸は大きくなってません。


 でも、これを見れば『僕』が成長しているのが分る筈です…見ていてください我が主神様達。



「…魔気解放」



 そう呟いて『僕』の意識を切り替えると髪は巻き上がり、周囲の水が不自然にバシャバシャと弾けて空気がどっしりと重く伸し掛かる。



「目標を定め…」



 深く腰を落とし、左手は五指を開いて力まずスッと前に差し出し、視線は鋭くジッと目標を射貫き続ける。



「狙いを定め…」



 前に差し出した左手は弓、後ろに引いた右手は矢。


 右手の五指を矢に置き換え、一本一本を目標に当てる為にゴキゴキと骨を調節…そして、



「―――『五式飛穿(ごしきとびうがち)』!!!」



 一歩前に踏み出しながら勢いよく右手を前に放つと、水のカーテンが抉られ裏に隠れた地層を曝け出しながら弾け飛び、数舜後には大量の雨粒となって『僕』を濡らした。



「…ふぅっ。感触はあった…」



 右手に伝わった硬質な何かを抉る感覚。


 頭上に生み出した氷の板を傘代わりにして降り注ぐ雨の中を進み、徐々に元の形へと戻って行く滝も潜る。



「…!やった!成功した!!」



 そこにあったのは滝の裏に隠された小さな穴に佇む鉄の人型模型。


 その人型模型には上から額、両目、喉、心臓に印がつけられており、その印が綺麗に抉られ岩肌の地面には拉げた金属が転がっていた。



「親指で喉を、人差し指で右目、中指で額、薬指で左目、小指で心臓を抉り千切る『五式飛穿(ごしきとびうがち)』…これで『飛穿(とびうがち)』は問題なく使える…!」



 ようやく完璧に会得出来た初めての人を殺す為だけの暗殺術に心臓が激しく喜びを主張してくる…可愛い奴め。


 暗殺術の基本中の基本であり、真髄は姿を見せず一撃で確実に殺す事。


 隠れる方法、音や匂い、気配や殺気を完全に消す方法、気力や魔力を察知して肉眼で見ずに人と配置を確認する方法、痕跡を残さず事故死、自然死に見せかける方法は既に習得済みだが、直接的に人を殺す暗殺術は『飛穿(とびうがち)』が初めてだった。


 最初はただただ右手を突き出して何も変化がない時は幼少期にやる憧れたヒーローの真似事みたいな状態になって一人で顔を赤くしたけど…最初に『飛穿(とびうがち)』で心臓を抉った時の達成感は半端じゃなかった。


 そして『飛穿(とびうがち)』を指の分だけ分散させて急所を抉り千切る『二式飛穿(にしきとびうがち)』も成功させた時は同じ様にはしゃいだけど、やっぱり五指全てで別々の急所を狙う『五式飛穿(ごしきとびうがち)』の完全成功の喜びには優らなかった。



「ただ…これはフェイルが使っていた最強の技の前提技…」



 どれだけはしゃいでたかは分からないが、一通りはしゃいで湿った岩肌の地面に寝転び心を落ち着けた『僕』は、『俺』の記憶にあるフェイルが一番好んで使い、誰にも見抜けない、誰がどうやって殺したのか悟らせない最強の技を思い浮かべる。



「『虚無繰(からくり)』…これが習得出来るかどうかが『僕達』の運命の分かれ道だ…」



 気配察知にも魔力探知にも引っかからず、肉眼でも捉えられない不可視の糸『虚無繰(からくり)』。


 伸縮性良し、縛って良し、切れ味良し、貫通性良し、纏めて打撃しても良し、身体に巻いて防具代わりにするも良し、相手を身体の主導権を奪って操り人形にして殺させるのも良しの魔気製の万能糸がフェイルの最強技。



「早速練習…って言いたいけど、練習するなら数ヶ月以上は集中するから今の内に食糧を貯め込んでおくか…」



 早く『虚無繰(からくり)』をものにしたい気持ちをグッと堪え、修行に集中出来る様に備えようと思った『僕』は、鉄並みに硬い樹の皮を合わせて作った鞘に収まった二本のナイフを右の太腿と左の脛に頑丈な蔦で巻き付ける。



「まずは魚からっ!」



 そして大きく息を吸い込み、滝つぼに勢いよく飛び込んで混じり気もゴミも無い澄んだ湖を、真っ白な髪を漂わせながら魚と同じ速度で泳いでいく…。





 ■





「こんなもんかな」



 満月の夜…今日の収穫である鹿やウサギ、寝床を探してた時に狙われたライオンっぽい獣や熊も含めて90体、綺麗な銀色の魚や明らかに毒だろうと分かる毒々しく色鮮やかな魚を含めて120匹、大量の瑞々しい野菜や山菜を【空間収納】に入れ、血抜きで全身に飛び散った純粋な臭いがする血を綺麗な川で洗い流した『僕』は、少し湿り気のある髪が鬱陶しくて蔦でポニーテールに縛り終えた所だった。



「今夜も青い月が綺麗だ」



 よく告白に使われる文句を自然と呟き、自然豊かで人間の陰謀も何もない綺麗な世界で川に足を入れてパシャパシャと水を撒き上げていた時、



「―――遂に来たか、この時が」



【直感】が告げる―――奴が近づいて来ると。



「『虚無繰(からくり)』が使える様になったらと思ったけど…決着をつけるか」



 人間らしい気配は常に殺している。


 魔力探知が出来るかも知れないと備え、魔力も森に漂う自然の魔力に同調させて紛れ込ましてるから人間らしい魔力は消えてる。


 落ち葉と手で掘った土を混ぜて洗ったばかりの全身に擦り付け、奴が好きであろう人間の臭い(美味しい匂い)も消した。


 ドラゴンの牙を削って研いだ光沢のあるナイフにもしっかりと落ち葉と土を擦り付けて光沢と色味を消した。


 夜の暗さに紛れる様にドラゴンの黒い鱗を研いで研いで研ぎまくって形成したナイフを何十本と並べ、一本一本手早く完璧に不備がないかチェックした。


 戦闘が森の中で起きようと、水の中で起きようとも食料調達の狩りで鍛えたから問題ない。


 元々あの大木とドラゴンの鱗を砕く力があったから防具があっても無くても変わらない、それは準備の時から諦めているし、『僕』の姿を見せる事なく奴を―――殺す。



(【直感】的に…こっちか)



 音も立てず気力を纏って一息で背の高い大木の枝にぶら下がり、身体を振って勢いをつけて次々と枝から枝へと飛び跳ねて奴がいる場所まで向かって行く。



(一応【鷹の目】も使っておこう)



 目に意識を割けばパッと視野が広がり遠くの物がより鮮明に、遠くの葉の輪郭までもがクッキリと見え始める。


 視覚強化の【鷹の目】という才能は【遠見】という狩人や斥候、船乗りが多く会得している才能の上位互換であり、【遠見】の限界距離は1㎞だが、【鷹の目】は無理をすれば5㎞先まで見えるという性能で、ヘイルの権能【闇】と合わせれば光が無くても遠くを見れるというシナジーが生まれる。


 そして視野が広がり鮮明になった事で更に『僕』は速度を上げ―――



(…いた…あいつか…あいつが俺の第一目標…)



 距離にして2㎞先、ドラゴンを喰い殺し、『僕』を吹き飛ばして左腕をへし折った奴がいた。


 異常に発達した四本の前爪に胴体から後ろに掛けて頑丈そうな鱗に包まれた四足獣の体躯。


 背中には二対四羽の黒々した巨大な蝙蝠の羽といやらしく口を裂いて舌を伸ばす尻尾の蛇。


 顔に当たる部分は下卑た人面で、額から三対六本の角を生やすその獣は―――『マンティコア』。



(『俺』の記憶ではかなり小柄なはずだけどあれは巨体過ぎる…長く生きた突然変異個体か…?それにあいつ…喰う為に殺したんじゃないのか…?)



 目を凝らせば木々の隙間から見える巨大な青白い鱗の蛇がピクリとも動かず横たわっていて、マンティコアはその蛇の死骸を喰うのではなくただ前爪で切り刻んで弄んでいる様に見える。



(…そういえばドラゴンの死体もそうだ。喰ったのは喉の辺りの一ヵ所だけで、他は爪で裂かれたり甚振られている様な傷だった…)



 ああ―――どんどん『僕』の中が不快感で満たされて冷えていく…。


 こんなに綺麗な世界をお前のどうでもいい他者を貶める事でしか満たされない優越感で穢さないでくれ…。


 ここは人の業とは無縁の純粋で綺麗な弱肉強食の世界…その蛇はお前が狩った獲物で、命を奪ったお前はその蛇を余す事無くお前が生きる為に喰う義務があるんだ…。


 だからちゃんと喰ってくれ…頼むから…じゃないと『僕』は―――



(…ああ、そうか。それがお前の答えなんだな)



 その瞬間、『僕』の視界を彩っていた美しい青い満月も、満点の星空も、月光に照らされて輝いていた川も、空に向かって日をたっぷり浴びた緑の葉も全て白黒に染まり、壊れた玩具には興味がないとばかりに立ち去ろうとするマンティコアに向かって瞬発した。



(お前は遊びで命を弄んだんだ。どんな事をされようが、どんな状態になろうが文句言うなよな)



 枝の上を走り飛びながら右手に構えるのは五指を何かを掴む様に均等に曲げ開いた『飛穿(とびうがち)』。


 左手に構えるは逆手で握ったドラゴンの牙のナイフ。


 身体を捩って枝を躱しながら一蹴り、また一蹴りと枝を蹴りつけて加速する。



(魔力はイメージを具現化する力。気力は潜在能力を引き出し強化する力。探知されないギリギリに調整して魔気を生み出す。…イメージは『虚無繰(からくり)』の不可視性と強力で誰も千切れない糸…)



 五指の指先から漏れた魔気が『僕』のイメージに沿って細い線となり、撚り合わさって不可視ではない半透明な太い糸となっていく。



(不可視は無理か…でもこれで十分だ)



 狙いはマンティコアではなく何もない上空。



(残り距離1㎞…いける!)



 空に向かって太い糸を飛ばす『僕』。



(…固定!!)



 狙った場所に太い糸が到達した瞬間に糸の先端がその場で留まる様に魔気に含まれた魔力で空中に固定。



(魔力で伸縮性、弾性、硬度を付与…気力で特性を強化…イメージはゴム…!)



 魔力で糸の性質が変わり、気力でその性質が十全に引き出され、身体が引っ張られそうになるのをグッと堪えて更に腕を引いて負荷を掛け―――



(疑似…『空爪駆(あまがけ)』!!)



 空に向かって『僕』の身体を弾き飛ばす。



(フェイルはこの複雑な工程を息をする様に一瞬で何本も不可視の糸を作るんだよな…『僕』は不可視どころか集中して時間をかけて一本…まだまだ先は長いね…)



 一瞬で500mの距離を吹き飛んだ『僕』は眼下に見える獲物…否、暗殺対象を睨みつけ右手をゴキゴキと鳴らす。



(奴の羽は四枚…『四式飛穿(ししきとびうがち)』で…)



 そう思って『四式飛穿(ししきとびうがち)』を準備しようとするといつもとは違う、警告する様に頭痛を伴った【直感】が働く。



(っ…『四式飛穿(ししきとびうがち)』じゃ傷ついても抉り千切るまでにはいかないか…なら『飛穿(とびうがち)』だな)



 五指を均等に曲げ広げ、一ヵ所を徹底的に抉り千切る『飛穿(とびうがち)』を構えると、『僕』がしようとした事が分ったのか【直感】がまたも頭痛と共に警告する。



(今度は『僕』の身体が壊れるかも知れないか…そりゃ、7歳の身体で暗殺者として完成したフェイルが使う技を連続で使おうとしてるんだから…でも、ここであいつを殺さないとまた同じ様に弄ばれる奴が出る…だから今ここであいつを殺す)



 殺気は殺したまま明確な殺意を持つと【直感】は頭痛を取り去ってくれる。



(さぁ…千切れたり動かなくなるなよ『僕』の右腕…)



 グッ、グッ、と何度も右手を握りしめ、どんどん近づいて来るマンティコアの二対四羽に狙いを定めながら身体をグルグルと回転させ―――



(『幾重飛穿(いくえとびうがち)』!!!!!!)


『ッ!?グギャアアアアアアアアアアアアアア!?!?』



飛穿(とびうがち)』を連続で四発放ち、羽を前側左右一枚ずつと後側の左一枚を抉り千切ったが…残りの一枚は痛みで身体が言う事を聞かず狙いが外れ地面を抉り千切った。



「くそっ…!最後の一撃を外した…!でも…それなら空には逃げられないだろ不細工」


『グルルルルルル…』




 口端から垂れるのはさっきの蛇の血なのか己の血なのか…孤児を、子供の奴隷を弄び壊れたら捨てる腐った貴族共と同じ臭いの血を垂れ流し、殺意が籠った真っ赤な眼で睨みつけてくるマンティコア。



(右腕は繋がってる…筋も痛めてない…ただ、二の腕か肘辺り、指と手首が綺麗に折れてる…超いてぇぇ…)



 プラプラと揺れる右腕が伝えてくる熱と痛みに脂汗が滲み出るが、その痛みをマンティコアに対する不快感と殺意で塗り潰し、右腕を文字通り手足の様に扱えるヘイルの【闇】の権能で覆って強制的に動かしもう一本のナイフを抜く。



「…本当はお前を苦しませず一瞬で殺す予定だったんだ」


『ガアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!』



 巨体に似合う咆哮を上げながら巨体を伏せ、『僕』の出方を窺うマンティコアを見据えてゆっくりと一歩踏み出す。



「だけどお前の魂はどす黒い…その蛇も、あのドラゴンも、喰う為じゃなくて弄ぶ為に殺したんだ」


『グルアァッ…!?』



 無防備に歩き出した『僕』に飛び掛かろうとして…そこでようやくマンティコアは自分が置かれている状況に気付く。



「…同じ様に弄んでやるからあの二体がどんな思いだったのか」



 前後の脚が黒い何かに纏わり付かれてその場から動けなくなっている事を悟るマンティコア。



「その醜く膨れ上がった身体で味わえ」


『ガルアッ!?』



 そして一歩、また一歩と背中から眩い黒の光を放ちながら『僕』が近づくと、黒い何かはマンティコアの身体を這い回り、口を、角を、尻尾をギチギチと絞め上げ地面に縫い付けられていく。



「まずはそうだな…その醜い爪からだな」


『――――!?!?』



 爪が生えている部分にナイフを突き刺し、気力を身体に纏って肉と爪を剥がして一本ずつ丁寧に引き抜いていく。



「次は…尻尾かな」


『――――ッ!?!?』



 口が塞がれているからか悲鳴代わりにビクビクと痙攣し始めた身体にナイフを突き刺し、そのままゆっくりと斬り裂きながら胴体の後ろに回り込む。



「どうだ?痛いか?苦しいか?」


『――――!!!!』



 途中、下半身辺りから鱗に覆われている部分も無理やり裂きながらゆっくりと尻尾に向かって行く。



「そうかそうか。ちゃんと痛がって苦しんでるみたいでよかったよ」



 尻尾の蛇がジッと見つめてくるが、その蛇の頭を踏み潰して尻尾の付け根から切り飛ばす。



「さて…そろそろメインといこうか」



 巨体を踏みしめ地面にめり込む程に押さえつけられているマンティコアの頭の上に立ち、



「相当痛いと思うがしっかりと味わってくれよ」


『――――――――――!!!!!!!!!!!!!』



 頭から生えていた角を一本一本荒く時間を掛けて気力を全開にして引き抜いていく。



「引き抜いた爪も、下半身の鱗も、この角もいい素材になりそうだな。なら、その牙もきっといい素材になるんだろうな」



 バタバタと暴れる度に頭から夥しい量の血が噴き出し、『僕』の真っ白な髪を赤黒く汚していく。



「さぁ…その牙を全部引き抜いてやる。口を開けろ」


『グル…』



 黒い何かが口を強引に開き、開いた口からマンティコアの弱々しい声が聞こえるが…『僕』は一番大きな牙に手を掛け、



「なんだ、命乞いか?ははっ…人は自分を害せる奴がいないと分かると好き勝手やってくだらない優越感を満たすけど、いざ自分を害せる奴が現れて死にそうになるとそうやって命乞いするんだ。まさか獣のお前もそうだと思わなかったけどな」


『ガアアアアアアアァァァァァァァ!?!?!?』



『僕』の身体と同じ大きさの牙はブチブチと肉が千切れる嫌な音を立てながらゴロンと抜け落ちる。


 そして、



「散り際ぐらい潔くあれよ」


『――――――!!!!!!!!!!』



『僕』はマンティコアの四肢を切り飛ばし、声にならない咆哮を上げるマンティコアを無視してボロボロの蛇に近づく。



「…君を弄んだ奴は君より酷い目に遭わせた。このボロボロになった身体も『僕』が余す事無く使う…だから安心してくれ」



 蛇の喉元で揺らめく白い魂に触れる様に優しく撫でつけると、何かが足に纏わり付いて身体をよじ登って来る。



「……そうか、君は子供を守る為に戦ったのか…」



 撫でる腕に絡みつく10㎝程のひんやりとした白い鱗に包まれた赤い瞳の蛇が小さい舌で大きな蛇を撫でる。



「…お前達もこれだけ大きくなれる様にいっぱい食べるんだぞ」



 こちらを窺う様に足元に集まって来た数十を超える子蛇達に今だ息があるマンティコアを指差すと、子蛇達は身体をくねらせてスルスルとマンティコアに群がっていく。



「君の子供達にしてあげられるのはここまでだ。あの子達が君みたいに大きくなって、生きる為に『僕』と戦う事があるかも知れないけど…その時は許してくれ」



 安心出来る様に、安らかに眠れる様にと祈りながら撫でていると、ドラゴンの時の様にパッと瞬いて蛇の魂が消え―――



「『僕』がこの森を去った時…あの子達の誰かがここの守護獣になってると良いな」



 そんな事を思いながら『僕』は飛び散った鱗を一つも残さず、痛々しい爪痕が残る蛇の亡骸ごと【空間収納】に入れ、マンティコアを食べる子供達に笑みを浮かべて臭く嗅ぎ慣れた血を洗い流しにその場を去った…。

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